第5話 『黒く冷たい』
「戦争とはまた穏やかじゃないな」
驚いた様子はない。ルハドはただ息を深く吐き出した。
「相手はダークエルフか?」
「そうよ」
ダークエルフ。
エルフの近縁種であるのだが、敵対関係にある存在だ。
エルフが戦をするのなら、相手は彼らぐらいしかいないだろう。
「なぜだ? お前たちはいがみ合っていても戦自体はしたことがない気がしたんだが」
「あなたの言う通り戦争なんて今まで起こったことはないわ。私の知らないところで小競り合いとかはあったらしいけど、ここ数年は平和だった」
「なのに戦争が起こると?」
まだルハドは半信半疑だった。
というのも温厚で物静かなことで知られるエルフが戦を起こすことが想像できないからだ。しかしわざわざ王族のハイエルフがこんな人間が大勢住まう場所まで来たとなると信憑性はそれなりにある。
「確実に起こるわ。三週間ぐらい前に宣戦布告してきたのよ。交渉に応じなかったから奪い取るってね」
「交渉っていうのの内容は?」
「言わないわ。あなたたちからの協力が確約されてない」
「そりゃそうか」
そう易々と国の情報を吐き出すわけがない。ロザリエは王女だ。それくらいはわきまえている。
「…協力っていうのはつまり戦に勝つために軍をよこせってことだな?」
「端的に言えばそうね。…多分私たちだけじゃ勝てないから」
「なるほど。なら喜んで――」
ルハドはロザリエに笑みを向ける。
そして、
「――断ろう」
協力を拒否した。
「な……。い、今の流れって協力しようって流れじゃないの?!」
「お前さてはアホだな?」
「なんでよ!?」
「…普通に考えろ。俺たちに協力をするメリットがないだろ。利益がない戦のために軍を動かすなんて都合のいい話があるか。そんなことするんなら公共事業の労働力として兵を使うわ」
「う…っ」
「……本当に今ので俺たちが協力するとでも思っていたのか…」
ルハドは呆れた様子でロザリエを見ていた。そして子供に教えるように言葉を口にする。
「利益をもたらさない者に差し伸べる手はない。わかるか?」
「……対価でしょ…? そのくらいは…わかってるけど……」
「なら対価を出せ。話はそれからだ。出直して来い」
「ちょ、ちょっと待ってよ…!」
「待たん。最初から用意されてない対価など信用できないし、別に俺らも暇なわけじゃない。こう見えて色々と立て込んでるからな。無駄な交渉をして無駄な時間を浪費するより、国に益がある、もしくは俺が楽しめる話を聞いた方が有意義な時間を過ごせる。明日にでもまた話を聞いてやるから今は後回しだ」
決して完全に突き放したわけではない。希望を残してルハドはこの話を終わらせた。
「…最後にギーノ」
「いや、俺は別に用はないんですが…」
「なんだ、てっきり俺はお前が帰ってきてくれたのかと思ったぞ?」
「はははー、ご冗談を」
笑顔を作っているが声は全く笑っていない。
騎士団長バリオンドはそんなギーノを見て不快げな表情をしていた。
「はっ、お前のそういうとこをルーダスが真似てるのか?」
「あいつが真似てるのは俺じゃないですよ。あいつは俺に似てただけ」
「教育係はよくあの問題児のことを理解しているようだな」
だらしなく玉座にぐったりと座っていたルハドは姿勢を元に戻した。
「――今日はここまでだ。俺はこれから貴族どもの報告に目を通さないといけないからな。…あ、そうだ。お前たち泊まる場所はあるのか?」
「まだ決めていないですが…」
「ならちょうどいい。マーネ。こいつら客室に案内してやれ」
「――了解しました」
指示を出された杖を持つ宮廷魔導士だという美女――マーネは笑顔で頷くと前へと歩みだした。
「…いいんですか?」
「構わん。気にするなレザドネアの娘」
なんでもないように言っているが、側近の騎士団長の表情は思わしくない。
「では、こちらに」
微笑みを浮かべるマーネに先導され、五人は部屋を後にした。
*****
「――陛下、黒髪に客室を使わせるなど正気ではないです。しかもあの目の動きからして盲目ですよ?」
扉が閉まってすぐにバリオンドは苦言を口にする。その言葉がアヤトとロザリエの二人には聞こえていたなどとは夢にも思っていないだろう。
「それをあいつらがいるところでいわなかったのは成長だな。羨ましいよ、その年でまだ伸びしろがあるなんて」
「ふざけてる場合でないかと」
「別にいいだろ。むしろあいつらがここに泊まってくれるのはありがたい」
「なぜですか?」
「黒髪が泊まるなんて言い出したら貴族どもはさっさと出てくだろ?」
「…なるほど、あなたらしい」
全員というわけではないが今日集まった貴族たちの大半は黒髪を嫌っている。人ではない醜い者だと思っている。
そんな彼らが、黒髪の少年が宮殿で過ごすと知ればすぐさま出ていくことだろう。問題は、宮殿に黒髪を泊まらせることで王に対しての不満を持つ貴族が出てくるというところである。バリオンドが気にしているのはそれなわけだが、ルハドがそんな他人の目など気にして行動するわけがない。彼の震源は無駄だ。
「あの派手な鎧を着た女騎士は何者なんだ?」
ルハドは唯一何も声を発していなかった白銀の女騎士を思い出す。
「あの方も黒髪のようでした」
ルシウスがそう口にする。彼があまりにもはっきりと口にするのでルハドはそれを知るに至った理由を尋ねる。
「なんでわかるんだ?」
「兜の隙間から黒い髪が見えました」
「よく見えたな」
「視力は生まれつきいいので」
頭は兜で覆われていたのでルハドやバリオンドは頭髪は見ることができていなかったが、ルシウスは隙間から見ることができていたらしい。
「黒器持ちの騎士が同行するとはレザドネア家から伺っていました」
「黒器、ねぇ…」
ルハドは黒器について詳しいわけではない。マーネから幼い頃に特殊な力を行使できるようになる特別な代物であると教わった程度だった。
「まあいい。それよりも、だ。ルシウス。お前はあの小僧…アヤトをどう思った?」
「どうとは?」
「しらばっくれるなよ。不満はないのかって聞いてんだ」
ルハドの言葉を受けたルシウスは考えるそぶりを見せる。
しかしなかなか答えは出てこなかった。
「そんなに悩むことか?」
「…はい。どこを不満に思う要素があるのかわからなかったので」
少年の純粋さは王を笑わせるには十分なものであった。
「はははは! そうか、そうだな。お前はそういう男だった。今の質問は気にするな」
「いえ、お喜びいただけたの嬉しい限りです。………ただ」
終わったかに思えた時、ルシウスは再び口を動かした。
「彼らか違和感を感じました」
「ほう。それはなんだ?」
問われるとルシウスはアヤトが出て行った扉のを見つめる。
そして、
「――彼の内側は、黒く冷たかった」
感じたままのことを伝えた。




