第5話 『出会い』
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「ハァ…ハァ……ハァ…」
身体能力は上がっている。体力もだ。しかしこちらに来てから移動続き、流石にアヤトの体力は底を尽きかけている。
「大丈夫か?」
ヘルトも色々な意味で疲弊しているようだが、アヤトを気にかけている。
「大丈夫、です」
まだ走れる。疲れはあるがまだ体は動く。
「そうか。だが無理はするな。辛くなったら言え」
「はい…」
一生懸命逃げているもののガルノという男から逃れられる気がしない。アヤトだけでなくヘルトもそれは薄々思っている。
このまま逃げていても追いつかれ、二人とも捕まる。それは最悪だ。避けなければならない。
「おい、どうした?」
なぜかアヤトは走ることをやめてしまった。
「ヘルトさんは逃げてください。僕がガルノさんの所に行けばあなただけは見逃してもらえるかもしれません。多分あの人は僕を殺さないと思うので」
彼の所に行くだけで一人の命を救えるかもしれない。しかも自分が死ぬ可能性は低い。
「これが最善です」
逃げていてもどうしようもない。どうせ捕まるのはわかっている。確証があるわけでは、ないがおそらく確実だ。
「――何言ってるんだ。お前はまだ若いだろ、年相応に生にしがみつけ」
「――――」
「それと、自分の身を捨てるなんて真似はするな。そういう考えは捨てろ。お前みたいに未来のあるやつがすることじゃない。わかったか?」
彼の瞳には怒りというべき感情があった。
それは彼が止まったからではない。彼が自分の身を捨てて他人を救おうとしたからである。
目の見えないアヤトも彼の感情を感じとっていた。
もしかしたら初めてかもしれない、誰かに本気で怒られたのは。
「なんで、そこまで…。出会ってまだ少ししか経ってないですよね。会話だって…」
「だからどうした。知らない奴だから助けないっていうのはおかしいだろ」
――ああ…、そういうことか。
「――わかりました」
「ならいい」
移動を再開しようとする。一秒でも早く遠くへ行かなければならない。そうしなければガルノに追いつかれる。
「行くぞ」
「はい」
無駄にしていい時間はないのだ。
アヤトもヘルトを追って走り出そうとした時、後方から高速で何かが接近してきていることに気付く。
「ヘルトさん! 後ろから何か来てます!」
ヘルトの対応は早かった。アヤトの腕を掴みすぐに木を盾にする形で避難した。
それから一秒もせず白い物が飛来した。アヤトたちの横を通り過ぎたころに減速し始め、数メートル飛んだところで地面を削りながらそれは着地した。
「――白い鎧…。さっきの騎士か。ということはまたガルノか? いやそれはないか」
地に仰向けで倒れているのは白銀の騎士。鎧が土で汚れているがその美しさは保たれている。
「――子供…? 欠落姫か」
騎士は気を失っているのかビクともしない。少女を抱えたまま動こうとしない。その少女こそ、ヘルトたちの目的だった少女である。
「欠落姫…? それならこの子をガルノさんに渡せば…」
「無理だ。欠落姫を渡したところで奴らは俺らを襲う。意味がない」
ヘルトは騎士へと近づき屈んだ。
「こ…ここ、は…」
「生きてるな。待て、無理をするな。死ぬぞ」
無理やり起き上がろうとする騎士をヘルトは押さえて止めた。
「あなたは…?」
兜の下にある瞳はヘルトを見上げていた。兜は右半分が破損していて、そこから美しくも疲弊しきった女性の顔がのぞいている。騎士は女だったようだ。
一瞬、ヘルトは彼女のことを見て目を細めたが、それを悟られないように返答する。
「俺は…訳あって腕に紋様の刻まれた男から逃げている者だ。お前の敵じゃない」
「そう…ですか…」
嘘は言っていない。真実を半分隠しているだけだ。それを明らかにしては事態がややこしくなる。
疲れがあるからか、もしくは意識がはっきりとしていないからか、ヘルトの話をすんなりと信じて安心したような表情を見せた。
「ならば…私の、代わりに…エレナ様を…、この森の外へ…逃がして、いただけま…せん、か? 私では…」
彼女は自分のことよりも 抱えている少女の命を優先している。
「どいつもこいつも命を何だと思ってるんだか…」
うんざりだと言いながら、ヘルトは地面に膝をついた。
「おい、お前も来い」
アヤトも女騎士の傍へと移動してヘルトと同じように膝をついた。
「――あな…たは、誰ですか?」
騎士とは別の声。欠落姫と呼ばれていた少女が目を覚ましたようだった。見えない自分と彼女の目が合ったことがわかる。
「エレナ様、この方たち…が、あなたを…安全な、場所へと…運んで、くれま、す…」
現状でできる最高の笑顔を作り。少女を安心させるよう優しい声で騎士は話す。
「ま、待ってください! その言い方だとレイは…」
女騎士――レイの言葉で完全に目が覚めた少女は彼女の言った言葉の意味を理解した。
「安心してください。私は…」
「安心しろ。こいつは俺が運ぶ。アヤト、お前はその子だ」
「わかりました」
女騎士は予想外の言葉に驚きを隠せていない。
アヤトの方は既にヘルトがそう言う人なのだということはわかっていたので驚きは少なかった。
「確か君は歩けないんですよね。背負うから掴まってくれますか?」
「――あなた目が。それに…」
「………」
元いた世界とは違い、こっちでは目を見ただけでも盲目だとわかる人は多いな、なんて思いつつ屈んで少女に背中を見せる。
「大丈夫、安心してください。目が見えなくても走れますから」
「――そう…ですか。わかりました」
小柄な少女を背負ったアヤトは立ち上がる。
人をこれほど近くで感じるのは初めてかもしれない。
「私は…置いて、行ってくだ…さい」
騎士の判断は正しい。何一つ間違っていない。
この二人もガルノに追われる身なのだ。二人で逃げていたところにさらに二人加わり彼の標的を一か所に集める。そんなことは自殺行為だ。さらに言えば騎士の負傷している。負傷者を連れながら動きづらい森の中での移動など、ただでさ難易度の高い逃亡を困難にさせる。
「――人生を諦めるには早すぎじゃないか?」
自分では立つこともできない女騎士に肩を貸して立ち上がらせる。鎧は見た目の割に軽く体を起こすのにそれほど力は必要なかった。
「私の、使命は…エレナ様を護る…ことなのです。だから――」
「だから死んでもいいって? ふざけんなよ。俺はお前の使命なんて知らない。死にたいなら俺の目の届かない場所で死ね。悪いが俺が見てる限りは死なせない。俺に助けを求めた自分を恨みな」
「なぜ、助けて…くださるのですか…?」
「――さあな」
話す気はないと口を閉ざしたヘルトは騎士を支えた状態で足を動かし始めた。
「行くぞ」
「はい」
欠落姫を背負ったアヤトも後に続いた。
「森から抜けるにはあとどれくらいかかるんですか?」
「わからない。この森は広大なことで有名だからな。しかもどこに向かって歩いてるかもわからない」
日は完全に沈んでしまった。彼らを照らすのは月光のみ。
走ることができないので移動速度は先ほどよりも断然遅くなっている。かといって楽というわけでもない。アヤトの体力は限界に近い。ヘルトも体力の底が見えてきている。
「やはり、私を…置いて行ってください…」
「断る」
いつあの男が来るのかわからないこの状況でも彼は意思を曲げることはなかった。
「――――こういう人だ…。必要とされるのは…」
「…何か言いましたか?」
アヤトが心の中で思ったことが口から漏れてしまっていた。小声だったので少女にしか気付かれていない。
「あ、ごめんなさい。ただの独り言です」
本当に気にしなくていい。どうでもいいことだ。
変に心配させたのを誤ったところで、少女に聞きたいことができた。
「名前は…エレナさんでいいんですか?」
女騎士が少女をそう呼んでいた。
「はい。エレナですけど……、さん付けはやめてください」
「それじゃあエレナでいいんですか?」
「……何歳ですか?」
質問を質問で返されたが、気にしないでアヤトは16歳だと答えた。
「年上ですね。私のことはエレナと呼んでください。それと敬語使わないでください。年上の人に使われると気持ち悪いので」
「いや、でも…」
「敬語は使わないでください」
「あ、うん…。わかり…わかったよ、エレナ」
昔から親に対しても、妹に対しても、誰と話す時でも敬語しか使ってこなかったので、アヤトが対等に人と話すなんて久々のことだ。少なくとも十歳を超えてからは初めてのはず。恐らくだが相手がエレナでなければ敬語で話すのはやめなかっただろう。
「…僕はアヤト。よろしく」
「アヤトさんですか」
「僕もアヤトだけでいいよ」
「わかりました、アヤト」
ここだけを切り取れば平和そのものである。しかし現実はそうもいかない。ガルノから逃げ切る為に全力で前へと進まないといけない。
しばらく歩くと木々がない少し開けた場所にたどり着いた。その場所でアヤトは微かに人の声のような音を聞きとった。
「向こうから音がします。多分人の声です」
「本当か?」
「はい」
ヘルトはアヤトが指さした方向を見上げる。目を凝らすと煙が上がっているのを見ることができた。
「村…もしくは騎士たちの野営地か。この際どっちでもいい、急ぐぞ」
希望が見えた。自分たちが助かるかもしれない希望が。
「――待てよ」
けれどその男は希望すら喰らう。一欠片も残さず、喰らい尽くして絶望へと叩き落す。
主人公が主人公していない…?