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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第三章 『劔の魔人と喰らう者』
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幕間 『動き出すは黒の者』

 洞窟。

 天井の一部には穴が開いていて、そこから光が差し込んでいる。爆発でも起きたのか、崩落しかけているようだ。


 「死んだか…」


 黒の闇を纏った男がいた。

 男は喰らう者がいたはずの場所へ目をやる。


 「何回目の起動かは知らないが、もう役目は終わりだ。…神の使い」


 実物を見たわけではないが、存在の認知はしていた。

 目覚めてしまえば、世界に対して絶大な被害を及ぼすことはわかっていた。だから彼にある程度情報を集めてもらい、自らの手で殺すつもりだったが手間が省けた。


 「――物語を進ませる」

 

*****

 

 一つの箱を中心として、王国の大地を数頭の馬が駆ける。


 「何もしてこないですね」


 新たに自分の部隊の副隊長となった騎士に、馬上で双剣の騎士ことルーダスは声をかけられた。


 「…抵抗のしようがないんでしょうよ」


 「流石のエクリプスの幹部でもこれほど徹底していると何もできないんですね」


 「だといいんだけどね…。ま、とりあえずあんな檻があってよかったよ。あれってどこから仕入れてきたの?」


 「駐屯地にあったものですよ。猛獣やらを捕獲するために作られた檻ですが、奴隷制が禁じられる前は奴隷商人が使用していたもののようです」


 「ははぁん。商品を入れておいた籠ってわけだ」


 「…言い方が悪いですよ」


 「あはは。ごめんごめん」


 現在、魔術師数名によってエクリプスの幹部――フルデメンスの入った檻を、エレナの椅子にも使われていた浮遊魔術で浮かせて目的地まで運んでいた。

 フルデメンスのアビリティ射程範囲の外側の四方にそれぞれ魔術師を乗せる馬車があり、それを護衛する形で王国騎士たちは馬を走らせている状態だ。


 「…でもなぁ」


 部隊の戦闘にいるルーダスは背後、約十五メートル背後に浮く檻を見る。


 「確かにこれなら射程圏内に入らなくても運べるけど……なんか不安なんだよねぇ」


 運び方としてはこれで問題はないだろう。

 不手際さえなければ怪我人が出ることはないのだから。


 「杞憂では? 魔術師は合計八人います。なるべく平坦な道を通るために遠回りをすることになっていますが、魔力の分担はされているので、都市ヒースまで檻を運搬するのは問題はないはずです」


 「俺が言ってるのはそこじゃないんだけど…って思ったけど魔術ってホント便利だな。あんな檻も運べるなんて」


 「ええ。ですがあの運搬方法は本来傷をつけてはいけない貴重品を運ぶためのものらしいです。檻を運ぶなんて前代未聞でしょう。……それで、言ってるのはそこじゃないとはどういう意味ですか?」


 「まぁ、勘ではあるんだけどさ。あいつを檻に移動させた時のこと思い出してみてよ」


 「…? ただ移動させただけでは?」


 「そこがおかしいと思わない? だってあいつ狂人だって言われてるフルデメンスだよ?」


 檻へと移動させる際、彼は全く抵抗を見せなかった。

 アビリティを発動させたらすぐに首を刎ねると釘は刺していたが、まさかそんなもので大人しくなる男だとは思っていなかったので、実に拍子抜けだった。


 「確かにそう言われてみればそうですが、向こうも立場をわきまえているということではないですか? 命が惜しかったのでしょう」


 「そうだといいんだけどねぇ…」


 素直過ぎる狂人の行動。フルデメンスが常に笑みを崩さないことが、ルーダスの不安を掻き立てる。


 「…ま、いっか。あとはドーグさんに任せよう。そろそろ着くよね」


 「はい。間も無く見えてくるはずです」


 都市ヒース。

 そこでルーダスは自分と同じ王国騎士団三隊長の一人と合流することになっている。




 ルーダスの勘はいい。

 しかし全てがすべて的中してきたわけではない。だから今回も杞憂であってほしかった。

 だというのに、最悪な形で最悪な状況は訪れた。


 「――おいおいおいおい…。ふざけてるだろ。なんだこれ」


 とても信じられなかった。

 

 ――都市ヒースが燃えている。

 

 火の粉が降り注ぎ、黒煙が都市を囲む壁を超えるほどに高く、今なお上がっている。


 「火事とかいうレベルじゃねえぞ」


 大火災。

 都市に入って見た街の光景は創造よりもひどいものだった。

 全てが燃えている。

 民家が、店が、協会が、駐屯地が、何もかも炎上している。


 「ルーダス隊長…これは……」


 「…フルデメンスは俺が見る。お前は外にいる他の騎士を連れて生存者を探せ。もしも敵がいたらすぐに報告しろ」


 いつまでも動かないわけにはいかない。

 こういう時こそ判断は迅速にだ。

 ルーダスは伊達に三隊長などという地位についていない。判断と命令は早かった。


 「は、はい!」


 副隊長は指示通り他の騎士たちが待機している都市の外へと走った。

 ルーダスも彼の後を追って外へ出る。


 「初めてだな。都市の出入り口に騎士がいないってのは…」


 こんな状況で検問どころではないのはわかっているが、妙な気分だった。


 「ドーグさんはどこ行ったんだ。あの人いるならこんなことにならないだろ…」


 都市の中に入っていく騎士たちと入れ替わる形で、ルーダスはフルデメンスの折に近づいて鉄格子を勢いよく掴んだ。

 アビリティの効果範囲内だろうが関係はない。


 「おい、なんか知ってんだろテメェ」


 いつになく乱暴な口調で、鎖に繋がれた不敵な笑みを浮かべている狂人に問うた。


 「どうした、双剣の騎士。二日ぶりだな」


 小馬鹿にするような狂人の口調はルーダスの頭に血を登らせる。


 「早く答えろ。その気持ちわりぃ笑い浮かべてる顔面叩っ斬るぞ」


 「王国の守護者たる騎士を束ねる者だとは思えない物言いだな」


 「聞こえなかったか? 俺の質問に答えろって言ってんだよ」


 ルーダスの握力によって鉄格子が歪む。

 彼の怒る様子を鼻で笑いながら、フルデメンスは答えた。


 「何が起きてるかなど知らん。私はこの通り目を塞がれているからな」


 高らかに笑う。

 無駄だとわかっていてもルーダスは質問を続けた。


 「お前の仲間か?」


 「さあな? まあ都市が丸ごと燃えているというのなら、そんなことができる者など――」


 中途半端なところでフルデメンスは言葉を区切った。

 最初はふざけているのかと思ったが、そうではないことはすぐにわかった。


 「――噂をすれば、だな」


 フルデメンスの言葉を受けて、ルーダスは燃え盛る都市の方を振り向いた。


 「……………」


 ルーダスが通ってきた検閲所から歩いてくる黒いローブの人物がいた。顔はフードに隠れて見えない。ザナムの時と同じだ。

 フードに線があることから幹部であることは確実。

 だがルーダスはそんなことよりも疑問に思うことがいくつもあった。

 まずは何よりも気になったことについて口にする。


 「…おい。お前が引きずってるのなんだ」


 黒ローブの人物は何かを掴んで引きずっている。

 ガシャガシャと、ルーダスの知っている鎧が出すような音が鳴っている。形は人型、大きさは180センチほどくらいはあるだろう。


 「見てわからないのか、双剣の騎士。わからないというのならこの目隠しを取れ。奴が引きずっているのを何か教えてやる」


 背後から楽しそうな声が聞こえる。


 「…黙れ」


 そんな短い言葉しか返すことはできなかった。

 ルーダスもわかっているのだ。

 ローブの人物が引きずっているのが人間……それも自分の知っている人物であることは。


 ある程度の距離まで接近したところで、エクリプスの幹部は引きずっていたものをルーダスの方に向けて放った。


 それはガシャンと音を鳴らして地面に接触すると、ルーダスの足元で止まった。

 鎧…一般の騎士とは違う特殊な鎧を着た人間だ。

 生気のない瞳がルーダスの視線とぶつかる。


 「――残念ながらお前の部下じゃない。あいつらの死体は燃えて残らなかったからな」


 ローブの人物は声を発する。

 ルーダスが今まで聞いてきた中で一番冷たい男の声だった。命あるものとは思えない程の冷気を漂わせている。

 人型であるが到底自分と同じ人間だとは思うことができない。


 「そいつは三隊長の――」


 言葉を続けようとした瞬間、双剣の騎士は動いた。

 一瞬で距離を詰め、両手に握る双剣を振り下ろした。


 「人の話はちゃんと聞けよ」


 刃が男に触れるその刹那、ルーダスの視界は一面黒色に支配された。


 「く…っ!?」


 何が起こったのか理解できないまま、気付けば檻を超えて二〇メートルほど吹き飛ばされている。彼は体をひねって綺麗に着地した。


 「落ち着けよ。俺はお前を殺しに来たわけじゃないんだ」


 ローブを夜風になびかせながら、男は檻などには目もくれずゆっくりと歩いてくる。


 「俺はお前みたいなやつらを殺すためにここにいるんだよ」


 「なるほど。ごもっともな意見だな」


 何も感じさせない声だ。

 喜怒哀楽を一切感じ取ることができない。


 「…お前があれをやったのか?」


 「俺だな¥


 取り繕うこともなく真実だけを男は口にした。


 「ドーグさんを殺したのも、お前か?」


 「…まあ、それも実質俺だな」


 バミラ王国騎士団三隊長の一人。第一隊長、ドーグ・ヴァイフォン。

 男が無造作に投げたのは彼であった。ルーダスが尊敬している人物の一人だ。間違いない。


 「何人…殺した?」


 「いちいち数えてないから正確じゃないけど、死んだのは多分この都市の人口の六割ってところじゃないか? 相当火が広がってたみたいだからな」


 理解した。

 この男は人を殺すことを何とも思っていない。

 他者の死に対して全く関心がない。


 「キレる要素があったか?」


 ルーダスの表情から彼の心情を悟ったのだろう。それを理解できない男は尋ねた。


 「大ありだよ。この都市の六割って何人ぐらいか知ってんのか?」


 「一万以上は確実だろうな」


 「…お前、どうかしてるぞ」


 「いや、俺みたいな道徳心投げ捨てた邪教徒にそんなこと言っても意味ないだろ」


 そうだ。無意味なのだ。

 エクリプスであるような存在を同じ人間であるというのがすでに間違っている。


 その時、爆発音が響いた。


 「――貴様、邪教とはなんだ。我らが神に対して不敬極まりないぞ」


 檻はいとも容易く破られ、その中から少々不機嫌なフルデメンスが現れる。


 「確かにな。失言だったよ」


 以外にもすんなり過ちを認める男だが、感情の籠ってない声のせいで反省をしているのかどうかわからない。

 フルデメンスもそう思ったようで、不機嫌なのは相変わらずだ。


 「まあいい。それよりもこれからどうするつもりだ?」


 「一旦戻る」


 「なに? 欠落姫の抹殺はできていないぞ」


 「それでいい。あれは泳がせておけ。お前には別の役目がある」


 「『物語』と違うが?」


 「だからこそだ。司教の命令が聞けないのか?」


 「――――」


 決まりが悪いのか、フルデメンスは押し黙った。


 「ほら、転移のスクロールだ。これ使って帰れ」


 「貴様は?」


 「俺はまだ王国に用がある。王都で面白いものがみれるらしいからな」


 「――了解した」


 「逃がすわけねぇだろ!!」


 剣に自らの魔力を流し込んだルーダスは二人のエクリプス幹部に突進する。

 が、フルデメンスはそれを嘲笑うようにスクロールを開き、その場から姿を消した。


 「クソがッ!」


 残ったフードの男に切り掛かる。

 しかし難なく躱された。


 「お前を殺すつもりはないって言わなかったか?」


 「俺はお前を殺すのが役目だって言わなかったか?」


 青く輝く双剣を構える。


 「お前は何番だ」


 ザナムにもした問いを今ここでこの男にも言った。

 すると男は満を持してというわけでもなく、何か当たり前のことを口にするように答えた。


 「一番目だよ」


 「…なるほど」とルーダスは得心の言った声を漏らした。一番目のエクリプス幹部は既に判明しているのだ。


 「…『アン』のノワール」


 「正解。流石に知ってるか」


 エクリプス、アンのノワール。

 またの名を黒髪の厄災。


 「ここでお前を斬る。お前が殺した人間の分だけな」


 「やめとけ。俺が何百万年人間を殺してると思ってるんだ。一日じゃ終わらないぞ」


 「ほざきやがれ」


 距離を詰め、跳躍。上から二つの剣を振り下ろす。

 ルーダスの行動に呆れたようにため息を吐くと、男――ノワールは掌を飛びかかってくる双剣の騎士へ向ける。


 「――本当なんだけどな」


 男は疲れたような声でそう言った。

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