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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第三章 『劔の魔人と喰らう者』
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エピローグ 『後悔』

 村に戻った四人。

 アヤトとアナは体力を消費し過ぎたせいで、すぐに眠りについてしまった。


 「……私のせいだな」


 ベットに横になっている黒髪の少年を見下ろすゼノスの声には後悔の念があった。


 「はぁ…。なんでアンタもそうやってネガティヴなのよ。殴るわよ?」


 言ったのはロザリエ。

 彼女は片翼の少女が眠りについているベットに座っていた。


 「なったものは仕方ないでしょ? 村は救えたんだからそれを喜びましょ」


 「…しかし、私が手伝いなんてさせなければこうはならなかった」


 「あのね。手伝いは私たちを王都まで運んでもらうための対価ってやつなんでしょ? それで後悔するのは間違ってるわ。というかその言い分だと元々は私のせいなのよ? 私がアヤトたちに王都まで行くのを手伝ってくれだなんて言わなければこうはなってなかった」


 「――――」


 エレナが起きていれば「それは違う」などと否定してきそうなものだが、彼女もついさっき眠りについた。

 決して離さないよ、アヤトに抱き着くように眠っている。


 「――ヴァイオレット。アヤトくんの腕が治ることはないのか?」


 「治る治らないで言えばすでに治っています。これが完治した状態です。先ほどから何度もお伝えしている通り、都合よく右腕が生えてくるなんてことはありません。私でも不可能です」


 傷は綺麗に塞がれ、もともと右腕などなかったかのようになっている。

 アナが必死に使った治癒魔術の賜物だ。

 村に戻ってきた時点でヴァイオレットにやれることはなかった。


 「ロザリエ。エルフに伝わる回復魔術というものがあるのだろう。それでも無理なのか?」


 珍しくレイがロザリエの名前を呼ぶと真剣な口調で尋ねた。


 「試したわよ。一番最初にね。でもなんでか私の治癒魔法は拒否されたの。だからアナに代わりにやってもらった」


 「拒否とは?」


 「私が聞きたいわよ。治そうとしてもアヤトの傷に対して魔法が発動しなかったの」


 「特殊体質というやつのせいか?」


 エレナからアヤトは魔術を無効化する特殊体質であるということは聞いている。


 「私もそう思ったんだけど、エレナが言うにはそれってリンクが発動している時だけの話らしいのよね。実際アナの治癒魔法は効いてたわけだし」


 「なるほど…」


 魔術を無効化するというのは効いていたが、リンク時だけというのはレイも初耳だった。


 「まあ聞いていたとしても腕の完全な再生は流石に私じゃ無理だったわ」


 アヤトが失われた部分があまりにも多すぎた。治癒魔術に異常なほどに長けたものであれば治せたのかもしれないが、少なくともロザリエには不可能だった。


 「――――」


 「だーかーら、なんでそんな顔してるのよ」


 ゼノスに対してロザリエは少なからず怒りを覚えていた。

 申し訳ないと思うのは別にいいのだ。

 不思議な顔をしていても仕方がないと流せる。

 だが自分のせいだと思っているのが心底気に入らなかった。


 「あんたがいなかったら村の人たちはみんな死んでたかもしれないのよ? 大勢の人を救ったんだから自信を持ちなさい。それともう二度も自分のせいだって悲観しないこと。わかった?」


 「だが――」


 「返事は?」


 「――――」


 「へ ん じ は?」


 「――ああ。わかった」


 アヤトの腕が失われたことに、直接的ではなくとも間接的に関わったのは事実だ。

 返事はしたものの、やはり後悔は消えない。


 「少し外の風にあたってくる」


 ゼノスは家の外へ出て行ってしまった。


 「……アナだったら止めてそうだったけど、あなたはよかったの?」


 ロザリエに問いを投げる。

 アナであればロザリエの先ほどの行動を不敬だと言って制止していただろうが、ヴァイオレットは眼前にいたというのに止めることはせずに黙っていた。

 果たしてそれは彼の部下として正解なのか。ロザリエにはわからなかった。


 「もちろん。むしろあの方にあのように言ってもらったのは感謝したいです」


 「なんで?」


 「――多くの者の上に立つあの方を強く叱る者はいないのです。慕い敬うばかりで誰も彼を否定しない。常に不安と後悔で悩んでばかり。だからそんな彼の態度を強く否定してくれたあなたには、感謝を」


 「なんだかゼノスの保護者みたいね」


 「…似たようなものですよ。あの方が劔の魔人などと言われる前から仕えているので」


 ロザリエとレイは初めてヴァイオレットの頬がほころぶのを目にした。

 

*****

 

 後悔など常にしている。

 500年間忘れたことなどない。


 ――なぜ…


 常に悔やんでいるのだ。

 和らぐことはあっても終わりはない。

 きっとこれまでもこれからもずっと同じだ。

 終末は訪れない。



 「――ああ。やはり俺にはわからないな…」


 夜空を見上げている男は一人呟く。

 シェバートも今は陰に潜んでいない。少し離れた場所にいるようにと言ってある。

 だから今は一人だ。

 村の方から機能と同じく視線を向けられているようだが、彼は気にしない。

 蔑まれていようが気にする必要はない。


 「………」


 美しいと言われる夜空をただ一人で眺める。しかし彼の目には白黒にしか見えない。

 美しいと思うことができない。


 「俺は……」


 「ゼノス様」


 幼い声が聞こえた。

 聞き馴染んだ声だ。


 「…エスメラルダ。起きていたのか」


 ルビーのような赤い瞳。エメラルドのように美しい緑の髪をした少女――エスメラルダ。

 ゼノスを呼んだのは彼女だ。


 「はいっ! 伝えたいことがあったので!」


 元気な彼女の返答はゼノスの心を癒してくれる。


 「ふむ。なんだ?」


 「えっとですね…。そこにいた村の人たちが、ゼノス様に『ありがとう』って伝えてくれって言ってたんです!」


 「ありがとう…?」


 「はい!」


 言葉の意味が一瞬理解できなかったが…というより自分の耳を疑ったが、彼女の返事が聞き間違いではないことは理解した。


 「私に……?」


 「そうです!!」


 「………そう…か」


 予想外にもほどがある。

 まさか王国の人間に感謝の言葉を言われるとは思っていなかった。


 「……そうか。それは、よかった」


 ゼノスは微笑んだ。

 そしてエスメラルダの頭へと手を動かす。撫でてやろうとしたのだ。

 だがエスメラルダはそれを避けた。


 「どうした?」


 初めての行動だ。

 彼女が撫でられることを拒絶したことは今までなかった。


 「今日頑張ったのはゼノス様なので、ゼノス様が撫でられるべきだと思うんです! だから今日は私が撫でます!」


 「――ああ、わかった。ありがたく撫でてもらおう」


 「はいっ!」


 ゼノスはその場にしゃがみ、エスメラルダに頭を向ける。

 その黒い髪の生えた頭に小さな幼い手が乗せられた。

 それは優しく、ゆっくり動いて彼を撫でる。


 「よしよし」


 エスメラルダが満足そうにしているのが見なくてもわかる。


 「あ! 後で私も撫でてくださいね!」


 「…もちろんだとも」


 月の下。

 夜空の美しさは相変わらず変わらない。

 しかし、彼は思う。


 この世界は美しいのだと。


 護らなければならないのだと。


 生きなければならないのだと。


 「俺は――」


 ――罪と後悔を抱える彼はこの世界で、生きていく。

この章は幕間をあと一つ入れて終わりです。

ささっと終わらせるはずが思いの外長くなりました。

まあしかし今回は導入編みたいなものなので、本番は次の章です。アヤトくんの物語に一区切りつく章ですが、この章よりおそらく短いです(代わりに情報量がとんでもなく多くなるんですが)。

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