第22話 『右手』
「――…ヤト! アヤト!!」
聞きなれたエレナの呼び声につられて瞼を開く。
以前真っ暗ではあるが、その行動は他の者たちを安心させるには十分足り得る行動であった。
「やった! 目覚ましたわよ!!」
歓喜の声を上げるロザリエ。
彼女の元気な声を聴くとやはり安心する。
「よ、よかったです…。アナの治癒魔術の効果はあったようですね」
エレナは心底安心したような声音だ。
「イーターはどうなったの?」
「…絶命しました。跡形もありません」
「よかった…」
イーターの消滅と声を聴いたことでエレナとロザリエの二人の無事は確認できたわけだが、こういう時に一番声を出しそうなアナが一言も発していない。
「…アナは?」
「あなたね、なんで自分よりも他人のこと気にかけてんのよ…」
呆れたように口にするロザリエであったがすぐに彼女はアヤトの問いに答えてくれた。
「すぐ横で寝てるわよ。あなたの治癒をするために魔力消費し過ぎちゃったんでしょうね」
確かにアナは眠っているようだった。気を失っていると言った方が正確かもしれない。
そのことを確認できたアヤトは安心したが、すぐに違和感に気付いた。
「――――右手…」
腕の感覚がおかしい。
右腕が上がらない。
というよりも感覚自体が存在しない。
「…………」
しばらくの沈黙が訪れる。
この空気で大体は察した。心当たりもあったので受け入れるのも早かった。
「なくなったんだね」
魔力を流し過ぎると爆発すると言われていたあの宝石を、アヤトは膨大な魔力を貯めていたイーターの体内に腕ごと押し込んだ。結果的にはアヤトの、イーターを体内から爆破させるという思惑は成功した。が、当然代償はあった。
右腕だ。
宝石を入れるために共に口内にねじ込んだ右腕が、爆発に飲まれて跡形もなく消えてしまったのだ。
「なんで…、あんな無茶したんですか…」
「まあ僕を護ったまま時間を稼ぐのは絶対に無理だと思ったからっていうのと、次にまたあの魔力放出をしてくれるかわからなかったからだよ。せっかくルーダスさんから貰った物を壊しちゃったけどね…」
今度謝らないと、などと彼は続けて口にした。宝石が砕けたことをアヤトは心の底から申し訳ないと思っている。その彼を見てロザリエは唖然としていた。
「右腕が…、右腕がなくなってるんですよ…?」
エレナが震えた声でアヤトに言う。
「うん」
なんでもないように盲目の少年は返答した。
「うんって…」
「あんなに強い怪物だったんだし仕方ないよ。むしろなくなったのは僕の腕だけで済んだのなら安いものじゃない? ああ、宝石もか…」
彼の言う通りではある。
本来なら宝石の強力な爆発が目の前で起きれば、アヤトは間違いなく死んでいる。
イーターの皮膚が硬かったとはいえ、失ったのが右腕だけで済んだのは奇跡だった。
「でも、アヤトの腕が…!」
彼の態度に対して、どこからともなく湧いてきた怒りの感情と共に言葉を発しようとした時、片翼の少女が勢いよく起き上がった。
「アヤト!!」
目覚めた瞬間、初めての友人の名前を叫んだ。
そしてすぐに横に目を向けて、意識を取り戻したアヤトを視界に捉える。
「よ、よかったぁ…。生きてたぁ……」
目じりから雫が零れ落ちた。
涙が、彼女の瞳から大量に流れ出てくる。
「――ありがとう、アナ。助けてくれて」
「本当だバカ! 大変だったんだぞ!! 私治癒魔術下手だから血を止めるの時間掛かったし…」
残った魔力翼二枚をリソースとし、アナは苦手とする治癒魔術を使ってアヤトを治療した。適正ではない、もしくは慣れていない魔術の行使は魔力を余分に消費する。
右腕を止血して塞ぐには魔力翼二枚だけでは足りなかった。だから彼女は自らの魔力も底が尽きるまで使って何とか応急処置を終えた。
倒れていたのはそれが原因である。
「うん。ごめんね…」
そんなことしかサキリアヤトには言えなかった。
「謝るな…」
初めてできた友達が死ななかった。
生きててくれた。
それが嬉しくて、涙が止まらなかった。
「――ま、何はともあれ一件落着ということで。さっさと戻りましょ。ヴァイオレットは治癒魔法は使えるのよね?」
「あ、ああ。私の治癒魔術はヴァイオレットから教えてもらったものだからな」
「ならさっさと山下るわよ。アヤトの腕を診せないと」
異論はない。
ここにはもう用はないのだ。
「アヤト、一人で歩けるか?」
「多分大丈夫だよ」
「…いや、肩を貸すから掴まれ」
「でも…」
「うるさい」
節々に痛みはあるが、アヤトはアナの言葉を拒もうとした。
しかしアナは無理やりアヤトを掴んだ。
「行くぞ」
「………」
肩を貸してもらったアヤトはそこから何も言葉を発さなかった。
「――ほら、エレナ。あなたは私の背中に乗って」
「…ありがとうございます」
エレナはおとなしくロザリエに背負ってもらうことにしたが、やはりこういう時に自分の足で立てないのはもどかしくて、大切な人の支えになれないのは悔しかった。
四人は怪物が死を迎えた洞窟を後にした。




