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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第三章 『劔の魔人と喰らう者』
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第21話 『今度こそは』

 魔力翼。

 簡単に言えば、天空人特有の外付け魔力タンクである。

 一本の羽に込められた魔力量は使用者の全魔力。3本の魔力翼を展開できる者は本体を含まて4人分の魔力を持つことができるということだ。

 ちなみに平均本数は4本であり、アナのように片翼だけで8本もの魔力翼を展開できる天空人は稀である。加えて彼女の素の魔力量は相当高い。その魔力が込められた魔力翼を8本すべて合わせればゼノスの魔力量すらも超えることができる。それらを全て拳に乗せて放てば、イーターの強靭な外皮でも貫通は可能になる。


 しかし失敗した。


 8本目までチャージする予定だったが、できたのは6本目まで。

 アヤトを救うためにフルチャージ前に頭部へ向けて力を放ってしまった。

 だから事前にゼノスに狙うようにと言われていた心臓付近のコアの破壊には至らなかった。

 使い切った魔力翼は時間が立てば回復するが、それは数時間後の話だ。消費した6本はこの戦闘中に戻ってこない。

 残る2本だけでイーターの外皮を突き破るなんて無理難題である。


 つまりはもうイーターを殺す手立てがない。


 「EEEEEEEEEEEEEEEEEEE――!!」


 咆哮。

 一連の攻防で発生していた土煙が晴れた。

 天井に空いた穴からは光が差す。


 「どうする?」


 「どうしようもない。今ので切り札は使った」


 「そ。ならここから逃げましょう」


 手がないのなら撤退する。

 ロザリエの判断は早かった。


 「――ごめん。僕のせいで」


 「な、何を言ってるんだ! アヤトが死んだら元も子もないだろ!」


 「そうよ。全て終わったわけじゃないし。あなたが死んだらみんな悲しむんだから。謝らないの」


 誰一人として彼の死など望んでいない。

 むしろあの状況で無事だったことは素晴らしいと言えるだろう。


 「――――」


 彼らは慰めてくれる。

 嬉しいことではあった。

 しかし彼は失態を犯しているのだ。

 本来なら殺せるはずだったというのに、自分のせいで攻撃を失敗させた罪悪感はやはりある。


 「はぁ…とりあえずここから出るわよ。帰ってもそんな不景気な顔してたらぶっ叩くからね」


 「――――」


 今取るべき最善の行動はロザリエの言う通り逃げることだけだ。

 また足を引っ張るわけにはいかない。


 「行こう」


 踵を返し、出口から洞窟の外へと出る――なんてことが許されるわけがない。


 「…!?」


 出口へと続く透明の壁ができた。

 魔術か、もしくはそれ以外の力か。どちらにせよ三人を逃がさないための結界に違いない。作り出したのはもちろん――


 「――イーター…」


 「ニガサナイ。オマエハ、セカイニソンザイヲユルサレテイナイ。キエロ」


 アヤトに向けられた言葉にロザリエが口を挟む。


 「バーカ。消えさせないわよ。アヤトは私たちの友達なんだから。世界云々なんて関係ないわ」


 再び弓を構える。


 「そうだ。アヤトは私の初めての友達だ。いなくなったら困る」


 残り二本の羽を展開。

 殺すことができなくなっただけでまだ魔力翼は使える。


 「アナ、この壁壊せる?」


 「いや、多分無理だ。魔力が足りない。ここからでるにはあの怪物を殺す以外に方法はない…と思う」


 「そう……」


 魔力翼を消費して攻撃力を上昇させても壁の破壊は不可能だった。


 逃げることはできない。

 逃げるためには殺さなければならないのだから。


 殺すことはできない。

 三人にはもう殺すための力はないのだから。


 「ゼノスは片づき次第こっち来るって言ってたんだから時間を稼ぎましょ。それしかやれることないと思う」


 「――そうだな」


 希望が消えたわけではない。あとの頼みの綱はゼノスだ。

 彼は増殖したイーターを全滅させたらオリジナルの方に向かうと言っていた。今はそれを信じて耐えるしかない。


 「アヤトはなるべくあいつから離れて捕まらないように――」


 サキリアヤトの運というものは決していいとは言えない。むしろ盲目であることを考えると悪い方だと言えるだろう。

 そのためか、今この最悪な状況で…刻限が訪れた。


 「リンクが…!」


 「う…っ!」


 エレナはアヤトの体からはじき出され、地面に落ちた。


 「な……」


 アナとロザリエは困惑する。

 仕方のないことだ。まさかリンクに制限時間があるなんて知らなかったのだから。


 「ちょ、ちょっとどういうこと!?」


 流石にこんな状況でリンクを解除するとは思えない。不測の事態であることはわかるが、タイミングが悪すぎる。


 「キンキ、ガ…、キエタ…?」


 どうやら困惑しているのはイーターも同様のようだった。しかし、彼の行動理念は依然変わらずだ。


 「マアイイ。カタストロフヲ、コロスコトハ、カワラナイ!!」


 アヤトに向けて大きな口が開かれる。


 「説明は後でします! それよりもイーターの攻撃対象はおそらくアヤトです! 護ってください!!」


 イーターの攻撃対象がアヤトであることはすでに把握している。

 リンクの説明などよりも彼の命の方が優先だ。


 「わ、わかった……って、アヤト!?」


 アナがエレナから視線を移したところで、アヤトがイーターに向かって歩きだしていることに気付いた。


 「アヤト、なにして――」


 「アレを倒す」


 ロザリエの声を遮って彼は即答した。


 「た、倒すって…」


 「方法があるんだ。任せて。……今度はしっかりやるから」


 友人。対等な存在。

 できてみてから分かった。

 彼らのような者たちと共に過ごす時間は楽しいのだと。

 エレナのような存在とはまた違う。友人というのはアヤトにとってプラスに働くものであった。

 実に尊いものであったのだ。


 ――そんな彼らの努力を水の泡にした。


 もちろんアナたちはそんな風に思っていない。

 捕まったのは仕方がなかったはずだ。

 だがサキリアヤトという少年はそうは思わない。…そう思えないのだ。

 罪悪感が彼らの中で渦巻いている。


 対等の立場である友人の足を引っ張ってしまった。

 よくない。

 それはよくない。

 対等ではなくなる。

 結局自分は誰よりも下になってしまう。


 怖いことだ。

 対等な存在の素晴らしさを知ってしまった彼にとっては、体が傷つくよりも恐ろしいことだ。


 だから彼は歩む。


 最後にイーターを視認した方向へ足を進める。


 「…………魔力」


 口内に光が灯る。

 また光線を放出するために魔力を貯めているのだ。

 それによってアヤトはアビリティでイーターのいる位置……より正確に言うのなら魔力が漏れ出ている口の位置を捉えることができた。


 「待って!!」


 アナが止めようとするも、正確な位置を掴んだアヤトは走り出した。


 「待ってくださいアヤト! 倒すとはどうやって…」


 リンクをしていないアヤトに出来ること……ましてや戦闘で行えることなんて限られている。攻撃なんて拳や、ルーダスから貰ったマジックアイテム以外にない。しかしどちらもイーターには通用するわけが――


 「――! ロザリエ、アナ!! アヤトを止めて!!!」


 止めなければならない。

 アヤトのやろうとしていることを理解したからには、エレナは彼の行動を阻止しなければならない。

 大切な人なのだ。させてはいけない。


 故に声を上げた。

 ロザリエとアナに止めるように願った。

 二人はその声を聴いて、理由を尋ねることなく動き出す。エレナがこれ以上ないほどに焦っていたのだ。動かないなんて選択肢はない。


 しかし手遅れだ。


 アヤトは走りながら、右手に宝石を握っていた。


 「2秒…。これなら、間に合う…!!」


 そしてその宝石をイーターの口にねじ込んだ。


 「EEEE!?」


 「…ルーダスさんが言ってたんだ……。この宝石に魔力を与えすぎるなって…」


 膨大な魔力の渦の中に入れられた宝石は、全てを吸収する。

 これがアヤトにとって唯一の突破口だ。


 「がぁ…っ!! あ、あぁ……ッッ!!」


 危険を察知したイーターは口を閉じてアヤトの腕を噛んだ。

 喰らう者と呼ばれるだけあって咬合力は人間など遥かに超えていた。

 尋常ではない痛みをアヤトを襲う。

 黒の衣がないので痛みの軽減などは微塵もないのだ。

 彼の触覚は、痛みを倍増させて正確にアヤトに伝える。失神してもおかしくないレベルの痛みだ。むしろ意識を保っているのが異常である。


 けれど無駄だ。

 イーター自信それは薄々感じ取っているかもしれない。

 宝石が体内に入った時点で詰みだと。

 それにそんな怪物の最後の抵抗など彼の目に映っていない。


 「あなたが、なんなのかは……よくわからないですけど――――死んで、ください」


 「――――!!」


 次の瞬間。

 イーターの体内で宝石を炸裂した。

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