第20話 『劔の魔人』
「なんであの子たちだけに行かせたんですか? てっきりあなたが行くもんだと思ってたんですが」
ギーノの疑問。
彼は怪物の胎児にはゼノスが出向くのだと思っていた。しかし劔の魔人は、怪物の退治は彼らに任せたと言って村から少し離れた場所で腕を組んで佇んでいるだけだ。
「私には私のやるべきことがあるからな。…それよりも君もそろそろ戻った方がいいぞ」
「いや、流石にそろそろあなたがここにいる理由と村の人を一か所に集めさせた理由を聞きたいんですが…」
ギーノはゼノスの指示で村人を彼らが夜を明かした大きな家に集めていた。
「彼らを集めたのはあそこが安全だからだ。私の部下のヴァイオレットに結界を張らせたからちょっとやそっとじゃ破壊はされない」
「破壊ってどういうことです?」
まるで村が襲撃されるかのような物言いだった。
「村に向かって怪物が来るんだ。あっち側からな」
ゼノスはアヤトたちが向かった、川の流れてきている山の方を指さした。
「…? 怪物の退治はあの子たちが行ったんですよね?」
「あぁ、言い方が悪かったな。正確には怪物の眷属のようなものだ」
「は?」
「それも数が相当多いらしい。だから君も早く非難するといい」
「いやいやいや。何を言ってるんですか?」
「言葉通りだ」
どれだけおかしなことを言っているのか自覚はあるのかと問うが、彼にふざけている様子はない。
「君はあの怪物が跡形もなく人を喰らうと言っていたな。あれは誤りだ。死体があそこになかっただけだよ」
「…わけがわからないんですが?」
「単純な話だよ。喰われた者は喰う者と化し、喰う者は喰われるものを喰らった。これの繰り返し。それだけだ。……ほら、そんなことを話している間に来たぞ」
山に生えた木々が揺れている。…いや、大地が揺れている。
ごごごごご、と何かが地中で蠢いている音が周囲には響いていた。
それと同時に山の頂上に光の柱が出現した。
「な…。あれは魔力か…?」
「だろうな。アナのではないようだが……まあいい。それより君は早く帰りたまえ」
光の柱についてはゼノスもよくわかっていなかった。しかしもう刻限だ。
木々に囲まれた山の麓で土煙が上がった。
「あれか」
木々をなぎ倒し、ゼノスたちの方向へと何かが迫る。
考えるまでもない。イーターたちだ。
「「「「EEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!」」」」
現れたのは群。
白い怪物の大群である。
五体満足の個体もいれば、一部分が失われている個体もいる。そもそも人型ですらない四足歩行のタイプもいた。
それらは着実に距離を詰めてきている。
「上は感じても満たされることはない、か…。過去の遺物の被害者だ。君たちは私の手で終わらせよう」
イーターは増殖する。
その方法は生物を噛むこと。
オリジナルのイーターが食らったのは一人の人間だけだ。
その一人は眷属となり、『喰らう者』になった。そこから増殖したのだ。
村を襲っては数を増やしていった。
人だけでない。家畜や野生動物も喰らった。
喰らって喰らって、怪物は増殖した。
その結果、イーターの総数は100を優に超えた。
まるで疫病だ。抑えようがなかった。
なぜなら彼らは用を終えたら地中に潜るのだ。誰も大群だなんて想像できるわけがなかった。
「ちょ、ちょっと待て! あんたあの数を一人で相手するのか!?」
無謀としか思えなかった。
ゼノスからは昨日怪物を逃がしたと聞いているのだ。
つまり劔の魔人である彼でも殺しきることのできなかった存在が100以上迫ってきていることになる。
「大丈夫だ。アレらはオリジナルほど強くはないし、アビリティも効く」
「だ――」
だからってあまりにも敵が多すぎる。
そう言葉にしようとした時だった。
「『アヴェット』」
ゼノスが呟くと彼の正面に1本の剣が出現した。
「『レグドーラ』」
続いて2本目。
「『ガディバル』、『アーグ=レイヴァン』、『ドルバードッド』、『バルガナ』、『ゴ』、『ローザ=ノウザールト』、『リオン』」
3本目、4本目と次々に劔は現れ、最終的に9本の剣が彼を囲むようにして宙に浮いていた。
アビリティにはそれぞれ名称がある。
当然ゼノスのアビリティにもだ。
――《ナインズ・ソード》
9本の剣。
それが彼のアビリティ名。
圧倒的な力の正体。
「…………」
ギーノは元騎士である。
見るだけで或る程度は相手の力量はわかる。
よって彼はゼノスのことを自分のであったことのある強者の中の最上位においていた。
しかし、戦闘態勢に入った彼を見て理解した。
自分の認識は謝っていたと。
このゼノスという男は、ギーノの物差しでは測ることができない程に――
「さて、大掃除だ」
劔の魔人は喰らう者の群れを殺すべく、一歩踏み出した。
*****
9つの剣は振るわれる。
彼の腕は人同様2本だ。最高でも劔は2本しか持てない。けれど問題はなかった。
劔は自ずと動く。
彼の動きに、思考に合わせて敵を薙ぎ払っていく。
ゼノスが右手に握った一本の剣で襲い掛かってくる『喰らう者』を両断すると、他の8本は各々動いて周辺を蹴散らしった。
どれだけの実力差があろうと慢心はしない。
一体一体確実に息の根を止めていく。
その様はまるで鬼神。
吹き荒れる嵐。
抑止のしようがない自然災害。
人が彼を見たのなら戦慄するだろう。
劔の魔人は全てを蹂躙する。
「あれが……劔の魔人、ゼノス…」
柱に設置してある櫓からレイはゼノスの戦闘を観察していた。
それでわかったのはあまりにも次元が違いすぎることだ。
喰らう者を苦戦することなくことごとく殺している。
おそらくあの場にいるのがゼノス以外であれば数によって押し切られていただろう。村を護るためだ言っていた彼の判断は正しかった。
「…そして、黒髪」
黒髪が忌み嫌われている理由。
それは黒髪は絶対的な力を持ち、世界に対して危害を加えるからだということになっているが、そんなものはでたらめである。
絶対的な力を持ったのがたまたま黒髪だっただけなのだ。力を持たない者は数多くいる。この世界に住まう黒髪はほとんどそうである。
しかし現在、今の段階に至っている時点で黒髪についての真偽などどうでもいい話なのだ。黒髪の者たちは今まで様々な事件を起こして、危害を加えてしまっている。
すでに不変の事実だ。
歴史に刻んでしまった以上は払拭のしようがない。
そこはこの世界で黒髪として生まれた以上は理解しておかなければならないことである。
「私と同じ…忌み嫌われる黒髪……」
レイはゼノスの姿を見て納得していた。
確かにあれほどの存在がいるのなら自分たちに対する対応もやむなしだと。
「………」
視界に入っていても、彼女にはもうゼノスの戦闘が見えていなかった。




