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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第三章 『劔の魔人と喰らう者』
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第18話 『洞窟』

 見渡す限りの自然。

 緑色の葉は風によってそよぎ、心地のいい音を鼓膜に届ける。穏やかに流れる川は、気持ちを落ち着かせてくれていた。


 「そろそろかしら?」


 村近く、イーターがいるとされる山にいるのは四人…地に足をつけて歩いているのは三人であった。というのも浮遊椅子が戦闘時には邪魔になるということでエレナはアヤトに背負われているのである。


 「もう着きますか?」


 「多分ね。山頂すぐそこだし」


 山の標高は大してない。

 角度も苦になるほどではなかった。

 一応斥候のような役割であるロザリエが戦闘を歩き、アナ、アヤト、エレナは順調に目的の洞窟に進んでいる。


 「…それにしてもあの白いのが一匹じゃないって本当かしら」


 「なんだ、ロザリエはゼノス様を疑っているのか?」


 「そんなつもりはないんだけど微妙なところよね」


 未だにゼノスが昨日放った言葉が信じられなかった。

 イーターは複数体いると言うのだ。


 「アヤトはどう?」


 「僕はそもそもイーターのことを感知したことがないから何とも言えないかな」


 「あー、アビリティを無効化するってことはアヤトは感知できないのかぁ。まあでもリンクすれば見えるようになるでしょ」


 ゼノスから言われたイーターに関しての情報。

 あの怪物はアビリティを無効化する。

 これに例外はなく、どんな効果であろうが自分を対象に発動されたアビリティは強制的に消失させられるというのだ。しかし魔術については効きはするらしい。が、問題は魔術に対する耐性と皮膚の純粋な強度。腕前が一級の魔術師の攻撃魔術でもかすり傷を与えられるかどうか。それにただの剣ごときでは、皮膚に切り傷を与えることは不可能。

 防御面は異常な強さだ。

 アビリティを無効化することのできない、リンク後のアヤトたちよりも強いのは確かだろう。

 攻撃面に関してはゼノスは自分よりも弱いと言っていたが、企画外の彼を基準とするのは間違っているため結局不明瞭なままである。


 「ま、でもアナが必殺技ってやつを持ってるらしいから安心ね」


 アナの力があればイーターを倒せるのだと言っていた。

 だから三人はさほどの心配をしていない。

 慢心と言えるかもしれないが、ゼノスの言葉は信用できるからこそのそれだった。


 「任せておけ。私は強いからな」


 自信満々に言う少女に対して、アヤトが言葉を口にした。


 「うん。信用してる」


 「……!」


 アナの足取りが遅くなった。


 「…あんたねぇ、いつまで気にしてるのよ」


 「き、気にしてなどいない! ただちょっと疲れたから遅くなっただけだ!」


 「あっそ…」


 もちろんアヤトを見て、彼の声を聴いて、アナが動揺しているのだということわかりきっているが、似たようなやり取りを何回かすでに行っているので、流石にロザリエも疲れると言うか呆れていた。


 (アヤトもちょっとおかしいのよねぇ…)


 アナに対して気安くなったような感じが見受けられる。

 エレナがいるのに躊躇いというものがないのだ。

 別に悪い変化であるとは思っていないが、少し気になる。


 「まあ、しっかり戦ってくれればいいんだけどさー」


 ロザリエは横目でエレナを見た。

 できる限りアヤトに密着しようと、おんぶされているエレナはなるべく力を入れて抱き着いて、顔を彼のマフラーに埋めている。

 嫉妬からしているであろうその行動は愛くるしくはあるのだが…。


 「はぁ…」


 珍しくため息を吐いてロザリエは歩みを続ける。


 「大丈夫かしら」


 一抹の不安をロザリエは抱えていた。

 

*****

 

 「――見つけた」


 山中に出来た空洞を発見する。

 洞窟への入り口だ。

 ゼノスの言っていたものだろう。


 「となるとこの先に…」


 目標のイーターがいるということになる。


 「…準備はいい?」


 「私は問題ない」


 アナがそう答えた一方で、アヤトはエレナを背負ったままである。


 「僕たちも行けます」


 「あれ? それで行くの?」


 「戦闘直前にリンクを使うので大丈夫です」


 二人にはリンクに制限時間があることを言っていない。

 エレナの認識では約三分。

 しかし彼女の知らない間に実は四分ちょっとまでは伸びている。が、四分だ。

 その間しかアヤトは戦闘要員として機能できない。なのでリンクするタイミングはよく考えなければならない。


 「…わかった。なら行くよ」


 ロザリエはいつでも戦闘が行えるように弓を持ち、先頭に立って洞窟の先へと進み始めた。


 「な、ちょっと待てロザリエ。暗いまま進むのか?」


 ロザリエは先の見えない洞窟に松明も持たずに進もうとしていた。


 「ん? ああ、あなたたち夜目が利かないのね。忘れてたわ」


 暗い場所を見通せないアナと違って、アヤトはアビリティによって道の把握をできる。だがリンク後は視界を得ることになるので光があって困ることはないだろう。


 「ちょっと待っててね」


 ロザリエは地面にしゃがむと無造作にその辺りに転がる小さな石を拾い始めた。


 「何をするんだ?」


 「これを光源にするのよ。――《ライト》」


 呟くと数個の意思が乗った手のひらの上に黄色の魔法陣が出現した。

 刻印魔術。

 エルフの間では魔術ではなく魔法と呼ぶのだが、それは今はいいだろう。

 ロザリエが使用した刻印魔術というのは文字通り刻む魔術である。対象に刻むことで効果はその発揮される。

 時限式、もしくは永続式などの種類があるが、普通の魔術を刻印魔術として使って対象が任意のタイミングで使用できるように応用することも可能である。アヤトが森で遭遇した薔薇色の髪の女性――メイアがガルノやアヤトに使用したのもこれだ。

 ロザリエは光を出現させる魔術、《ライト》を小石に刻んだ。

 するとどうなっただろうか、


 「おお、すごいな。流石私の友達だ」


 「でしょ?」


 ただの小石は持ち運べる光へと変化した。

 ロザリエは歩きながらそれを等間隔に洞窟内に放り投げていく。

 これで夜目の利かないアナやエレナにも視界を確保することができる。


 「今度こそ行くわよ」


 途中途中で小石を拾い、発光させては道を照らしつつ歩むロザリエの後を二人は追った。


 洞窟は思いの外広かった。

 三人が並んで歩いていても余裕はある。

 しかしそれはあくまで幅の話だ。奥行ではない。


 「――ん、光が…」


 小石の光源とは違う。自然の薄っすらとした光がロザリエの視界に入り込んできた。

 彼女は小石を捨てて歩きだす。

 しばらく彼女の後を追って進むと、その光はロザリエ以外にも捉えることができるようになった。


 「どっかに隙間があるのかしらね…って、到着したみたい」


 光に進んで歩くと開けた空間が彼らの視界に映った。

 この洞窟の終点だ。思いの外奥行きはなかったらしい。


 「………」


 高さは約三十メートルほどだろうか。

 天井の所々からうっすら光が差し込んでいる。

 戦闘をするのに申し分ない広さの空間だ。

 その中央に、白い怪物――イーターは何をするでもなく佇んでいた。

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