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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第三章 『劔の魔人と喰らう者』
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第16話 『提案への返答』

 とんでもないことを言い放つと、彼はイーターについての情報を話し始めた。

 

 現在はその後、食事を終えて家の中ではヴァイオレットがめんどくさそうな顔をしながらとある作業をしていた。それはベッドを家の中出現させる作業だ。

 まず伝達のスクロールで自国にメッセージを送り、転送するものをベッドに変えさせる。そして転移のスクロールの数が足りないため、転移のスクロールを使い、さらに追加でいくつかの転移のスクロール呼び出し、その追加で呼び出した転移のスクロールを使用してベッドを出現させていた。

 家庭が多すぎるので、基本仕事中は無表情に徹している彼女が嫌な顔をするのも無理のないことであった。


 返す時のことも考えて憂鬱になっているヴァイオレット、呼び出されたベッドに早速横になってお喋りをしているアナとエスメラルダとエレナ、防具の点検をしているレイ。ロザリエ以外の女性陣は家の中で過ごしていた。

 男二人はというと屋外にいた。


 「別に家にいてもよかったんだぞ?」


 村の外。ゼノスは背後にいるアヤトに声をかける。


 「流石にあそこに僕一人っていうのは気が引けるので…」


 あそこは個室というものがない。

 つまりゼノスが外に出て行った場合、アヤトはその他の女子に囲まれる。ただでさえエレナ一人と添い寝するだけで、一応健全な男子であるところのアヤトは辛いというのに、多くの女性の輪の中に入るというのには抵抗がある。

 つまり恥ずかしいのだ。


 「ははは、なるほど。でも君は女性慣れしておいた方がいい」


 「なんでですか?」


 「私の知り合いの黒髪の男がな、女性との関係には苦労していたんだよ。根拠のない勘ではあるが君もそうなる気がしてね」


 「なるほど…」


 本当に勘である。友人とアヤトをただ重ねただけだ。


 「そういえばゼノスさんこそなんで外に?」


 アヤトはた退避を目的に出てきたが、ゼノスはなぜ外に出てきたのだろうか。


 「…き、昨日と同じだ。夜空を眺めたくてな…」


 確かに夜空を眺めるのを日課にしているが、それだけが外に出てきた理由ではない。

 先ほどギーノからそこは死んだ人間が住んでいた家だと聞いたので、なるべく家にはいたくなかったのだ。

 なぜなら怖いからである。


 「ま、まあそれはそうとして。――大丈夫か? 視線を向けられているようだが…」


 「…ゼノスさんの方は大丈夫なんですか?」


 「私は黒髪が全員悪人ではないと理解しているが、彼らはそれを知らないのだから、別に思うところはない。強いて言うのなら……少々不快なぐらいだ」


 「…………」


 わざわざ村から出てきたというのに、物陰から数人がゼノスとアヤトの様子を窺っている人間が数人いる。

 本人たちは気付かれていないと思っているのだろうが、二人にバレないわけがなかった。

 さらにアヤトには薄っすらとだが、話声が聞こえていた。


 「…黒髪が二人もいるぞ」

 「本当だ…。村に入れてよかったのか?」

 「ギーノさんが呼ぶようにって言ってんだ。仕方ないだろ」

 「まあ、なんにせよ関わらないのが賢明だ。子供たちはあいつらの家に近づけないようにしろ」

 「――はぁ…。なんで黒髪なんて厄介者が…」


 なぜこの世界にいるのか。

 アヤトの耳は確かに声を拾っていた。


 「…………」


 悲しくなったり、嫌に思ったり、そんなことはなかった。自分が厄介者で、不必要で、異物だというのはすでにわかりきったことなのだ。今更何を言われたところで気にするアヤトではない。

 しかし素朴な疑問が脳内に現れた。


 「なんで黒髪はこんなにも嫌われているんですか?」


 この世界の常識を彼は聞いた。

 ヘルトから黒騎士が関係していると聞いてはいたが、詳しいところまでは知らない。

 それを知らないことによってゼノスに違和感を持たれるかもしれない恐れを、彼は考慮していない。純粋に疑問であったことを口にしてしまっていた。

 ゼノスは彼がこの世界の常識が少々欠落していることには気づいてはいるが、気にすることでもないと追及する気など微塵もない。質問には少しの間をおいてから答えた。


 「――忌み嫌われるようになった原因は、この時代に至るまで世界に厄災をもたらしてきたのが黒髪だからだ。例を挙げるならエクリプス、『アン』のリーダー。今は亡き封印されし終焉者。国を滅ぼしたとされる私。…そして、黒騎士などだな。私や彼らの存在が数の黒髪を悪役に仕立て上げた。が、それはあくまで我々が悪だと認識された引き金だよ。差別や迫害には今言った原因など、無関係とまでは言わないが、大した関わりはない」


 「どういうことですか…?」


 「…被害にあっていない者も我々黒髪を蔑んでいる。見たこともないのに嫌悪感を抱いている。もうすでに彼らにとって黒髪が自分たちよりも下の存在だということは常識であり、確定事項なんだ」


 つまりは黒髪の人間がこの国で差別されている理由は、彼らが厄災を振りまくものだからでなく、黒い髪をしているからなのだ。起こした事件など見ていない。見ているのは頭髪の色だけ。


 「だから、差別するんですか?」


 「そうだとも。差別というのは、言うなれば人間の性だからな。都合のいい存在がいればするさ。断言してもいいが、今の時代を生きて黒髪に対して差別意識を持っている人間は、国が法で差別を禁止しようが我々を受け入れることはないだろう」


 「――僕には、人がよくわかりません」


 それほどまでに差別する必要がない。見つけられない。

 だが、考えるだけ無駄だ。なぜならゼノスの言った通り『そういうもの』なのだから。


 「私もだよ。私にも人間がよくわからない。でももし我々が欠落者でもなく、黒髪でもなかったら、どうなっていたと思う?」


 「……わかりません」


 今の今まで、もしも自分が普通だったらなんて考えたことがなかった。

 立場が違った場合なんて想像することなんてなかった。


 「その通りだ。私にもわからない。でも我々も差別する側になっていた……という可能性があるんだ」


 「…怖い、ですね」


 「ああ。怖いな、人間は」


 自分たちが今の立ち位置にあるのはただの偶然。

 何かが一つ違えば立場が変わっていたかもしれない。

 される側ではなく、する側になっていたのかもしれない。

 されは、実に怖いことだ。


 「――あなたたち男二人なんでそんな暗い話してるのよ」


 「む。ロザリエくんか」


 美しい金髪を世風になびかせ、村の方から歩いてきたのはロザリエだった。


 「ロザリエさ……ロザリエはどうしてここに?」


 途中鋭い視線を向けられたので、名前を言い直して質問した。


 「家に戻ろうとしたらあなたたちが見えたから来てみたの。ま、それはいいとして暗い話をしてる理由は?」


 「理由などは特にない。成り行きだ」


 「あらそう。それなら戻らない? みんなでお話しましょ。暗いのじゃなくて、明るいお話」


 まるで心を温めてくれる明かり。ロザリエは本当に明るい少女だ。

 年齢的に少女と言っていいのか微妙ではあるが。


 「――いや、その前に少し話を聞いてくれるか? 君たち二人がいるのはちょうどいい」


 今までもそうであったが、今回は一層真剣な表情と声音でゼノスは声を発した。


 「別にいいけど…どうしたの急に?」


 すでにゼノスも友人感覚であるロザリエは彼の変化が気になった。


 「…アナについて話しておきたいことがある」


 「………」


 流石にアナの名前が出されたことで二人の顔つきも真剣な者へと変わった。


 「あの子は捨て子なんだ。天空人…つまるところ亜人の一種であるアナは、本来両翼で生まれてくるはずだった。しかし彼女が持つのは右翼だけ。左翼は双子の妹のものになった」


 「だから片翼だけ翼がなかったんですね」


 彼女の背に生えていたのは右翼だけ。

 この世界に存在する天空人というのは、両翼で生まれてくるのが普通である。だが双子の場合、翼は片方ずつになってしまう。


 「言ってしまえば、あの子も人間の世界で言うところの欠落者。そのため天空人の住む天界から追放されてしまった」


 「は? 片方の翼がないだけで追放されたの?」


 「それが天空人だ。両翼でなければ同じ種族として認めない。だから地上へと追い出したのだろうな。むしろ片翼を不要な厄の子と呼んでいる天空人たちが、あの子たちを処刑せず追い出しただけというのが不思議だよ」


 ゼノスの知る天空人というのは、決まりに厳しい者たちであり、厄の子を存在してはならないとしていた。アナが生きているのは奇跡に近いだろう。


 「それであなたが拾ったの?」


 「…そうだな。たまたま倒れている双子を見つけたから連れ帰って育てた。その片割れがアナだった。――それでなんだが…」


 ここまでが前置き、話の本題はここから。

 話というよりも願いに近いかもしれない。

 彼は少女には初めての、少年には二度目の頼みごとをする。


 「…あの子は可哀想な子なんだ。でも元気に育ってくれた。自分が捨て子だと理解していながら明るく生きてくれている。心のどこかに深い傷があるのだろうが、我々がそれをどれだけ癒せたかわからない。だから君たちにはずっと友人でいてもらいたい。友人として、あの子と接して傷を癒してあげてほしい。君たちと話している時のアナはとてもうれしそうなんだ」


 決して安心させようと偽りの笑みを浮かべているわけではない。

 アヤトやエレナ、ロザリエたちと会話をしている時の彼女は心の底から笑っている。

 それはゼノスが望んでいた笑顔、守りたい輝きだった。


 頭を下げてまで、一国の王が頼み込む。

 いや、王ではない。家族として、親として、娘のために首を垂れる。


 「――バカね。なんで頭下げてるのよ。安心しなさい。そんなことしなくたって私たちはずっとアナの友達でいるわよ。ね、アヤト」


 彼女はいつも通り軽い調子でそう言うと、アヤトへ翠色の瞳を向けた。


 「…うん。大丈夫です、ゼノスさん。僕もずっとアナの友達でいます。絶対に」


 初めての友人。

 同じ欠落者。

 何よりゼノスの頼み。

 サキリアヤトは彼女の友人であり続けることを心に決めた。


 「そう…か…」


 頭を上げたゼノスは驚いたような、安心したような感情を顔に表していた。

 頬を綻ばせると、彼は言った。


 「ありがとう」


 再び頭を下げて感謝を口にした。

 しかしそれはロザリエがあまり好まない行動だ。


 「あー、だからそういう堅苦しいのはいいから。それよりもさっきアナに妹がいるって言ってたわよね。今度会わせてよ。見てみたいわ」


 「…エマはアナと違って大人しくて人見知りな子だからな。そもそも君たちと会ってくれるか…」


 「任せなさい。私たちはその子とも友達になるから」


 「――――」


 幸福だ。

 自分の娘を気にかけてくれる存在がいる。

 やはり彼らは眩しい。

 彼らはもたらしてくれる。

 劔の魔人が強く欲していた――


 「――なら、また君たちの用事が終わった後にでも紹介しよう」


 「…諸々が済んだらね。言質は取ったから覚えてなさいよ」


 「勿論だ。アヤトくんもそれでいいかな?」


 「はい。大丈夫です。――あと、色々と落ち着いたらゼノスさんの国でお世話になりたいです。まだエレナとレイさんと話し合わないといけないので確定ではないですけど…」


 ノンバラでの提案に対する返答。

 アヤトなりの答えだった。


 「了解した。是非とも来てくれ。アナはきっと喜ぶ」


 これから先の物語。

 王都へロザリエを送り届けた後は、平和で幸福な生活が送れるようになるのだとアヤトは思った。

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