第4話 『本当の目的』
ようやくヒロイン登場(一瞬)
「まだ走れるか?」
「問題ないです」
ヘルトはアヤトのペースを気にしながら走っている。アヤトはそのことについては何も言わずに後に続いていた。
「――足音が二つ。誰か来てます」
走っている最中でもアヤトの耳は接近する足音を聞きとった。
「二つならあいつらだ」
二人は立ち止まった。近づいて来る二人を待つためだ。
「おう、ヘルト。やっぱ連れてきたのか、そのガキ」
足音の主はガラとネイトスだ。
もともと合流する予定だったのでヘルトは驚くことなく話を始める。
「そうだが…。その子が欠落姫か?」
「ああ。間違いない。これが俺たちのターゲットだ。今は眠らせてある」
「本当に子供のだったのか…」
ガラが『欠落姫』と呼ばれる少女を抱えているが、視力のないアヤトには容姿の把握はできない。
「…二人には欠落姫を任せる。ガルノの対応もだ。俺はこいつを森の外、知り合いの所まで連れていく」
「あ? そんじゃあお前はこの仕事放棄するってことか?」
「そうだ。だから俺の分の報酬は二人で分けてくれて構わない」
沈黙が訪れる。
それもそうだ。金を求め、依頼を完了させるためにここまで来たというのに、たまたま出会った少年を安全な所まで運ぶために目的を捨てるというのだから。
ガラとネイトスはさぞ驚いただろう。アヤトはそう思っていた。
「何言ってんだ。テメェの金はテメェのもんだ。さっさとそのガキどっかおいて金取りに来やがれ」
「そうだ。お前は金が必要なんだろう? 安心しろ。金はしっかりと残しておく。だからその少年のことは好きにするといい」
「――助かる」
この時、この瞬間、三人は声には出さないが笑っていた。
笑みを浮かべていた。アヤトの知らない空気だ。暖かくて安心できる空気が確かにそこにはあった。
――そんな空気は一瞬で、跡形もなく破壊される。
「――! 避けろ!」
声を張り上げたのはヘルト。アヤトが聞いた彼の声の中で一番大きかった。
ヘルトはアヤトを掴み後ろへと跳躍する。ガラもネイトスも同じく跳躍をして、高速で迫る何かを回避する。
「て、これさっきの白い騎士じゃねえか!」
重く硬いものが木にぶつかった音がした。
ガラの反応からして騎士だというのは間違いないだろう。
おかしいのはその騎士が地面と平行に飛んできたということ。
「――おいおいおいおいおい。アヤトを勝手につれてくなよ」
声を耳にして全員理解した。騎士を石のように投げつけてきたのが誰なのか。
「何しやがんだテメェ! あぶねぇだろうが!」
「ガラの言う通りだ、ガルノ。目的の欠落姫はここにいるんだぞ」
「もちろんわかってるぞ?」
二人を馬鹿にするようにガルノは笑う。
「目的は確かにそいつだ。だけどお前らと違って、俺たちは殺すのが目的だけどな」
ヘルト、ガラ、ネイトスの三人は驚きを見せた。ガルノの目的がそもそも自分たちと違うことに対して。
「驚いてるみたいだな。それもそうか、ちゃんと協力者である証見せたもんな」
「というわけで私たちに任された仕事は欠落姫の殺害。あなたたちとは異なるわ」
遅れてメイアもこの場に姿を見せた。
「そういうことだ。だからさぁ…」
ガルノは左手を噛んだ。歯をつけた箇所からは少量の血が流れ出る。
今のガルノの謎の行動、そして彼の漂わせる空気によって、恐怖という名の冷気が全員を包んだ。
「…死んでくれねぇかな」
地面を強く踏み込む音。それが彼の攻撃の合図だった。
振り上げられたのは血が流れ、紋様の刻まれた左手を刃であるかのように鋭く伸ばした。
相手は欠落姫を抱えるガラ。目標諸共、ガルノは彼すらも殺そうとしている。
「なんでそんなに速えんだよっ!!」
ガラの動きも素早いが、ガルノには及ばない。接近してから攻撃する一連の動作の中で、ようやく動き出せたのは攻撃が開始されてから。
「――――!」
体は動いた。しかしそれは数メートルという距離ではない。ほんの少しの僅かな距離だった。故に、ガルノの手刀は届いた。
「ガァァぁ――ッ!!」
何が起きたのか一目瞭然。ガラの右腕は手でやられたとは思えないほど綺麗に、体から切り離されていた。
悲鳴のような声を聞いた誰もが、彼がとてつもない激痛に襲われているのだと理解した。
「しくじったな。それとも流石の判断力と反射神経って言うべきか?」
斬れたのは右腕だけ、欠落姫は回避行動の最中に放り出されていた。
「ガラ!!」
「来るな…っ!」
駆け寄ろうとするヘルトをガラは制止する。痛みに耐えながら近寄るなと言い放った。
「お前はそのガキを連れてさっさとどっか行きやがれ。欠落姫は諦めろ。俺とネイトスでこいつは止めといてやる」
「待て! それじゃお前たちは――」
「うるせぇ!! 行けって言ってんだよ!」
「――――っ!」
何度か躊躇った後、ヘルトは横にいる少年の手を掴み走り出す。アヤトは何の抵抗もせず手を引かれ足を進めた。
*****
「――見たかよ、あの顔…。情けねえよな…本当に、元騎士かよ…」
「元騎士だからだろう。やはりあいつはこの手の仕事は向かない。ギーノと同様に狩人でもしておくべきだった」
「違いねぇ…。あいつは……優しすぎる…」
ガラ場違いな笑みを浮かべる。
四人を分断するように立っていたガルノは二人が走っていくのをただ見守っていた。
「追わないのか?」
「追うさ。お前らを殺してからな」
「へ…、そう簡単には…やられねぇよ」
「どうだか。アヤトが来なかったらあそこでお前たちのこと殺す予定だったんだぞ?」
「…ほざきやがれ」
腕から滝のように血が流れる。切り裂かれた部分がとてつもなく熱い。焼かれているような熱を帯びている。
それでも彼は意識を保ち。二本の足で地に立っている。
すべては友のために。
「悪いな、ネイトス。付き合ってもらうぜ」
「構わん。終わるまでは戦ってやる」
「友情か? ハハッ、いいねぇ。楽しませてくれよ」
敵わないことはわかっているというのに逃げることはない。時間を一秒でも多く稼ぐために彼らはここにいる。
「あ?」
二人が戦闘態勢に入ったところで、音がした。ガルノは知っているこれは鎧の動く音だ。
「生きてるのか。いいぜ、戦ってやるよ。だから今度こそ、その剣の能力俺に見せろ」
ガルノに投げられ、木にもたれかかっていた白い鎧を着た騎士は、鎧の色とは正反対の黒い剣を支えにして立ち上がる。
「エレナ…様…」
ふらつきながら彼女は地面へと放られていたエレナのもとへと確実に歩む。
「お前らの前にまずあの黒器使いからだ。その後に相手を――」
ガルノは途中ではあったが口を閉じた。何故か、それは視界が何の前触れもなく黒に染まったから。
――黒。
闇だ。一面の闇。
何も感じることがない闇の世界に彼はいる。
「――なんだ今の…」
何の音も聞こえない闇に包まれていた。視界が戻ったのは体感で約三秒ほど経過してからだった。
頭に違和感があるので押さえていると、
「ガルノ、あなた何してるの?」
「なんだ?」
メイアから心底不思議そうな声で尋ねられたので、そちらに目をやった。
「なんだ、じゃないわよ。急に何もせずボーっとして。あの騎士、欠落姫持ってどっか行ったけどいいの?」
「なに?」
騎士がいたはずの木を見るが、その姿は消えている。
それどころか彼女は既に視界にいない。ガラとネイトスは変わらずいるが、騎士と欠落姫の姿はない。三秒の暗転があろうとあの負傷ですぐに視界外まで音を鳴らさずに消えるなんて芸当、ただの剣士には魔術のアシストがない限り不可能だ。
「おい、メイア。俺は何秒突っ立ってた」
「6秒ぐらいじゃない? 何もせず立ってたわよ。その間に騎士が欠落姫拾って飛んでったんだけど。あなたまさか気付いてなかったの? あんな音出してたのに」
「音だと?」
体感では三秒ほどだった。しかしそうではないらしい。メイアはこういう場面で嘘はつかない。つまり六秒間ガルノは視覚も聴力も奪われたままただ立っていたということだ。
「黒器の能力か…」
黒器、それは所有者に特殊な能力を使用可能にさせる武器である。
メイアが何の反応も見せていないということは魔法である可能性は低い。アビリティという可能性もあるが、彼女がその黒器を使う黒器使いである以上その剣の能力である可能性が高い。
「カハッ!」
楽しさのあまり堪えきれずに笑いが漏れ出る。
「いいなぁ、黒器使い。楽しませてくれるなぁ」
湧き上がってくる唾液を呑み込む。
ガラとネイトスは獲物に植えた獣のようなガルノを見て彼という存在を気味悪く思っていた。
「ガルノ。あの跳躍の仕方だとどこかで減速して地面に突っ伏してると思うわ。問題はあの子が走って行った方向へ飛んでいったということかしら」
「そうか。ならすぐに追わないいといけないな…でもその前にお前たちだ」
獣の如き瞳は二人の男を捉える。
「お前たちの命、喰わせろ」