第12話 『輝いている光景』
ログハウスは転移の魔術の込められたスクロールによって元の場所へと戻された。
それからは場所に乗って移動を再開。
場所内ではアヤトとアナが会話をしていた。アナはだんまりかと思ったが、これがなかなかどうして打ち解けるのが早かった。一時間立つか経たないかといったところですでにアヤトと普通に会話ができている。
アナが自称人間嫌いであることを除けば、普通の少女だったことが大きいだろう。彼女は友達を欲していたのだ。だからもうアヤトに気を許している。
ヴァイオレットが予想した通り先ほどの相談は意味のないものになっていた。
「むぅ…」
少し離れた場所で不満そうな顔をしているのはエレナである。
彼女は二人が会話しているのをずっと眺めていた。
「――申し訳ないな、エレナ嬢。私がアヤトくんにアナと友達になってくれと頼んだんだ。あの子には友達がいなかったからな」
小声でゼノスが謝罪と共に事情を簡単に説明する。
それでアヤトの今朝の行動には納得した。エレナは彼が頼まれればなんでも承諾してしまう人間なのだと思っているからだ。
「でもなぜアヤトにだけ?」
一番適任なのはロザリエあたりだっただろう。彼女はフランクで社交的だ。こういってはなんだが、アヤトよりも向いていただろう。
「アヤトくんも友達がいないって言っていたからちょうどいいと思ったんだ」
確かに思いはしたが、多少誤りがある。
なぜなら頼んだ時点ではゼノスはアヤトに友達がいなかったことを知らなかった。
彼がアヤトに友人となってくれと頼んだ理由は相性である。
性格的なことではない。それならエレナの思った通りロザリエの方が向いていただろう。
ゼノスが気にしていたのは立場的な相性だ。
この場だけで見るのならアヤトが一番の適任者だった。だからアヤトを選んだ。
「――私だって…友達は……」
いない。
自分のことを友達立ち言ってくれた人物はいたが、エレナの方はそんな少年を恐れて友達だと思ったことはなかった。
そのため彼女には本当の友達はいない。
いないと思っている。
「ならさ、私たちも友達になればよくない?」
耳のいいロザリエには全て会話は聞こえている。そんな彼女は何でもないことを言うように提案したのだった。
「なるほど…。確かにそうですね!」
これで仲間外れにされることはない。
エレナはロザリエの案に賛成だった。
「よし! なら早速実行に移す!」
ロザリエはエレナを持ち上げ、アヤトの近くの席へと移動した。
エレナはアヤトの隣、ロザリエはアナの隣へ。彼女たちは二人を挟むように座った。
「ほい、お二人さん。私たちも友達にしてよね」
いつもの軽い調子でロザリエは言葉を発した。
エレナの表情からは緊張が見て取れる。
「いいでしょ? アヤト」
「…僕はいいですよ」
「はい、じゃあ私とエレナはアヤトと友達ね。あなたは? 私たちを友達にしてくれる?」
「アヤトがいいなら、わ、私も…。まあ、いいぞ…」
「よし、ならこれで私たち四人は友達ね」
ロザリエは笑った。
「あわわわ…。今日で三人も友達が…」
まだ初めての友達ができて一日も経っていない。だというのに二人目、三人目だ。
アナが冷静でいられるわけがなかった。
「いいわね、友達。私あまりいなかったのよねぇ。…というか、アヤトが私のこと友達だと思ってくれてなかったのはショックだわ」
「ご、ごめんなさい…」
アヤトにとってロザリエは依頼主でしかなかった。友人だなんて認識をしていたはずがない。
「それともう敬語は使わないで。友達なんだから対等よ」
「そうだ、それだ! 何か違和感があると思ったらずっと敬語だったんだ! 私にも今後そんな口調で話すな。そこの銀髪と話すときと同じように話せ!」
「えぇ……」
アヤトとは家族と同じように接すると決めたのだ。
ヴァイオレットですら家族と話す時は敬語を使わないのだから、彼にも敬語を使ってほしくなかった。
「困ったような声出してもダメよ。返事は、はい」
「でも…」
「返事は?」
「……はい」
仕方ないといった様子でアヤトは返事をした。
こちらに来る前……いや、昨日のアヤトならここで、はいなどとは言わなかっただろう。
「私も敬語をやめた方がいいでしょうか?」
アヤトが敬語を使っていけないのなら、自分も敬語を使わない方がいいのかと疑問に思ったエレナである。
「エレナは別にやめなくていいわよ? アヤトと違って本気で敬ってる感じがなくて、気持ち悪くないから」
「まあ、私も特に気にならないから変えなくていいぞ?」
「理不尽じゃないですか…?」
「ですか、じゃなくて?」
「理不尽…だ」
「そうそう。友達だから上下関係はなし」
珍しく年長者らしくロザリエがうまく場をまとめている。
あの様子なら彼女に任せておけば特に何か起こることもないだろうと、ゼノスは一安心していた。
「――――」
「――君はいいのか?」
四人が友人として楽しそうに会話している光景を、じっと無言で見つめている白銀の女騎士にゼノスは問うた。
彼女も輪の中に入りたいのでは、そう思ったのだ。
「…私は構わない。私には必要のない関係性だ」
彼女は俯いた。
兜によって表情を読み取ることはできない。
自分の膝の上で眠りについている赤目の少女の頭を撫でつつ、問いを重ねる。
「黒髪だからか?」
「ああ、そうだ。黒髪の私は…」
友人など作れない…だなんて口にはしなかった。
いや、できなかったのだ。彼女が口にさせてくれなかった。
「何言ってんのよ」
会話をしていたゼノスではない。
会話が聞こえていたロザリエがレイの前にいた。
「ほら、あなたも行くわよ」
ロザリエはレイの手を取って無理やり立たせる。
「な、なにを…」
「あなたも私の友達なんだから、そんな端っこに一人でいるなんて許さないんだから」
「お前は…」
兜の隙間から見えるロザリエの笑顔はあまりにも眩しかった。体を、心を、温めてくれるようだった。
そして、
「――いいものだな」
五人がともにいる光景はゼノスには輝いて見えていた。
*****
ウツクシイモノホド、スグコワレル。
ウツクシイカラ、コワレル。
カガヤイテイルカラ……コワシタクナル。
アア、ヒトヨ。
マモルベキ、ヒトヨ。
ナントウツクシイセイメイタイナノダロウカ。
ワタシハ、キミタチヲ――




