第11話 『初めての友達』
日は上り、起床時間になる。
ヴァイオレットが作っていた朝食を全員で食した現在、食器を片づける者もいれば、出発までの時間特になにをすることもなく過ごすもの、装備の準備を整える者がいた。
そんな中、一人の少年が決心をしてソファに座って寛いでいた片翼の少女に声をかけた。
「――アナさん」
「…? なんだ人間」
意外と嫌な顔せず、自然に聞き返してきたアナ。
どうやらゼノスの言った通りそこまでの人間嫌いでもないらしい。彼女はもうアヤトがこの場にいることに対しての抵抗はないようだった。
「ちょっとお話があるんですけど…隣いいですか?」
「別にいいが…」
「ありがとうございます」
アヤトはアナの隣に腰を下ろした。
アナの方は何が何だかよくわかっていない様子だ。
「むむむ」
居間は広くはあるが、会話などは普通に聞こえるし目も届く。
この場にいる全員が――主にエレナなわけだが――アヤトの行動に興味を示していた。
「どうしたのかしら、アヤト」
ヴァイオレットの仕事である食器の片づけを手伝うロザリエが口にした。
「私にはわかりかねます」
「まあそうよね」
ヴァイオレットとロザリエは打ち解けた…というよりロザリエが一方的にヴァイオレットに気を許している。昨日から二人のやり取りは割と多く、会話をしていても違和感は特になくなっていた。
「で、なんだ」
何でもないことを聞くようにアナがアヤトに用件を聞いた。
「――――」
ゼノスは二人のことを心配そうに見守っていた。そんな彼を様子が昨日とは違うと警戒しているレイであるが完全に杞憂である。
しばしの静寂。アヤトも人間だ。流石に緊張している。
一呼吸して、伝えるべき言葉を口にした。
「…僕と友達になってくれませんか?」
「――――――は?」
「――――――――へ?」
驚いたのはアナだけではなかった。
「どどどどうしたんでしょうか!? アヤトががが……」
「エレナ様! 落ち着いてください! 言語おかしなことになってます!!」
「あなたも落ち着きなさいよ。…それにしても驚きね。どうしたのかしら、アヤト」
アヤトから人に話しかけるというのはなかなか珍しい光景であった。
「浮気ですね」
「浮気!? 浮気ってあの浮気ですか!? そそそ、そうなんですかヴァイオレットさん!?」
「ええ、間違いありません」
「貴様! 適当なことを言うな!! あいつとエレナ様はまだそのようなご関係ではない!」
「あ、そこなんだ」
「――君たち、少し黙っていてくれるだろうか」
騒がしい女子4人へとゼノスが言葉にした通り、静かにしてくれと視線を向けたのだが、言うことを聞くことはなく、騒がしいままだ。
ヴァイオレットも主である彼の言うことを微塵も聞く様子がない。
「どうしたんですか? ゼノス様」
まだ昼食を食べ終わっていないエスメラルダが、パンを頬張りつつゼノスに尋ねた。
「――いや、色々と思うことはあるんだが…。なんだろうな。私の発言力がないのは男が少ないからなんだろうか…」
「お呼びでしょうか」
突如ゼノスの影から黒衣に身を包んだ黒髪の男が現れた。
「誰ぇ!?」
ロザリエが驚きの声を上げた。無理もないことだ。彼女が全く知らない顔なのだから。
ゼノスはというと困ったような顔をしていた。
「…あー、大丈夫だ。ひとまず下がっていいぞ、シェバート」
「御意」
再び男――シェバートはゼノスの影に沈む。
「ねぇねぇ! 今のなに!?」
アヤトの浮気についてはあまり興味のないロザリエは影から出てきたシェバートの方に興味津々だった。
「あとで教えるからひとまず黙っていてくれ……」
娘同然のアナが今初めて友達を得るかもしれないというのに、周りがうるさすぎる。
「……申し訳ないな…」
あまり静かというのもよくないのだろうが、こんなにうるさいとなると流石に邪魔になるだろう。この状況をどうにかできない自分の無力さをゼノスは悔いていた。
「えっと…、元気を出してくださいゼノス様!!」
「あぁ、お前は我が国の癒しだ…」
「えへへー」
赤眼の少女を撫でつつ、ゼノスはソファの方へと視線を向けた。
「なんか向こうが騒がしいのはいいとして…。どうですか?」
友達になってくれるだろうか。
改めてそう尋ねた。
「えっと…その……と、友達…?」
「はい。友達です」
「と、と、トモダチ?」
「友達です」
アクセントを変えてもアヤトの放った言葉の意味は変わらない。
「わ、私とお前が…?」
「ですね」
状況を飲み込めていないアナの問いにアヤトは全て丁寧に答えていく。
「なんで…?」
「なってほしいからです」
「いや、お前は人間で…」
「人間だって思わなければいいです。僕はアヤト。人間じゃなくてただのアヤトだと思ってください。それなら問題ないでしょ?」
「でも…私、今まで友達なんていたこと…」
「僕もいないんですよ。だから僕の初めての友達になってください」
「…え……あ…うぅ…」
助けを求めるようにアナは振り返って育ての親であり、主人であるゼノスを見る。
しかし期待したような対応はしてくれず、彼は期限がよさそうな表情で頷くだけだった。
「――わかった…。わかったわかった。なるよ。と、友達に…、お前と…」
顔を赤くし、ソファの上で膝を抱えたアナの声は、彼女に似合わなほどにとても小さかった。
しかし、アヤトには彼女の返事がしっかりと聞こえている。
「ありがとうございます、アナさん。これからよろしくお願いします」
「………うん。よろ、しく…」
お互いによって、初めての友達が今日できた。
*****
「ヴァ、ヴァイオレットぉ!!」
「なに? もうすぐ出発よ、アナ」
ヴァイオレットの口調は、主人であるゼノス以外の家族に使うものに変わっていた。
「わかってる! けどぉ……」
「はぁ…。邪魔なんだけど」
体に抱き着いてくるアナにめんどくさそうな視線を向けるヴァイオレット。
そろそろ出発なのだ。準備の邪魔をしないでほしかった。
「どうすればいんだぁ…!!」
「そんな泣きながら言われても知らないわよ…。とりあえず離れてくれる?」
「うおおおん!」
「――わかった、話は聞いてあげるから抱き着くのやめて」
せっかく着替えたのに出発前に汚されてはたまったものではないので、仕方なく妹と言っても過言ではない関係の少女の話を聞くことにした。
ヴァイオレットが諦めたのを確認したアナは、言われた通り彼女から離れた。
「で、なに?」
「――友達ってどうすればいいんだ?」
「は?」
「人間…じゃなくてアヤトと友達になったけど、どうすればいいのかわからないんだ!」
「いや、なんでちょっと怒ってるよ…」
アナのテンションがいまいちわからない。
が、言いたいことは何となくわかった。かといって姉としてどんな言葉をかけてやるのが正解なのか悩みどころである。
「どうすればいいんだ!!」
「あー、もうわかったから。少し黙ってて」
アドバイスするにしても問題がある。
ヴァイオレットにも友達がいたことがないのだ。これまで……約500年になるわけだが、それほど長い年月ゼノスに付き添ってきた。
だから友人なんて作る機会はなかったし、必要だとも思っていなかった。
(困ったわね…)
昔から他者と接しようとしない彼女である。
会話するのは基本的に家族だけ。
正直アナの悩みを解決してやれる自信がない。
「――別に彼に好意を抱いてるわけじゃないのよね?」
「あ、当たり前だ!」
興奮しているため、嘘か本当かよくわからない。とりあえず恋心はないというていで話を進めることにした。
「なら別に深く考えることはないわ。彼のことを私たちと同じ家族だって思えばいいだけよ。あなた家族の前でそんなどうすればいいんだなんて騒いでないで接してるでしょ?」
「た、たしかに…」
意外と納得してくれているようだった。
「わかったみたいでよかったわ。はい、それじゃあ行きなさい。どうせあなた準備するものないんだから、彼と話して来たら?」
そこで話を断ち切り、ヴァイオレットはログハウスから出ていこうとする。
しかしアナがエプロンをがっちりと掴んだ。
「…なによ」
「は、話すって何を?」
「さあ? 友達らしいことを話してきなさいよ。そこまで私も面倒見れないわ」
「うぅ…」
滅多に見られない弱々しいアナだ。瞳が潤んでいる。
(どうせ数時間後には意味のない相談になってるんだろうけど…)
ため息をつくと、ヴァイオレットは出口へと向かって足を進めた。
「おい待て。なんでため息をついたんだ!!」
「知らない」
「な、待てって言ってるだろ!」
これがログハウス内で行われた血の繋がらない姉妹のやり取りだった。




