第6話 『許可』
「にしてもとんでもない大物が出てきたわね」
「ですね」
ゼノスがいなくなった後の店内。
ロザリエは昼食を食べ終え、水を呷るとゼノスのことを思い返していた。
「やっぱりゼノスさんってそんなにすごい人なの?」
隣のエレナに問うと、代わりにロザリエが問いに答えた。
「すごいなんてもんじゃないわよ。ゼノスは人の道を外れた存在で、私が生まれる前からいるらしくてね。昔は劔の魔人だなんて言われてたみたいよ」
「魔人ですか…」
「ええ、なんでも国を一つ滅ぼしたことがあるとか」
「く、国を…?」
信じられなかった。
とても彼がそのようなことを素量な人物だとは思えなかったからだ。
「五百年以上も前のことだから、実際に見たわけじゃないけどね。でもエルフの国の伝承だとそういわれている」
「私の屋敷の書庫にもそのような記述の書物がありました。魔人ゼノスは国を一つ滅ぼしたと」
「――もしかして、エレナがゼノスさんを警戒してた理由って…それ?」
ゼノスに対して警戒をエレナは一度も怠っていなかった。その理由をアヤトは気になっていた。
「それもありますが、主な理由は別です。私の目で彼を見たんですが、中身が……異様だったんですよ」
エレナは目にした生命体の内側、本能や本質を見ることができる。その目で彼の内側を見たのだ。
「なに? 異様っていうのは」
「ガルノ。彼と似たものが奥底にあった…いえ、奥底から溢れ出ていました。常人からは感じ取ることのできない呪いのような何かです」
「ガルノって誰?」
「以前、私とアヤトが遭遇し、消滅させた敵です。…彼の奥底にあったのは喰らいたいという『暴食』がありましたが、魔人ゼノスの奥底にあったのは欲するという『強欲』でした」
それがゼノスを警戒していた理由。
彼の奥底ではドス黒い『強欲』が渦巻いていたのだ。
「ゼノスのような存在を見るのはガルノを含めて三度目になりますが、彼らは例題なく危険な力を持っていました。おそらくゼノスも噂に違わぬ力を持った危険な人物であると思って間違いないです」
「ゼノスさんが…」
エレナの言葉に偽りがないのはわかっている。けれども、あのゼノスという男性が悪人だとは到底思えなかった。
(むしろあの人は世界に必要な存在だ。僕が目指すべき…)
彼こそがヘルトと同じでこの世にいるべき存在なのだとアヤトには思えていた。
「――ですが、彼は悪人ではないようです。ルーダスさんはフルデメンスのせいでいろいろと忙しそうなので、お言葉に甘えさせていただくのもいいかもしれません」
エレナの言葉に驚きの表情をみせた後、アヤトは頬を綻ばせた。
「うん。きっとあの人はいい人だ。噂は何かの間違いだよ」
「そうね。私もゼノスの様子見てたら言われてたような姿は想像できなかったわ」
そこでエレナの視線は店主――マルコへと向けられた。
「店主さん。ゼノス…さんとはお知り合いのようですが、実際はどうなのですか?」
店主はゼノスと親しそうにしていた。彼ならば昔の真相を知っているかもしれない。
「俺は普通の人間だ。そんな昔の出来事なんて知らねえよ」
「お話も聞いたことはないのですか?」
「ないね。というかあれが国を滅ぼすような奴に見えるか? だから俺はあいつに何も聞いてない。あいつから話すこともないから俺は知らん」
マルコもゼノスの言い伝え自体は知っていた。が、それについて尋ねたことはなかった。彼と接していて、とても国を滅ぼすような人物だとは思えなかったのである。故に聞かなかった。
「ま、その辺は本人しかわからないんだろうよ。それより、ルーダスにはなんて話すんだ。一応言っとくとゼノスはその国を滅ぼしただとかいう噂のせいで、王国からは当然敵視されてる。扱いはガルノと似たようなもんだ」
つまりルーダスの王国騎士としての立場からすれば、ゼノスは敵である。話をしたところでその人物の名前を尋ねられるのは目に見えている。
「どうしましょうか…」
彼の優しさを無下にはしたくないのだが、ルーダスを説得させられそうないい案が浮かばない。
「――はぁ…。仕方ないな。俺から言っといてやる」
「いいんですか?」
「任せとけ。なんとかしといてやるよ」
そう自信ありげに店主は口にした。
*****
「ゼノスねぇ…」
アヤトたちが去った後の店内。
ルーダスが来たので例の件についてマルコは話し始めたわけだが、話を聞いたルーダスの表情は微妙なものであった。
「おやっさんから見てどうなの? 劔の魔人は」
「どうって言われてもな。噂通りじゃないって感じだ。まあ確実なのは、お前が心配するようなことは起こらないってことだ」
ゼノスが魔人と称されるとおりの存在だった場合。アヤトたちに危険が及ぶ可能性がある。別にルーダスは自分の騎士としての立場はどうでもよく、彼らの安全だけが彼の懸念点であった。
「信用しても大丈夫?」
「さあ、どうだろうな。何事も結果が出てみなきゃわからない」
「不安にさせること言うなぁ…」
とは言ってもマルコのいいようからして、信頼できる人物ではありそうなのだ。
ルーダスは悩む。
「任せてもいいじゃねえか? 聞いた話だと忙しいんだろ?」
「そうなんだよねぇ。事後処理が色々とある上に、フルデメンスを監獄まで送るのに途中まで同行しないといけないんだ」
「監獄って東のか?」
「そうそう。あそこにも何故かフルデメンス用みたいな牢があるらしいし、この国で一番警備が厳しいからね」
「で、同行ってどこまでなんだ?」
「ヒースまで。そこで第1隊長に引き継いで、その後は王都って感じ」
「なるほど。付き添うのがお前になると坊主たちには遠回りになるな」
「そうなんだよねぇ…」
都市ヒースはバミラ王国でも東、正確に言えば南東に位置している。
ルーダスはアヤトたちの安全をなるべく確保したやりたいわけだが、ヒースまで連れていくとなる完全に遠回りで、それなりの時間を有することになる。
「――おやっさんの言葉だし、信じてみるかな」
考えはまとまったようだった。
「よし、アヤトくんたちにはゼノスたちと行動してもいいって言っておいて」
「いいのか? 立場的に」
「わからないよ。というかもうエレナ様の報告偽ったりしてるんだから処分下るのは確実だ」
「偽ったってなにしたんだ?」
「え? 行方不明になったって報告した」
「…王にか?」
「うん」
「――お前のその度胸だけは尊敬できるよ」
呆れながら店主はため息を吐いた。
「ま、ともかく何かあったらおやっさんのせいにするよ」
「おい」
そんなこんなでアヤトたちの行動にルーダスからの許可が下りた。
*****
「ダメです」
一方、エレナたちの方は、ベッドから体を起こして一連の話を聞いた例にちょうど不許可を出されたところだった。
「何故ですか?」
「その前に言わせてください。何故当然のように私を置いて外食に行ってるんですか?」
「え? アヤトと二人で食事をしたかったからですが?」
「――――」
基本的にアヤトと共に行動し、同じ時を過ごすことを望んでいるエレナである。何がおかしいのかと首を傾げていた。
レイはもはや言葉を口にせず、小さくため息を吐き出すだけだった。
「――わかりました。その件はもういいです。外に出るなら私に声をかけるというのも今回は特に事件に巻き込まれ……たようですが、見逃します。次回からは私が寝てようが起こしてしっかりと一言お願いします」
エレナには甘いレイだ。初犯だからと見逃した。
「でも流石に場所の件は容認しかねます」
「ぷぅー」
「お、お可愛いですが頬を膨らませても駄目です」
「むぅ…」
頬を膨らませたエレナの愛らしさを目の当たりにして、一瞬思わず許可を出してしまいそうだったが、何とか耐えた。耐えることができた。
「頑固ね、レイは」
レイのベッドの上に気軽に腰を下ろした。もうその行動に関してどうしようもないと割り切って、レイは特に彼女を咎めない。
「私はまだにわかに信じられていないが、相手はあのゼノスなのだろう? そんな劔の魔人だなんて言われている奴の馬車に乗るなんて正気ではなくないか?」
客観的な視点から見ての意見だった。
情報だけ聞けば、エレナたちは国を滅ぼしたとされる魔人ゼノスの馬車に乗ろうとしているのだ。どう考えても正気ではない。
「でもゼノスさんは悪人には思えませんでした」
「………」
口を開いたのはアヤト。
レイは少々複雑そうな表情をした後、アヤトに言葉を返す。
「――どうやら今の言葉を聞くに自覚がないようだから言っておくが、見ての通りエレナ様は私の言うことを聞かない。まともに話を取り合うのはお前だけだ。つまりお前がエレナ様を止める役なんだぞ? 加勢してどうする?」
「はい…。すみません…」
むしろ今回警戒を一番していたのはエレナだ。アヤトはレイの代わりとしての役割を果たせていなかった。
「頼むぞ…ホントに…」
フルデメンスの一件があったため、レイのアヤトの見方は変わっていた。不満と不安がないわけではないが、彼がエレナの契約者であることは完全に認めている。故に、エレナの身の安全の確保はしっかりと行ってほしいのだ。
「で、ゼノスは悪人に見えなかった、だったか? それこそ私は本物を見ていないから、情報だけ言われても許可は出せないな。そもそもルーダス殿が王都まで行くのに協力してくれるという話ではなかったか?」
「そうなんですが…」
確かにルーダスは協力すると言ってはくれていた。が、それはフルデメンスが現れるよりも前だ。
「レイ、ルーダスさんはフルデメンスのことでおそらく忙しいです。エクリプスの幹部である彼の方が私たちよりも優先順位は上でしょう。手を煩わせるのは申し訳ないと思うんです」
「なるほど…」
エレナの言い分には納得できた。エレナたちより、世界規模で危険視されているフルデメンスの方が優先順位は高い。実際、エレナたちはまだ知らないがルーダスはフルデメンスを護送しなければならないので、王都への同行はできない。
「かと言ってゼノスたちの馬車に乗るのは…」
エレナの身を第一に考えているレイは、やはり素直に首を縦に振ることはできなかった。
けれどもこの四人では、徒歩以外の移動手段を手に入れにくいことはわかっている。
「……貴様はどれくらいまでに王都に行きたいんだ?」
問いを投げかけた相手はロザリエ。
「あ、そういえば聞いてませんでした」
「よくそれで交渉してましたね…」
今更ではあるが、王都へいつまでに行きたいのか三人は聞いていなかった。
それでよく王都に行く話し合いなどしていたなと呆れているレイである。
「――ま、あと最低でも一カ月ってところね。それなら多分間に合うから…。あ、もちろん早ければ早い方がいいわよ?」
途中、少し深刻な表情になっていたが、話が終わればいつものロザリエに戻っていた。
(日の数え方は同じなのかな…?)
視覚がないアヤトはロザリエの表情を見ることができないので、彼女のことよりも帆の流れのことの方に興味を持っていた。
これまでこの世界で過ごしていて、元いた世界と同じものはいくつかあった。
大きな違いと言えば環境ぐらいなものだ。
「30日以内に王都か…。となるとやはり馬車しかない…」
徒歩はどうか血迷った考えを思いついたレイだが、自力で歩くことのできないエレナがいる上に、ここはバミラ王国の端の都市だ。とても徒歩で3週間以内に王都には到着しない。
「店主さんの話ではゼノスさんは信用できる人物のようです」
「店主殿とゼノスは知り合いなのですか?」
「はい。それなりに親しい中のように見えました。ですよね?」
エレナに視線を向けられたことに気付き、アヤトは頷いた。
「――そうですか…。わかりました。店主殿がルーダス殿に聞いてくださるのでしょう? ではその返答次第にしましょう。ルーダス殿が許可を出したのなら私も承諾します」
レイは店主については訳あって信頼している。なので彼の友人だというゼノスに対しての警戒はそれなりに緩んだ。
「なら結果は明日ですね。それではレイは休んでください。怪我は癒えていないようですから」
「申し訳ありません。お言葉に甘えさせていただきます。……おい、アヤト。お前、エレナ様に変な真似はするなよ」
「わ、わかってます」
「…それと、しっかりお護りするんだぞ」
「任せてください」
まだレイは怪我人であるため、話はここで切り上げて彼女には休んでもらうことにした。
この後、エレナが再びアヤトの体の上で寝ていたりしたわけだが、怪我を一刻も早く治すために安静にしていたレイはそのことを知る由もなかった。




