第3話 『思考の結果』
あれから六人はガルノを先頭に移動をしている。
彼らの背後からは、少し前に爆発音がしてからは悲鳴や金属音などがしていた。
「やってるなぁ」
ガルノは嬉しそうに声を出していた。
実際には見ていないが、顔が笑っているのだということはアヤトにもわかる。
「何が起こってるんですか」
「戦ってるのよ。カルト教団の『エクリプス』と『欠落姫』の護衛であるバミラ王国の騎士たちがね」
バミラ王国についてはこの世界に存在する国なのだと察しはつく。だから妙に気になったことについての質問をする。
「欠落姫っていうのは?」
「今回の私たちのターゲット」
「何でそんな名前なんですか?」
『欠落姫』。どう考えてもいい意味でつけられた名前ではない。
アヤト本人にもなぜかはわからないが、言葉の意味が無性に気になった。
「彼女は君と同じ欠落者なの。生まれつき両足が自由に動かせないらしいわ。そしてそのことに加えて、彼女は姫とも呼べる立場にある。だから欠落姫って呼ばれてるの」
「欠落姫…」
自分の力では歩くことができない。生まれた時からその機能が失われている。だから欠落姫なのとだと納得する。
「おい、ホントにこっちでいいんだろうな!」
ガラの声はやはり大きい。すぐ後ろで殺し合いが行われているというのにお構いなしだ。
「焦るなよ。えーっと……まあ誰だがわからないけど、焦る必要はないぜ」
「テメェ! 人の名前くらいは覚えやがれ!!」
「ギャーギャー騒がしいな。ほら、そろそろ…」
進行方向から爆発音が流れ込んできた。その後も数回、連続して爆発音が森に響いた。
「…やってるみたいだな。どうだ、アヤト。お前なら正確に聞こえただろ」
「……さっきしてたのと同じ爆発音ですね」
先程よりも爆発音はアヤトの耳に響いていた。痛みする覚えるほどに。
「エクリプス……爆発音……」
ボソッと、ここまで出てきた言葉をメイアは呟いた。
「なんかあるのか、メイア」
「多分――エクリプスの幹部、フルデメンスがいるわ。なかなかの大物ね」
「そいつは強いのか?」
「強いんじゃないかしら、都市一つぐらいなら一人で落とせるようなアビリティ持ちだし。あなたのお眼鏡にかなうかは知らないけれど」
「アビリティの能力は?」
「爆破を起こす能力、《エクスプロージョン》。あ、でも魔法で起こすのとは別物。あっちは基本的に一回の魔法で一回の爆発、その上強力だから発動にも時間がかかるの。だけどフルデメンスのアビリティは射程内なら短時間に、いくつもの場所で、好きなように、爆発を起こせる」
「なるほどな…」
この世界ではそれほど難しくない話ではあるのだろうが、アヤトには理解できない会話が彼らによって繰り広げられている。
「よし。俺がそいつの相手をする。お前らは目標を優先しろ」
「一人で大丈夫なのか?」
「無問題だ」
ヘルトの気遣いを振り払うようにガルノは軽く返事をした。
その直後、再びした爆発音が森を揺らした。
*****
「…で、置いてかれたけど…」
アヤトはガルノに「ここに待ってろ」と言われ、道中で放置されている。
なので今ならば逃げようと思えば逃げることができるかもしれない。しかし、彼にはもう逃げる意思がなかった。というのも、現段階でここは自分の知っている世界ではないことが確定してしまっている。つまり彼にはなにもない。
「――頼る人も住む場所もない。それなら…」
右も左もわからないこの状況、それがわかっている人物……ガルノについて行った方がいいのではと考えた。
「でも安全は保障されてない、か」
知人ではなく赤の他人。そんな人物と行動を共にして安全が約束されるわけがない。その上、ガルノという人物は人を当然のように殺す人物であることは何となく察している。これに関しては勘ではあるが、そんな気がしている。
「今のところ優しい人だけど」
やろうとしていることと、アヤト自身理解できていない彼から漂う違和感を除けば、アヤトの視点からすると別に悪い人間ではない。けれどやはり安心はできない。と、そこでアヤトの耳に足音が入り込んでくる。
「――ガルノさん……じゃない。この足音は――ヘルトさん?」
足音というのは人それぞれほんの僅かに違う。歩き方に差異があるからだ。
強化された聴覚を持つアヤトは、常人には聞き分けることのできない人の足音を聞き分けることができる。すでにメイア以外の足音は把握済みだ。
「…その通りだが、本当に見えていないのか?」
「見えてませんよ」
この質問はすでにアヤトに対してされていたもののはずだ。質問内容と答えを知っている。ヘルトがそれでもなお同じ問いを投げたのはアヤトの動きがあまりにも自然で、視力がない人間のようには見えなかったからだ。実際、黒目が会話相手を完全に捉えていないことを気にしなければ、誰も彼が盲目だなんて気づかないだろう。
「それで何でここに? ガルノさんから目標を追えって言われてませんでしたっけ」
目標の奪取を任されていたはずの三人のうちの一人、ヘルトがなぜかアヤトの目の前にいる。
「どうかしたんですか?」
返答がない。こういう時に目が見えないのは困る。相手の表情が窺えない。
もう一度問いを投げかけようとしたところで、ちょうど彼は声を発した。
「…お前はあいつの近くにいるべきじゃない。あの男と女は邪悪だ。今回はまだいい依頼を受けている方だが、普段あいつらは多くの人間を殺している。平然と人を殺めているんだ。だからお前みたいな子供はあいつらの近くにいてはいけない」
老婆心というやつだろうか。だが、本当にアヤトには不要な心配だった。
「――ならどうすればいいんですか?」
現段階で、考えられる最善の手はガルノについていくこと。今のところ自分に対して危害を加えるような気配はない。ならばこれが最善のはずなのだ。
それを否定するなら、代案を出してほしい。
「まず、この森の外へ…ガルノの目が届かない場所へ行って――」
「僕には頼れる人がいないんですよ。ここではとても一人で生きていけるようには思えません。それならガルノさんについて行った方がいい気がするんです」
ヘルトは見逃すと言っているのだろうが、逃げたとしてもそこからどうすればいいのかなんて、アヤトにはわかるはずがない。
「ああ、だから俺が連れていく。近くの都市だ。そしてお前は知り合いに預ける。そいつなら欠落者だろうが、黒髪だろうが、面倒を見てくれるはずだ」
居場所を与えてくれるのはとてもありがたい。だが気になることが二つあった。一つはこの世界の常識のような気がしたので聞くのは控えたが、もう一つは口に出した。
「…そんなにガルノさんは危ないんですか?」
ヘルトがガルノを危険視しすぎている。それがどうも気になった。
「ああ。その様子だと知らないんだろうが、数年前にインタジカノス帝国の帝都で大火災があった。奴はその大火災に関わってる可能性があるんだ。他にも色々噂はある。人を食ってるだとか、不死だとか……黒騎士の仲間だとか、そんな不気味な噂さ」
「黒騎士…?」
その単語だけ躊躇いがあったのか、謎の間が存在していた。
気にかかったアヤトは聞き返す。
「――お前本当に何も知らないんだな…」
彼の言葉からは呆れたような様子がうかがえる。
「ええ、まあ…」
『黒騎士』という単語はどうやら知っているのが常識のようだ。それを感じとってアヤトは少し焦った。が、ヘルトが深く追及してくるようなことはなかったので杞憂だった。
「黒騎士というのは大昔から何か大ごとがあるたびに姿を表している奴のことだ。お前たち黒髪がこの国で迫害されている原因の一端はそいつにあるらしい。悪魔だなんて噂もあるが――話がそれすぎているな。時間がないんだ。すぐにこの森を出るぞ」
ヘルトについていくべきか、否か。ヘルトの話を聞いた今、再度思考した。
十秒ほどでアヤトは口を開く。
「ヘルトさんの知り合いというのは…?」
「俺とは違って善人だよ。昔からの付き合いでな、街で店を経営している。素性のわからないお前にでも優しくしてくれるはずだ」
「そう…ですか…」
とても嘘のようには聞こえなかった。そうなるともう答えは確定した。
「決めました。ヘルトさんについていきます」
「そうか」
短い返事。声音も低いまま変わらない。
しかし表情は違った。自分の話を聞いた上で、ついてて来てくれるといったことに対しての喜びが顔に少し現れていたのだ。その時の彼はまさしく善人の顔だった。
盲目のアヤトはそんなことは知らずに先導してくれるヘルトの後を追う。
本文に出てきていた欠落姫の視点が僕の前回の作品にあるので、興味がある方はそちらをご覧ください。