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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第三章 『劔の魔人と喰らう者』
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第5話 『食後』

 「これは頭に入れておいて欲しいのだが、我々の国は君たちが十分に住める環境だ。訪れてくれればいつでも出迎える」


 食事を終えたところでゼノスは再びアヤトたちに行った。自分たちの国で住まないかという話を持ち出した。


 「あなたになにかメリットがあるんですか?」


 やや棘のあるエレナの問い。動じることなくゼノスはこれに答える。


 「別に私はメリットだなんてどうでもいいことを考えて、君たちに誘いをかけているんじゃない。君たちに平和な場所を提供したいんだよ」


 「――その理由は?」


 「ふむ。理由か。単純に君たちには安全で幸せな暮らしをして欲しいと思った。それだけだ」


 これも嘘とは思えない。

 声音でそのことはわかる。

 けれど、


 「私たちにそこまでする理由があるのですか?」


 「ああ、似たようなことをよく言われるよ。だが困っている者に手を差し伸べるのはそんなにおかしいことなのか? 私にはその辺りが良くわからない」


 「………」


 おかしなことはない。

 それはエレナたちがロザリエに対して行ったことだ。しかし、エレナはそれでも彼が自分たちに親身にしようとするのか理解できない。

 従者であるアナも彼の祖の優しさには納得していないようだった。


 「おかしいですよ! ゼノス様は誰に対してもお優しすぎるんです!!」


 「そうか? まあ他の者たちにもよく言われるからそうなのだろうが…。ではお前たちにはこれから厳しく接した方がいいか?」


 「え、いや…それは……嫌です…」


 「ははは、そんな顔をするな。安心しろ。私はお前たち家族を何より大切な存在だと思っている。邪険に扱うつもりなどない」


 自覚のない善意。

 それを目の当たりにしながら、一人だけ遅れて出てきた魚料理を食べているロザリエは、一旦フォークを置いた。


 「どちらにせよ、私が王都に行かないとアヤトたちはそっちに行けないんでしょ?」


 「そうなりますね」


 「正直無理なお願いだって思ってたから、私のことは放置してそっちに行ってもいいわよ?」


 「それはできません。一度契約したんですから。放っておくことはできません」


 「優しいね。あなたも」


 エレナは自覚もないし、認める気もないだろうが、彼女の善意とゼノスの善意は似ている。アヤトの『真似事』とは異なる…、彼が本当に求める誠の善意だ。


 「…そんなわけだから、申し訳ないわね。『魔人』さん。しばらくこの二人は私が借りるから」


 「どうやらそのようだな。だが、君たちだけで王都を目指すというのは難しいだろう。もしよければ何か手伝わせてもらうが?」


 「手伝う…とは?」


 「馬車は用意できる。こう言っては失礼かもしれないが、君たちが徒歩以外の移動手段を手に入れるのは厳しいだろう?」


 バミラ王国での主な都市間移動手段は馬車。

 けれども、欠落者は金さえ出せば何とかなるかもしれないが、黒髪と亜人種では馬車を利用できない可能性があるのだ。すでに一度きりの契約を無断で行ってしまったので、レザドネア家やバミラ王国からの手助けはない。

 そうなると徒歩で王都を目指さなければならないわけだが、いったいどれほどの日を有するのかわかったものではない。


 「幸いなことに私たちも王都の方向に用があるんだ。それなりに大きいから、三人であれば馬車に乗れる」


 「あ、ゼノスさん。もう一人、僕たちの付き添いの人がいます」


 「なるほど、では四人か。まあ、問題はないだろう。途中までは送れる」


 「合計七人ということですか?」


 「いや、ここにはいない部下を含めて9…ではなく8人。一人はスペースが必要ないからな。それに一人は手綱を持つから乗り込むのは七人だ」


 馬車のスペースに関しては問題ないようだが、これもすぐに頷くことはできない。


 「お気持ちはありがたいですが、すみません。まだ決めることができません。私たちに極力協力したいと言ってくれた人がいるので、とりあえずその人と話をしてからじゃないと…」


 「了解した。私たちは明日、明後日の夕方まではノンバラにいる。昼食時はこの店でいただくつもりだから移動手段を手に入れられなかった場合は言ってくれ」


 話の区切りをつけたゼノスは、不規則に頭を揺らしながらウトウトしているエスメラルダの頭の上に手を置いた。


 「満腹で眠くなってしまったようだな。今日到着したばかりだし疲れていたか。仕方ない」


 ゼノスは立ち上がった。


 「あ、行くん…ですか? ゼノス、様…?」


 「ああ。一人で歩けるか? 歩けないのなら私の背に――」


 「ずるい…じゃなくて、ダメです! エスメラルダを甘やかすのはよくありません!」


 「本音が漏れていた気がしたが、その通りかもしれないな」


 「はい、そうです。なので私がおんぶして連れていきます」


 「えぇ…、ゼノス様の方が…」


 「文句言うな」


 眠気が最高潮へと達しているため、エスメラルダは何の抵抗もできずアナにおぶられる。


 「騒がしくしてすまなかったな、マルコ。明日は外壁を治せるものを連れてくる」


 「おう」


 ゼノスたち三人は店を後にした。


 「今更だけど、店主の名前マルコって言うのね」


 「あ…、たしかに」


 ロザリエが口にするまで、二人は店主の名前についてまったく気にしていなかった。


 

***

 

 ローブに身を包んだアナは夢の世界へと旅立ったエスメラルダは背負って歩く。その横には黒い髪の男、ゼノスがいるわけだが、道行く人々はアヤトの時とは違って彼には何も言わなかった。目を向けることすらなかった。

 というのもそもそも誰も彼を視認できていないのだ。見えていないから、黒髪の彼に対しての反応がない。


 「――シェバート」


 視界内に存在しない人物に黒い外套の男は声をかけた。


 『…なんでしょうか』


 誰にも聞こえることのない声がゼノスの脳内に響く。エレナがリンク時にアヤトとしている念話だ。彼女の場合は、直接的に内側から語りかけているので多少違うと言えば違うが。


 「ハイエルフについて、どう思う?」


 『どう、とは?』


 「お前から見て何か感じるものはあったか?」


 『感知は問題なくできていました。内包する魔力も危険視するほどのものではありません。戦闘能力も我々幹部には劣るでしょう……今は』


 「今は?」


 『黄金色の髪に翠の瞳のハイエルフとなると、おそらく王族でしょう。王族には――例の弓があったはずです』


 「ああ…、あそこだったか。『使徒の弓』があるのは」


 『はい』


 二人の会話はアナにすら聞こえていない。いや、ゼノスの声は聞こえているが、もう一つの声は彼女にも聞こえていない。


 「まあいい。彼らとは敵対したくないからな。…それよりアヤトくんたちのための家を用意しておかなければ。早急に国に連絡して準備させておこう」


 『ゼノス様。まだ少々気が早いかと。彼らはまだ我らの国に来ると決まったわけではないです。それに来ることになったとしても、あのハイエルフを王都に送り届けてからでしょう。少し冷静になってください』


 「むぅ…」


 『そもそもの理由をおたずねしますが、なぜあの者たちにそう親身になられるのですか?』


 問いを受けてゼノスは立ち止まり、空を見上げる。その様子を確認したアナも動きを止めた。


 『同じように目を患っているからですか? それとも同じ黒髪だから?』


 「…違うな」


 遠くを見る。遥か遠く。

 五日の出来事を。


 「強いて言うのなら、罪滅ぼし…いや、約束か?」


 『約束…?』


 「ああ、お前たちには関係のない話だよ」


 ゼノスは歩みを再開した。

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