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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第三章 『劔の魔人と喰らう者』
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第4話 『ゼノス』

 場所は変わって店の中。

 カウンター席に左からエレナ、アヤト、ゼノス、エスメラルダ、アナの順番で座っている。とりあえず注文を済ませ、ふてくされて頬杖をついているアナをよそに、親交を深めることになった。


 「アヤトくんか。よろしく」


 「はい。よろしくお願いします」


 「…こう言っては何だが、相手が君でよかった。一般人ならただで済んではいなかっただろうからな」


「そ、そんなことないですよ!」


 カウンターを叩いて立ち上がり、アナは否定の声を上げた。


 「…カウンターを――」


 「はいっ! すみません!!」


 言い切られる前に頭を下げる。アナの圧倒的な謝罪の速さは反射神経の無駄遣いであった。


 「…まあいい。それで? 弁明を聞こうか」


 「はい、その男以外はちゃんと殺さないように手加減していました」


 店主を指さすアナ。悪気はないらしい。

 店主がそんなことをいちいち気にする性格ではないことを理解しているゼノスは、もうとやかく言うことはなかった。というより何も言う気が起きなかった。


 「――火の玉が当たっていればあの逃げ出した男性は亡くなっていたと思いますが」


 アヤトたちが消滅させた火球の殺傷能力は人一人を殺すには十分すぎるほどの威力だった。


 「あれは当たる直前で消すつもりだったんだ! それなのにお前たちが前に出てきて…」


 そう、あの時アナは驚いていたのだ。

 まさかあれだけ見た目が危険な火球に飛び出してくる人物が思っていなかったため、ギリギリで消すはずだったのに間に合わなかった。


 「あ、そうだったんですか…」


 非常に申し訳ない気持ちになるアヤトだった。


 「ふむ。アナなりに考えていたのか。成長…したんだな? それはいいことだ」


 「はいっ!」


 疑問形だったことは一切気にせず、パァッと明るい表情になるアナだった。

 数回目のため息をついたゼノスは視線をアヤトを越して、エレナへと向けた。


 「エレナ嬢。聞きたいことがあるのだがいいか?」


 「――なんでしょうか?」


 未だ警戒を解いていないエレナは静かな声で聞き返す。


 「おまえ…」


 従者であるアナからしてみればエレナの態度は失礼極まりない。我慢ならず立ち上がろうとしたところをゼノスは制止する。


 「警戒しなくてもいい――というのは無理な話か。私について知っているようだからな。だがどうか信じてほしい。私は君たちに手出しをしない」


 「――――」


 無言。

 返事はない。


 「エレナ…」


 アヤトに言われるまでもなく、ゼノスの言葉に偽りがないことはエレナも十分に理解している。けれど警戒を解くことはできない理由がある。

 しばらくの沈黙の後。深くエレナはため息を吐いた。


 「――わかりました。答えられることにはお答えします」


 「そうか。それはよかった」


 ゼノスは安心したように顔を綻ばせる。


 「それで質問なんだが、なぜエレナ嬢はこんなところにいるんだ? レザドネアが一族の者、ましてやリンク保有者を外に出すなんて想像もしていなかった」


 「私もお母様の考えはわかりません」


 「…? 理由を聞かされていないのか?」


 「ええ、私はただの道具でしたから。王国騎士団最強の騎士と契約させられるという話しか聞いていませんでした」


 平然と自分が道具であることを口にする。


 「――なるほど…」


 言うことを聞くだけの人形。

 アヤトとである前のエレナがまさにそれだった。


 「…いい気はしないな」


 彼女の話は少なからずゼノスは憤りを覚えていた。


 (この人やっぱり…)


 確実に悪人ではない。

 今の彼の反応でアヤトは確信を持てた。


 「質問はそれだけですか?」


 「ああ、私はレザドネア家の真意が知りたかっただけだったからな。他に望む情報はないさ」


 エレナはレザドネア家の意向を知らない。ならば聞き出すことのできる情報もない。そうなるともう質問の必要もなかった。


 「――ちょうどいい機会かもしれません。…アヤトはレザドネア家については知りませんよね?」


 「え、うん。全く分からない」


 唐突に質問されたのが謎だったが、アヤトは素直に返答する。


 「なら説明しておきましょう。私が縁を切ったレザドネア家について。レザドネア家というのは世界が創造されたときから存在するとされている古の一族です。王国には貴族として爵位を与えられ、領地も持ち、保護対象とされています」


 エレナはすらすらと自分の一族について語り始めた。


 「が、表向きを貴族とされているだけで、その実態はほぼ不明。謎の一族と一部で言われている。公には『リンク』という能力を持つ子供が生まれてくることすら知られていません。知っているのは王国でも一握りです。…彼のように事情を知る者は珍しい」


 「…まあ伊達に普通の人間より長く生きていないさ」


 視線を向けられたゼノスは表情を変えることなく言葉を口にした。


 「――終わったんなら俺からあんたに質問良いか?」


 調理をしながら店主がゼノスに向かって言う。

 またアナが失礼だと言うために立ち上がろうとしたが、流石にゼノスにまた怒られると学習したのか体は動かさず、店主を睨みつけるだけに終わった。


 「もちろんだ」


 「んじゃ、嬢ちゃんに聞いてたことを聞くが、なんでこの街…というかこの国にいるんだ?」


 「この国にはいくつか用ができたんだ。ノンバラに来たのはそのうちの一つを終わらせるため」


 「その用ってのは?」


 「躊躇いなく聞いてくるな…」


 ずかずかと事情を聴いてくる店主に困惑しながら、ゼノスは「まあいいが」と言って用事について語り始める。


 「ノンバラに用というのは単純に調査だ。なかなかどうしてこの都市は不明な点が多い。正直なところレザドネア家の動向よりも気になっている。…君がこの都市に留まっているのもそれが理由ではないのか?」


 「さあ? それよりできたぞ」


 誤魔化すように出来上がった料理を、今か今かと食事するのを待っていたエスメラルダの前に置いた。


 「わー!」


 料理を見たエスメラルダが赤い瞳を輝かせる。。


 「とっておきの肉だ。たらふく食ってけ」


 「うん!」


 力強く頷くとエスメラルダはフォークを手に取った。その様子を微笑ましく大人二人は眺める。


 「――よし、その他の奴の料理はまだ待っとけ」


 とりあえず一番幼いエスメラルダの分だけ作ったようだった。


 「ならまだ会話できるな…。私から聞きたいことはないと言ったが、せっかくだ。アヤトくんにいくつか聞こうか。構わないかな?」


 「大丈夫です」


 「それなら聞こう。気を悪くしたのなら謝るが、もしかして君は目が見えていないのか?」


 「あ、はい。生まれつき視力がありません。でも、リンクしている時だけは視覚があります」


 「なるほどなるほど」


 「ゼノス様、なんでその黒髪の人間が盲目だってわかったんですか?」


 アナが不思議そうにゼノスは尋ねる。


 「ん? リンク時と解除した後での目の動きが違ったから、それで盲目なのではないかと思ったのだが……なんだ、アヤトくんも私と同じ黒髪なのか?」


 「――?」


 今のゼノスの言葉はおかしかった。

 アヤトの髪の色は彼の顔を見た時点で確実に視界に入っているはずだ。フードで頭を隠しているわけでもないので、彼がアヤトの頭髪の色を知らないのは不可解だ。


 「…ああ、すまない。言ってなかったな。私も欠落者なんだ。色覚のな」


 「色の見え方が違うんですか?」


 「普通とは違うな。全ての色が白黒にしか見えないんだよ。まあ見える物が二色でしか判断できないだけだ。特に生きていくうえで支障は少ない」


 「そうなんですか…」


 似ている。アヤトは自分がゼノスと似ている、そう思った。

 目に障害を患い、頭髪は純粋な黒。

 どちらもこの国では忌み嫌われる要素を持っている。


 「――――ふむ。エレナ嬢、先ほどの説明時の物言いから察するに、君はレザドネア家と縁を切ったということでいいのかな?」


 「ええ、そうですが…」


 わざわざあそこでエレナがアヤトに自分の家系についての説明をしたのは、ゼノスにハッキリと自分が一族と縁を切ったことを伝えるためでもあった。では何故それを伝えたかったのか、理由は簡単である。レザドネア家の人間としての利用価値が自分にないことを示したかったのだ。そうすれば必要以上に自分たちに深く関わってくることはないだろうと彼女は考えた。が、ゼノスは再びエレナが一族と縁を切ったことを掘り返してきた。


 「なら、君たちはこの国では生き辛いだろう。どうだろうか、私たちの住む国に来てみないか?」


 あまりにも唐突で、予想外の誘いであった。


 「どういうことでしょうか…?」


 「そ、そうです! どういうことですか!! このような人間を我らの国に招くな、どぉッ!?」


 エスメラルダの食事を邪魔する形で身を乗り出したアナの頭に、もはや何も言わずにゼノスの拳骨を落とした。

 そして何事もなかったかのように、会話は再開される。


 「それでだが、エレナ嬢。言葉通りの意味だよ。我々の住む場所であれば何の差別も偏見もない。一般人として平和に暮らすことができる。受け入れに関していつでも問題ない。どうだろうか?」


 嘘ではない。西の国…ゼノスたちの住む場所では欠落者に対しての差別、黒髪に対しての偏見はない。

 二人にしてみれば夢のような国だと言えるだろう。

 が、エレナもそのことは把握している。

 彼女はこの大陸に存在する国々についてはある程度知識を有しているのだ。彼の国について知らないわけがなかった。


 「…………」


 だからと言って首を縦に振ることはできない。

 理由はいくつかあるが、その最たるものをアヤトが口にした。


 「…ごめんなさい、ゼノスさん。実は僕たちは王都に行かないといけないんです」


 「王都?」


 ゼノスは目を細めた。


 「王都にどうしても行きたいという人がいるので同行するんですよ」


 ロザリエ。彼女の存在があるのだ。

 彼女を助けると約束した。だからそれを果たすまではこの国を離れることはできない。


 「ほう? その人物は――」


 「私よ」


 金髪に、葉のように美しい緑色の瞳の少女――ロザリエが店の入り口に立っていた。


 「!?」


 「………」


 ロザリエの声にアナは驚き立ち上がった、ゼノスはその場に座りながら冷静にゆっくりと振り向く。ちなみにエスメラルダは肉に夢中である。


 「ハイエルフ、か…。素晴らしい隠密能力だ。アナ、気付いたか?」


 「――申し訳ありません。感知できませんでした」


 悔やんでいるようだが、気付かなかったのは無理もない。ロザリエのステルス能力は高いのだ。彼女はフルデメンスの感知範囲内に自分の存在を気付かせずに侵入出来ていた。

 アヤトの強力な感知系アビリティであっても、彼女の存在は他の生命体より薄くしか感じ取れない。

 と、そこでアヤトは違和感に気付いた。おそらくロザリエが現れなければ気付くことができなかった違和感だ。


 (――おかしい…。ここにいる人数と感知してる人数が…)


 「アヤトくん。彼女が王都に行きたいと言っている人物で間違いないのかな?」


 「あ、はい。そうです」


 違和感の謎を確認する前にゼノスに声をかけられたため、彼はひとまずそれを後回しにすることにした。


 「ハイエルフがバミラ王国の王都に用事…か。興味深いな」


 「話す義理はないでしょ。というか、あなた誰?」


 ちょうど今来たばかりなのでロザリエはゼノスたちについて何も知らない。


 「誰とは失礼な奴め! この方は偉大な偉大なゼノス様だぞ!!」


 エルフという存在に自分の名を名乗っていいのかとゼノスが悩んでいる間に、アナが勝手に名前を大声で口にする。

 ゼノスは思わずため息を漏らし、それを聞いたロザリエは目を見開いて驚きの声を上げた。


 「はぁっ!? ゼ、ゼノス!?」


 彼女の挙げた驚愕の声は店の外にまでも届いていただろう。ここが都市の端で、人通りが少ないのが店主にとっての救いだった。


 「今ゼノスって言ったぁ!?」


 「言ったぞ~」


 とんでもなく動揺しているロザリエの言葉を、アナが自慢げに肯定した。

 ロザリエが驚いている理由がアヤトだけには理解できていなかった。


 「えっと……ゼノスさんって何者なんですか?」


 「あぁ、君は知らないのか。私は一応西の方で王という地位についている」


 「王…王……王………」


 脳内のフォルダから『王』という単語の意味を引っ張り出す。


 「王って……国で一番偉いってことですか!?」


 「まあそういうことになるな」


 「そうだぞ人間! ゼノス様はゼノス王国を治める一番偉い国王なんだ!!」


 アナが声を張り上げた。今日聞いてきた中で一番大きな声だったかもしれない。


 「…やはりその国名は恥ずかしいな」


 「恥じる必要などありません! ゼノス様は国の主人であるのですから、堂々としておいてください!」


 「そう言ってもらえると嬉しいがな。…正直私はまだ国王でいいのかよくわからない」


 そこで初めてアナの表情が曇る。


 「…あの国の国王はゼノス様以外にはいません。黒騎士のせいで数年不安定になりましたが、ゼノス様を慕う国民はいます。それに忠誠を誓った我々がいます。だから…!」


 「――すまなかった、アナ。確かにあそこは私の国だ。私やお前たち家族の住まう私の治める国だ」


 漂う暗い空気を断ち切るように、店主が完成した料理を机へと並べ始めた。


 「暗い話話だ。ただでさえ人の来ねえ店が、辛気臭くなっちまう。とりあえず飯食いやがれ」


 「…ああ、いただこう」


 待たされていた四人は料理を食す。

 遅れてきたロザリエは一人、料理が出来上がるまで待っているのみだった。

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