第1話 『二人の外出』
日が地に光を落とす。
現在は正午である。
視覚のない欠落者である少年――アヤトと下半身を動かせない欠落者である少女――エレナは、城塞都市ノンバラの道を歩いていた。
「よかったの?」
「なにがですか?」
自分の座る浮遊する椅子を押すアヤトに少女は聞き返す。
「レイさんに何も言わずに出てきたことだよ」
二人はエレナの従者であるレイが承諾しなければ外に出てはいけないということになっている。つい先日決められたことだ。
「レイは負傷しています。だから私は彼女に休養としっかりと取ってもらいたいと思っています。ですので、ここで外に出たいなどと言っては余計な心配をさせてしまうと思うんですよ」
「逆に外に出てることで余計心配させる気がするんだけど…」
最近になってからの話ではあるが、エレナという少女は見かけ通り、はたたま見かけに反してと言うべきなのか、子供らしい行動をとることが多い。
そんなエレナと死ぬまで解けることのない契約を交わしたアヤトはというと、良くも悪くも大人しい性格である。自尊心というものが全くもってない彼は、なんやかんやでエレナの言うことを聞いてしまう。
故に現在この状況に陥っている。
エレナが外に出たいと言ったがために、体の一部が機能しない欠落者を嫌うこの国の都市を、二人は堂々と散策しているのであった。さらに言えば、アヤトは忌み嫌われる黒髪である。周囲からの視線はどれも鋭く、冷たい。
「仕方ないじゃないですか。ロザリエはいつの間にかどこかに出かけてしまったようですし、ルーダスさんもフルデメンスのことで忙しいでしょうから。そうです。私たち二人で出かけるのは仕方ないんです」
ウキウキな様子で理由を語っている。
彼女が楽しいのであればいいかとアヤトも言及は特にしなかった。
「それでどこに行くつもりなの?」
アヤトは外に行きたいと言われたので彼女を外に連れ出しただけである。そのため目的地がどこなのかを知らない。
「店主さんのお店に行って昼食をいただきましょう」
「昼食ってレイさんは大丈夫かな?」
「まあ…大丈夫ですよ」
「雑だね…」
今頃ベッドの上で横になっているであろうレイが可哀想に思えた。
「――その……私はアヤトと二人だけで食事をしたいと思ったのですが…、ダメ…でしょうか?」
「そんなことないよ。僕もエレナと二人きりだと嬉しい…と思う」
「そ、そうですか…。それはよかった、です…」
愛というものを知らない少年は、自分の気持ちをイマイチ理解できていない。そのため嬉しいという気持ちにも確証を得られていない。
そんな彼がエレナの顔が赤くなっているなんてことに気付くはずもなかった。
「――ここを左だっけ?」
しばらく歩いて十字路に行き着いた。
全盲ではあるが、周辺把握のアビリティを所有するアヤトは、道やそこを歩く人、建設された建物の位置を把握できている。そして目的地である店への道も、ルーダスのおかげでアヤトはすでに把握していた。
彼に連れられた時はこの十字路を左に曲がっていたが、一応確認としてエレナに尋ねる。
「いえ、今日は真っ直ぐ行きましょう」
「真っ直ぐ?」
「はい。真っ直ぐです」
予想外の回答だった。ルーダスと共に店へと行った時の記憶にある道と、エレナが行こうとしている道が違っている。
「ルーダスさんは気を使って人の少ない左側に行ってくれていたようですが、お店は一からしてこのまま直進した方が速いです」
「あ、そうなんだ」
「それにですね…。この先は露店があるんですよ!」
露店に興味津々のようだった。
子供らしいエレナを微笑ましく思いつつアヤトは足を前へと進めた。
「じゃあ行こうか」
彼女の願いであるのならば、アヤトはそれを叶えるだけだ。
大道店の並ぶこの道。
初めてノンバラを訪れる二人が知るわけもないが、ここは城塞都市ノンバラで一番活気のある通りだ。昨日、駐屯地でエクリプスが現れたというのに賑わっている。
当然そんな場所では、二人は様々な視線を向けられ、色々と言われる。が、年齢に見合わない強メンタルを所有する銀髪の少女と、自分などもはや人間以下の生物だと卑下している全盲の少年には、なんのマイナスにも働かなかった。
それどころかエレナに関しては目を輝かせて露店を見回している。
「すごいですね。これが露店の並ぶ大通りですか…」
これまでの人生、外になど自分の意思で出させてもらえなかったエレナには、書物などで得た知識しかなく、自分の目で街のものと見るのはほぼ初めてである。
「確かに人多いね」
アヤトもまた人混みというのに慣れていない。というのも、こっちに来る前は基本的に人の多い場所は危険だからと避けていたからだ。
「露店ってことはお店だよね。何か欲しいものある?」
「うーん、そうですね…。あの食べ――」
エレナの言葉が不自然なところで中断された。
「どうかした?」
「あ、いえ、すみません。女の子がいたのですが、その子の目がもしかすると…」
エレナの視線の先には、露店で果物を買う十歳前後ほどの少女の姿があった。フードで顔を覆っているが、視点の低いエレナには隙間から少女の瞳が一瞬ではあったが見えていた。
「――少し気になりますね」
袋に詰められた果物を露天商から受け取った少女は、硬貨を渡してお辞儀をした後にその場から離れる。少女の足取りは軽いように思えた。
「あれは…」
エレナが次に目を向けたのは少女の後方にいる三人の男。
露店から離れた赤目の少女が離れた途端、その三人の男たちはゆっくりと動き出した。
「…アヤト、彼らを追ってくれますか?」
「ごめん。人が多すぎて判別できないから誘導してもらえる?」
「わかりました。とりあえず真っ直ぐ進んでください」
人の多い大通りであってもアヤトとエレナに近寄るまいと、人々は彼らを避けるように道を空ける。それは実に好都合だった。すんなりと進むことができる。
「そこを右です」
「了解」
三人の男を追って二人は路地裏へと進んでいく。
「また路地裏ですか…。前のような人たちがいなければいいのですが」
「危なかったら戻ろう」
「はい」
前のようにチンピラ集団に絡まれるのは御免だった。なにせ騒ぎになればレイのお叱りが待っているのが目に見えている。
「――だいぶ奥に進むね」
入り組んだ路地裏を進む。大通りから少し離れたため、すでにアヤトもアビリティによって三人の男と少女の感知はできるようになっていた。
「…止まった」
停止を感知。
アヤトは真っすぐ行くか、右に曲がるかという分岐点で立ち止まった。
すると右側から声が耳へと流れ込んでくる。
「おいおい。ちょっと止まれよ、チビッ子」
軽い調子で呼びかける男の声。ケラケラと笑う二人の男の声。計三つの男の声は確認できた。
「な、なんです、か…?」
怯えた様子の声。
これで少女の声も聞き取ることができた。
声を感知した人物たちに当てはめていく、二人の男は笑い声であったが、ほぼ確実にアヤトの脳内では視界外で行われている四人のやり取りを再現できている。
「お前、そのなりからして他所から来たんだろ? しかも金の入ってる革袋、平民が持てるような代物には見えねぇな。なかなか金が入ってそうじゃねえか。なぁ?」
どうやら男たちは金銭を簒奪するために少女の後をつけていたらしい。
「どのような様子ですか?」
アヤトが聞き耳を立てていることを察して、エレナが小声で状況を確認する。
「前と似たような人たちだと思うよ。女の子からお金を奪おうとしてるみたい」
「…なるほど。――では、行きますか?」
「もちろん。助けよう。レイさんに怒られたら、その時はその時で」
誰かを助ける。
この世界に必要だった人の代わりに…彼と同じようにそれをする。
その行いはきっと正しいから。
「はい。一緒に怒られましょう」
すぐ右に曲がれば三人の男がいる。
じわじわと近づき、少女を囲むように立っているのは把握済みだ。
「――手を」
「うん」
アヤトは手を差し出す。
エレナは彼の手に、大事な宝物を受け取るように触れた。
――リンク
銀髪の少女は光の粒子となり吸収されるように消えていく。
完全に消えたのと同時に、アヤトの視覚が覚醒した。
「よし、行こう」
これで戦闘可能になった。
アヤトは歩みを始める。そして右へと曲がり、路地にいる男三人を視認した。
王都までの道のり編スタート




