第14話 『もう一人の幹部』
違和感はあった。あのロザリエを見た時だ。
彼女がハイエルフであるというのはこの際どうでもいいのだ。むしろ彼女をこの国を操る者達が見た時にどんな面白い表情をしてくれるのか楽しみだった。
故に違和感を持ったのはそこではない。
引っかかったのはロザリエがハイエルフであることでなく、ハイエルフであるロザリエがこの都市に入れていることだ。
フードを被った人物の顔を確認しないなんてありえない。ここの警備の役割を担っている者達がそこまでたるんでいるわけがない。
だからその話をロザリエから聞いた時、ルーダスはすぐさま行動した。目指すのは都市の入り口である門、そこに設置された検問所である。彼女が都市に入ったという朝の検問を担当していた者達から話を聞いた。
驚いたことに全員言っていることは同じだった。朝の検問中の記憶が曖昧だと言っていたのだ。なぜそれを報告しなかったのかと問いただしたところ、最初は気になってはいたのだが、なぜか考えれば考えるほどどうでもいいかと思ってしまい結局誰も口にしなかったのだという。しかもルーダスに言われるまでそのことすら忘れていたらしい。
ルーダスはそれについて職務怠慢だとは考えなかった。全員が同じ証言をしたのだから流石に何かあると思ったのだ。魔術的な干渉、あるいはアビリティか。どちらにしても状況は思わしくない。おそらく何者かの侵入を許してしまっている。
王都に戻る日までは、エレナ達を警護して、ついでに久々に故郷であるこの都市ノンバラでゆっくり過ごそうかと思っていた。しかしこうなってはそうもいかない。エレナ達の敬語は部下に任せて、王国三隊長の一人であるルーダスが直々に街を捜索した。それには理由がある。検問担当の兵のうちの一人には精神に対する魔術を無効化するマジックアイテムが渡されていた。今回の侵入者はそのマジックアイテムを物ともせずに全員になんらかの暗示をかけているのだ。間違いなく一般の騎士の手には負えない。だから彼が動くことにした。
だが収穫はなかった。手掛かり一つ見つからないまま時は経過する。
次の日、現在に至るわけだが、昼食後から駐屯地内の書庫にエレナ達にはいてもらっている。あの急遽貸し切りにした宿にいてもらうよりは安全なはずだ。ルーダスの方はというと昨夜同様捜索をしている。彼はノンバラの貧民街へと足を運んでいた。
「久しぶりだな…」
目的は貧民街に住まう人々ですら近づこうとしない廃墟群。ルーダスにとって思い入れのある場所なのだが、ここにいなかったらもう探す当てはない。見つからなければ、エレナ達と合流して警護に徹するつもりだった。
「――なにも…ないか」
そう判断したので引き返そうとした瞬間、遠くのほうで雷鳴のような音が聞こえた。
「………?」
思考はまず何の音か考えるところから始まった。そしてどこからした音なのかに考え行きつくと、ルーダスは走り始めた。
「くそッ…!」
こんな都市内でまず耳にすることのない爆発音がしたのは駐屯地の方向。
つまりエレナたちがいる方角である。
「――予定が変わった。『物語』が狂いすぎている」
「――――!」
見知らぬ男の声がしたため、足を止めて振り返る。
視線の先は背を向けていた廃墟群、そこには今までなかったはずの人影があった。
黒いローブを着た人物がフードの奥からルーダスを見ている。顔だけでなく手先までローブによって隠されている為見た目だけでは男女の区別はしにくかったが、声で男性であることは把握できた。
「困った? ああ、困ったさ。フルデメンスの奴め、我慢できずに勝手に行きやがったんだ。記憶障害で人の言ったことはすぐに忘れるくせに、神の命令だけはしっかり覚えているのは本当にタチが悪い。そう思うよな? 全くだ」
男のローブの胸の辺りにはカルト教団エクリプス特有の模様が刻まれている。これは幹部の印だ。つまりルーダスが現在対峙しているのは、フルデメンスと同じ地位の存在である。
「――お前は何番だ」
エクリプスには六つの部隊があり、それぞれ束ねるリーダーがいる。判明しているのは六つ目の部隊『シス』のフルデメンス。それとあともう一人、一つ目の部隊『アン』のリーダーだ。ルーダスの問いは彼が何番目の部隊のリーダーかの確認だった。
「なんでその情報が洩れているのか気になるが…今はいい。それよりどうしたものか。フルデメンスを止めに入るべきか…王国騎士団三隊長の一人をここで仕留めておくか…」
「質問に答えないのはいいとして…、やっぱ今の爆発はフルデメンスの仕業か」
「あんな馬鹿みたいな爆発起こすのはあいつ以外いないだろう? そうだとも」
男のローブの袖と右手の甲の隙間から隠されていた細い剣が姿を見せる。
「…決めた。後者だ。欠落姫と黒髪の少年を殺すなと命令が来たが、死んだら死んだで仕方ない。その程度なら利用価値もないだろ。それに今更駒が欠けたところで狂い始めた『物語』には関係ないわけだし、将来的にはお前は死んでた方が楽だと思わないか? 俺は思うな。理解してくれたか、双剣の騎士」
「お喋りが大好きなんだな。とりあえずあんたが仕切っているのはアンでもシスでもないことはわかったよ。あと確かに俺は先に殺しておいた方がいい。…俺が生きてたらお前ら壊滅するからな」
腰に携えられた剣に手を置く。刀身が夕焼けの光を反射させながら鞘から抜かれた。
「双剣の騎士、ルーダス・ザガルレスの名において、お前を終わらせる」
「俺も名乗った方がいいか? 当たり前だ」
「自問自答が大好きみたいだな」
「では名乗るとしよう」
「会話にならねぇ…」
男はフードを掴むと勢いよく上げた。
「俺の名前はザナムだ」
顔を露わにした男の顔を見てルーダスは目を細める。
顔の左半分が解けたようにぐちゃぐちゃなのだ。さらに不気味なことにもう半分は左側のありさまを感じさせないほどに綺麗だった。黒髪ではない。ということはこの男が『アン』ではないことが確定した。まだ情報のない新たな幹部だ。
「安心しろ。俺も気持ち悪いと思ってるから」
「知るかよ。そんなことよりも時間がないんだ」
ここで無駄足を踏んでいる余裕はない。だからルーダスは動いた。予備動作なしのノーモーションから出せる限りの速度を出し、ザナムを斬り伏せた。
肩から腰にかけて斬られた体からは血潮が噴き出る。ザナムは程なくして倒れた。
「意外と……」
あっさりと終わった。
と言おうとしたところで、すぐに違和感を感じた。剣に血が一滴たりとも付着していない。あんなに勢いよく血が出ていたのに返り血が衣服を赤く染めていない。
直感的にそこから飛び退いた。その瞬間鼻先を刃物が掠める。
「惜しかったよな? ああ、そうだ。非常に惜しかった」
「…なんだ、今のは」
ザナムは倒れていない。当然にように立っている。
「どうした? 俺が死んだところでも見たか? そうだよな。見たんだ。でも俺は生きている。おかしいか? おかしいさ」
まるで夢でも見ていたかのように数秒前の出来事が曖昧だ。意識ははっきりとしているのに脳が何事もなかったかのように処理しようとしている。
「…認識操作のアビリティってところか。面倒だな」
アビリティに限らず魔術にも言えることだが、内側に干渉してくるタイプの能力は厄介極まりない。
「――――」
敵を前にしながら、彼は息を大きく吸い込み吐いた。昔教わったのだ。危険な状況程の時ほど落ち着けと。だからその通り落ち着くべく深呼吸をしている。
「やる気をなくしたか? そんなわけない。お前はやれるだろう? ああ、やれる」
「――お前の自問自答は鬱陶しいな」
拳に力を込める。
体を流れる力…魔力を手から両方の剣へ流し込む。すると握る日本の剣は青く輝き始めた。
自分の地位は今どうでもいい。今は一人の男、ルーダス・ザガルレスとして剣を振るう。
「見せてもらおうか。双剣の騎士たる所以を」
「いいぜ。来いよ、クソ野郎」




