第12話 『移動の時間』
レイが散々怒った後、朝食は昨日の夕食と同じく宿で済ませた。
そして今現在、昼食はどうするかという話になっている。そんな時、ルーダスが昨日と同じ軽い様子で部屋に入ってきた。
「こんにちは~」
「ルーダスさん、お仕事はいいんですか?」
「とりあえずは問題ないですよ」
慌てた様子で店から出て行ったというので気になっていたのだが、彼の表情を見た限りではどうやらひと段落したようだった。
話半分にルーダスの話を聞いているロザリエは彼を見て気付いたことを口にした。今日の彼と昨日の彼には違いがあったのだ。
「――今日は二本も剣を持ってるのね」
「いつもこうさ。昨日がむしろ珍しかったんだ」
口調は敬語ではなく、砕けたものに戻っていた。
「…ふーん」
「なにか?」
「いや、なんでもないわ」
「そうですか。ならお昼を食べに行こう。昨日と同じお店になるけど、いいかな?」
一般人に見られるがいいか。言葉に隠された本当の意味はこんなところだろう。
間違いなくアヤトに向けられた問だった。
「問題ないです」
躊躇う必要はない。彼は周りから何と言われようが、なんとも思わない。
自分の身の程などすでにわきまえている。
「なら行こうか」
アヤトはペンダントを首にぶら下げ、マフラーを巻いた。
宿を出て再びあの視線が飛び交う街へと繰り出す。
***
移動中。ルーダスはアヤトと浮遊椅子を押す役目を代わってもらいエレナと会話をしていた。両者ともに用があったので、そのような状況になっている。
まず用を済ませようとしたのはエレナだ。
「ルーダスさん。頼みごとがあるのですが、いいでしょうか」
頼み事というのはロザリエのことについてだ。
エレナは慎重に話を切り出す。
「俺でよければなんなりと」
「では。…実はロザリエの件で手伝ってもらいたいことがあるんです。彼女を王都まで――」
「王都まで連れていきたい、ですか?」
エレナが言い終える前、ルーダスが口を挿んだ。それも彼女が言おうとしていたことだ。
エレナは驚きの表情をあらわにする。
「…知っていたのですか?」
「昨日、店で王都に用があるって聞いたので」
だからロザリエの件で頼み事というのなら予想は容易かった。
「私たちを席を立っていた時ですか…。なるほど」
実に納得のいく回答であった。
「それで手伝ってほしいとのことですが、構いませんよ。どうせ俺も戻るように言われてるんで、ついでに俺が彼女を王都まで届けます」
王都に戻る予定があるので、ルーダスとしては別に面倒な手伝いというわけでもなかった。ロザリエだけを運ぶなど、ついでで済む程度のことだ。
「あ、彼女だけでなくて私たちも王都には行きますよ」
「え?」
ルーダスが立ち止まった。
「ですから私たちも王都に行きます」
「――そうですかぁ…」
ルーダスはなぜか困ったような声音だった。
「どうしたんですか?」
「いや、自分のミスを痛感してるだけなのでお気になさらず。はぁ…、これなら変なこと言わないで素直に話しておくんだったな…。まあ、なんとかなるか…」
「……?」
独り言を言うルーダスであったが、その言葉の意味はエレナには理解できなかった。
「…まあ、わかりました。協力はもちろんするのでご安心ください」
快諾とは言わない様子だったが、一応は承諾してくれた。
「ありがとうございます。ルーダスさん」
「いえいえ、礼には及びませんよ」
ルーダスにとってはわざわざ礼を言われるほどのことでもなく、むしろ彼女たちの役に立てるなら喜ぶべきことであった。
(とりあえずこれで一安心です)
最大の問題であった移動手段を手に入れることができた。不安要素が減ったのは実に素晴らしいことだ。
「…次はルーダスさんの番ですね。聞きたいこととはなんですか?」
エレナの用事は終わった次は彼の番だ。
少女は用というのを尋ねる。
「まあ個人的に気になったことなんですが……なんでレイさん怒ってたんですか?」
レイの機嫌が悪いのはルーダスにも伝わっていたようだ。
今朝の出来事をつまびらかにエレナは話した。
「――なるほど、なるほど…。それにしてもエレナ様は大胆ですね」
「そうですか?」
「だと思いますよ?」
「そうですか…」
大胆なんて言われたため、顔を少し赤らめている。恋なんて無縁だった彼女はこの手の話の普通というのがよくわかっていない。
「でも私はアヤトが好きですから…」
「――本人が嫌がってなかったのなら全然オーケーなんじゃないんですか? アヤトくんはどんな反応してました?」
「顔が少し赤くなってて…心臓がどくどくしてました」
「ほうほう」
「あ…あと、お尻…触られました…」
「アヤトくんの方もなかなか大胆…」
「い、いえ! アヤトのは多分事故です!」
多分自分の上に何が乗っているのか確認しようとして、あそこに手が伸びたのだとエレナは思っている。そういうことにしていた。
「話を聞く限りじゃ脈ありじゃないですか? どかさないってことはアヤトくんもまんざらではないんでしょうし」
「――本当ですか?」
「いや、知りません」
「はぁ…」
期待したのを後悔するエレナだった。
うまいことルーダスに遊ばれている気がする。が、ここからは彼女のターンである。
「……ルーダスさんの方はどうなんですか?」
「と言いますと?」
「レイとか」
「――――」
無言でルーダスはエレナの耳元に口を近づけた。
「――エレナ様の目ってそういうのも見えちゃうんですか?」
「かもしれません」
可能性があるような物言いではあったが、エレナの目は感情まで読み取れない。あくまでその人物の本質を見ることができるだけである。つまりルーダスは勘違いをしていた。
ではなぜ彼女がルーダスの恋心に気付いたのか。実のところ特に理由はない。
要するに、ルーダスがレイに向ける視線を見ていたエレナの勘である。
「ですが、レイも私と同じで恋というものをしたことがないようなので、そこが不安ですね…。ちなみにどこが好きになったのですか?」
「あ、やっぱりもう好意抱いてる前提なんですね…」
諦めたように息を吐く。
否定をしないということはそういうことだろう。
「顔はもちろんですが――黒髪が、あの黒髪が素敵だと思ったんですよ」
多くの人々が忌み嫌う黒髪をルーダスは綺麗だと思った。エレナと同じだ。
エレナのアヤトも黒髪が綺麗だと思っていた。
「ルーダスさんは私と同じで変わり者なんですね」
「やっぱり変わり者だと思います?」
本人にも自覚はあるようだった。だが、だからと言って落ち込むような様子は見受けられない。
「でもその方がかっこいいですよ」
「それは嬉しいですね」
「まあレイがどう思うかはわかりませんが」
これに関しては全く分からない。
レイがどういった人物をカッコよく思うかなんて考えたことがなかった。
「ひとまずルーダスさんも大胆にいってみますか?」
「いやです」
即答で拒否された。
エレナ的には名案だったのだが、ルーダスはお気に召さなかったらしい。
「――その辺は落ち着いたら考えていきますよ。今は色々やることがありますから」
「了解です。手伝えることがあったら手伝いますよ」
「頼ることのないように頑張ります」
また大胆に行こうなんて言われても困る。
ルーダスも恋愛経験に乏しく、そんな度胸はない。
「それじゃアヤトくんと変わりますね」
「はい。わかりました。恋する者同士お互い頑張りましょう」
ルーダスはアヤトを呼んで役目を交代した。
「ご飯は何でしょうね」
「な、なんだろうね…」
アヤトの返答時の様子がおかしかった。
「どうしたんですか?」
「………」
アヤトの顔が少し赤くなっているのだが、位置的にエレナはそのことに気付けていない。
「…ううん。なんでもないよ」
「? そうですか…」
五人中二人の聴力がとんでもなくいいことをエレナは失念している。
先頭を歩くロザリエは、アヤトとエレナのやり取りを聞いて笑みを浮かべていた。




