第9話 『お店』
「着きましたよ」
「ここですか?」
「そうですそうです」
エレナの問いに対してごく自然にルーダスは答える。
アヤト、エレナ、ロザリエ、レイ、ルーダスの五人は宿から出て、様々な視線を感じながらもしばらく歩いて目的地の店へと到着した。位置的にはこの都市の端の方である。
「ちょっと古くない?」
フードの下から翠色の目をのぞかせるロザリエ。
彼女の言った通り、ここに来るまでに見てきた建物と比べるとルーダスの指す建物は年季が入っている。店名であろう『イリ―ティア』と文字が刻まれた看板だけは綺麗に手入れがされた状態で掲げられている。
「まあまあそう言わずに。行きましょう」
ルーダスに先導され四人は後に続く。
アヤトの世界で言うところのウェスタンドアはギィと軋んだ音を出しながら開かれた。
「あら、思ったよりも中は綺麗なのね」
フードから美しい顔を出したロザリエは店内を見回して素直な感想を口にした。
「おやっさん、来たよー」
「ん? ああ、ルーダスか。久しぶりだな」
ガラガラの店内、その一番奥のカウンターで作業をしていた人物、おそらくはここの店主であろうスキンヘッドの男とルーダスが親しげに挨拶を交わす。
「相変わらず人いないねー」
「何言ってんだ、この静かなのがいいだろうが」
「いや、飲み屋でそれはダメでしょうよ」
「細かいこと気にすんな。…そんで今日はどうしたんだ?」
「久しぶりにおやっさんの料理食べたかったから来たんだ」
「ほーん」
顎に生えた髭を右手で触りながら、店主は目を細くしてルーダスの背後にいるアヤトたちを順番に見回していく。
「俺のお客さんだよ」
「そうかい。なら、座りな。あんたらも腹減ってんだろ? 味は保証しかねるが、量なら出してやるよ」
彼らの容姿など店主は全く気にしていないようだった。
「ほらね、大丈夫でしょ? おやっさんどうでもいいこと気にしないから」
機嫌がよさそうなルーダスはカウンターへ進み、左端の席に座った。
「なにがどうでもいいって?」
「黒髪とか欠落者だとかって話」
「ま、どうでもいいな。黒髪だろうが何だろうが同じ人間なわけだから」
ルーダスの言う通りだった。
本当に店主は彼ら容姿については何とも思っていないようだ。
「人間ってホントに色々いるのね」
「……そうですね」
この街を歩いていて忘れかけていたが、ガラやネイトス、ヘルトもアヤトが黒髪であることについて特別気にしている様子はなかった。
そうだ。別にこの国の全ての人間が黒髪を嫌っているわけでもなく、欠落者を嫌悪しているわけでもない。ただ数が少ないだけでわかってくれる人は確実にいる。
「ほら、四人ともどうぞ」
ルーダスが先に座るように促してくる。四人は足を動かした。
「…その椅子だとカウンターは高いか?」
エレナの浮遊椅子を店主は見る。椅子の高さから考えるとエレナの座高的にカウンターは少し高いのだ。
「大丈夫です。調整はできるので」
「そうかい」
問題ないことを確認すると店主は調理の準備をし始めた。
「アヤトくん。ここ座って」
「わ、わかりました」
隣の席をポンポンと叩くルーダス。なぜ自分が呼ばれたのかはよくわからないが、断る理由もないので、エレナの座る場所を確保してから彼の隣に腰を下ろした。
横にエレナ、その右にレイ、一番奥にロザリエという席順になった。
「おやっさん。いつも通り適当に……何食べます?」
ルーダスは注文しかけたところで一度口を閉じて四人に尋ねた。
「何があるんですか?」
「魚か肉だ。選びやがれ」
大分大雑把な二択だった。
「じゃあ肉で…」
「私は魚でお願いします」
「私も同じもので」
「私も魚にしようかなー」
「ってことらしいんで、よろしくおやっさん」
「あいよ」と返事をした店主は早速料理に取り掛かった。
数分後。食事を終えた。
アヤトが食したのはなんの動物のものなのかわからない分厚い肉、何かよくわからないスープ、そして何かよくわからない果物までもデザートとして口に運んだ。
(知らないものだらけだったけど、普通においしかった)
知っているような味ではあるのだが、何かが決定的に違う料理を食べ終えると腹は満たされていた。この世界に来てから初めての食事だったが満足のいくものだった。
「どうだ、うまかったか?」
「はい、とても」
「それならよかった」
食事を終えたアヤトたちは雑談中。そこでふと食器を洗う店主がアヤトに声をかけた。
「――なあ、坊主」
店主は手の動きを止めまっすぐとアヤトの顔を見ている。見えなくともアヤトは視線を感じていた。
「なんですか?」
「…いや、気にするな。それよりもその目動き、もしかして視力ないのか?」
「はい。生まれつきで」
「ほー」
そんな特に何でもない会話を終えると店主は再び手を動かし始める。そのタイミングでルーダスが口を開いた。
「おやっさん。今度カナック君が来たら悪さしないように言っておいて」
「なんで俺が」
「おやっさんの言うことなら少なからず聞くでしょ、あの子。だから頼むよ」
店主からの返事はない。ルーダスはその無言を了承と受け取って今度は右側へ視線を向けた。
「――アヤトくん。これ」
懐から出した琥珀色に輝く美しい石のペンダントを無造作にアヤトの前に置いた。
「えっと…なんですか? 魔力を感じますけど…」
見えないので、ルーダスが自分の前に魔力を内包した何かを置いたということしかわからない。
「綺麗な宝石のついたペンダントですね」
ペンダントを見たエレナは感想を述べる。説明としてはそれで十分だった。
見たことはないが宝石というのが高価な物であることはアヤトも知っている。だからなぜルーダスが自分の前にそんなものを置いたのかわかっていない。
「あげるよ」
「えぇっ!? も、もらえませんよ」
「そう言わずに受け取って。今後君たちに必要になると思うんだ」
「でも宝石なんて…」
断っても諦めてくれる様子はない。
渋々と目の前に置かれたペンダントを手に取る。
重量は思いの外ない。ビー玉に似てると言うのが素直な感想だった。
「うーん…。マジックアイテムですか?」
アヤトの手に握られたペンダントを興味津々に銀髪の少女は見つめている。
「正解です。これを使えば誰でも修業をせずとも魔術を使えます」
「魔術が…使える…?」
驚いたのはアヤトだけではない。店主とルーダス以外の全員だ。
「そんなことが可能なんですか?」
「可能です。これを握ったまま魔術を使用したい方向へと向ける。あとはなんの魔術を使うか脳内で考えて魔力を流すだけですよ」
「――昨日言った通りアヤトは特殊体質です。魔術はどれほど修行しようが使用できないんですよ?」
特殊体質というのは嘘だ。でも昨日からリンク時に発動している謎の魔術無効化能力のせいで彼自身も魔術を行使できないのは事実。本人は知らなかったが昨日の時点でエレナはそれをルーダスに伝えていた。
「それでもおそらく問題ないです。使用者は魔力を流すだけで、魔術を発動させるのはこの石なので」
「なるほど。魔力は誰にも流れていますから確かに問題はないですね」
魔術は行使できなくてもアヤトは魔力を体外に放出することができる。それによって昨日はガルノを殺したのだ。つまりリンクを使用した状態のアヤトでも魔術を使うことができる。
「こんなアイテムがあるなんて知りませんでした。誰でも魔術が使えるアイテムはスクロールだけかと思っていましたが、そんなことはなかったんですね」
「――あの…これってすごく貴重なんじゃ…」
話を聞いた限りそうとしか思えない。アヤトの手が少し震えてしまう。
「うん、もちろん。それをくれた人が言うには世界に二つとないかもしれないらしい」
「やっぱりもらえません! それに貰い物だったらもっと大事にしないと…」
貴重品な上に、ルーダスが誰かから貰ったものなんて受け取ることはできない。
「いいよ。それがなくても魔術は使えるし。もうただのお守りみたいなものだから」
「お守りならなおさら持っておいた方がいいんじゃないんですか?」
「ううん。俺にはもう必要ないんだよ。だから君が持っておいて。不要な俺より今後必要になるであろうアヤト君が持っておいた方がいいでしょ?」
「でも…」
抵抗がある。人から物を貰うというのはサキリアヤトがあまり好まないことだった。
「…なるほど。じゃあ発想を変えよう。君はこのペンダントを貰うんじゃない。拾ったんだ。これで君が気にすることはないだろ?」
どうやらルーダスにはアヤトが考えていたことがわかっていたらしい。
彼の懸念する部分をうまくかわした。
「――わかりました」
ペンダントを握りしめ、見えない目でルーダスを見据える。
「ありがとうございます」
「あ、でも魔術使う時に魔力流しすぎると爆発するから気を付けてね」
爆発するなんて言われ、手汗が溢れ出てきた。
「やっぱり返します」
「あははは、大丈夫だって」
笑いながら向けられたペンダントを押し戻す。
「そもそも僕は魔力の流し方なんてよくわからないんですが…」
石に魔力を流すなんて言われても全くピンとこない。
「出ろって思えば出るさ。というか昨日は魔力放出してガルノ倒したんでしょ? それならその時の感覚でやればいいよ」
「な、なるほど…」
あの時はほとんどエレナ頼みだったので、どうやってあのビームを出したのかアヤトは理解していない。。
「…というか爆発するほど魔力が流れることなんてないと思うけどね。俺が全力でやっても爆発しなかったし」
「そうですか…」
自分より遥かに強いであろう彼でも爆発させることができないと聞いて少しは安心できた。
これで誰にも迷惑はかけることはない。
「それならありがたく貰います」
「うん。大事にしてね」
満足そうに頷くと続けてルーダスは「やっぱり似てる気がする」と呟いた。
小声ではあったがそれを聞き逃すルーダスではない。
「誰にですか?」
「聞こえてた?」
「はい…一応」
特に何もない店の天井を彼は見上げた。
「――そのペンダントをくれた人に似てるんだよ、君は」
「顔がですか?」
「顔もかな。どう思う? おやっさん」
「確かにあいつの若い頃に似てるな」
食器を洗いながら店主が答える。彼もアヤトに似ている人物を知っているらしい。
「あー、俺若い頃のあの人見たことないなぁ」
「どんな人だったんですか?」
「…強くて、優しくて、かっこいい人だったよ」
強くて、優しくて、かっこいい。
(――その人は…僕と似ていない)
決して似てなどいない。全くもって違う。明らかに別物だ。
――サキリアヤトはそんな立派な人間ではないのだから。
「気になります。その人と会ってみたいですね…」
アヤトよりもエレナの方がその人物に興味津々だった。
「それがね…。消えちゃったんだよ、その人」
「消えた? 死んだってこと?」
ストレートにロザリエが尋ねた。ルーダスと店主は顔を見合わせる。
「いや、死体がなかったから死んではないと思う。でもいなくなった。十八年前ぐらいかな。まるでこの世界からいなくなったみたいに跡形もなく唐突に姿を消したんだ」
十八年前、アヤトが生まれる二年前になる。
語られたのはそこまで、アヤトに似た人物についての話はもうされることはなかった。




