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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第二章 『約束をした日』
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第5話 『弱点』

 「なにしてるか知らないが、食らって死ね」


 二人が何をしているのか男の位置から見えないがもはや関係ない。


 「《ライトニング》」


 男の掌から少し離れた場所に黄色い魔法陣が出現する。

 そして、男は魔術を発動させた。

 魔法陣から稲妻と呼ぶにふさわしい光の線がアヤトへと突き進む。

 《ライトニング》。稲妻を敵に放つ攻撃系の魔術。男の最も得意とする技だった。これを使い力示して、何人も屈服させ従えさせてきた。王国騎士でも一撃で気絶させられる自身が彼にはある。

 だが、彼…彼らには通じなかった。


 「は……?」


 稲妻はマフラーを巻いた少年に当たることは…いや、当たってはいたのだ。だというのに当たった瞬間に消えた。

 術の使用者である男はその現象は理解できなかった。初めて見る光景だった。


 「見える……」


 視覚を得た。

 欠けているものが補われる感覚……自分が欠陥品から完全なものになったことにアヤトは心の中で歓喜する。が、今回はエレナの姿を見れなかったのが少し残念だった。


 「エレナは…?」


 ロザリエと男たちは目を見開いていた。

 魔術が効いていないのもそうだが、突如椅子に座っていたエレナの姿が、光の粒子となってアヤトの体に吸い込まれていったからだ。


 「僕の中にいます」


 「ど、どういうこと?」


 アヤトの言葉の意味がまるでわからない。そんな顔をしているロザリエ。


 『私の声は聞こえていませんからね。ロザリエには後で説明するとして…アヤト?』


 「…ごめん。大丈夫」


 同じ存在になったため、内容まではわからなくても、アヤトがこの状況とは別のことを考えていることはエレナにもわかる。心配して声をかけたわけだが、アヤトはなにも問題ないと言った。

 問題はない。これは事実だ。けれど違和感があった。


 (…あの時のアレがなかった)


 機能とは違い、よくわからない情報が脳内に入り込んでくる感覚がなかった。


 (ないならないでいいか…)


 支障はない。アレは気にする必要はないものなのだと思考を断ち切った。


 「どうして…。なにをした? どうやって防いだんだ!」


 自慢の魔術が命中せずに、無傷で防がれたのだ。男の機嫌がいいわけがない。


 「…確かに」


 実はなんで防げているのかアヤトもわかっていない。

 ガルノの時と違って黒い衣は纏っていないはずなのに、何の痛みもなかった。


 『消滅しただけですよ』


 「その理由があの人は知りたいんじゃないの?」


 『そういう力としか言いようがないのですし…。それにどうやら私の能力でもないようなので、詳しいことはわかりません』


 「――じゃあ今のなに?」


 エレナのアビリティではない。それだとおかしな話になる。

 アヤトのアビリティは感知能力。第六感とも言われるものである。魔術の消滅が彼女の能力でなかった場合、今の能力の出所が謎だ。


 『昨日、アヤトと私が繋がった時から発動した能力です。リンクの副産物かもしれません。未だに謎が多い能力なので』


 「なるほど…」


 魔術を消滅させる能力。

 実はすで発動してはいたのだ。

 昨日アヤトの首には発信機のような魔法陣が刻まれていた。破壊はできず、解除するのも難しい。エレナがアヤトにおぶられている時に確認していたそれは、リンクを解いた後消え去っていた。


 『まあ魔術が効かない代わりに、私たちも魔術使えないんですが』


 「あ、そうなんだ」


 「…何を一人でブツブツ言ってやがんだよ…!」


 再び彼は右手を構えた。


 「これは…大丈夫なの?」


 男の形相からして本気だ。魔術の火力も格段に上がる可能性がある。


 『多分大丈夫です。魔術は体に当たる寸前に消えます。アビリティでもない限り遠距離攻撃は気にする必要はありません。武器を持ちだされても衣があるので問題ないです』


 「強くない?」


 『強いですね』


 魔術は無効化。剣や弓を持ちだされても黒の衣がある。ガルノほどの力がなければ衣を貫通してアヤトたちにダメージを与えられない。唯一防御可能なのか不明なのはアビリティによる攻撃だが、持ってる者がそもそも少ないのでそこまで警戒する必要はない。さらに言うとガルノほどではないが多少の再生能力がある。完全に切断されては無理だが、切り傷ぐらいならすぐに直すことができる。

 防御面だけで見ればリンクを使った状態の二人は、無敵と言っても過言ではない。


 「《ライトニング》…!!」


 暗い路地を走る閃光。

 もはやそれは槍。標的を穿つための雷槍であった。

 だが槍は傷一つ付けられずに消える。


 「な、なんでだ…っ!」


 もう一度、彼は魔術を発動させる。けれど同じだ。

 また発動させる。やはり結果は同じ。

 男は何度も《ライトニング》を発動させる。通用しないなんてありえないと、あっていいはずがないと、その出来事を否定するために幾度も稲妻を放つ。

 しかし、当たることはない。

 男が否定するためにしている行動は、魔術が効いていないということを肯定し、全員に確信させた。彼に男の魔術は届かない、と。


 「黒髪の分際で…なんなんだよ、お前は…っ!!」


 男ももう十分に理解している。

 既に十回以上も魔法を使用して成果を得られていないのだから、いやでもわかる。


 『落ち着かせましょう。このまま放置したら、あの人は死んでしまうかもしれません』


 「死ぬ?」


 『ええ、魔術を行使しすぎて魔力を大量に消費しています。躍起になっているので、その辺りを考えていないのでしょう。魔力は血液のようなものです。一気に消費、もしくは使い果たした場合、昨日のアヤトのように気を失うか、最悪死にます』


 「………」


 容姿を見て、迫害対象だと喧嘩を売ってきた相手だが死んでほしいわけではない。命は大切にいしなければいけないものだ。

 ヘルトからそう教えてもらった。


 「助ける方法は?」


 『単純に魔術を使わせなければいいだけです。ここでは影が使えそうにないので…拳に頼りましょう。要するに殴ります。それで落ち着かせましょう』


 あんな可憐な見た目の割に発言はなかなかに過激なエレナである。


 「でも。いける?」


 昨日の戦闘はリンクのおかげで上手くいったが別に今回も同じとは限らない。

 アヤトにはそもそもの戦闘経験がないのだ。ガルノのように近接戦闘が得意な相手だった場合、不安で仕方がない。


 『その点は問題ないと思います。リンクを使ってる以上は昨夜同様動けるでしょう。それとアヤト、一つ教えておきますが、魔術師…そしてアビリティを持つ者には弱点があります。全員というわけではありませんが、目の前の人のようなタイプは特にそうです。自分の力を過信してしまうんですよ』


 魔術は強力な力だ。体格差だって容易く埋めることができるため、彼ら魔術師は自分が習得した力を過信する傾向にある。

 アビリティを持つ者も同じ。こちらの場合は魔術と違って同じ類の能力はあっても、基本的に所持者専用の唯一の力であるため、彼らは慢心して他を鍛えないことがある。遠距離攻撃型のアビリティを持つ者は特にそうだ。

 それこそが彼らの弱点である。


 「…了解」


 言葉にされるまでもなくどう行動すればいいのか理解した。結局彼女の言っていた通りに動けばいいのだ。彼は距離を詰める。


 「な……!」


 黒髪は気付けばすぐ傍にいた。疾風の如き速さで迫った少年に男は目を見開く。


 「くそ…っ!」


 男ができたのはそれだけだ。

 ギリギリ反応して目を見開いただけ。そこから次の行動はない。なぜなら距離を詰められた時点で、そのことを予期していなかった彼にできることはないのだから。


 『彼らの弱点――それは近接戦』


 だからアヤトは距離を詰めた。能力を過信する彼らは自分の肉体を鍛えていない。近づけばそれで終わりだ。

 昨夜と同じで自然な動き、もはや体に染みついた完璧な態勢。あとは拳を動かし、男を殴打する。それで…


 「――はい、ストップ」


 聞き覚えのある声を聞いてアヤトは攻撃を中断した。


 「えっと…昨日の…」


 「ルーダス・ザガルレス。よろしくね」


 昨日倒れる直前に目にした男だ。

 二本の剣を腰に携えた騎士――ルーダスはいつの間にか頬に傷のある男の背後にたぅていた。


 「カナックくん。まーた、やったの?」


 頬に傷のある男の肩に手を置いて、ルーダスは友人のように優しく話しかけた。


 「おまえ…」


 ニコニコしているルーダスの顔を見るなり露骨に嫌な顔をしてみせる男――カナック。


 「久しぶり。元気そうだね。スラム以外で会うとは思わなかったよ」


 「――出世したんだろ? なんでこんなところにいるんだ、双剣の騎士」


 「まあまあ、そんな怖い顔しないで。別にいつ来たっていいでしょ?」


 「鬱陶しい…」


 言葉を交わすごとにカナックが不機嫌になっていく。


 「知り合いですか?」


 会話を聞いた感じだと、そうとしか思えない。


 「まあね。昔色々あったんだ」


 濁すように答えると、ルーダスは現場を確認するように路地の隅々へ目を動かした。

 ロザリエへと視線があったところで、彼は目を細める。


 「エレナ様!」


 そんなルーダスの横を通り過ぎて駆けていく黒髪の女性が一人。レイだ。

 アヤトがレイの顔をまともに見るのは初めてである。とても整った顔立ちをしている彼女は見惚れるほど綺麗な黒髪をなびかせ近づいて来る。


 「おい、エレナ様はどこだ」


 周囲を見ても彼女専用の椅子だけで本人の姿がない。レイの表情からは焦りが窺える。


 「僕の中に」


 「リンクか…」


 静かに頷いた。

 するとレイは安心したようにホッと息を吐いた。その仕草をするレイは先ほどまでの凛々しい騎士としての彼女ではなく、美しい少女としての彼女の姿だった。だが間もなく彼女の表情は変化した。


 「なぜこんなところにいるんだ。黒髪のお前とエレナ様が街を出歩けばこうなるかもしれないというのは予期できたはずだ」


 強く、鋭い、レイの声音。

 敵と対峙しているかのようなレイの態度を見て、思わずアヤトは一歩退く。一言で言えば、怖かったのだ。初めて見た人間の本気の目というのが。


 『アヤト。リンクを解除します』


 固まっているアヤトを溶かすようにエレナが声をかける。

 硬直していたアヤトは動き出した。


 「…うん、了解。レイさん、少し待っててください」


 元に戻った時不自由のないように、エレナが座る椅子をなるべく体の近くへと寄せる。


 『ありがとうございます。では…』


 二回目のリンクも終わりを迎える。

 昨日と違い、意識がハッキリとしている。この状態でリンクが解除されるのは初めてだ。

 視界がだんだんと暗くなっていく。

 目に見える光が奪い取られていく。

 その間、何かが抜け落ちるかのような感覚でも味わうのかと思っていたが、そんなことはなかった。特に何もなく視界だけがなくなっていく。

 やがて視覚は完全に消失した。


 「アヤト、もう大丈夫ですよ」


 心の落ち着く少女の声。もう接続は解除された。

 視界はなく、満ち足りた満足感はない。

 残されたのは、ああもう終わったのかという虚無感のみ。

 エレナはすでに椅子に座している。

 チンピラとロザリエ、カナックも今起きた光景に驚愕した。

 少年から無数の光の玉が出てきたと思ったら、それが集まりいつの間にか消えて少女の姿を作ったのだ。これを見て驚かない者はいないだろう。


 「中にいるって本当だったんだ…」


 ロザリエはアヤトが言っていた言葉を聞いて最初はそんなことはないと思っていたが、実際に体からエレナが出てくるところを見せられたのだから認めざるを得ない。


 「…レイ。そんなにアヤトを責めないでください。お願いしたのは私なんです」


 姿を取り戻してから銀髪の少女が最初に口にしたのはアヤトを擁護する言葉だった。


 「ですが、最終的に外に出したのはこの男でしょう?」


 エレナは自分で歩くことはできないのだから、彼女を外へ連れ出したのは間違いなくアヤトになる。


 「やはりこの男を傍に置くことに私は賛成しません」


 「レイ…」


 間違っていない。主人を第一に思う騎士として当然の判断をしているだけだ。


 「…お、おい。今のうちだ…」


 動き出した四人分の足音。静まり返ったこの路地でその移動音が彼女に聞こえないわけがない。


 「あんたらどこに行こうとしてんのよ」


 「ヒッ…!」


 ロザリエに睨み付けられたチンピラの一人が声を出し立ち止まった。


 「君らさ、逃げたら面倒くさいことになるからやめてね」


 畳みかけるようにルーダスが言葉を重ねる。

 笑顔ではあるが声も目も微塵も笑っていない。四人はもう動くことなく完全に停止した。ちなみに巨漢の男は倒れたままである。


 「――レイさん。一旦宿へ戻ってはどうですか? ここで話すような話でもないですよね」


 「そう…ですね」


 ルーダスからの提案を受け入れ宿へと移動することにした。

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