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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第二章 『約束をした日』
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第3話 『ノンバラ』

 アヤトたちがいるのは、バミラ王国のノンバラという周囲を壁に囲まれた城塞都市。南には山、西にはクルハダンという大陸を分断するように流れる大きな川がある。そのクルハダン川は国境のような役割をしていることになっているのだが、それは大雑把なもので特に川を越えようが何が起こるわけでもない。

 つまるところこのノンバラは国境付近にある都市、開戦された際はここに兵が集められ拠点となることもある。という説明を現在進行形でされているアヤトだった。


 「詳しいね」


 「私もノンバラに来るのは初めてなんですが、事前に色々調べておいたんですよ。あ、ちなみにクルハダン川は私たちが出会った大陸一大きい森林にも流れています」


 楽しそうにエレナは自分の持つ知識をアヤトに披露している。


 「あそこってそんなに大きかったんだ」


 「とても大きいですよ。我々がいたのはまだまだ森の端っこです。あの森林の最奥にはエルフの国があるらしいですよ」


 「エルフ…?」


 「寿命がなく、森に棲む種族です。見た目は人間に近いですが、耳が長いのが特徴です。外的要因がない限り死を迎えることはないと聞きました。それとエルフは全員美形らしいですよ」


 「へえ」


 受け答えしつつ、過去の出来事を思い出していた。


 (そういえば、お父さんがこことは違う世界には人間とは違う種族がいるなんてこと言ってたっけ…)


 母親にそんな妄想話は覚えなくてもいいと言われていたので、ほとんど彼は父親の非現実的な話を記憶に残していない。


 「失敗したなぁ…」


 妄想だということにしていた父親の話は何故か当たっている。これならもっとしっかりと聞いておくべきだったと後悔するアヤトだった。


 「何がです?」


 「なんでもないよ」


 そんな会話をしている二人は宿から外に出ていた。

 というのもあの後、エレナはアヤトに魔法やアビリティについて、そしてこの世界の常識などを教えていた。それが一通り終わったところで彼女はアヤトに外を散歩しようと言ったのだ。

 ここで疑問に思うことがあるだろう。エレナはどうやって外を移動しているのかということだ。当然アヤトもどうするつもりなのかと疑問に思ったので外出前に質問していた。すると彼女はこう答えた。


「私の今座っている椅子は浮いてるんです。持ち手があるので、アヤトは椅子を押してください」


 エレナの言った通り椅子は数センチ浮いていた。浮遊椅子という代物だ。浮いているのは魔術のおかげだという。その辺の話はさっぱりなので、アヤトは深く聞こうとはしなかった。


 「エレナは色々知ってるね」


 「そうですか? …確かに屋敷でやることと言ったら知識を得るぐらいしかなかったですし、そうかもしれませんね」


 足の使えない銀髪の少女と、寒いわけでもないのにマフラーを巻いた黒髪で盲目の少年の二人は、街を何の目的もなく散歩している。とりあえず目的地はないので歩こうというのだ。


「…人が多いですね」


 すれ違う人間の数は多い。

 アビリティでアヤトもそのことを把握している。同時に多くの視線が向けられているのもわかってしまう。


 「あのマフラーの奴、黒髪だぞ」

 「うわ…。座っているのは欠落者かしら」

 「あ、俺知ってるぞ。たしか森の先にある街の領主の子供だったはずだ」

 「ああ…、アレが噂の…」

 「黒髪に運ばれる欠落者…か」

 「なんて―――」

 

 ――見るに堪えない。多くの者がそう言った。

 

 見るに堪えないなら見なければいい。見たとしても気にしなければいい。

 簡単なことではあるが、彼らはそうしない。なぜならそういうものだから。それが普通の対応だから。当たり前のように二人を罵り、蔑む。


 「本当なんだね」


 「はい。我々欠落者、そしてアヤトのように髪が黒い者は忌み嫌われています」


 この世界では…というよりもこのバミラ王国では、黒髪は、災いをもたらすものとして忌み嫌われ、迫害されていると宿から出る前にアヤトは教わっていた。


 (でも、こんなになのか…)


 正直ここまでとは予想外だった。

 まさか全員が、汚物を見るような目で自分たちを見るなんて思ってなかった。

 

 「――それにしても」

 

 まるで周囲の様子など気にしないエレナはアヤトに話しかける。

 

 「アヤトは適応力がありますね。別の世界から来たというのに冷静です」

 

 「そうかな?」

 

 そんなことはないという様子で振る舞ってはいるが、内心では自分が冷静すぎることには少なからず驚きはあった。

 やはり何一つ見えていなというのが、大きな理由なのだと彼は思っている。アヤトからしてみれば変化がないのだ。

 昨夜、世界を見た。が、あの光景は彼自身が初めて目にしたものだった。つまりあれがアヤトが初めて感じる世界。元の世界を知らない彼にとって、二つの世界の差というのがあまりわからないのだ。

 それが自分が冷静な理由だと結論付けたところで、アヤトは昨日の契約時のことを思い出した。

 

(――そういえば…昨日何であんな感覚だったんだろう)

 

 契約した後、視覚を得た。

 初めて目にしたエレナという存在を美しく思った。そこまではよかった。しかしそこから気になることがあった。

周囲の木や地面や空、人の顔を見ても何も感じなかったし疑問に思わなかったのだ。エレナを見た時のように美しいとは思わなかった。何の感情も発生させず、当然のようにあの時の出来事は脳内で処理され、記憶されている。まるで、目にしたもの全てが未知ではなく既知であったかのような気がした。


 (初めて目が見えたのに…)


 望んでいたはずのことなのに、その感動は薄く。印象に残ったのはエレナだけ。どうもおかしい気がしてならない。


 「どうかしましたか?」


 「ううん。なんでもない」


 これに関しては、エレナに話したところでどうにかなる問題ではない気がしたのと、そもそも問題として取り扱うほどのものではないと思ったので、この話は口に出さず奥底へ飲み込んだ。


 「…どう? 街の様子は」


 適当に話題を見つけてそれをエレナに放る。


 「面白いです。自分が知らない世界というのは」


 「そういうものなの?」


 「そういうものではないでしょうか。知らなかったものが知っているものに変わるのはとても心地よくて気持ちのいいことだと思うんです」


 「――――」


 「それに人間とは良くも悪くも何かを欲し、追い求めたモノを得られた際には喜ぶ生き物です。欠落があるが故に醜い人間だと言われている私でも、未知を既知にできて喜び、満足感を得られた時、自分のことを普通の人を何だと思えるんですよ」


 「そう…なんだ」


 人間とは求める生き物だ。

 未知を探求する。

 新たな知識を求める。

 それらの行動に際限はなく、ひたすらに繰り返される。

 どんな人物であろうと人間である限り、何かを求めている。なぜなら何も求めなくなった時点でソレはもう人間ではないのだから。

 だというのに…


 (僕には…ない)


 知らないものを知った時、喜べなかった。喜びなんて感情は存在しなかった。

 唯一求めていたといえる視覚を得た時もそうだ。役立たずだった自分ではなくなったことは嬉しかったが、感動はなかった。

 エレナを美しいと思った以外、まるで肩透かしくらったかのように感覚を得ただけ。


 (僕は…)


 果たして、人間なのだろうか。そんなわかりきったことを考えてしまう。


 「アヤト…?」


 アヤトの様子が先ほどからおかしい。

 この欠落者には辛い空気の中で歩かせるのがやはり良くなかったのかと思い、エレナは声をかける。


 「………」


 返事はない。

 エレナは椅子に座っている為、背後にいる彼の表情が確認できない。

 もう一度声をかけようとした時、エレナは真正面に人がいることに気付いた。

 マントに身を包み、フードを被った人物のようだが、なにやら地図のようなものを見ていて二人に気付いていない。アヤトの方も気づいていないのか進行方向を変える気はない様子。このままではぶつかってしまう。


 「アヤト、止まってください!」


 「………!」


 ようやくエレナの声が届いたアヤトは彼女の言った通り止まった。

 エレナの声はアヤトだけでなく、フードの人物にも届いていたようだった。


 「あー、ごめんなさい。ちょっと地図見るのに夢中になってた」


 フードの下から流れてきたのは女性の声。

 その声や背丈から判断するに、おそらくアヤトたちとほとんど年齢の変わらない少女だろう。少女は軽い口調で二人に謝罪した。


 「いえ、こちらも不注意でした。申し訳ありません」


 「そう? それじゃお相子ってことで」


 そういうと少女は姿勢を低くして、目線の高さをエレナと同じにすると、彼女の目を見つめた。その時にフードの下からエレナを覗いていた少女の瞳は綺麗な翠色をしていた。


 「なにか?」


 「いや、何でもないわ。それよりもここで出会ったのも何かの縁な気がするし、ちょっと道案内を頼まれてくれる? 私ここ初めてなの」


 「道案内ですか…」


 困った。エレナは歴史などは調べていたが、都市内の土地勘は全くない。アヤトはそもそもここの名前すら知らなかったのだ。どこに何があるかなんてわかるわけがない。


 「ごめんなさい。私たちもここに来たばかりなんですよ」


 「あ、そうなの…。なら、一緒に街を見て回らない?」


 「――なんでそんなに一緒に行動したがるんですか?」


 少女に尋ねたのはアヤトだった。

 彼女に違和感があった。行動を共にしたがっている上に、欠落者であり黒髪である二人に対して普通に接している。


 「……ちょっと人目のつかない場所まで来てくれる?」


 一瞬の思考時間を有した後、彼女は口にした。


 「――――」


 アヤトは即答しない。

 宿でエレナからガルノたちのように、彼女を狙っている存在がいると教えられていたからだ。警戒は怠れない。


 「わかりました」


 アヤトの考えをよそに、エレナは何のためらいもなく了承した。


 「エレナ…」


 「言いたいことはわかりますが、多分大丈夫です。私の能力を忘れましたか?」


 エレナは目で見た者の内側を見ることができる。その内側を見れば善悪もある程度わかるのだと彼女は言っていた。


 「…わかった」


 実は外出することをアヤトは反対していた。でもその時もいざ危うくなったらリンクを使えばいいと押し切られてしまっていた。今回も同じだ。エレナの意思を変えることはアヤトにはできない。


 「それじゃ行きましょ」


 歩き始めたフードの少女の後に二人は続く。

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