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目の見えない少年は混沌とした異世界で  作者: 久我尚
第二章 『約束をした日』
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第2話 『街を歩く騎士』

 白銀の鎧を脱いだ女騎士――レイは主の部屋から出た後、目的もなく街を歩いていた。

 彼女の顔立ちは美しい。スタイルも素晴らしい。すれ違う男たちの目を奪ってしまうほどの美貌だろう。髪がこれ以上ないほど黒くなければの話ではあるが。


 「………」


 いくつもの視線が突き刺さる。

 すれ違う者は彼女の髪を見て、表情を歪ませる。開けた屋外だというのに息苦しい。


 「レイさん?」


 すれ違った中で唯一表情に、マイナスの変化がなかった男が彼女の名前を呼んだ。


 「ルーダス殿」


 バミラ王国騎士団に属する騎士。今回、エレナの護衛を任された部隊の隊長である。


 「昨日はごたごたしてたので、今から伺おうと思ってたんですが偶然ですね。でもなんで一人で? エレナ様は?」


 「あの少年と一緒にいます。契約者としてのお話があるようです」


 「なるほど、あの家系は末裔もしくは相当関係の深い者にしか秘密を明かさないって話ですからね」


 「――関係の深い…」


 出会って一日と言っても、同一の存在となった契約者であるアヤトは秘密を明かされる対象だ。彼はエレナに長い間仕えているレイも知らない秘密を知ることができる。


 「…移動しませんか? 話したいことがあるので」


 レイもルーダスに聞きたいことがあったのでちょうどよかった。


 「わかりました」


 レイは短く答えて、先導するルーダスの背中を追う。

 

 

 場所は駐屯地。騎士たちの家であり、訓練の場でもある。

 その駐屯所に建てられた建物の一つの一室に二人はいた。

 向かい合うようにソファに腰を下ろした。


 「飲み物ぐらいは出せますよ?」


 「いえ、お気遣いは結構です」


 「む、そうですか。ではさっそくお話に移りましょう。レイさんも聞きたいことあるんですよね。まずそちらから聞きますよ」


 本当に一部隊をまとめ上げる立場にある騎士なのかと疑いたくなるほど明るいルーダス。

 見た目はただの青年なのだが、これでも王国で五本の指には入る強者と呼ばれているのだから驚きである。


 「あの少年のことについて聞きたいのですが」


 「というと?」


 「――一般人…なんですよね」


 「少なくとも犯罪者ではないですね。なんであそこにいたのかということと、アビリティを持っていることは気になりますけど」


 笑いながらルーダスは話す。

 何者かわからないことについては多々問題があるというのに笑っている。


 「やはり何者かはわかりませんか…」


 「わかりませんね。ダルバチナさんからは詳しく話は聞けませんでしたから」


 行動を共にしていたというガラやヘルトが死んでしまっている。ネイトスもすぐに姿を消してしまったので彼について何か知る者が契約者のエレナしかいない。そのエレナも彼について何も話そうとしないので、正体を知りたいのならもう本人から直接話を聞くしかない。


 「でも心配することはないと思います。彼は善か悪かで言えば善なので」


 ルーダスは自分の目に自信がある。育った環境のせいか、目を見ればその人間か悪人かそうでないかを見分けられるのだ。善人とは断言できないが、少なくとも悪ではないことはルーダスの中で確定していた。それに、別れ際に知り合いであるネイトスから「そいつはただの子供だ。俺たちとは関係ない」と言われていたので、特に少年のことを怪しむ気はルーダスにはなかった。


 「エレナ様と行動を共にする契約者としてはどう思いますか?」


 「――そうですね…。俺は倒れた彼の容体を見ただけなので、まだ何とも言えませんが…。その段階で言えることだけでいいんでしたら話します」


 「構いません」


 「そうですか。では。体を見た限り特に特徴的なところはありませんでしたね。普通です。それに聞いたところによると、目の見えない欠落者。戦闘も素人らしいですし、アビリティ持ちということを考慮しても本来契約するはずだったあいつにはとても及ばない」


 「――――大丈夫でしょうか…」


 彼女が契約した少年は本来契約するはずだった者とはあまりに違う。単純な話、アヤトには力がない。緊急事態だったのと、主のかつてない覚悟を感じとったため、昨日は契約の時間を稼ぐために戦った。

 あの時はよかったのだ。それしか助かる方法はなかったのだから。だが冷静になった今、戦闘経験など全くない素人を契約者にしたエレナの身が心配で仕方がない。


 「さあ。どうですかね。彼は黒髪でさらには欠落者、戦闘経験全くなし。エレナ様は自分の足で歩くことのできない欠落者…」


 「――――」


 不安は増す。あの二人には問題が多すぎるのだ。


 「…でも、いいんじゃないですか?」


 「どういうことですか?」


 何に対してルーダスがいいと言っているのかわからない。今の会話のどこに良いと言える点があったのだろうか。


 「あの少年が倒れた後にレイさんも倒れましたよね。だからあの後の出来事を知らない」


 「あの後…? 何かあったんですか?」


 あの後はすぐにルーダスの部下たちが来たという話をレイは聞いていたのだが、どうやらそれだけではないらしい。


 「エレナ様は倒れた彼の手を握って、頭を撫でていたんですよ。これが本当に心の温まる光景でした。その時のエレナ様の顔はとても優しい表情だったんですよ」


 ルーダスはよく覚えている。彼女が少年のことを優しく撫でていた時のことを。


 「エレナ様の顔を始めて見たのは開始した三日前。顔を合わせたのは短い時間ですが、そんな俺でもあの人があんな顔をするなんて思っていませんでした」


 十年ほど仕えているレイでも、目を覚まして契約後初めてしっかりと見たエレナの顔には驚いた。あんな目に光のともった明るい彼女の顔は見たことがなかったのだ。


 「ま、結局のところ当の本人が幸せそうならそれでいいんじゃないですかね」


 後悔はない。エレナはそう言い切っていた。

 そう、結局は彼らの問題なのだ。他人が何を言おうが関係ない。


 「エレナ様も王国に行く理由がなくなったから、一般人として生活するかなんて言ってましたけど、それが本当にいいと思いますよ」


 ルーダスもエレナがどういう存在なのかは知っている。そのためできれば幸せになってほしいのだ。エレナが冗談のように口にしていたあれは理想的なものだろう。


 「――まあ、できればの話ですが」


 重く言い放ったルーダスの目は暗い。二人に対して申し訳なさがあった。


 「クソったれな騎士団長さんは何を考えているんだか…」


 意図せず漏れた本音。

 今の今まで注意していた丁寧な言葉遣いと態度は完全に消え失せていた。


 「ひとまず彼についてはこれくらいにしておきましょう。今度はこちらかレイさんに聞きたいことがあります」


 「なんでしょうか」


 「――エクリプスについてです」


 彼は話を本題へと移した。

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