エピローグ 『戦いの後』
「魔力の通り道に負荷がかかったのか…。――詳しいことは俺にはわかりません。専門外なので。まあでも少なくとも気を失っているだけのようです。レイさんも体力がなくて気を失ったようなので、心配はいらないかと」
騎士――ルーダスは急に倒れたアヤトの容体を心配そうな顔をしているエレナに伝える。
「それにしても彼の体からエレナ様が出てきた時は驚きましたよ」
倒れる直前にアヤトの体からは光の粒子が出ていた。それは人型になり、やがて少女…エレナとなった。リンクのこと自体は知っていたルーダスだが、実物を見たのは初めてだったのでさすがに驚いた。
「この少年と契約を交わしたんですね」
「はい」
後悔はないといった様子で少女は答えた。
「ふむ…。どうしたらいいんですかね。こういう場合」
正直なところルーダスはこれからどうすればいいのかわからなかった。予定が狂っているのだ。すでに修正不可能な段階まで来ている。
「さて」
一旦考えることをやめて、この場から遠ざかろうとしている人物にルーダスは声をかけた。
「ダルバチナさん。どちらに?」
「逃げるんだよ。お前たち王国騎士とは関わりたくない。それにここにいる理由もなくなったしな」
夜の森に消えようとするネイトスの背中に向けてルーダスは最後の質問をした。
「――騎士団には戻らないんですか?」
「戻らん」
短く答えたネイトスはそのまま森に消える…かと思ったが、足を止めて振り返るとルーダスへ視線を向けた。
「ガラとヘルトの埋葬を頼む」
「…はい。任せてください」
無言で頷いたネイトスは礼を言うことなく、その場から姿を消した。
「――いろいろ聞きたいことはあったんですが…」
呼び止める気など毛頭なかった。彼を止める資格などルーダスにはないのだから。
ルーダスは腹部に穴の開いたヘルト、首だけが転がっているガラを見た。
「ヘルトさん、サターリさん…。久しぶりの再会がこんな形なのは残念です」
知り合いの死体を見るというのは何度目でも慣れないものだった。
「エレナ様、俺たちと離れてから何があったのですか?」
護衛をつけて森の外へと逃がしたはずが、駆けつけてみればこの有様。どのような経緯でこんなことになったのか質問する。少女は脳内で出来事を整理した後に何があったのかを説明し始めた。
「まずフルデメンスに襲撃され、そのあと二人組に襲われました」
「二人組?」
「はい。エクリプスとは無関係のようでした。一人は魔術師の女性。こちらは知らない人物です。ですがもう一人はあのガルノでした」
「ガルノがバミラ王国に…」
ガルノ。世界的に危険視されている人物の一人。
『黒騎士』の仲間だと言われる男。
「エレナ様を狙ったということは何らかの狙いがあるのでしょうが…。問題はそこではないですね」
狙い云々の前に調べて、明らかにしなければならないことがある。
「なぜ彼らがここにいるのか…ですね」
「そうです。俺のような三隊長と騎士団長、そして王国のごく一部しか事前に知らないはずの護送ルートにガルノが現れたのか…」
「それだけではないです。彼らは私の能力についても知っていました」
「………」
これも護送ルートと同じだ。限られた者しか知らないはずの彼女の能力を知っているのは明らかにおかしい。
「内通者ですかね」
可能性は十分にある。むしろそれしかないと言っても過言ではなかった。
「そうだ。他の騎士が来る前にこれは聞いておきます。エレナ様、今後はどうするのですか?」
「――もうアヤトと契約してしまったわけですから、あの方との契約はできません。残念ながら、王都に行く必要はなくなりましたね。お母さまにも合わす顔がありません。大人しく一般人として暮らしましょうか」
「残念だと言う割には嬉しそうに見えますが?」
「気のせいでしょう」
笑みがこぼれる。実際こうなったことは嬉しかったからだ。
「この少年が契約者でよかったんですか?」
ルーダスは少年を見下ろす。
どこをどう見ても特別な力があるようには見えない。筋肉のつき方も一般人とほぼ変わらない。ルーダスにはアヤトがどこにでもいる普通の少年にしか見えなかった。いや、むしろ…
「もちろんです。後悔はありません。私は――」
一度言葉を区切り、アヤトの顔を見る。
とても愛おしい。いつまでも見ていられる気がした。
「私はこの人を同じ欠落者として尊敬に値する人物だと思いました。この人なら契約してもいいと思えたんです」
挫けず進むアヤトの姿は、エレナに憧れを抱かせた。
彼がまるで希望の光であるかのように見えていた。
「ふふっ。綺麗な黒髪です。レイと同じ」
エレナは左手で彼の手を握ったまま、右手で彼の頭部を優しくなでていた。
「黒髪…か」
ルーダスが空を見上げた時、ちょうど月が雲に隠れた。その光景はまるで今後のことを案じているようで、不気味だと思ってしまった。
「これから厄介なことになりそうですね。色々と」
月の下で彼らはひと時の休息を得る。




