表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半機械は夢を見る。  作者: warae
第3章
99/197

最後の嘘

楽しんでいただけると幸いです。

産声を上げた。 同時に、俺の喉から零れたのは安堵の息と嬉しさに染まる声色。 生まれた新たな生命、俺達の愛する愛すべき大切な生命。 守るべき新しい家族。 顔つきはどこかクラミーの雰囲気を感じ、大きく声を上げるところはいつかの戦場に立った俺を思い出す。

「おはよう、ミング……」

ベッドの上、その子を抱き囁いたクラミー。

「本当にいいのか? クラミーの名から一文字しか入っていないが」

その子の名前を囁くクラミーに、俺は慌てて確認をとる。 頑張ってその子を産んだのはクラミー自身だ。 俺の出る幕など、正直どこにもないと思ってしまう。

「もうっ、いいのよ。 この子はミング、私達の子よ。 ねーミング、あなたが生まれたというのにこの人ったら名前に文句を言ってるのよ? 今は無事に産まれたことに喜びなさいってねー。 ねぇミングー」

微笑みながらミングにさらに顔を寄せて言うクラミーに、再度惚れて顔に熱が帯びた。

そうだ、俺達はここまで来たんだな。 頑張ってこの子を立派に、いや。 この子じゃないな。 この子にはもう立派な名前がある。

「ミング、お前を立派にするために俺も立派な父ちゃんになるからな」

そう言い俺もミングに顔を近づける。 そんな俺を見てクラミーはクスッと笑った。

「私も負けないように、最高のママにならなきゃいけないわね」

そう言って俺と目が合い、2人で笑い合う。 そんな俺達を見て、ミングも笑った。

俺達の子が初めて笑った。 ただそれだけに、俺は感動し涙をついに流してしまう。

「あはは、なに泣いてるの? 全く、泣き虫な………パパ、ですねぇ………ぐすっ」

「お前だって泣いてんじゃねぇか」

ごく普通のどこにでもいるような家族なら、この涙の理由も変わっただろう。 俺達はこのような状況であろうと、あの組織の戦闘員。 いつ戦場で倒れてもおかしくない場所にいる。 この子をもしかしたら独りにしてしまうと思うと、悲しくなってしまう。 だが、それら全てを知っててここまで来たんだ。 死ななきゃいい話だ。

だが、現実はそう甘くはない。 もちろん分かっていたつもりだ。 だが、俺は愚かにも。 逃げる方を選んだのだ。

逃げたのだ。 君のいない日常から、大切だったものを見て見ぬふりをして。



父親。

それは、俺にはもう資格のないもの。 俺がきっと抱いてはいけない在り方。 俺が手放した大事な立場。 捨てたもの。



いつ思い出しても、どんなときも。

自分が愚かだと思った。

大人気ない。 恥じるべき数々の行為を幾度もしてきた。 挙げ句の果てに、自分の愛すべき子を利用してまで罪を犯した。

あの日までは良かった。 俺はいつの間にか、脆く儚い人生を歩んでいたらしい。 結局は単純に返り咲く。 感情が俺を支配するのに時間は差ほどかからなかった。

だが。

そんな、俺を。 こんな俺を。 まだ、この子は……父と呼んでくれるのか……………!!

「パパ!」

一度目のその言葉で、俺を正気に戻させて。 二度目で俺を泣かしにくる。 視界は赤くぼやけ、耳はその声を懐かしそうに聞いていた。

「やめろ……」

みっともない。 呼ばれる資格などもうないこの俺を、まだこの子は背くことをせずに向き合ってくれるのだ。

その行いは、さながらまるで愚者である自分を意識させられるひとつの鏡のようで。 いつものように、逃げたい衝動に駆られる。 声を聞いていたいのに、俺はやはり拒んでしまう。 こんな視界じゃ、どんな顔をしているのかさえ分かりやしない。

そんな時、もうひとつの声が加わる。

「もう、逃げないでよ!」

「っ!」

「逃げないでちゃんと向き合ってよ! 私から逃げても、せめてこの子とは!」

叱られた。 思えば、久しい怒鳴り声だ。 声が少し似てるからなのか、俺の中でいろいろと変化が起きていた。 怒りは、自分へ向けられていく。

止まっていた拳を下げ、巨大化を解き。 彼女らの正面より数十メートル先の空中に立った。

いつの間にか閉じていた重いまぶたを開いた。 そこに広がった視界の中、まだ小さいその子は、俺の娘は。

「パパ…………」

三度目のその呼ぶ声で、俺の目は見開かれて。 膝から崩れ落ち地無き空中の地に膝を着かせる。

あぁ、俺はやはり愚か者だなクラミー。

「ぁ……」

この子はやはり、お前に似た顔つきだよ。 お前のような美しさを秘めた、可愛らしい娘だ。

久しぶりに見た我が娘の本当の顔に、俺は不覚にも全身の力が抜かれる。 安堵、その言葉が似合う気持ちになっていた。 顔はやはりクラミーの雰囲気を帯びている。 隣に解いた姿のアヴェイルがいるからか、余計にそう感じてしまう。

そこには、もう。 俺が演じさせていたヘイオという名の人格はもう影すら見えなかった。 仲間の手を借りて、ここまでやってきたミング。 やはり俺達の子だよ、クラミー。

「パパ! もう無理しないで! 前みたいに、私とアヴェイルとで暮らそうよ!」

だがまだ幼きミングは、夢のようなことを語るようだ。

俺は道化のように、口角を上げた。 最初の一瞬だけ、本物の笑みが零れたとは誰も気づかないだろうな。

「そっちには。 もう帰れない」

「どうして!!?」

純粋な疑問、拒まれた願いに我が娘は。 ……否……。 少女は悲痛に俺に問う。

「どうして? だと。 俺は、お前に嘘をつきすぎた。 お前を利用して罪に手を染め続けてしまった。 いや、染め続けたんだ! 両親がいないという嘘、ヘイオという名の嘘、守るために魔法をかけたという嘘! 多くの犯罪にも加担させたしな! 人食だってそのひとつだ。 俺の部下だったストッチもアミーも利用した。 アヴェイルを弟子にしたのも何かに利用するためだ。 まぁ結局は使わずじまいになってしまったがな!」

「そんなの……嘘だ!!!」

嘘を嘘だと言うミング。 確かにその頃の俺の本心と今じゃ相当大きく違うだろうが。 今となっては大したことではない。

「それに、俺はついてはいけないもうひとつの嘘をついた」

その言葉を聞いて、ミングは声を漏らし。 両手で顔を覆い隠し、その場にしゃがみこむ。 拒むように、精一杯それを拒むように。 体を丸めた。 そんなミングを見て、アヴェイルは俺をなんのことだか分からないと目で訴える。

俺は口を開いた。

「俺は嘘をついた。 母親が、まだ生きているという嘘を」

シュッ……

顔をこれでもかと歪ませ、あの色と同じ髪を勢いに靡かせ。 固く重そうな拳を、俺の頬に叩き込むアヴェイル。 純粋な怒りの拳に、俺は後方へ吹き飛ばされた。

「イング!!!!! あの時言ったことも、嘘だったのかぁ!!!」

その言葉を聞き、俺はアヴェイルを弟子にとったあの日々の日を思い出した。

『あぁ、ミングも知ってるよ。 クラミーがもういないことは。 だからあんまその話をしないでくれ。 ミングが泣いてしまう。 もう戻らない命だからな……』

あの日、俺はアヴェイルにそんな嘘を吐いた。 本当は俺にその話をさせないための逃げの嘘だったが。 普通に喋らないでと言えば良かったのだろうが、不器用にも俺は馬鹿な嘘をついてしまった。

「…………」

返す言葉もない。

結局は、八つ当たりに過ぎない。 妻クラミーが死んでしまい、行き場のない怒りを様々な場所へ矛先を向けたが、この怒りは収まりを知らずここまで引き摺って来てしまった。

分かっている。 どうすればいいのか、分かっている。

「俺は。 どこまでいっても、思ってしまうんだ。 思って、しまうんだ」

「今更なにを言って」

「分かってる」

アヴェイルの言葉を切り、俺は思う。

愚かだよなぁ。 何十回何百回思ってきた言葉だ。 俺は愚かだ。 最初だけだ。 クラミーが隣にいて、その時は張り切って言っていた。 だが、今はもう……無理だ。

「ずっと頭の片隅で思っていた。 ミングを独りにしたくはないと。 こんなクズがなに言おうと信じてもらえないだろうけど、本当に思っていた。 けれど、もうその心配はいらないな。 ミングにはもういつの間にか仲間がいた。 アヴェイルとも仲良くなったみたいだし、俺に歯向かう勇気もある。 もう、大丈夫だ」

「なにを……」

アヴェイルは、声を漏らす。 ミングは、ゆっくり顔を上げた。

「なぁミング。 こんなクズな父親だけど、まだ父親らしいことしてやった記憶がねぇんだ。 なんか最後にしてほしいことはないか? なんでもやるぞ、なんでもひとつ叶えてやる。 そしたら、俺はもういなくなるから」

「「「っ!?」」」

ミングが、アヴェイルが、ストッチがアミーが息を飲む。 そう、これは自殺宣言。 死んで逃げようとしていると言われたらそこまでだ。 けれどこれしか思い浮かばない。 ここにはもう居られない。

「え……えと、えと………っ……」

悲しそうに頭を悩ませるミング。 どうすれば俺が居なくならないようなお願いができるか考えているのだろう。 でも少なからず葛藤が起こるはずだ。 今までの俺がしてきた行為に、怒りを感じない人間などいない。 それでも、まだ俺と共にいたいと思ってくれるのか。 ミング……。

その時だった…………。

ズズズズズズズズ……………

重い音が下界中に鳴り響く。

「「「!!!!?」」」

その場にいた全ての者が、敵味方関係なく全ての下界の民が音が響く方へ目を向ける。

それを見て、人々は逃げ惑う。 叫び嘆く。 悲鳴を上げる。 立ち尽くし諦める。 発狂し暴れ回る。 誰かに助けを請おうと走る。

あぁ、誰だよ。 俺達の。 最後の親子の時間に水を差す野郎は……。

俺達は今、最悪を目にしていた。

「ああああ!! なんだってんだよクソッタレぇぇ!!!」

「どうすんだ! 逃げ場なんてねぇぞ!」

「こんな下界で終わるのかよ俺の人生は!!」

「どうしますか団長!」

「……………へ?」

「「「団長がうろたえていないだと!!?」」」

「いや、思考停止してるんでしょきっと」

下では天砲団と残党共が騒いでいる。

「ストッチ、どうする!?」

「今は、あっちが先だと思う」

「なら、待つってことね」

「うん」

ストッチとアミーは冷静を欠いてはいないようだ。

「エルト、これはいったいどういう事だ!?」

「それは俺がお前に聞く台詞だ。 まさかこんなことが起こるなんてな……!」

エルト達も上を見上げ驚いている。 まぁそれもそうだ。

下界ダーク・サイド上空に浮かぶ巨大な地、天界都市クロスピア・ヘヴンは今まさに、この下界へ落下していた。 巨大な唸る音を放ち、空気を退けてこの地へ。

「イング……こんなことになってしまった以上この話は後です。 今は協力してこれを止めることに」

「なにを言ってる」

「!?」

「ミングの答えを聞いて、それ叶えて。 俺が死んでから勝手にやればいい」

だが当の本人は。

「…………っ」

上を見上げて、歯を食いしばり泣いていた。

一番近くにずっといたミングだからこそ、頭で理解しているのだろう。 今どんな願いを俺にすればいいのか。 そしてその願いの引き金は、母親譲りの優しさから。 でもそうなると自分の本当に叶えたい願いは叶わない。 俺がいなくなってしまうから。 全ては俺が死ななければいい話だが、ミングが今思い浮かべているであろう願いはそんなこと意味を成さない。

そして数秒後。 俺に顔を向けるミング。 泣いたまま俺の顔を見る。 目を合わせ、ミングが頷く。

そうか……なら止めはしない。 お前もお前も、やっぱり似てる。 さすがは俺達のお前が産んだ子だな。 クラミー……。

「助けて……パパ……」

「あぁ、分かったよ。 ミング」

そう答えて、空気を蹴った。 一直線に落ちてくる天界都市へ。

「あいつ、なにするつもりだ!?」

「まさか一人だけ逃げようってんじゃ……」

下では輩共が各々俺を見て口々に言うが、そんな言葉程度では。 もう俺は怒らない。

「巨大化!」

グググと俺の体は先程同様、巨人へと変わる。 そして右拳を心臓がある胸辺りにトントンと軽く叩き、そのまま胸から横にスライドさせ、拳を固く握る。

「……はぁっ!!」

ブシュッ、ボゴォッ…………!!!

掛け声と共に、右肩から右拳の先まで膨張し始める。 同時に、左肩から先が弾けるように無くなり、全てが血となり渦を巻いて膨張する右へ纏わりついた。

血流魔法、代償強化。 そして、遺伝子の全能力と血流魔法、身体法則魔法と精神のとある条件を満たした時に80パーセント以上の確率で死ぬとされる禁忌とされた俺自己流一撃必殺魔法。

最後の(アルティメット)(バースト)、死守宣誓!! 我が拳の名は、闘神拳イング二グル!!!!」

血が呼応するように、俺の膨張する腕に絡み強化されていく。

あの日もこうして叫んだ。 クラミーを守るために解放したっけ。 この技は最後の技、その合図を叫び何が為に拳を振るうか宣誓する。 そうして解放されるのが、拳士最高位、闘神にしか使えぬとされる拳。 それに自らの名と自分の最後の子孫の名を刻み放つ最終究極奥義。

「おおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!! うぅぅぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!」

愚か者の俺にとって、いい終わり方じゃねぇか。 実に俺らしい。 だがきっとこれだけじゃ足りない。 だから、持てる魔力全てを使い。

大地の巨人(グランドジャイアント)の手(ハンド)!!!」

ズズズズズズズズズズズッッッ………!!!

下界中の地から巨大な地の手が何本も生え、落下してくる天界都市を支える。

そうして同時に、拳も天界都市の地へ着いた。

「ぐっ……流石に重いか………だがしかぁし!!! この俺を誰だと思ってんだ……闘神にまで上り詰めた、最高の妻さえ救えぬ子すら利用し悪の限りを尽くしたクズ野郎、イング・ヴァニラだぞ!」

そうだぜ。 今更、思い出したのだ。 クラミーが俺に惚れた理由をーーーーーーーーーーーー

「パパ!」

その時、下の方から声が聞こえた。 下に目をやるとこちらに向かってくるアヴェイルやエルト達、ストッチにアミーや天砲団に残党共、そしてミングまでもがこちらに向かっていた。

だから。

「ミング!!」

名を呼び、約束通りそれを投げる。

そしてすぐさま強力な結界を張った。 これで誰も来れない。

「パパ! これって……」

「イング! これはどういう事だ! ひとりでこれを止めるつもりか!?」

ミングが渡されたものに目を落としている隙に、エルトは俺に向かって叫んだ。

「そうだ!! ここが俺の死に場所だ。 お前らは戦艦にここの民全員乗せて天界都市へ向かいやがれ!」

「やだよ! パパも一緒に行こうよ!!」

その声を聞き、何度目かの想いをついに言葉に出す。

「こんな俺を、まだそう呼んでくれるのか。 ありがとな、けれどもう傍にはいられない。 大丈夫だ、お前には既に仲間がいるだろ。 俺を置いて進め! ミング!!」

その優しさが、こんな俺を見捨てられないほどあたたかいものだということは。 子孫を見て、既に分かっている。 だからこそ、そんなお前だからこそ。 あのことを嘘つくのはできなかった。 そして、あの嘘は知られずに終わる。 それでいい。

「さらばだミング・ヴァニラ! アヴェイルと仲良くしろよ!」

「いやだ、いやだよパパぁぁぁぁ!!!!」

泣きだすミングに、俺は言った。

「俺は嘘つきなんだぜ。 こんな親ですまねぇな。 じゃあな、ミング」

そう笑って言って、言うことを聞かない我が娘と、その他この場に来ようとする馬鹿共全てを強制転移させた。 だが、ひとりだけ転移しなかった。

どうやら話があるらしい。 きっと俺が生きてる間に人と話せるのはこれが最後だろう。 俺は残ったそいつの話を聞いてやることにした。

「こんな状況下である俺に話なんぞ強情な奴め。 何の用だーーーーーーーーーーーーーーーー」





あいつが帰ってからたった数分後だと言うのに、俺の拳はもう皮膚に傷が付きはじめていた。 周りの地の手も既に指先に微かなヒビが入っている。 だが勿論、俺の血の勢いもまだ弱ってなどいない。

「全く、歳はとりたくないもんだな。 本当にあんな老いぼれジジイになってしまう。 この天界都市ってのはいったいなんなんだ、これほどまでに放たれるこの禍々しい力は……。 まぁいい、知ったところで俺はここで朽ちるのみ。 そんなことよりも…………そこで見てるなら、手伝ってはくれないか。 クラミー」

何も知らない者からしたら虚空へ話しかける変人に見えるだろう。 だけど彼女はそこにいた。 天界都市の地にしゃがみこんで俺を見ている。 重力操作なのか真逆の地へしゃがむ彼女は、首を振って俺を見続けるだけだった。

「……まさかクラミーもあの世界出身だったとは思わなかった。 ということは……俺の行いもさっきの戦いも全部見てたってことか? すまねぇな、俺はここまで堕落しちまったよ。 でも今最後のやるべき事をしてんだ。 せめて下界から俺以外全ての人間がいなくなるまでは、これを落とさせやしない」

そこで俺は思い出したかのように話す。

「あぁそうそう。 どうだったアヴェイルは。 すげぇだろ。 あの時のような姉ばかりに頼るシスコン野郎じゃなくなってたろ。 見た目もだいぶお前に似てきたし、姉妹っていうのは本当だったんだなって最近すげぇ思うぜ。 俺と違って立派になったろ、お前の妹はよ。 まぁそんなアヴェイルを利用しようとしてたんだけどな」

話しながら拳にさらに力を入れる。 すると少しだけ天界都市の地を削れたが、重さは変わらず増すばかり。

「こんな状況だ。 誰もいねぇしミングもアヴェイルも行った。 少し話し相手にでもなってくれないかクラミー。 いいだろ減るもんじゃないし……そうかそう来なくっちゃな。 よし、では何から話そうか。 え? 俺の犯罪から? マジか……勘弁してくれよ。 やっと改心できそうだったのに……え、俺じゃ無理? まぁご最もだな」

その時彼女は、いきなり娘の話を持ち出す。

「ミング……すまねぇ。 俺は立派に育てることができなかった! 俺だってあんなに堕落した。 ミングにどんな影響を及ぼしたのか分からない。 …………………………え? マジかそれ、本当に? ……ははっ、さすがはお前の娘だ。 そうか、俺のせいで辛い思いして……そこまで優しい子に成長するとはな。 まるでお前じゃねぇか。 ん、てことは結果オーラはいっすいませんでした! …………でも知らなかった。 優しすぎて俺ぁ泣いちまうよ。 俺が今までやってきたこと全ての罪滅ぼしがしたくなるなこりゃ。 あの子は世界一優しい子になるぞぉ。 ………………………あぁだからか。 俺達の子孫もあんな感じになったのは、そうか。 そういうことか………。 あぁ、彼らもいい子だったぞ。 ザークとネーウ、やはりヴァニラ家はここで繋がっていくそうだ。 嬉しそうだな? ………ふっ、勿論。 俺も嬉しいさ。 ん? ってか待てよ。 あれは……お前の仕業だったか……」

そう聞くと、彼女は小悪魔のような笑顔を見せる。

「やっぱり俺を今でも愛してくれてんのか。 全く親子揃って馬鹿だよ。 こんな俺が好きなんてさ。 え、俺? あぁもちろんーーーーーーーーーーーーーー」

そのまま俺は死と隣り合わせで、人生最期の一時を彼女と過ごした。

少しづつ、限界が迫る中で。 笑いながら、過去の笑い話をしながら。

■■■

ミングside……


『大丈夫だ。 お前はいつか母親に会えるさ』

あの日言われてから、一度たりとも忘れたことのないあの言葉が今何度も頭の中を駆け回っている。 その言葉は、もう先の戦いで嘘だということが発覚した。

『俺は嘘をついた。 母親が、まだ生きているという嘘を』

その時言われた言葉も同時に頭の中を駆け回る。

「パパの……嘘つき……」

視界はぐちゃぐちゃだ。

そんな私は今アヴェイルに抱えられ、下界の人々全員を戦艦へ誘導している途中だった。 カインやアミーの力を借りて新たな空間を空間魔法で創り出し、その中へ誘導。 行き先は今も尚落下中の天界都市クロスピア・ヘヴン。

けれど私の心の中はそれどころではなかった。 確かに犯罪に手を染め、嘘ばかりついてきた父には苛立つ部分も多々あるが、嫌いではなかった。 いつの日か、遠い記憶の中で過ごしたあの日々がいつか帰ってくるのだとずっと自分に言い聞かせ耐えてきたのだ。 なのに、それは今日裏切られた。

その時、私の耳にひとつの声が届いた。

ミング……。

名前を呼ばれた。 どうやら、まだ私は魔法がかけられているらしい。 幻聴が、聞こえる……。

「どうしたの、ミング」

心配そうに私を見るアヴェイル。 最初は敵だったのに、いつの間にか姿を解いて私の隣にいた父の弟子。 弟子になったばかりは一緒に寝たりしてたっけ……。

「な、なんでもないっ……」

本当の声すらまともに覚えていないのに母親に似てるかもしれないという理由で、聞こえた幻聴に反応するなど言語道断。 こんな状況下なら尚更無視する他にない。

ミング……!

まただ。 頭に直接かけられる優しい声は、私を幻想の世界へ誘おうとする。 夢なら会いたくない。 覚めてしまったら悲しくなってしまう。 また会いたいと思ってしまう。 夢ならばそれは偽物、それでも縋りついてしまう。 それじゃ本物の私の母親が可哀想だ。

ミング。

実の父を助けることもできない私の勝手な妄想が耳にまで届くとは。 きっと天国でママがパパを見捨てたことを怒っているんだ。 ずっと怪しいとは思っていた。 けれど、誰の言葉も信じられない中、イングだけの言葉が何故だか信じることができたのだ。 両親がいないと言われて泣いた。 けれど、私にはイングというおじいちゃんがいた。 イングが本当のパパだったけれど、本当にもう死んじゃうんだ。 パパも……。

「そんなの……嫌だよぉ……」

そう呟くと、アヴェイルが私を抱きしめる。 強く優しく。 人々の誘導の手を止めて。

「大丈夫。 大丈夫だよ。 パパもママも、ミングの心の中で生きてるから」

そう言うアヴェイルも悲しげな表情を浮かべていた。

アヴェイルだって辛いはずだ。 もしパパを嫌っていても、今回の戦いで自分の家族の死を思い出したはずだから。

ミング!

何度目かの幻聴。 悲痛に嘆くように叫ばれる私の名前。

「呼んでる……」

無意識的に零れた声。 それに気付かず私は、導かれるようについに抑えきれぬ衝動のままアヴェイルの手を引っ張って声がする場所へ走りだす。

「え、ミング……!?」

こわいけど、アヴェイルと一緒なら。

そんな子どもらしい考えで、興味と期待を胸に足を動かした。

そして………………。

見つけたのは扉。

古くて今にも取り壊されそうな、板の扉。 けれどそこには扉しかなく、奥の方は何も無い。

「あ、鍵!」

パパに渡された鍵を思い出して、ポケットから取り出す。

「無駄ですよミング。 それが合うかも分からないし、開いたとしてもそもそも何処にも」

アヴェイルの台詞を無視して、私は鍵穴に鍵を差し込んだ。 力いっぱい回す。

ガチャリ……

音がする。 けれど音じゃないような音だ。 鍵の音だけど、それだけじゃないような。

ギギギィィ………

中に入る。

その中は狭い個室だった。 壁も床も天井も謎の板で覆われている。 扉だけだったはずなのに、そんな部屋がそこにはあった。 その個室の真ん中に何で作られているか分からないがとにかく綺麗なテーブルと椅子2つ。 そして向かい側に座っていたのは。

「ーーーーーーーーーーーーねっ? パパって嘘つきでしょ?」

涙を堪え精一杯の笑顔で言うひとりの女性がいた。 否。

「お姉ちゃん……」

アヴェイルの呟きでそれは確信へと変わる。 けれど、心は未だに期待とその倍の不安に覆われて体は動かない。 これは夢なのかもしれないと頭が訴える。

……夢なら、覚めないで。

そんな私の隣で、アヴェイルは頭を抱えていた。 涙がポロポロ床に落ちていく。

「私は、今、幻覚を見ているのだろうか? あ、そうだそうに違いない。 きっと病気だ。 こんなにも悲しいから見えてしまっている幻想だ。 錯覚だ」

「夢……なの……?」

そう言う私達を見て、目の前の女性は席を立ち私達の目の前にやって来ると。

ペシッペシッ……

「「!?」」

軽く頭を叩かれる。 女性は満面の笑みで言った。

「もう、私よ。 幻覚でも病気でも幻想でも錯覚でも、ましてや夢でもない。 ミングのママでアヴェイルのお姉ちゃん、クラミー・ヴァニラよ! 久しぶりっ2人ともっ!!」

ギュッ!

その温もりが、私を泣かせた。

生きてるママだ。 あたっかいママだ。 大好きなママだ。 あの日のママだ。 私の、本当のママだ!!

記憶が語る。 本物だと。 感覚が言う。 まだ生きていると。 私は抱きついて、言う。

「ママァァァァァ!!!!!」

再会。 何度も夢見て泣いて。 願って願って願って、でも叶わなくて。 呼ぶその名にいつも返事はなく。 最後に見たママは、冷たかった。 けれど、今のママは。

「お姉ちゃああああああああんんん!!!!!」

敵だった、さっきまで凛々しかったアヴェイルの面影はそこにはなく、大泣きして鼻水も出してママに抱きつくアヴェイルの姿がそこにあった。

その後、たくさん話をした。 ママとアヴェイルと3人で、夢のような楽しい時間を過ごした。 もう会えないと分かっているから、せめて今だけは笑って話した。 それでも何故か頬は濡れているけれど。

今までのことやさっきの戦いのこと。 パパのこと。多くのことを話した。

そして、最後にママから聞かされたのは。

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーだからね。 パパを、あまり責めないであげてね」

「パパ……」

今はただ、お礼を言いたい。

そのパパの最後の嘘を聞いた時、そう思った。

「その最後の人食だって、きっと多くの人々を見るため。 実際は人なんて誰もほとんど口にしてないはずよ。 だって、記憶変換能力は私が石にして与えてたんだから。 実はパパはね、魔法が大の苦手なのよ? 少ししか覚えていないの」

全てに合点がいった。

「…………………」

敵対していたアヴェイルは黙り込んでしまっている。

そんなアヴェイル同様、私の目からは涙が止まらなかった。

そうだったんだ。 冷たいママに会ったあの日にもう既に、それよりも早くにパパは……。

パパが最後まで隠していた嘘。

それはーーーーーーーーーーーーーーーー

読んでくれてありがとうございます。

次回、空へ。

3章もあと少しで幕が閉じます。

次も読んでくれると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ