怒りの拳と子どもの声
楽しんでいただけると幸いです。
アヴェイルが千の拳砲に埋もれ見えなくなって数秒後。
ズウゥゥゥン……
拳砲の渦からひとつの巨大な拳が、生えた。
否。
「単純。 故に、最強……巨大化ぁ……!!!」
大地が微かに揺れる程の、低く唸るような声色。 拳が見えて腕が見えて………巨大化したイングがそこに現れた。
「マジかよ……」
半笑いで見上げるカイン。
「こんなもん簡単にはコピーできないな……」
「あぁ、そうだな」
イングがここまでやるとは。 だが、それでもなお。 天界都市にまでは至らないか。
「どう倒す?」
そう聞くと、悩む素振りでカインは話す。
「巨人、定石通りだと細かい動きや俊敏性はある程度欠けるはずだ。 そこを突くっていうのが妥当なんだろうけど、なんせ相手はイングだ。 干渉者との接点がある以上、アヴェイルと同等かそれ以上だって充分に考えられるだろう」
「なら細かい動きも俊敏性もあると見ていいな。 下界のラスボスに相応しい相手じゃないか」
「下界の民が人質にでもとられたらここは終わるけどね」
「その前に倒せばいい」
「簡単に言ってくれるな。 神化もできないってのに」
そう話していると、巨大化したイングが腕を振り上げる。
「作戦会議は済んだか、虫けら共ぉ……」
見上げると、血によるものかこれでもかと充血した目で鬼の形相を浮かべ見下ろすイングの顔があった。
「作戦会議なんてそんな大層なもんじゃないよ」
「そうだぜ。 巨大化してんのになんで服破けねぇのとか、ってか何で装備変わってんだコイツって話をしてただけだ」
そう挑発すると、イングは一度目を瞑り、開き。 その場を跳躍した。
「「っ!!」」
大地が揺れる。 まさしく地震を起こしながら、俺達へ拳を構える。 ここから見て分かるほど、拳に力が篭っているのを感じる。 大きな血が滴り落ち、血管がバキバキに浮かび上がっている。
「わしは元拳闘士、闘神まで登りつめたのだ。 この装備はその証。 だがしかしぃ…………!!!」
ギュォンッ!!!
拳が尋常ではない速さと大きさで襲いかかる。 防ぐことは到底できず、カインと共に地へ叩きつけられる。 いとも簡単に地に底が深い大穴を空け、その衝撃で周りのものは吹き飛んでいく。 それをカインはギリギリ地に着く瞬間に転移し、防御魔法を展開し全力でそれを防いだ。 もうカインは戦えないだろう。
「今は。 愛する者ひとりも救えぬ、ただの老いぼれだ…………」
そうイングは続け、勢いよく真上に拳を地から抜いた。 崩れ始めていた円柱状の地はその勢いに遠くへ吹き飛んで消えた。
「イング……」
戦いどころではないストッチやアミー達は、ただただ呆然とその戦いを見ているしかなかった。
「はぁ……はぁ、もうっ……無理だぁ…………」
片膝崩すカインも、もう限界らしい。
「もう終わりだ。 この俺には、誰も勝てん……」
勝利の宣言をするイング。 だが、奴はまだ勝っていない。 何故なら。
「俺がいる」
イングの肩の上で、遠くを眺め言った。 そうして笑い、イングの顔を見る。
「……っ!?」
驚きの表情を浮かべ硬直するイング。
「最初にお前から貰った転移石、使わせてもらったよ。 強大化し巨大化したからか、お前はどうやら、自分の魔力を元に作ったこの石が使われたことには気づかなかったな。 まぁ」
軽く石を上に投げて、腕を振りキャッチする。 そして軽く握ると、粉々に砕かれ、粒となり風に乗って消えた。
「どうやらもう使えなくなっちまったみてぇだが」
「……………!!?」
イングは再度、驚き。 そして疑いの目を向け、すぐに怒りの形相で俺を睨みつける。
「……どんな小細工をしたか知らんが、俺には勝てない。 お前でもそれは同じこと……」
「いいや勝てるさ。 結末はもうとっくに見えてる。 お前は俺と勝負せずに、負けを認めることになる」
「ぬかせ、小僧ぉ……!」
イングは瞬間的に上半身を動かす。 俺はそれにタイミングを合わせ跳躍、振り回される前に宙へ飛ぶ。 イングはそんな俺に拳を構える。 血が再度滴る。
「さぁ、決着をつけようじゃねぇか」
俺はそんな拳に臆することなく、ポケットから魔法が込められた石をひとつ取り出す。 もちろんこれはカイン特製のやつだ。 微かに光り輝く石を持ち、俺は言う。
「まだ間に合うぜ、イング・ヴァニラ!! 彼女もそれを望んでんだからな!」
そう言って、少しづつ輝きを増す石を目の前のデカブツへ投げつける。 光は更に強く、そして広がりを見せ、イングの意識を飲み込んだ。
「っ!!!?」
そして、いち早く何が起きるか気づいたらしいイングは。
「ぐっ、やめろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
そして、光は僅かな時間の後に薄くなり、消えて。 そこには。 イングは。
ブシュゥゥゥッ…………
ズズズズズズズズ…………
バキバキッ……ギリリ…………
行き場のない怒りの矛先を、近くにいた敵という理由で。
近くの空中に立つ俺に向けた。
「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
怒りに染まりに染った拳が、空気が圧が、声が感情が。 奴の怒り全てが込められた一撃が、俺の眼前に迫り来る……。
■■■
イングside……
意識が飲まれ、現実では一瞬であり精神内では少し長い時間を過ごしたあの時に見た聞いた風景。
それは。
あぁ、クソが。 なんで、また……。
夢の中、いつも出てくるその光景を、今度は完全な意識下で見るイング。
どこまでいっても、愚かに染まることしかできない男が幾多見ては絶望し怒り、そんな自分が愚かだと悟ったきっかけとなる光景。
否、出来事。 過去の記憶。
なにをやっても、なにに手を染めても。 この怒りは晴れなかった。 いくら嘘をついて自分を騙そうとしても、夢の中で俺はまた見てしまう。 眠るのも嫌になる日々。
それは雨の降る戦場。
とある組織の戦闘員として、任務に赴いた時の出来事。
「誰か、誰か早くっ……クラミーを!!」
爆心地の中心、クレーターの真ん中で俺はそう叫んだ。 ひとりの女性を、妻を腕に抱え。
だが、誰一人として助けようとする者はいなかった。 隊長は、俺には聞き取れない通信でクラミーと話していた。 ほんの数秒後、目を瞑り頷く隊長。
俺は、彼女を救えると思った。 安堵に表情は緩む。 だが、その時。 彼女の口が開いた。
「作戦を……受けます」
「…………」
隊長は背を向けた。 俺は何が何だか分からない。 だが、彼女をこんな状態で戦わせるわけにはいかない。
「おい早く、クラミーを助け」
「もういいのよあなた。 私はここで死ぬ運命なの」
なにを、言っている? 分からない。 理解を拒絶し、無理に彼女の体を持ち上げようとするも他の仲間に肩に手を置かれ、目で止めろと促される。 だが、それを振り解き、俺は彼女に顔を近づけた。
「死ぬが運命だと!? ここで死ぬと言うのか!」
敵陣が迫る音がするが、無視をする。
「そうよ、私は。 ここで死ぬ」
俺は激昴した。
「何を言う! 諦めるな。 私には……子育てなどできん! あの子は……あの子はどうするんだ!!」
そう、一番最初に思い浮かんだのはあの子の泣き顔。 俺では、その涙の止め方すら知らない。
「あなたが。 ゴフッ……立派に、育ててね」
吐血を見て俺は焦る。 視線を周りに動かすと、他の仲間達が俺達を守るために背を向け囲んでいた。 まるで、仲間の最期を守るが為に。
「できるものか……できるわけがない! 闘神の俺がっ、戦いばかりしてきた野郎ができるわけがない! お前がいなきゃ、お前がいなきゃ、俺は………!!」
視界がぼやけ始める。
この時の俺は、悟っていた。 そこまで俺だって馬鹿じゃない。 幾度となく戦場に立った俺が、仲間の死を知らないわけがない。 何度も見てきた。 何度も何度も、俺達じゃない誰かがこんな風に、最期を見送ったのだ。 だが……。
「お願い。 あの子を、見捨てないでね……」
「お、おいそんな顔をするな! やめろ、俺をひとりにするな! おい! あの子のためにも」
「イングさん! もう時間がねぇ!」
そこで耐え切れず仲間のひとりが叫ぶ。 敵陣はもう目の前だ。 そう、俺達は追い詰められていた。
「時間は充分やった。 隊長の命令だ。 辛いが、この場を脱出するぞ」
「イング。 クラミーも望んでの囮作戦だ。 お前も覚悟してこなかったわけじゃあるまい。 生きて帰らねば、クラミーの決意も無駄になろう。 それともお前は、まだ小さな子どもを見捨ててでも、ここでクラミーとの死を選ぶつもりか?」
「隊長ぉ………!」
ギリィ……
歯を噛み締める。
天秤にかける子どもと妻、どちらを選ぶか。 いつも、夢の中で俺は両方を選んでしまうのだ。 だが、夢は現実通りに続き。
「ふ、ふふっ、ふざけんっなぁぁっ!!!! 見殺しにするだと!? そんな非道、俺が許すものかぁ! 許すわけがないだろ!」
怒鳴り叫ぶ。
頭の中では分かっているんだ。 隊長の言うことが正しい。 俺だって充分理解できてるし、自分が何をすべきかも全部分かってる。 だけど、それは本心じゃない。
「だけど仕方ねぇんだイングさん!」
「俺達だって見殺したくてするわけじゃねぇ!」
「時間がない。 早くしろ」
「うるせぇぇぇ!! ふざけるなぁぁぁ!!!」
そう吠えて、拳を構えようとした時。 クラミーが服を引っ張った。
「いいのよ。 イング、あとはお願いね」
「や、やめろ! そんな、そんな台詞……吐くんじゃねぇよ! 絶対助けてやる。 だから少し待ってでぇぅはぁっ!」
喋ってる間に、頬に隊長の拳がめり込んだ。 そのまま地に転がる俺を、隊長は見下し言う。
「隊長である俺に拳を構えようとしたのだ。 だが今はこんな状況だ。 このくらいで許してやる。 早く行くぞ、イング」
「ふ、ふざけんっ!!!!?」
何度目かの言い返しは、ついに俺の口から出ることはなかった。 隊長から放たれる殺気が、何も言わせなかった。
「イング、もう一度聞くぞ。 選べ、ここで今すぐに。 妻であるクラミーと共にここに残って無様に死に、我が子をこの世に残すか。 それとも妻を諦め子と共に生きるか。 選べ、今すぐにだ! 残酷な結末が来るくらい、お前も分かっていたはずだ。 選べ、死人をとるか、子をとるか!」
その言葉は、今の状況下で俺をブチ切れせるのに充分過ぎる言葉だった。
「ぐっ、クソッタレぇぇぇ!! 誰が、死人と言わせるかぁぁ!!!」
そう吠えると、先程とは比べ物にならない殺気により。 拳を握っていた骨やその腕の骨が折れた。
「ぐぁぁっ!」
「あなた!」
「選べと言っている。 問いに対する答え以外は求めていない。 これは隊長命令だ。 たとえお前が英雄であろうと今の精神状態であるお前程度に俺は負けん。 さぁ、答えろ」
隊長に迫られ、俺は。
そうして、俺は。
俺は。 俺は。 俺は。 俺は。
俺は、逃げた。 見殺しにした。 犠牲にした。 妻の命と引き換えに生き延びた。 世界一愛する妻を。 俺の愛した女を。 何より大切な人を。
そんな夢。 そんな過去。
だけど、俺は最後にいつも見るのだ。 夢だからなのか、幻想を。 見るのだ。
「すまない。 クラミー」
「いいえ、いいんです。 あれでいいんです」
「なにか最後に、俺ができることはないか」
「なら、恒例のあれをお願いできますでしょうか、隊長」
「あぁ、いいだろう」
そう隊長と話しながら、困った様子で笑い、涙を浮かべるクラミーは。 なにかを言って、背を向けた。
そこで終わり。
その後のことはあまり覚えていない。 囮作戦は見事に成功、敵陣が先程まで自分達がいた場所に群がるのを見て感情が爆発し我を失った。
そしてーーーーーーーーーーーーーー
もうひとつ。
それは嘘だらけの記憶。
俺は、自分と子に魔法をかけた。
「違う、わしはお主のおじいちゃんじゃよ」
「おじいちゃん?」
不思議そうに繰り返す子どもの声に、両親はいないと教えた。
「お主の本当の名はヘイオじゃ」
「ヘイオ……なの?」
少し嫌そうにする子どもの声に、そう名乗るよう言った。
「お主は狙われているのじゃよ」
「誰に?」
純粋な疑問を浮かべる子どもの声に、お主を守るためと言い残し更に魔法をかけた。
「わしと共に、生きるのじゃ」
「おじいちゃんと、私だけ……?」
悲しそうに聞く子どもの声に、俺は自分の言う事を聞くように言った。
辛くなかった。 わけではない。
そして。
時々見る、弟子との記憶。
「よろしくお願いします!」
「うむ!」
鍛錬の日々、ヘイオと3人で笑い合った。
何故、この子らの前で、こんな顔で笑えるんだ。 俺に……そんな資格など無いというのに。
毎回毎回、毎日が葛藤の日々……。
そんな、そのような、過去。 記憶。 夢。
そして愚かにも、俺は。 八つ当たりばかりをするようになった。 忘れるために非人道的行為に手を染め、自分をわざと追い詰められるような場所に身を置き、弱者共が沸く場所で頂点を裏で独占、そして支配。 悪い気分じゃなかった。 どちらかと言うといい気味だった。 ヘイオは少しづつ抵抗せず、俺の命令通りことを運んでくれるようになった。 アミーやストッチを引き連れ最終的に下界に落ち着いた。
どれだけ望むものを作り上げても、夢に出続けたが。
あぁ、だから嫌なんだ。 もう、あの記憶は。
報われない行き場のない怒りが、膨れ上がる。 そして今や、アヴェイルにも手を出し。 ヘイオとも敵対し。 俺は、2人を殺そうとしている。 アヴェイルはもう死んでしまったのかもしれない。 こんなこと、クラミーが知ったら怒られるな。
あぁ、この怒り。
どうせなら、この身ごと滅ぼしてはくれないかーーーーーーーーーーーーーー
■■■
あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
拳。 指が喰い込み血が吹き荒れる。 血は沸騰し蒸気を大量の血と共に吹かせる。
唸り。 空気が震え、地震が続き、周りの地が砕けて宙に昇るように浮き始める。
血管が浮き出て、腕には引き締まった筋肉が見え。 歯を噛み締め音を鳴らし、間から熱い怒りの声と共に息が漏れ出る。 目は再度充血し、血の涙を流星のごとく頬に降らせ、それでも黒き瞳がエルトという名の敵を捉えた。 頬は力み歪み、地に着く足も無駄に力が入り少しづつ地を抉っていく。
「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
全身全霊で、全てを込めて。 全力で拳を突き出す。 エルトを殺すが為に、殺気を怒りを引き金にこれでもかと放ち。 血だらけの、怒りの拳でエルトを…………!!!
その時だった。
「俺が魔法石を砕ける程の握力を持ってると思うか? なぁ、イング」
そう言って取り出したのは、俺特製の転移石。 見間違えようがない、正真正銘の本物の石だった。
そうして、エルトが呼んだのは。
ピタッッ……
「アヴェイル……ミング……」
2人の姿を捉え拳が止まり、思わず呼んでしまうその名前に。
姿を解いたアヴェイルは微笑んで、ヘイオの背を軽く押した。 涙目になってヘイオは。 否、その子が俺に呼びかけた。
その時。 姿が、ついに解ける。 怒りに乱れた俺の魔力が伝染して魔法が解けたのだ。
ダメだ。 言うな、言わないでくれ。 それを呼んだら、俺は。 俺は……!
好きだった。 その声を、クラミーと聞きながら笑い合う。 そんなあたたかで、どこにでもあるような日常。 もう戻らない戻れない日常。
その時のような、あの声が。 お前の声が、言った。
「パパーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
ついに、俺の耳に届き戻った。 何よりも大事だったあの日常にいた、俺達の愛する宝物が。
読んでくれてありがとうございます。
イングは、その選択しか見えなくなってしまった……。
次回、イング・ヴァニラの決着。
次も読んでくれると嬉しいです。
次回の投稿予定日は来週末です。




