そして彼らは歩きだした
楽しんでいただけると幸いです。
「エルトが、裏切りましたか。 確かにエルトは今イングと共に行動中のようですね」
アヴェイルが目を細め考え込む様子を見せる。
「エルト……」
拳を握り締める。
このままじゃ戦艦を譲ることができなくなってしまう。 よりによってもう裏切るのか。 最初からこれが目的で監視を? エルトはいったい何をしようとしている? 本当に裏切ったのか?
最初のイング襲撃の時のエルトを見た俺からしたら、何か策があるようにしか思えない。 だが、それが全く分からない。 それに……。
「どうしてだ……!?」
俺は小声で唸る。 全知全能をいくら使っても、これからエルト行うことが分からないのである。 いや、分からないというのは完全に正しいわけではない。 幾つもの未来が見えるのだ。 イングに殺されるエルト、アヴェイルに殺されるエルト、イングと共に天界都市に行くエルト、戦艦に乗りひとりで天界都市へ行くエルト……………未来が定まらない。
混雑した光景に俺は能力を使うのを止めてしまう。
「カイン、仲間であるあなたに聞きたい。 エルトの裏切りは、私達に利がある裏切りだと思いますか? エルトの行動について、仲間であるカインの意見を聞かせてください」
どうする? ここで分からないだの言ったとして、そしたら俺達の利用価値が下がってしまう。 最悪、戦艦の件は変わってしまうかもしれない。 間をとって、戦艦を使用し戦艦が無事なら譲るなんて話になったら王城襲撃の際に支障が生じる可能性がある。 それは避けなければいけない。 ノルマは、戦艦譲渡だけは達成しなくては、戦力が足りなすぎる。 逃げ場も失う。
「エルトは……なにか策があると思います。 無駄な行動はしない男だと私は思っているので、何かしら考えがあるのかと。 けれど、その詳しい内容までは把握は、できておりません。 で、ですが……ここはエルトを信じてもらえないでしょうか!」
「…………仲間なのです。 カインがそう思うのは当たり前のことでしょう。 ですが、時間は有限なのです。 5日後の朝、戦闘を開始します。 それまでに配置と整備、細かな準備を済ませます。 それまでは待つとしましょう」
猶予は5日間。 それまでにエルトがなにかしらを達成し、この場に戻ってくれば裏切り行為ではなくなるってわけか。 だが、エルトにスパイ活動を任せたのはアヴェイル自身だ。 それはいくらなんでも理不尽ってもんじゃ。
「今から私がこの事をエルトに魔法通信で送ります。 返事が来ても来なくても、この条件が守られなかった場合は裏切りとみなし、イング共々排除対象とします。 これで文句はありませんね? カイン」
まるで俺の本心を見透かされたような感覚。
「分かりました……」
どちらにせよ、今後のことを考えると。 俺はエルトを信じて待つしかないらしい。
あと5日。
■■■
エルトside……
情報提供の夜が明け、翌日の朝。
目を覚ますと、近くにはイングの姿があった。 どうやら直々に監視役として出たらしい。 促されるまま、食堂のような部屋に行き、アミーお手製の料理を食べた。 俺はもうカインから食人について聞いてるという設定になっているからか、ごく普通の食材で料理が振る舞われた。
「イング、俺はこれから何をすればいい?」
アミーは普通に料理は上手いんだよなぁ。 なんで食人なんてもんに関わっているイングの元にいるのだろうか。 あっ、これ美味い。 シエルに教えてあげたいくらいだな。 見た目も重視してくださいと。
「そうじゃな。 とりあえず取り逃した食材を追わねばいかんのぉ」
食材は、まさか人のことか? 取り逃した敵を狩りにいくってことか………。 ってか食事中に食人関連持ち出すなよクソジジイ。 食欲が削られるから。
「朝食を食べ終えたら外に来い。 今日はわしと一日中残党狩りじゃ」
「りょ、了解………」
そう言ってイングは食堂から出ていく。 目の前の巨大なキッチンではアミーが食器洗いをしていた。
「なぁ、アミー」
「なんだい」
無愛想に反応するアミー。 最初の頃とは全然違いすぎじゃ……いやこんな感じだったっけ。 この人の本性は。
「アミーは料理めっちゃ上手いのに、なんで食人関連なんかに手を染めてんだ? どうしてあのイングについていくんだ?」
「なんだいあんた、まさか本当は潜入捜査でもしにここへ」
「あぁ違う違う。 食人のことをカインから聞いたからさ。 そんな非人道的行為をしてまでどうしてイングについていくのかなぁっていう、一般的疑問を持っただけだよ。 まさかアミーも食人派?」
「なんだいその一般的疑問だの食人派だの。 そりゃあ最初は辛かったよ。 でもね、イングには借りがあるんだよ。 返しきれないほどの大きな借りがね。 言わば恩人さ。 まぁ簡単に言えば、ここにしか私の居場所が無いからだよ。 ストッチだって似たようなもんさ。 …………アヴェイルだって、私達と同じはずなんだけどねぇ……。 仕方ないことなんだよ……」
どうやら過去になにかあったらしいな。 なら、ヘイオは。
「アヴェイルも似たようなもんってどういうことだ?」
そう聞くと、アミーはいきなりハッとして、失態してしまったような表情になった。
「この話はここまでだよエルト! あとは自分で考えな! ほら、早く食べてイングの元へお行き!」
「わ、分かったよ」
急かされて俺は速攻で残りの料理を頬張り食堂から出た。 建物の外に出るとイングが待っていた。
「それじゃ行くかのぉ」
「おう」
そうして数時間後。
何事もなく残党狩りを終えて帰宅。
今日一日イングの前では何も不審な動きはしなかった。 アミーは夕飯の調理に入っている。
そして夕飯を済ませる。
イング達との何気ない会話をして。
そして、眠る。
そんな何気ない日々が3日続いた。
相手側からしたら、なにも不審な行動をしなさすぎて逆に不審がっているかもしれない。 俺からしたら、アヴェイルとの戦いが迫っているというのに作戦もなにも考えず、ただいつものような日常を過ごしているだけであるイング達に不審感を覚えるが。
ただこの3日間で何も収穫がなかったわけじゃない。
ひとつは、確実にヘイオが行方不明であることだ。 いつ聞いても眠っとるしか言わないのは流石に怪しい。 だからと言って、傍にはいつもイングがいるからヘイオの部屋を確認しに行くことはできずにいる。
次に、時折ストッチやアミーと2人きりになる時がある。 その時、イングの過去になにかあったことを匂わせはするが真相まではたどり着けないままでいた。 もちろんイングはこのことについては一度も触れていない。 もしそれが世界の終わりを望む理由になっているとしたら、相当厄介である。
そして、俺は別に何もしていなかったわけではない。 着々と作戦は実行に移されている。 残党狩りもそのひとつだ。 確かに提案したのはイングだが、それを利用させてもらった。 あとは、待つだけである。
そしてこんな感じに残りの時間も過ぎていき…………。
「お主、これはどういうことじゃ」
ここは俺とザークとネーウが戦ったあの湖。 そして今イングは、その湖の残りの水を高濃度の魔力で満たされた魔水に変え、その魔水でイングを拘束していた。
「この程度では、わしを抑えるのは無理じゃぞ」
「あぁ知ってるよ。 でも少なくとも明日の朝くらいまでは持つんじゃないかな」
口角を上げる。 俺は勝ちを確信しているような演技をする。 イングを見下し口元をこれでもかと歪ませ挑発する。 そして指を鳴らす。
すると、森から湖を取り囲むように大勢の武器を持った輩共が姿を現す。
「っ!!? お主、エルト……貴様ぁ……!!」
これでいい。 怒れイング。 その怒り、利用させてもらおう。 さぁ、最後のトドメの台詞を。 これで完了だ。
「ヘイオが行方不明なのは分かってる。 って言うことは、今お前自身も分からないってことだよな」
「っ!!」
顔色が変わる。 図星だな。
「俺がお前より先に見つけだして殺してやるよ。 人質なんてあまいことをするつもりはない。 何故俺が毎回あんたの残党狩りに付き合ってたと思う? 普通なら断ってもいい用件のはずなのになぁ? そりゃあ、もちろんあんたのヘイオ探しを邪魔するためにだ。 それだけ大事なんですなぁ孫のこと。 全部ぐちゃぐちゃにして、そうだなぁ。 何も知らねぇアミーに料理してもらってあんたのディナーにでも出してやるよ。 メインディッシュとしてな」
そう言って高らかに笑う。 イングの顔は……想像するまでもない。 歪みに歪みきっている。
単純な感情ほど大きくしやすいものだ。 たとえその人がどれほど強かろうと、壊れやすいものは誰だって持っている。 それを突いただけのこと。 イングは今、冷静を失い静かなる怒りを燃やしている。 顔が、表情がその証拠である。
「じゃあお前ら、ちゃんとこのジジイの見張りをしてろよぉ」
そう湖に言い残して、俺は石で転移した。
悪役なんて、今の俺には似合いすぎていた。
■■■
カインside……
「返事も来ず、本人も戻らず。 決定ですね、彼は裏切り者です」
「ま、待ってください! まだ時間は」
「もう遅いですよカイン。 全ての準備は完了致しましたので明日の朝、戦闘を開始します。 カインはもう寝てください。 明日、私と共にイングを……倒しにいくのですから。 あなたまで裏切るような真似をしたら、私は戦艦で全力を持ってこの下界を焼くつもりですのでお忘れなきようお願いします」
そう言ってアヴェイルは部屋から出ていった。
人質として、下界にいる罪のない人々と戦艦を握られたわけだ。 俺は裏切れない。 エルトを信じることしかできない状況となった。
「なにが、裏切り者だよ……まだ戦艦に誰一人として、ダーク・サイドの民を乗せていねぇくせに……!!」
どうすればいい? イングとアヴェイルを仲間にし戦艦を手に入れる方法は。 そしてエルトはいったいどこでなにをしている!? あぁ、分からない。 俺がこんなにも頭が回らないとは、情けねぇ! 畜生!!
そしてそのまま、何も思い浮かばず俺は眠ってしまう。
次の日の朝。
俺とアヴェイルは飛行魔法でイング達とエルトを探していた。
「カイン、私も似たようなもんです。 ですが、これは世界のため。 全力でいかなきゃこちらが死ぬだけですよ」
「あぁ、分かってます」
気分が悪い。 そりゃそうだ。 今から仲間を討ちにいくんだから。 イングも仲間だったがあまり話していなかったからか、深くは気にせずに済むし見て見ぬふりもできてしまう。 だがエルトは違う。 これじゃあ、もし上に行った時にディアに叱られる。 あぁ、また泣かせてしまうのか……。
先生だったからだろうか、人間関係には敏感なのだろうか。
「ん、あれは……」
どうやらアヴェイルがなにかを見つけたらしい。 その視線を追うとそこには湖があった。 そして湖内に拘束されている男がいて。
「あれは、イング!?」
「どうしてここに……いえ、そんなことはどうでもいいですね。 カイン! カインは周囲にいる雑魚を! 私は先にイングと戦います。 途中で加勢してきてください!」
「お、おう!」
湖で拘束されているのか? 水で? 魔法の類であることは確かだろうけど、いったい誰が? ……いや、考えられるのは、きっとひとりだけだな。
「これをやったのは、恐らくエルトでしょうか」
「恐らくは」
「では、各部隊へ通達! 作戦を開始してください!」
アヴェイルが魔法通信で各部隊に指令を出す。 俺も同時に飛行魔法を解き、地を降り湖の周りを囲みイングをずっと見たままの武器を持った輩共に攻撃をする。
だがおかしなことに彼らは誰一人として全く反応をしなかった。 まるで置き物、ずっとイングを睨んだままで俺が近くにいるというのに目線も表情もピクリともしない。 人間と戦ってる感覚が全くしない。 触れても何も反応せず、ただそこにいるだけ。
「なんなんだ? ここにいる奴らは」
その時だった。
突然巨大な音共に大雨が降り出したのだ。
「っ!?」
いや、違う。 これは……!
振り向く。 そこには湖があったはずだった。 だが、そこには水のほとんどがなく、ついさっきの音によりできたものと思われるクレーターとその中心で、アヴェイルとイングがいた。 アヴェイルの拳をイングが仰向けに受け止めているという状況だった。
まさか、アヴェイルのあの一発の拳でこんなことが!?
辺りを見回すと、湖の周辺の木々が濡れている。
「マジかよ……」
するとイングが拳を受け止めながら口を開く。
「おいおいアヴェイル、そんな軽すぎる拳なんざ出しおって、わしを殺す気がないだろ。 怖気付いたか? それとも弱くなったのか? なぁ」
「あなたこそ、わしなんて一人称使ったりして。 そこまで老いぼれに堕ちたのですか? こんなぬるま湯にいつまでもいるから腐っていくんですよ」
そんな2人の台詞が終わると同時にアヴェイルが真上へ吹き飛ばされる。 そして瞬時にイングは跳躍し、吹き飛ぶアヴェイルよりも早く上まで行き、両手を握りアヴェイルの背中に振り落とす。 そのままアヴェイルは湖があった地へ叩き落とされた。 かに思えたが、アヴェイルは何事もなかったかのように普通に着地した。
「久しぶりに本気で殺り合おうじゃないかアヴェイルよ。 わしは今、苛立っておるのじゃ。 早くヘイオの元へ行かなくてはならんのでな。 あまりお主ごときに時間をとってられないんじゃよ」
「本気でですか。 生憎私はこの世界を壊す気はないのでね。 壊さない程度にやりながら、あなたを止めてみせますよ」
「ほぉ、お主がか」
「あの時とは違う、今の私がです」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ………
空気が、悲鳴をあげるように震える。
そんな2人の激闘が始まる頃。
とある大地にひとつの組織。
「始まったみたいだね」
「あぁ、全部は作戦通りだ」
「では行く準備をしなきゃだね」
「俺達がこの戦いを穿つ時が来たのだな!」
「団長張り切ってんなー」
「まぁエル兄にやられて終わっちゃったからね。 団長の威厳を取り戻したいんだよ」
まぁ確かにあれじゃあ皆失望か。 いやでも、あの時はザックことネーウが強すぎたからだし。 まぁドンマイ団長。 陰ながら応援してるぞ。
「準備完了しました元団長!」
「元!? いやいや今現在この瞬間も俺は元気に団長やってっからね!? 俺団長だから! 元とか言うなし!」
「相変わらず早いね準備は」
「作戦の内容を理解するのは長いけどなぁ」
「じゃあ行こうエル兄!」
「おう、お前の願いを叶えにな!」
「そして俺様のでかい夢である天を穿ちに!」
「「……………」」
「元団長のせいで台無しっすねー」
「えっ! なんで!?」
笑いが起こる。 そんな彼らは、平和を願う組織。 対立する組織を両方叩き潰すための組織。 全ては彼の手の上。
今、エルトが動きだす……!!
読んでくれてありがとうございます。
次回、イング対アヴェイル。
次も読んでくれると嬉しいです。




