準備
楽しんでいただけると幸いです。
「じゃあ、そうことで」
「あぁ、分かった」
「なるほど」
「「っ!?」」
俺とカインは顔を見合わせ頷く。 すると後ろから別な声が入ってきた。 どうやらディアもこっそり聞いていたらしい。 俺達は思わずビクリと反応してしまう。
「い、いたんですか……」
「影薄いっすねー」
ドスッ……
「ふぐっ」
瞬間的な肘打ちが俺の腹にめり込んだ。
さすがは王女様だ。 女王陛下の肘打ちまで立派に引き継いでおられる……。
「腹がぁ……」
腹を抑えて後ずさる俺を無視して話を進めていくディア。
「おいカイン、では私は王城に戻るぞ。 ダーク・サイドを、あとは任せた」
「分かりました。 本当は今はあんな所に返したくないけど、今の使用人さんを困らせたくはないですし準備だけはお願いします殿下」
「う、うむ…………カイン、お前はころころ私への対応を変えるな。 私が女王になったらそういうのはもうやめてくれ」
そうディアが言うと、カインは申し訳なさそうにしながら軽く笑って言った。
「分かりました。 なら、殿下もディアの時と殿下の時とで話す口調をあまり変えないでほしいです」
「それは無理だ」
「ですよねー」
そりゃあそうだろうな。
「では先に行ってるぞ!」
そう言って俺を笑顔で一瞥し、部屋を出て行こうとするディアをカインは一度呼び止める。
「あ、そうだ。 天界都市内で、えー……ガースラーかシエル、それかあの姉妹を探してください。 彼女らもきっと戦力になるはずです。 あと、この名はもちろん使用人以外には内緒ってことで」
「…………分かった、言われた通りにしよう」
「ありがとうございます」
それを最後にディアは部屋を出て行った。 すると、俯いたままの俺にカインは元気よく話しかけてくる。
「よし、じゃあエルト」
「あぁ分かってる。 まずは、この戦艦からだな」
俺はメモ用紙の紙切れをポケットにしまい隠し立ち上がる。
部屋は誰もいなくなった。
それから数分後。
俺達ふたりは再びアヴェイルと対面していた。
ディアが帰ったことを話し、今はこれからのことを話している。
「ーーーーーーーーなるほど。 要は自分達の目的のために、今回の戦いに戦艦は使わないでほしいと。 それに、この戦艦を戦いに使用すれば下界の罪のない人間までもが犠牲になってしまうと。 そう言いたいのですね?」
「そういうことだ」
アヴェイルの解釈に俺は頷く。
「結論から申し上げますと、それは無理です。 戦艦を使っても勝てないのかもしれないというのに、戦艦を手放せるわけがない」
予想通り。
それなら、と俺はカインと目を合わせる。
「それは仕方ないですね。 なら、こちらはイングさん側につくとしましょう。 全力でアヴェイル軍を邪魔してあげますよ。 けれど、戦艦を私達に譲ってくれるのなら話は別です。 私達が味方になりましょう。 それと、ここで戦艦を何に使用するか先に少々話しておきましょう。 先程説明した通り犠牲者は少ない方がいい。 貴方だってそう思っているはずだ。 この戦いでは戦艦は下界の無関係な人々の避難所として使わせてもらいます。 決してアヴェイル軍を邪魔しないと断言しましょう。 もちろんイングさんのために使用することもありません。 そしてこの一件が終わった後に、私達の目的達成のため好きに使わせてもらいます。 もちろんこの時でもアヴェイル軍を攻撃するなんてことはしませんのでご安心を」
カインが長々話すと、アヴェイルは考え込む様子を見せる。
「……戦艦を渡せば戦力になるが、戦艦渡さなければ敵になるということですか。 それに無関係の人々を巻き込めばイングさんの怒りを買うことにもなりかねない。 確かに犠牲者は少ない方がいい状況でもある。 大事にすればすぐに私だとバレる危険性もある、か。 …………いいでしょう」
「「!」」
俺達は内心ガッツポーズをした。 するとアヴェイルは、だが、と付け加えてくる。
「下界の人々を乗せる代わりに、こちらもこの下界の地で好きに暴れさせていただきます。 半壊以上の被害は覚悟しておいてください。 相手はあのイングさんです。 あなた方の命の保証もありません」
「覚悟の上ですよ」
カインの口角が上がる。
「約束さえ守ってくれればそれでいい」
これで最初のミッションはクリアされた。 それでも状況に応じ戦艦を使うなんてことになるかもしれない。 だから、戦いはできる限り小さくする。
するとカインが魔法通信をかけてくる。
『エルト、次だ』
『了解』
俺は、短く返事をしてアヴェイルに提案した。 ちなみにこの通信は、どうやらカインの能力によるものであり探知されにくくなっている。 普通の魔法通信と区別するためカイン曰く、K通信という名称に決定した。
「アヴェイル、今イングはこのダーク・サイドの弱き人々を救っている最中なんだ。 長くこの地にいるイングはそれなりに人々からの信頼も厚い。 今すぐ襲撃というのも無策だろう。 そこで提案なんだが、俺がスパイとしてイング側につくのはどうだろう。 実はアヴェイルと会うまでは、イングと共にこのダーク・サイドを支配しようとしていたんだ。 それで、いろんな勢力を倒している途中であんたに出会った。 イングは仲間だが、世界の危機っていうのなら仕方ない。 どうだろう、俺にやらせてはくれないか。 自分で言うのもなんだが、イングからはそれなりに信頼されてると思うんだ」
そう言うとアヴェイルは目を瞑り黙り込む。
そして目を開き、警戒するように軽く圧をかけながら俺に聞いてきた。
「あなたが、裏切る可能性があると私は思うのですが」
やはりそう来たか。
俺はカインに教えられた考えをなぞるように言葉を口にした。
「それはないと思う。 そっちの傍にはカインがいるわけだし、カインは仲間だ。 敵対なんてしたくもない。 それに、随時俺達は魔法通信でやり取りしている。 それをアヴェイルも共に共有すればいいんじゃないか?」
「音声の偽装が可能ですね」
目を細めさらに追い討ちを仕掛けてくるアヴェイル。
「な、なら俺の位置情報がすぐに分かるような魔法でも使って、俺の移動を監視すればいいじゃないか」
ま、そんな魔法あったらの話だが。
「ほぉ、それを自ら提案するとは…………いいでしょう。 エルトにはスパイをお願いします」
あ、あるのか……。 これじゃあ動きづらいな。 カインの能力経由のK通信とアヴェイル含む3人の魔法通信。 この2つの通信で応答しなきゃいけないのか。 魔法通信の方を疎かにしてしまうとアヴェイルに怪しまれる可能性があるし、位置情報監視により監視の目がない時しか好きに動けない。 だからカインも監視の目を気にしながら行動しなくてはいけなくなったわけで……。
『おいエルト。 なに余計なこと言って』
「カインにも位置情報の監視をつけますがよろしいですか?」
『なに余計なこと言ってんだエルトォォ!』
カインが俺を一瞥しながらK通信で怒鳴り、営業スマイルでアヴェイルに答えた。
「まぁ疑いたくなる状況ですので構いませんよ。 それと、俺はアヴェイルと共に行動するつもりです」
「そうですか、では策を練らなければいけませんね。 スパイの方はエルトにお任せします。 カイン、こちらで話し合いましょう」
「え、俺まだ位置の魔法を」
「もうかけましたのでご安心ください」
「「っ!?」」
いつの間に!? カインの反応を見るあたり気づいていなかったようだ。 俺達に悟られずに魔法をかけたというのか。 ならもうカインにも既にかけられていることだろう。
だがしかし、ずっと対面していたんだ。 魔法を使った気配なんて一度も見られなかったが……まさか。
『あぁ、そのまさかのようだ』
K通信でカインが俺に話しかけてくる。
『ってことはつまり、アヴェイルは……』
『無詠唱が使える』
『マジかよ……』
いつ使ったのかも分からない。 かけられたという自覚もない。 これがもし攻撃魔法や毒性の魔法なら、俺達は今床に這いつくばっていることだろう。
改めて奴の強さを知った。
仲間ならまだしも、こいつを敵に回すかもしれないと思うと勝ち目がないように思える。 カインの全力で倒せるかどうか……。 まだまだ計り知れない力である。
「どうしましたか?」
薄ら口角を上げたアヴェイルは、立ち止まってしまったカインに聞く。 カインは驚きを悟られないよう冷静に歩き始める。
「あぁ、すみません。 それじゃ、エルト。 また後で」
「おう」
2人は別室へと姿を消した。 俺も行かなきゃな。 イングの元へ。
作戦実行のために。
「じゃあ、俺も行くか」
■■■
2人が動き出すその頃。
各々、新たな状況へ向かおうとしていた。
王城とある一室。
「今帰ったわよ。 メイスレッカ」
「はい、ご無事で何よりでございます」
ディアが王城に帰ると、いつものように使用人であるメイスレッカ・アバデンが寝床の用意をしていた。 私に気づくなり深々とお辞儀をする。
「悪かったわね。 今回は少し長引いてしまったわ」
服を着替えながら、今回の報告を言う。
「殿下、何か嬉しいことでもあったのですか? お顔が、微かですが笑っておられますよ」
「ええ、そうよ。 人生で一番と言ってもいい程の最高な事があったわ」
そう嬉しさを滲ませながら言うと、メイスレッカは微笑んだ。
「左様ですか。 私も貴女様の笑顔が見れて嬉しい限りです」
「そ、そう……部下の笑顔も見れて私は幸せよ。 …………それで、メイスレッカ」
いつもの寝間着に着替え終えた後、真剣な顔で話す。
「はい、通信通り。 こちらの戦力は整いました。 いつでもご命令を」
その台詞を合図に、部屋に数人の人が入り込む。
「ここにいる少数の方々は、特に良い戦力となるであろう人材でございます。 私直々に厳選致しました」
月明かりが部屋に入り込む。 それがスポットライトのように、そこにいた人達の姿を照らした。
どこかで見覚えのある巨大な体に強靭な肉体、太い唇を歪ませる大男。
その後ろに隠れながらも顔を覗かせる、片目が髪で隠れた少女。
見た感じ青年っぽいが、仮面をつけてるため顔が見えない銃を持つ謎の男。
容姿は冒険者、髭を生やした老人。 だがどことなく異様な雰囲気を漂わせるおじいさん。
懐かしい古き友人。 どちらも背が低く、歳とは反する姿をしているエルフ姉妹。
そして、服従紋が見られない半機械人間である少女。
「左から、ザーク、ザック、オリビダ、ガースラー、ビーダ、ミーマ、シエル。 以上の7名でございます」
そうか。 この人が………。
私は口角を上げ、息を吸う。 だが、ここは王城であるとすぐに思い出し深呼吸をした。
「ついに、訪れたようだな」
「はい、お嬢様」
今となっては悲しい記憶が多く乗っているその名。 だが、もう悲しみは生ませない。 今度こそ、果たす。
「それでは、ここに」
さぁ。
「ディア軍、再結成を宣言する………! お前達の活躍、大いに期待させてもらうぞ」
再戦まで、あと少しだ。
「「「はっ!!」」」
新たな配下の返事が、部屋の中響き渡る。
一方その頃。
核都市のとある場所で。
「おぉ、おぉおぉ。 まだ生きていやがったんだなぁ! いやはや、天は随分とお優しいじゃないか。 こんなゴミを、まだこの世界にとっとくなんて」
やはりこの男はむかつく。 全ての言動が癇に障る。
だが、そんな私の気も知らずに男はペラペラ喋り続ける。
「あっ、そんなゴミを招待する俺も優しいじゃん。 ふっ、吐き気がするぜ。 でも今回餌を提示したのは俺であるわけで」
「さっきからごちゃごちゃうるせぇな。 さっさと本題に入れ、あの頃の血が滾るだろうが」
私が懐かしいあの殺気を放つと、男は笑いながら答えた。
「あぁそうだったね。 ごめんごめん。 でも君のこと何て呼んだらいいんだい? 外ではどうやら博士なんて、まるで父親のような真似事なんかしちゃってさ。 どっちで呼んだ方がいいんだい、ルーダ博士」
「……好きに呼べばいい。 そんなことよりも早く」
「あぁはいはい、そうだったね。 でもその前に、俺の試作と遊んでからねぇ」
そう言って、男は指を鳴らす。 するとどこからともなく半機械人間が何十人も姿を見せる。 グロテスクなものから旧型まで。
「さぁ、奴を殺せ!」
その男の指示を合図に、一斉に半機械人間である少年少女達が迫り来る。
四方八方敵だらけのその光景に、私は溜息を吐いた。
「イープス、てめぇはどこまでいってもクズのままなんだな」
戦いが始まる準備が着々と進む。
玉座で笑うエレイバクス。 操り人形と化した国王陛下と元騎士隊隊長の、遺体。
外では、森が揺れ。 山は吠えていた。
それなのに月が見える空は静寂を漂わせながら、冷たい風を吹かしている。 雲はそのまま世界を覆っていた。
そして、機械街ではーーーーーーーーーー
「あぁ、分かった。 けれど、もしもの時は……」
遠くない戦いへ、この日。
世界がまた一歩近づいた。
読んでくれてありがとうございます。
次回、イングの元に行ったエルトは……。
次も読んでくれると嬉しいです。
次回の投稿は来週予定です。




