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半機械は夢を見る。  作者: warae
第3章
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守れた証

楽しんでいただけると幸いです。


もうひとりのクロートが遺した地下室。

隠し扉の奥に続く通路の先には扉がもうひとつあった。 ドアノブに手をかけ、捻る。 長い時間が経った今でも錆びていたりすることはなく、簡単に開いた。

ガチャ…………

扉を開く音が響く。 後ろでは、期待と不安の表情を色濃く見せるディアがいる。

そして、その奥の部屋は……………。

「っ!!」

最初に息を飲んだのは、ディアの後ろにいるカインだった。

そこに広がっていたのはひとつの部屋。 その部屋には機械が多くあった。 隅には本棚が並び、床は大小様々なチューブと散乱する資料。 機械はどれも、別の部屋で見た物とは明らかに別の機械ばかり。 そのようなものが周りを囲む中にいたのは。

「く……クロー、ト…………?」

震える掠れた声で、その名を呼ぶのは。 かつての側近の名を呼ぶのは。 ディアの声、部屋に寂しく問いかけられた。

部屋の中心より少し奥にあるのは机と椅子。 そこに座り、背を向け資料を読みふけっているのは。 ひとりの男。 懐かしい男。

「クロート……? 懐かしい名前。 あぁ、この体の持ち主。 けれど、嗚呼。 私は、クロートではないんだ」

懐かしむように、申し訳なさそうに言って重たい腰を上げるように立ち上がる。 その時左手が顔をいじり、何かを机の上に置いた。 そして振り向く。

ディアは、息を飲んだ。 今にも泣きそうな顔で。

「ごめんよ、殿下。 私は、クロートの体を奪ってしまった。 ただの、ガラクタだよ」

容姿はほとんど変わっていないのだろう。 若々しい姿だった。 少し汚れた体、微かなシワを刻んでいる顔。 けれど髪はボサボサでもある程度整えられていて、手は妙にゴツゴツしている。 着ている服はボロボロで、瞳には人工的光のような眼光が宿っていた。 何故か左目だけ閉じたままで、顔には縫った箇所がある。

そんな男は微笑んだ。 ディアに微笑んだ。

「カイン」

「あぁ、分かってるよ」

そう静かに言って部屋を出た。

再会に水を差しちゃいけない。 これがきっと、本当の最後になるだろうから。

■■■

ディアside……


動いてる。 話してる。 ちょっと顔が少し痛々しくなってしまっているけど。 クロートが、クロートが……いる。

「クロート……」

「すまないけど、私は……」

「クロート!!」

私は抱きついた。 あの頃のように。

一緒だ。 あの時と何も変わらない。 一緒だ。 一緒だぁ……。

「やっと、やっと……やっと会えたぁぁぁ…………!!」

視界がぼやける。

「違うのになぁ……私は、クロートの皮を被った機械ですよ?」

「違うもん! クロートはクロートだもん!」

強く強く、離さないように。 もう二度と、二度と……!

「私頑張ったよ? 頑張って頑張って、王様になるために頑張ってるよ? 下界の人達いっぱい手助けできてるし、もう少しでみんな平和に暮らせるようになるんだよ。 頑張って、みんなを幸せにできるように、悪いエレイバクスを倒せるように。 ……仲間がたくさんできたんだ。 でも、でもね……クレイもサチェゼンも死んじゃったんだ。 私が、また私が……殺しちゃったんだよぉぉぉぉ………!!」

涙が溢れて仕方がなかった。 嬉しさと悲しさが混濁する頭の中はめちゃくちゃだった。 まるであの日みたいに、私の涙を溢れ出た。

「そうだったんですね……辛かったんでしょう。 私も理解できますよ。 彼の記憶を見た今の私なら理解ができます。 ですが、申し訳ございません。 理解しかできないのです。 作り物の私は、真の感情を持てたとしても貴女様の感情を味わうことはできません。 共有することも」

「もういいよぉもういい! 理解できなくたっていいから! もう離れないでぇ……ずっと傍にいてよぉぉ………」

私は微かに顔を上げ訴える。 泣きながら、訴える。 すると、クロートは微笑んだ。

「あぁ。 クロートにも見せてやりたいですね。 あんなに小さかった王女様は、今やもう少しで私の背を越えるほど大きく成長したのですね。 そして、偽物の私をこんなにも想ってくださるお優しい御方になられている。 辛い日々を数々過ごしてきたはずなのに」

とても満足そうに話すクロート。 目を細め、私にずっと微笑むクロートは。 本当にあの日を想起させて、私の涙腺を緩ませる。

「偽物だなんて、言わないでよぉ……」

たとえ本当にそうだとしても。

「ですがそれが真実、揺るぎない事実、現実でございます。 どうかご理解ください。 貴女様の知らない私がどう足掻こうと、本物のクロートにはなれないのです」

「でもっ、でもぉっ…………」

どう訴えても、目の前のクロートは自分をクロートだと認めてくれなかった。 ずっと微笑んだり、たまに悲しげに笑ったりしていた。

本当に、私の知らない。 けれど、どこか私の知ってるクロートがいた。

不思議な感覚、クロートなのにクロートじゃないけど、やっぱりクロートなのにクロートではないのだ。 だから、期待してしまう。 だから、悲しくて嬉しくて。 どうしようもないのだ。 どうしようも、ないのだ………。

もう、分かってるんだ。 私だって今まで頑張って生き抜いてきたんだ。 そこまで馬鹿ではない、はずだ。 はずだから、きっともう。 私は、気づいてる。

「でもっ!!!」

それでも、私はあなたに縋りたい。

私は叫ぶ。 微かに驚きを見せる目の前のクロート。

全身に熱を帯びる。 この気持ちを抑えきれず、大好きな気持ちを抑えきれず。

「私は、忘れたくない! ずっと傍にいたい! いさせてよ、クロート。 いつまでも、この想いを好きを、忘れたくないよ。 クロートととの思い出を、クロートの姿を声を熱を、全部全部…………ずっと縋りたい!」

分かってるんだ。 いつまでも子どものままでは、側近に縋るダメな主様のままでいるのは、いけないことだと。 もう、ひとりで新たな場所に向かわなきゃいけないことぐらい分かってる。 けれど。

「自己満足、自分勝手、自己中心、なんとでも言え! 好きなの、好きなの! 大好きなの! 離れたくない、ずっと一緒にいたい! どんなクロートでも、クロートと生きたいよぉぉぉぉ!!!」

声が空気を震わせる。 震える空気に涙が舞う。 悲しげに微笑む目の前のクロートは、とても困ったように一度深く、瞬きをした。

「あぁ、ごめんね。 こうなることは予想してました。 だから…………謎謎謎」

「え……?」

クロートは今なんて言ったの? 聞き取れたけど、聞き取れなかった。 理解もなにもできなかった。 そして、その謎の言葉の後に。 なにかがおこった。

「私は今までのこの地下室で過ごした時間を、記憶復元ともうひとつの現象を起こすために頑張ってきました。 あの御方のおかげでそれはやっと完成しました。 私も勝手ではありますが、ディア様の背中を押すためにすべきことをするため生きていると思い込みやってきました。 ですから、ディア様、これからも頑張ってください。 私の全てを代償に、クロート……主様がお呼びですよ」

その時だった。

ギュッ……

「えっ?」

『ただいま。 おかえり。 我が主様……ディア』

いきなり抱きしめてきたのは、淡い光により透けながらも懐かしい笑顔を見せる私の側近。

「クロート……クロートォォォォーーーーーーーー!!!!」

うわああああああああああああああああああああああああああああんん!!!

泣き声が、涙が、熱が、全てが、泣いた。 あれほど告白した後の抑えきれなくなった気持ちが、感情が、外に勢いよく全力で放出される。

クロートがいないクロートの部屋で毎晩声を殺し堪えていたあの日々。 月明かりを眺め、また攫われたらまた助けに来てくれるだろうかと何度も考えた。 今は無きその部屋が自然と目の前に広がる。 そして、その後すぐに懐かしい幼き自分の部屋が視界に広がった。 クロートとの再会が、様々なものを想起させていた。

「クロート、クロートォォ………!!」

『はいはい、ここにいるよ。 本当に、俺の主様は可愛いなぁ』

「っ!!」

顔が真っ赤になる。 熱い。 そんな私を見て、クロートは笑った。 けれど、そんな姿でも私を泣かせてしまう。

『大きくなったなディア。 あの2人にも見せてやりたいぜ。 けども、これからもディアの人生はまだ続くんだ。 でも、どうやら弱音吐いて俺に縋ってばっかのようだなぁ?』

「うっ……で、でもっ、それは……」

『それは?』

楽しげににやけるクロート。 こんな意地悪をしてくるのに、私の涙は止まることを知らないようだ。 全部クロートのせいだ。 しかも私の口から言わせようなんて、さっきあれほど言ったのに……。

「な、何度でも言ってやる! 私は…………私はっ、クロートのことが好っ」

視界が、クロートで埋まった。 クロートしか見えなくなった。 唇が重なった。 鼓動が早く早く早くなった。 涙が頬を伝った。 緊張のあまり呼吸も止まった。 嬉しさのあまり、私の時が止まった。

そして、唇は離れ。

『大好きだ、ディア。 立派な王様になるんだぞ。 ディアなら、きっとできる。 何故なら、ディア・シュミーヌは、俺の愛しき主様は。 勇者であり、王女様なんだから』

そう言って優しく頭を撫でて、真っ赤な満面の笑みを見せて。

クロートは、さよならも言わず消えてしまった。

同時に。

「あぁぁ……………………」

ついに解けたのだ。 呪いの半分だけが。

その瞬間、今までの時折クロートが見せた反応の意味が全て分かって。

「あぁ」

私は立ち上がって、眠りに入っているもうひとりに近づいた。 そして、イタズラっぽくその頬にキスをした。

「さっきはごめんね。 ありがとう、もうひとりのクロート!」

私はその部屋から、出ていった。

その時、やっとディア・シュミーヌは一歩を踏み出した。

「ーーーーーーーーーー行ってらっしゃいませ、殿下」

扉が閉まる直前に呟いたもうひとりのクロートの声は、彼女の耳には届かなかった。

■■■

エルトside……


数分後。

音を立てぬよう気配を殺しその部屋に入り込む。

「どうやら完全に機能が停止するまでは時間が少々かかるようです。 何用ですか?」

どうやら俺に気づいたらしい。

俺は勢いよく空気を吐き、大きく呼吸した。

「いや、用ってほどじゃないよ。 ちょっと話を、ね」

「……ふっ、不思議な魅力の持ち主ですね。 初対面だと言うのに、不思議と親近感が湧いてきます。 何故でしょうか」

「そりゃあそうだろうな。 こっち側に触れたんだから」

そう言うと、彼は首を傾げた。

「こっち側とは、それは機械が人側へ触れたということですか?」

「それもそうだが、それよりもめんどくさいやつだよ」

「どうやら、随分と厄介そうですね」

「あぁ厄介だ。 ……ん? そろそろ時間ようだな。 じゃあ達者でな、クロート」

そう言って、俺は彼が長い間ひとりで綴ってきた記録帳を手渡した。 それをクロートは受け取り、魔力を使いすらすらと文を書きパタンと閉じて手元の机の上に置いた。

「たとえどこまでも自己満足だとしても、こうして想いを残せて良かった。 あの人に読んでもらえたのだから。 ………………では、ディアをよろしく頼みますエルト」

そう言って俺に手を翳す。 すると、俺の手元にクロートの持ち物であろう本型の入れ物が転移してきた。 そしてクロートは再度微笑み、光にその身を包まれ姿を消した。





あぁ、これが幸せと言うのだろうか。 きっとそうだろう。 これが私の幸せだ。

守られるだけの幼き少年は、守りたいものを守れるほど強くなった。 あの時、自分が馬鹿で弱い側近だったからに他ならないと嘆いていたクロートは。 けれど、クロートは知らなかった。 強くても弱くても、どんなクロートでもディアは愛していたのだ。 貴方は愛されていたのだ。 そう、今は亡き母親と同じように。 それでも貴方は自分の想いを告白するまでは気づかなかったけれど。

そろそろ完全に私は死ぬだろう。 全てが終わりを告げるのだ。

そんな作り物の私でも心残りがある。 記憶を見て知った、彼女の夢を叶えてあげられなかったことだ。 結局、クロートも叶えることができず終わってしまった。 だが、叶えるためには世界を変えなくてはいけない。 本物の平和が訪れなくてはいけない。

なにもできずに終わってしまうのだな。 こういうのを、人は悲しいと言うのだろうか。

あぁ。 どうか、貴女様の夢が叶いますように。

ありがとう。 さようなら。

今言うのは遅すぎる願いなのだけど、彼女の願いが叶いますようにとか言った後に言いづらいけれど。

人として、生まれたかった。 きみたちと、いきたかった

(最期にクロートが遺した記録より)



その頃ディアは、思い出していた。

過去。

とある丘での休息時。

勇者は少年にこぼした。

「笑って泣ける、そんな人生を歩みたかった」

「笑って、泣ける?」

「あぁそうさ。 こんな偽りの笑顔、辛いだけ。 けれど、泣きながら自然に笑えれば、きっとその笑顔は本物だと思うの」

「どうして?」

「ここだけの話ね、私よりも遥かに強い剣士に出会った時があってね。 その人が言ってたの。 涙は人の心の証明だろうって。 だから、私は泣きながらでも心から笑いたい。 いや、これは少し違うかな。 心から、笑い合いたい。 これが、私の唯一の夢だ」

「夢かぁ」

「君は夢とかないのか?」

「あるよ! 僕の夢は」

好きな人を守ること!



そして、ディアの手元に姿を現したのはいつかの庭園で育てていた花達。

母上と育て、クロートと見た大好きな花。 思い出の花。

あぁ。 私は、こんなにも悲しい。

花はやまない雨に濡れた。

読んでくれてありがとうございます。

ディアの過去は語り終わり。

次回、そしてエルトとカインは。

次も読んでくれると嬉しいです。


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