次は私の番
楽しんでいただけると幸いです。
死。
ここで終われたなら、どれほど良かったか。
眠るのがまだ先だと知った時。 そうだ、あの時に私は。
分からないことが、どうしようもなく悲しかったんだ。
(クロートの遺した記録より)
■■■
ディアside……
「クロートはどこ!?」
嫌だ、 嫌だよ。 また会えるよね!? どこなの、クロート!
今朝目を覚ますと、知らない天井が視界に広がっていた。 クロートは今日も起こしに来てはくれなかった。 知らない人達が周りにいた。 知ってる人が、私の会いたい人がいなかった。
そこに、騎士隊の見覚えのある顔を見つけた。
「クレイ! クロートはどこなの!」
「っ…………クロート様はここにはいません。 本日より、クロート様に任され貴女様の護衛をすることになりました、改めまして騎士隊隊長クレイ・オーエントでございます」
護衛? クロートに任された?
「っ……今は護衛なんていらない! クロートはどこ!!」
すると再度、気まずそうな顔をするクレイ。 俯き一瞬辛い表情をした後、膝を着けこちらを見て話した。
「お辛いかと思います。 傷つけてしまうことを重々承知の上でお話させていただきます」
そう言うと、周りの他の騎士達に部屋から出るよう促して、部屋には私とクレイの2人だけになった。
「クロートは、一週間程前に貴女様を私達に託し、ひとりでエレイバクスの元へ向かわれました。 それから音沙汰ありません。 っ……察するに、もうクロート様は……」
「嘘だぁぁっっ!!!」
私は手元にあった枕をクレイに投げつけた。
聞いていられない。 クレイは嘘をつく。 私の嫌なことを言う!
「で、ですが! 本当の、本当のことなのでございます! あれから帰ってこないのです。 クロート様は、きっと。 もう………」
歯を食いしばり、目を逸らすクレイの姿が。 どうしても、このことを真実であると。 本能が囁くのだ。 それでも私はクレイを睨んだ。 受け入れたくないから。
「死体を、見たわけではございません。 そのような正確な情報を手に入れたわけでもございません。 ですが、今現在王城はあの一件以来、誰も中には入れない状況であり、王城内の情報が全くないのです。 ですが、あのように変わってしまわれた国王陛下と、あのエレイバクスがクロートをただ生かし閉じ込めるとは、到底考えにくいのです。 もしも生きていたとしても、もう貴女様の知るクロートではないのかもしれません」
その言葉達は。 クレイの口は。 遠回しにも、クロートは死んだと言った。
「うそだ……うそだぁ………うそ、だ…………」
口からこぼれるのは、否定の言葉。 目から流れるのは、透明な熱い涙。 頬を伝い濡らす。 窓から差し込む陽の光に照らされて、悲しい輝きが灯った落ちる涙は。 悔しげに俯くクレイの顔を、どうしようもない葛藤で染められた私の表情を映した。 幾度となく、ベッドに落ちる涙の雨。
……お願い。 帰ってきてよ、クロート。 私の、たったひとりの側近でしょ? あの時みたいに、涙を拭ってよ。 この雨を止めてよ。 私の、傍に……もう一度でいいから………。
「クロート…………」
視界がぼやける。 この視界が元に戻ったら、クロートがいる。 そんな奇跡が起こればいいのに。
「ディア様……失礼します……」
そっと静かに部屋から出るクレイ。 私は部屋にひとりだけとなった。
あぁ。 ひとりだ。 また、ひとりだ。 クロートがいなきゃ、私は…………。
「うわああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーー」
分かってる。 もう来ない予感、してたよ。 この声も想いももう届かないの、気づいてたよ。したいこと、まだまだたくさんあったんだよ。 約束もそっちからしたのに、こうなること分かっててあんなこと言ったんだね。 ひどい側近だ。 けれど、それがきっとクロートの優しさなんでしょ? 私は、その優しさが辛いよ。 私を期待させる残酷な優しさ、叶えてよ。 約束、守ってよ。 ねぇ、クロート。
「絵本、一緒にぃ……描きたかったよおおおおおおおおおおお!!!」
クロートは泣いていいって言った! でも、でも私は……私は! クロートの傍で泣きたいよ。 クロートのあたたかい腕の中で泣きたいよ!
頭の中はめちゃくちゃだ。 思えば思うほど、あの時の光景が鮮明に思い出される。 おかしくなってしまったパパ、私が殺してしまったママ、私を励まし私を置いて戦いに行った、私の大好きなクロート。 どれもこれも悲しいものばかり。 あの誕生会が、とても恋しい。
「できるなら、戻りたいよぉ……みんながいるあの場所にっ…………!!」
パパもママも、メイド長も執事長も、クロートがいて私がいた楽しいあの時間に。 楽しかったあの日々に。
「戻りたい…………会いたいっ、よぉ…………」
涙は止まない。 クロートはもういない。 好きだった人達は、もういないのだ。
「クロートォォォォォォォーーーーーーーーーーーー」
それから数時間後。
どのくらい経っただろうか。 涙で濡れた枕、いつの間にか整えられたベッドに私は眠っていた。 ベッドの上で暴れていた記憶があるが、どうやら騎士達がやってくれたのだろう。
外はもう寝静まっていた。 暗い街に月の光が入り込んでいる。 私が攫われてしまった時のことを思い出してしまう。 泣き疲れた私は、もう何にもやる気が起きずにいた。
その時だった。
ガチャ……
扉が開く。 中に入ってきたのは、見知らぬメイド。 似たシチュエーションに、私は警戒をしようとするが、すぐにそれを解いた。
「暗殺でも、しに来たの?」
きっと王城からの刺客だろうそのメイドに声をかけた。
「仰る通りです。 ですが、生かすか殺すかは私の判断に委ねられていますので…………っ!」
そう言いながら私の目の前に来る。 だが、目が合った直後そのメイドは硬直してしまった。 いったいどうしたのだろうか。
「どうしたの?」
「…………いえ。 そのような目を王女様がされているとは思いませんでしたので」
目? 目がどうかしたのかな。
この時の私は自分が今どんな顔をしているのかなんて想像もつかなかった。 生ある微かな光を宿した虚ろの瞳。 死んだ目に、負の感情しか宿らせていないような暗い表情。 瞼は閉じかけていて、今でも死んでしまうような雰囲気を醸し出していた。 疲れ果ててしまった幼き少女。
「ねぇ。 私を殺してよ。 殺しに来たんでしょう? なら、早く殺してよ」
死ねば、また会える。 死ねば、大好きな人に会える。 そんな思考で頭の中はいっぱいだ。
「こんな世界、もう嫌なの。 ねぇお願い、殺して。 私を、みんなの元へ連れてって……」
メイドは躊躇してしまう。 手を広げ、死を願う少女を前に。
「……私は下界出身です。 下界の子供たちは皆そのようなことは毎日言っています。 ですが、王女様であるあなたが、ここまでなるとは…………いったい何をどうされたらこのような状態に……?」
メイドは戦慄していた。 このような職に就いておきながら、微かに恐怖を感じていたのだ。
「えぇ? 心配でもしてるの? ふふ……おかしな暗殺者だね。 そんなのいいからさ、早くその剣で私の首を斬ってよ。 そうすればママとお揃い、みんなまた一緒〜」
そう言いながらも、泣き疲れたはずの目からは細く線を頬に描いた。 それは徐々に太くなったり、時には細くなったり。
「殺して。 私を、殺して」
あぁ。 早く死にたいなぁ。 死にたいなぁ。 死にたい、死にたい。 死にたいよ。 また会いたい。 死にたい。 死にたい。 会うために、また一緒になるために。 死にたいなぁ死にたいなぁ死にたいなぁ。 死にたい。 死にたいよぉ。 死ねばいいんだ。 死ねばいいんだよぉ。 早く早く。 早くしてよぉ。 殺して殺して殺して殺してよぉぉ。 死にたいんだよ。 死にたいよ。 死んでまたクロートと。 クロートと。 あぁ、早くぅ。 殺してよ。 死にたいよ。 死にたい。 死んで、私は幸せに。
『違うよ』
頭の中、駆け巡る自殺願望の渦の中、その時。 声がした。
懐かしい声。 大好きな、声だ。
私は頭を抱え目を瞑る。 頭を振り回す。
「違うって、なに? なんなの? 私は……私は、死にたいのに。 死にたいのに!」
いきなりの豹変にメイドはビクリと反応する。
「違くない! 私は、私は殺されて、死んで。 また、あの幸せな場所に……!」
『それは違う』
頭の中に響く声は、私の思考を否定し邪魔をする。 追い出そうとするが、もうひとりの私みたいなのがそれを拒む。 わけがわからない。
「なにが違うって言うの!? 私は、今こんなにも苦しんでいるのに……死んで解放されるのは良いことでしょ! なにが、なにが言いたいの!?」
苛立ちに任せて怒鳴る。 状況に構わず、私はその声に言い返した。
その時だった。 その瞬間、謎の光が視界を埋めつくしていた。 真っ白な世界にいた。
そして、目の前にいたのは。 いたのは…………。
「ーーーーーーーーーーああ……ああ、ああ、あああぁああぁぁぁぁっ………………!!!!」
目を全開に開いた。 大きな揺らぐ瞳が彼を捉えた。 泣かずには、いられなかった。 震える足も手も指も何もかも。 その再会に、喜んでいた。
目の前には、クロートがいた。
「クロート!!!」
ギュッと、抱きしめた。 強く、強く。
たとえそれが幻でも。 それが偽物だとしても。 構わずに。
「もう、絶対に離さない!!」
『……あぁ、俺ももう、離したくないな。 でもね、ディア。 これは本当の最後なんだ』
「聞きたくない!!」
『ごめんね、でももう行かなきゃいけない』
「なら私も連れてってよ! 私も死ぬから、連れてって! 一緒にいてよ!」
『ディア…………死は、幸せなことじゃないんだよ。 君を連れていくなんて残酷なことは、俺にはできないかな』
「いやっ! 私はクロートと一緒にいたいの! ……クロートが隣にいるなら私はどこだって行くよ? どんな辛いことだって耐えられる。 絶対に泣かない自信があるよ? もう悪い子にならないから、友達だってたくさんつくるし勉強だって頑張るよ。 だから、だからぁ…………いなくならないで」
消え入りそうな声で、切実に願う。 もう離れ離れは、嫌だよ。
「だって、クロートは。 私の、側近なんだから……!」
『はは、俺は幸せ者だなぁ。 とてもいい主様に巡り会えたらしい。 けれど、ごめんねディア。 その願いは叶えられない。 だって、ディアは王女様なんだから。 未来の女王様なんだからね』
……ずるい。 ずるいよクロート。 そんな笑顔で、私に言うなんて。
「………………でも。 私は何にもできない。 おかしなパパに勝てないよ。 ママもメイド長も執事長もいない。 私は、なにもっ!」
そう言ってる途中に、背後から頭を撫でられる。 ゴツゴツした大きな手と、すべすべした綺麗な手。
『大丈夫じゃよ。 わしらの自慢の娘じゃ。 きっと成し遂げられる』
『そうよ。 私達の愛した世界一の娘ですもの。 絶対歴代最高の王様になるわ』
振り返ると、そこには。
「パパ、ママぁ…………!!!」
私の大好きないつもの2人がいた。
2人は優しく私を抱きしめた。 とても、あたたかくて心地よい。
『安心せいディア。 わしらは遠くからずっと、ディアを見守っておるぞ』
『すぐには会えなくなるけれど、きっとまた会えるわ。 だから、死ぬなんてこと言わないで。 それに、私を殺しただなんて思わないで。 あなたは何も悪くない。 悪い子なんかじゃないわ。 じゃなきゃ、再会しただけでこんなにも泣いてないもの』
そう言ってママは優しく私の涙を拭ってくれた。
「うんっ……ママも、一緒っ!」
私もママの涙を拭ってあげた。
『なっ!? ならわしも今から泣くから涙を拭ってはくれぬかディア〜』
そう言って顔に力を入れるパパ。
「パパ少しこわい……」
その直後、ママが瞬間的肘打ちをパパに喰らわす。
ドスッ!
『ふぐぅっ!』
『ディアが怖がってるでしょ、やめなさい』
『……はい。 あ、ちょっと待って! 今出そう……』
『この感動の再会に痛みの涙など流すんじゃありません!』
ドスッ!
『ぐふっ!』
『全くもう……』
私はその光景を見て、思わず笑ってしまった。
いつもの、変わらぬ2人の光景に。
そうして、私の笑いが伝染したかのように3人が笑いだす。
「やっぱり、お別れしたくないな」
『それは俺達も一緒なんだよ。 でもディアにはこれからがある。 俺達が守ったこれからが』
『だから、めいいっぱい楽しんでくるといい! たくさん楽しんだ後に、ゆっくりこっちに来い!』
『その時は、お土産にいろんなお話を聞かせてねディア』
「ーーーーーーーーーー………………うんっ!」
残りの涙を拭う。 そして少しだけ、自分の気持ちを…………。
私は決心をした。 もう、死にたいなんて言わない。
『あと、すまんがの。 わしの偽物をコテンパンにやっつけといてくれるか』
『エレイバクスもまだピンピンしてるから気をつけなきゃな』
『あなたならできるわ。 自分を信じて頑張ってね』
「う、うん……」
思わず決心が揺らぎかける。
「でも、なにしたらいいか分からないよ……」
『なら、さっきメイドさんが言ってた下界を味方につけるのなんてどうかな。 下界の民を救い、あの腐った王城を倒すんだ。 でも年齢的にディアはまだ難しいところもあるだろうから、あのメイドを仲間に入れて騎士隊と頑張るしかない。 それと自分自身も強くならなきゃな』
クロートがあれこれ提案してくれた。 そして話し終えたと同時に、世界全体が透け始める。
『ん? もう時間か?』
『あらあら、まだ話し足りないわね』
だが、その透け具合は少しづつ速さを増していき、どんどん私と世界が切り離されていくのを感じた。 だから、地を蹴って私はクロートに向かって飛びつく。
急なお別れだなんて、ずるいよ……!
「ーーーーーーーークロート! 私もっ、私も好きだよ! 好き、大好き!」
熱い。 火照る全身に構わず私は、同様に熱を帯び緊張しながらも笑顔で聞くクロートに。
「だから、だからねっ。 あのね、えと、その……好きっ!!」
そう言って目を瞑り、クロートの顔に顔を近づけた。 そしてあと少しというところで。
プツン……
視界に広がる世界は元に戻っていた。
「……………………」
「あの、どうされました?」
心配そうに聞いてくるメイド。 敵なのに、どうしてここまで心配そうにできるのだろうか。
いやっ! 今はそんなことよりも!
「ぁぁぁぁ………」
プシューッと熱が吹く。 微かに濡れた枕に顔押し付けて恥ずかしさに悶え苦しむ。 そうして数十秒後、やるべき事を思い出し頭をフル回転させメイドの目の前に立つ。
「もう死にたいなんて言わない! あなたの主は誰?」
「え、エレイバクスだけど……」
ディアの変わりようについていけていないメイドは普通に答えてくれた。 きっとこの人は根は絶対いい人に違いないっ!
「ーーーーーーーーーーふっ! 貴様は愚か者だ! 我はこの国の王女ディア・シュミーヌだぞ! 貴様がついているのは次期国王なんぞ言いふらしているエレイバクスである。 貴様も見たであろう国王陛下は偽物だ。 よって、王女として貴様に命ずる。 我の下につけ。 我の目的は下界救出! 我についてこい、我が使用人!」
「え、え? 使用人? 下界救出? 偽物に愚か者?」
困惑するメイドに私はさらに言葉を続けた。
「言ってる意味が分からないのか? 主を裏切り私の……我の下につけと言っている! それともなにか? 王女の命令が聞けぬのか? 貴様は、下界を救いたくないのか!!」
「っ!!」
「我は父上も母上も最愛の…………も失った! ぐすっ。 ……我が失うものなどもう何も残っておらんのだ。 だから、これは別に父上や母上に命令されたわけではない! 私の、私と…………の、えと……まぁそういうことだ! いいから、私につけぇ!!」
所々焦りながらも、頑張って口を動かした。 途中で泣いたりとか……し、してないし!
「…………………」
黙り込んじゃった。
「なっ、なな、なんとか言ったらどうだ!!!」
こっちは、恥ずかしいのだぞ!
「かしこまりました。 では只今から、貴女様に忠誠を誓いましょう。 どうか、下界を救ってください。 お願いします、殿下」
……こういうのをたしか、ちょろいと言うんだったっけ。
「ーーーーーーーーほっ……」
私はそのままベッドに倒れた。 緊張が解かれ、全身から力が抜けてしまったようだ。
このこと騎士隊にも協力してもらわなきゃな。 もしかしたら今呼べば来るかな? いやまぁ、こんな夜中だし、来ないかなぁ。
「クレイ」
「はっ!」
バッと部屋に現れるクレイ。
「「ひっ!」」
思わず驚いてしまう。 メイドも同時に声を上げる。
本当に来たし……。
「は、話を聞いていたな? この者は今から私の使用人だ。 だからこれからは世話係もこの者に一任する」
「え!?」
そこまでするのかと言わんばかりの表情をするメイド。
「クレイ、騎士隊には大いに協力してもらうぞ。 下界救出、その後下界を味方につけ玉座奪還。 腐った王城を叩き潰す。 私の思い出の場所を取り返す。 必ずだ。 それと、使用人。 貴様には明日王城に戻り取ってきてもらいたいものがある。 それと身支度をしてこちらにつく準備もしろ。 部屋はこの寮内のどこかの部屋を使ってもらう。 良いな? クレイ、使用人」
「はっ!」
「りょ、了解しました殿下!」
「いや、殿下と言うともし偶然聞いた民が私がいることに勘づいてしまうだろう。 そうだな……よし、今日から私はお嬢様だ!」
「「…………はい」」
超恥ずかしいよぉ…………。
こうして、最初の一歩は踏み出されたのだった。
涙は、もうーーーーーーーーーー
その日の夜を最後に、私は前を向いた。
『貴様ぁぁ! わしもされてないき……きっ、き……き。 をぉぉぉ!!』
『う、うるせぇ! ききき、き、きっ。 あああああ!! めっちゃ緊張したぁぁぁ!! ってか、ギリギリでできなかったし!』
『黙らんかいぃぃ!! ムカつくんじゃよ! 次会う時は貴様は十メートル以上は近づいてはならん!』
『ははは、そんなことしたってあっちから来ると思いますよ?』
『『あぁ?』』
『やれやれ…………ディア頑張るのですよ……』
読んでくれてありがとうございます。
次回、その後。
次も読んでくれると嬉しいです。




