私の最後の仕事
楽しんでいただけると幸いです。
怒り。 悲しみ。 主から奪ったのだ。 主を悲しませたのだ。 殺す理由など、これで充分だろう。
あの時、亀裂を通り越して深い大穴が生まれた。 もう戻れないのだと悟った。
自分の弱さを呪い、敵を憎み、怒りと共に吠えた。
特に鮮明に刻まれているこれらの記憶は、いつ見ても心から血が流れている。
それは何故かと自問し自答した。 不思議なものだ。 常人と比べ様々なものが抜け落ちている私でさえも、この問いだけは思い出すように答えられる。
かつての私の全てだったからだ。 我が愛しき主様は。
(クロートの遺した記録より)
「ふふっ、断罪? 私は次期国王だぞ。 裁く権利はいついかなる時も私にあるというのに、なにをおかしなことを言っている?」
「黙れ! なにが次期国王だ! ディア様にあのような仕打ちをする者が、この都市の王を名乗るんじゃねぇ!」
怒りに吠えると、エレイバクスは笑う。
「あぁ、そうだったな。 無知で幼子……いやぁ本当に利用しやすかった。 これで罪はいつでもかけられる。 だが安心したまえ。 王女様は生かすつもりだ。 これからの時代のための犠牲者となってもらうからなぁ。 そう、全てはあの御方のために……」
「て、てめぇ……!!」
やはりこいつは今すぐにでも消さなくてはいけない存在。 だが力の差は歴然だ。 普通の戦い方じゃ勝てる相手じゃない。 あのメイド長を倒した相手だからな。 ならば方法などひとつしかない。 それは……。
そんな思考を巡らせていると、いきなり目の前にエレイバクスが転移してくる。
「私の時代のために、側近風情にはとっととご退場願おうかぁ」
「っ!」
俺はそのまま軽く後方へ飛ぶ。 それを追うようにエレイバクスは俺に向けて手を伸ばした。
「我が権能、ここに在れ。 空波、爆砲!」
相手の手のひらに得体の知れない力と、そこに魔力や空気などが圧縮されていく。 それはすぐに一直線に渦を巻き起こして、俺に襲いかかる。
なんだこの威力は!? 本来の力よりも倍増している!?
庭園の地が抉られていく。 土や花が宙を舞い、その中に俺は吹き飛ばされていく。 それでも何度も連発するエレイバクス。 庭園が荒らされていく。 そんな中、宙を舞うとある花が目についた。
思い出されるのは、短くけれども幸せな思い出。
「や、やめろ……」
あの花は、ディア様が特に気に入られていた花だ。 だがしかし、俺もここで反撃したら庭園は見るも無残な戦場と化すだろう。 ならば、せめてあの花達は……。
まだ傷が浅い花達に手を翳し唱える。
「死待転送!」
これは決意表明でもある。 俺が死んだ時に花がディア様の元へ送られるように調整した。 死ぬ気で戦わなくては、死と引き換えに戦わなければ、勝てない敵だから。 だからわざと、死ななくては花が送れないようにした。
「さぁ」
俺は足に重力操作を頑張ってかけて、吹き飛ぶ体を無理やり地に着けた。 そしてすぐさま大きく跳躍する。 エレイバクスが斜め下に見える。
「ほぉ! まだ抗うか。 だが、今の私には誰も勝てないのだ。 潔く諦めたらどうだ! そんなになってまで魔法を使うとは、魔法が苦手なのだろう? 後は私に全てを任せ、死の眠りにつくがいい!」
そう言って、エレイバクスは再度俺に手を翳す。
「私は今すぐに決着をつけたいのだ。 遊んでる暇は私にはない! 火落の鉄槌!」
そうエレイバクスが叫ぶと、俺の頭上に巨大な弾丸のような形をした火の塊が落ちてくる。
「まさか、とはな」
俺はそう呟き、エレイバクスを睨みながらも真上へ片手を掲げる。 すると掲げた腕はしぼみ宙に血が舞った。 その舞った血はひとつの線を何本も作り、螺旋してひとつになっていく。 そしてそれは大きな槍となり発射された。 槍は、襲いかかる火全てを貫きかき消した。
「己が血で切り開く、血開。 結び血、血槍」
こいつは、やはり許せない。
「ほぉ、血流魔法か。 だが、はてさて。 どこかで見覚えがある技だなぁ?」
「答える義理はない。 くたばりやがれ、エレイバクス!!」
そう言って、俺はエレイバクスへ手を翳す。 すると、頭上の血の槍が解けて血の網を作り、俺の背後から勢いよく俺に被さった。 その勢いで、網は伸びて一気に縮む。 その弾力でエレイバクスの元へ飛んだ。
向かっている途中に、血槍を手元に戻す。 そして剣の形を作り変える。
「血剣!」
相手の目の前まで迫ると、片腕を振り上げて相手を両断しようと腕を振る。 だが、その攻撃を相手は転移で避け、俺の頭上に移動する。 そしてどこからともなく、長剣を取り出して俺の背を斬りかかろうとする。
「形状変化!」
俺はすぐに唱える。 すると、血剣の刃が細くなり伸び始める。 そして瞬時に俺の背後まで伸びて、相手の攻撃を防いだ。
「ほぉ、器用なことで」
「俺の血だから、なっ!」
そのまま伸びた剣を辿るように上へ剣を振る。 そして俺の血剣と相手の長剣が触れた。 だがしのぎを削ることはなく、相手の長剣が俺の血剣をすり抜けた。
「ん?」
エレイバクスが一瞬探る表情をする。 俺は地へと落下しながら、すぐに手を突き出して握った。 すると相手の長剣の刃が砕けるように折れた。 それに対し微かな驚きの表情をするエレイバクス。
俺の血剣は液体にも物体にも変えることができる。 エレイバクスの長剣と触れる直前に血剣を一瞬液体化させ、僅かな少量の俺の血を長剣につけて振り切った。 その後、長剣についた血を操り圧縮させて剣を折ったのだ。
「殺すのが勿体ないほどに器用な男だな」
そして血剣に戻る数滴の血を見て、エレイバクスはそれを理解したらしい反応を見せる。 俺はすぐに着地する。 頭上から迫るエレイバクスは、折れた長剣を投げ捨てて腕を振りかざし魔法陣を展開する。 その中に手を入れた。
「だがやはり邪魔な男に変わりない。 いでよ、我が剣、聖剣グラディアフレイム」
奴が取り出したのは聖なる炎を色濃く宿した炎でできた剣。 かつて魔神と呼ばれた者が編み出した黒き血の魔剣と同等と呼ばれる伝説級の剣のひとつであるその剣は普通の剣やただの聖剣でも太刀打ちできない。
「それは、国王陛下の持つ王家代々に受け継がれてきた剣……! 何故お前がそんなものを!?」
「何故って、お前も知っているだろう? 俺が王だからだよぉ!」
そう笑いながら叫び、横に一振りする。 すると剣筋が大きな炎の波を立て俺に襲いかかる。 俺は後方へ飛びそれを躱す。 炎の波は地に着いた途端に、四方八方へ波を立たせ庭園全体を火の海へと変えた。
その光景に目を奪われていた隙に、背後から別の炎波が襲う。 どうやら後ろに転移してきたらしい。 俺は空中へ飛び、それをギリギリで回避する。
「怒る目じゃないか。 逃げてばかりだと我には勝てんぞぉ? さぁどうするんでしょうなぁ、大事な庭園もこんなにされて、そろそろ降伏とかはどうだい?」
「くっ………黙れ……誰がお前などに降伏するか!」
と言っても、このままでは勝てない。 今絶対に勝たなくてはいけない状況だというのに。 だがそれでは……!
「っ!」
俺は自分の胸を殴りつけた。
恐れているのか、俺が。 死を恐れ全力が出し切れていないのか。 もう二度とディア様に会えないことに怯えているのか? 違うだろ! もう別れは済ましたはずだ。 今目の前の戦いに全身全霊で立ち向かうって決めたじゃねぇか。
くそ……もう会えない。 後は、この思い出の場所を死守する。 この害ある敵を倒すだけ。 俺の役目は、俺の側近の仕事はそれで終わり。 側近の域を超えてるな、これじゃあ。
「おいおい、どうしたんですか? そんな空中にいたって我には勝てんよぉ!」
「…………」
「どうやら、もう諦めたみたいですねぇ。 なら、もう死んではどうですか。 ちゃんと殺してあげますよ。 次期国王のこの私がね。 轟け炎龍の咆哮、滅せよ塵も残さず、全てを焼き尽くせ! 炎刻刀砕!!」
大きく炎剣を一振りするエレイバクス。 かつて炎を宿した剣を炎剣へと変えてしまったとも言われる伝説の技。 炎剣に火のヒビが入り、空気にも同様火のヒビが幾度も入るようにして俺に襲いかかる。 まさに炎神が空間にヒビを入れたかのような、その刻まれていく炎に俺は……………一閃で答えた。
直後、空間に刻まれた炎の数え切れないヒビは全て断ち切られ、元の空間へと戻っていく。 同様にエレイバクスの持つ炎剣のヒビも直っていく。 エレイバクスは驚愕の表情を浮かべていた。
「次期国王? この戦いを結界張ってまで民に隠そうとしているお前が何をほざくんだ。 それに、俺は諦めたわけじゃねぇよ。 別れることに決心してただけだ。 死ぬ決心を……しただけだ」
お別れです。 我が主様。
「……なんだ。 その、剣は」
俺が手に持つのは、先程まで片腕の血で形取った血剣とは明らかに姿が変わっていた。 それは、血流魔法の武器を具現する魔法の中で一番と言っていい強さを誇る最後の血流具現魔法。
「命剣チスイ」
「っ!? くくっ………まさかそんな珍しいものにお目に掛かれるとはなぁ」
その名の通り命を代償に具現化することが可能の最終奥義である。 生命力そのものが具現化したと言ってもいい。 必ず死ぬ代わりに手にすることができるこの武器は、代わりに心臓はもちろん、様々な部位が犠牲となる。 こう見えて、内蔵もほとんど体内にはなく、脳も半分以上は剣に宿している。 残っているのは筋肉と骨くらいだろうか、そこら辺の知識はあまりないため分からないが。 けれど、剣を握っている間は、体内にないものの働きは全て剣が行っている。 剣を奪われたその時点で俺はすぐに絶命してしまう。 だから命剣なんて呼び名がついたのだろう。 チスイもそのままの意味だ。
「お前を、倒すと決めた」
「ほぉ、やってみるか?」
空気を蹴る。 火の海の中で炎剣を持つエレイバクスへと向かっていく。
ガッギィィン…………
命と炎がしのぎを削る。 俺の斬撃を片手で持つ炎剣に受け止め、もう片方の手で炎を操るエレイバクス。 背後から炎の塊が襲いかかる。 俺は力を入れてエレイバクスを後方へ弾き、すぐに振り向いて襲いかかる炎を剣でかき消した。
その隙に後ろから斬り掛かるエレイバクスに気づき、腕を背後に回し剣で攻撃を防ぐ。
「ほぉ……」
すぐにエレイバクスは剣を引き、片手で空気などを圧縮し始める。
空波か。
そして手を突き出すエレイバクス。 俺はその手の方向よりさらに下に体制を低くして、下から上へと剣を振り、剣を持たない片腕を斬り落とした。
それを見てニヤリと笑うエレイバクス。 その直後、斬られた奴の腕は地に落ちることなく、空中で留まり、手のひらを俺に向けた。 そして空波を横腹に撃たれ、吹き飛ばされる。
その時、エレイバクスは膝を着いた。
「っ! ………なるほど、厄介ですなぁ命剣とやらは」
そして血を吐く奴を見て、俺はさらに追い討ちをかけようと体制を整えて地を蹴った。
命剣によって腕を斬られた奴の体内には命剣によってできた血を殺す血が、今奴の血を殺しているのだろう。 内側から敵を殺す技はいくつもあるが、命剣の攻撃の右に出るものはこの世に存在しないと思う。
俺は距離を詰めて、腕を振りかざした。 このまま一刀両断してやる勢いで剣を振る。 だが、思いがけないエレイバクスの一振りが再度俺を後方へ弾き返した。
「まだ動けるか!?」
「ははは、この程度で、次期国王は死なぬ」
一定の距離を置く。 どうやらエレイバクスは次で終わらせたいらしい。 またあの謎のエネルギーを集わせている。
「あぁ。 動きづらい……この次期国王に一撃でここまでさせるとは……やはり、クロート。 お前は、邪魔だ」
そう言い俺に手を翳す。 すると俺の周囲の火の海が荒れ始め俺に襲いかかってきた。 俺は剣をでなんとかかき消そうと奮闘する。 その間にエレイバクスは剣を天に掲げ唱え始めた。 同時に掲げられた炎剣が輝きだす。
あの輝き……まさか……!
「お前……国王陛下の………!!」
そう言い睨むと、エレイバクスは口角を上げた。
「刮目せよ!!! 凱旋の宴、民の歓声、参列する兵士、先導する騎士! 一歩! 幾千の亡霊。 一歩! 支配の合図。 一歩! 勝利の鐘の音。 開くは道、民を導く道、我の道! ならばこそ、切り開く。 王が、参る! 断地王道!!!」
輝きは巨大な剣に姿を変える。 しかもその剣は炎剣のまま。 そこには魔力などに加え謎のエネルギーも加わっており、普通の断地王道よりも数十倍もの威力になっていた。
それは、国王陛下の代々受け継がれてきた王の技のひとつ。 それを奴が使えるということは、王を取り入れた証。 王家にて最も許されない罪。 最大の違反行為。 奴は、完全に玉座を奪い取ったのだ。
巨大な光り輝く炎剣が襲う。 俺は周囲の火の海が邪魔をして避けられない。
「っ!!!」
そしてその剣は、俺に直撃した。 庭園は斬られ地はこれでもかと抉られて、微かに残っていた草木や花は全て燃え消えた。
「ふ……ははははははははははっ!! 見たか、我が王なのだ。 我が最強なのだ! 貴様のような者が勝てる相手ではないのだ! 我が王だ。 私が王だ! 玉座はもう私の手の中になっ……ん?」
エレイバクスの台詞が止まる。 それは何故か、答えは簡単だ。 俺がまだ、地に立っているからだ。
エレイバクスの攻撃を命剣で防いだ。 だが、耐え切れずに命剣は折れてしまった。 同時に、俺の口からは大量の血が吐かれた。 体中に傷が生まれ、体内にも傷がいくつも生まれ、そこから止めどなく血が溢れ出ている。 俺の体は血で染まっていた。 地は、俺を中心に大きな血溜まりができている。 視界は赤く染まっていた。
「まだ生きていたか。 ならばもう一度……っ! 動かな、い!?」
やっと体中に俺の血がまわったらしいな。
俺は構える。 折れた命剣を。 そして……。
「死など恐れて誰を守れる。 私の本気は貴女のために」
折れた剣先を向ける。
「命の終、紅血と共に。 灯る熱り、冷める前に。 流血に意味を込め、この一生に悔いを残さぬように。 最期は鮮血、鮮やかに、彩りなど紅き月の下で泣き眠れ」
「くそっ! ならば、炎の大波で飲み込んでくれる!」
エレイバクスがなんとか俺に手を翳す。 炎が俺を飲み込もうと舞い上がる。 だが、もう既に遅い。 俺の両目から血の涙が流星のように幾度も頬を伝う。 あの時の我が主様のように。
「命剣チスイ最終奥義、其の血灰」
全てを灰へと変える血の技。 生物の全てを焼き尽くす、熱と灰と血と微かな火は。 敵を斬り裂く。 全身の血全てを使う、捨て身の技。 もう既に、どう足掻こうと今の俺は死んでしまうが。
転移よりも早くエレイバクスとの距離を詰めた。 手には熱や俺の持つ全てを帯びて灰と化し始めている折れた命剣がある。 剣を持った右手は今は無き左肩の下辺りから全力で振りきり、下から上へ奴を斬った。 そのまま距離を詰めた勢いで奴の横を通り過ぎる。
火の海はいつの間にか消えていた。 俺の持つ剣は灰となっていき風に乗って消えていく。
背後でエレイバクスが倒れる音がした。 俺は達成感のような不思議な感覚に、ふいに空を見上げた。
「ーーーーーーーー………………さようなら」
ディア。
その時、クロートは完全に灰となり消えた命剣を見送って絶命した。
「ははははははっ……素晴らしい。 誇っていいぞ。 側近風情の貴様がこのエレイバクス・ガメストードルをここまで追い詰めたのだからな。 この次期国王をな。 だが残念だったなぁ、貴様の負けだクロートよ! はっはっはっはっはっはっはっはっはっ………」
エレイバクスは生きていた。 体半分真っ二つにされていながらも、片方だけで生きながらえていたのだ。
「さて、このままでは惜しいな。 実験に使えそうだ。 クロート、お前を実験体として歓迎しようではないか!」
それから、荒れに荒れた庭園では死体はディアの元仲間である男達の死体しか見つからなかった。 クロートの死体はどこにも見つからなかった。
それから一週間後、騎士隊本部女性騎士の寮内にて。
「ーーーーーーーーークロート……?」
ディア・シュミーヌは、目覚めた。
読んでくれてありがとうございます。
次回、そしてディアは……。
次も読んでくれると嬉しいです。




