あなたのとなりでいつまでも貴女様のお傍に
ゆっくりと……。
今回はとても長いです。
楽しんでいただけると幸いです。
あの瞬間の私は、その大きな背中に言いたかったのだ。
泣く暇さえ与えなかった愚民の命を背負う最後の勇者に。 私の勇者に。
叶わない願いだ。 だが、今を生きるこの私でさえ願ってしまうほどに、その願いは強く思われていた。 知っているからこそ、知ってしまったからこそ、長い時間が過ぎ去った今でもこうして頭から離れない。
感情すらも表に出せず、笑顔を張り付けていた。 だから、誰もその裏側を知ろうなんて思わなかった。 そして当たり前になっていく。 人とは恐ろしいものだ。 自分達は戦えぬのに、人に戦えと言うのだ。 それを無理に強いるのだ。
もしもあの日が来なかったら、今でも笑っているのだろうか。
もしそうでもなったら、私は反旗を翻すだろう。 そうだろう? 私よ。
(クロートが遺した記録より)
■■■
ディアside……
クロートがメイド長を追い部屋を出ていった後、母上と私は今後の話をしていた。
「母上、これからどうしましょう」
「あら、ママって呼んでもいいのよ?」
「で、でも今は皆頑張ってるし、今は真面目にするの!」
「あらまぁ残念。 それでディア今後のことだけど何か提案とかある?」
自然に聞き返された質問に、私は再度頭を悩ませる。 皆いろいろやってくれているし、自分達だけ楽に待っているというのも嫌気がさしてこうして考え始めたはいいが、特に思い浮かばない。
それだけ抜かりなくメイド長が指示をしたということだ。 やはり、メイド長無しでは今後もやってはいけないな。 だからと言って、全部任せるなんて愚かなことはしたくはない。
「どうしたものか……」
「あらあら、私の愛娘がどこかのおじさんのように頭を抱えて悩んでるわ。 あまり、おっさんくさくはなってほしくないわねぇ」
「母上も一緒に考えて!」
「はいはい、了解でーすディア様〜」
「か、からかうなー!」
皆が外に出て頑張っているというのに私は母上とお喋り。 ダメだダメだ、これじゃ無能なリーダーだと思われてしまう! ディア軍という私の軍なのだ。 私が頑張らなくてどうする!
「うーむ……」
「あらあら、可愛い小さいおじさんがいるわ」
微笑みながら母上が私を見て言った。 母上は何も考えてはいないのか。
「もうっ! からかわないで、ちゃんと考えて!」
「はいはい、了解了解〜。 じゃあ、こんなのはどうですかディア様〜」
ニコニコしながら母上は何かを提案しようとする。 その時、
コンコン……
扉からノック音がした。
「っ! だ、誰か来たよ母上……」
「敵かしら?」
顔を近づけて小さい声で話す。 ここには今、戦える者は母上しかいない。 けれど、母上は強い方じゃないし、私は何もできない。 魔法は今猛勉強中だが、ここ最近は勉学に手をつけていない状況が続いているため、少しの戦力にもならない。
「私だ」
扉の奥から声がする。 男の声だ。 聞いたことのない声だ。
「誰?」
「……待って。 この声、もしかして」
どうやら母上は聞き覚えがあるらしい。 頑張って思い出そうとしている仕草を見せた後、青ざめた表情で静かに言った。
「もしかしたら、エレイバクスかも」
「エレイバクス?」
「そう、エレイバクス。 エレイバクス・ガメストードル。 私達が倒すべき相手、ラスボスよ」
「ら、ラスボス……!?」
息を飲む。 気配をなんとか殺そうと必死に体を丸めた。 すると母上は、先程メイド長が区切ったメイド長の部屋を指さした。 どうやらあそこに隠れるつもりらしい。
「行くわよ」
「うん……」
そろりそろりと移動し、母上が音を立てないように扉を開け、私はメイド長の部屋に入り込む。 そして次に母上が入ろうとした直後、
ガチャリ……
「「っ!!」」
扉が開いた。
直後、私は母上に押されてメイド長の部屋に転がる。 そしてすぐに扉は閉められた。 私は、焦りや不安でいっぱいになった頭で、ずっと早くドクンドクンと言う胸を抑え、扉に近づきドアノブを握る。
う、動かない……!?
叫んでしまいそうな口を結んで閉じ、母上への心配が限界を達するが、それでも静かに音を立てぬようにドアノブを精一杯握り回した。 けれど、それでも回らない。 回らない!
「っ! っ! っ!!」
扉を叩きたい衝動と戦いながら、口パクで母上を呼んで、頑張ってドアノブを回そうと奮闘する。 目には涙が溜まり始め、喉には力が入る。
私は静かに動いて、扉に耳をあてた。
もしかしたら、敵じゃなかったのかもしれない! もしかしたら、私を驚かす作戦でもしてるのかも! もしかしたら……。
そう自分に内心言い聞かせて、期待を膨らませて。 音がなるのを、声がするのを待った。
その時、
「出ちゃダメよ、ディア」
「っ!!!」
敵だーーーーーーーーーー
きっと、この扉の先に敵と母上が対峙しているんだ。 行かなきゃいけない。 助けなきゃいけない! でもどうやって!? 私が出ていっても何もできない。 私は何もできない! 助けを、助けを呼ばなきゃ……! クロート、クロート! クロート……ママを、助けて!!
「………………」
祈ってもなにも始まらない。 クロートは今メイド長を救いに行ってて忙しいんだ。 私が、私がやらなきゃ……!
「ママ……ママぁぁ!!!」
扉に体当たりをする。 何回も助走をつけて、小さなその体をぶつけた。
開けて、ママ! 今助けるから。 私が行くから! お願いだから!
「はぁ……はぁ……」
呼吸が荒くなる。 鼓動は早く、頭の中はもう母上の無事を祈るばかり。 不意に扉に近づき、ドアノブを回した。
ガチャ……
「あ……開いた…………ママ!」
メイド長の部屋を飛び出る。 そこには……。
「ママ?」
少し荒らされた跡がある部屋。 開いたままの扉。 どこにも、母上の姿は見当たらない。
か、隠れんぼ……?
現実逃避。 思考は現実を拒んだ。 きっといるはずだと、自分に言い聞かせて、溢れ出そうな涙を堪えて部屋中を歩き回る。
「どこ? ねぇ、どこ……?」
いない。 ここにも、こっちにも、この中にも、どこにもいない。 いない。 いない。 いない。
その時、ずっと堪えていた思いが溢れた。 涙となり声となり溢れ出た。 まるで迷子のように、離れ離れになってしまったことに、泣いてしまった。
「ママぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その時だった。
コンコン……
「そんなに会いたいのなら、私が会わせてさしあげましょう」
そこにいたのは、あの時の男。 私が攫われた時に牢屋で父上を愚弄したフードを深々く被った謎の男らしき人。 あの時と同様、声は魔法によって変えられている。
だが、幼い私はそんなことどうでも良かった。 今は母上に会えるのなら、なんでも構わないと思ってしまっていた。
「本当……?」
「ええ、もちろん。 私が嫌いなのは貴女様の父上であって女王陛下は何も関係ない。 会わせてあげますから、ほら、私と共に行きましょう」
そう言われ即答してしまいそうになるが、すぐに躊躇いが生じた。 涙を拭いながら、私は答える。
「で、でも皆今頑張ってるし、私のためだから私はここから動かない方がいいし。 でもママには会いたいし……」
「あぁきっと大丈夫でしょう。 自分の母上に会いに行って、それで怒るほどその貴女様が言う皆さんは怖い人なんですかぁ?」
「い、いや違う! 違うもん、そんな人達じゃない……でも……」
不安がよぎる。 けれど、やはり母上が無事かどうか確認したいし、今すぐに会いたい。
「まぁいいから行きましょうよ。 あとで貴女様の母上と貴女様で謝れば済む話じゃありませんか」
その言葉に私は納得してしまった。
そうだよ。 あとでちゃんと謝れば皆許してくれるはず! たぶん……。いや! 怒られても、しっかり反省すればいいし、それでよし!
「うん分かった。 連れてって、母上の所へ」
その時、男が笑った気がした。
「ええ、もちろんですとも。 なんたって私は次期国王なんですから。 民の願いくらい叶えてあげますよ」
■■■
クロートside……
「ディア様と女王陛下が消えたのは本当ですか!」
俺は部屋に飛び込み、中にいた執事長に駆け寄った。
メイド長との別れの後、その場で無心になっているところにいきなり魔法通信が入った。 休憩がてらメイド達が一度部屋に戻ると、部屋の中は多少荒らされており、2人の姿が見当たらなかったらしい。 それで急遽全員に帰還命令が執事長から下された。 どうやら到着したのが、何故か俺が最後だった。
執事長から執事やメイド、騎士達にメイド長の事の顛末を一部覗いて話したらしい。 メイド達は、泣いていた。
「あぁ、どうやら何者かがこの部屋を見つけ、中に侵入したらしい。 魔力等の分析の結果、最初に謎の男が侵入し、女王陛下が連れ去られた。 その後、再度謎の男と似ている気配を持つ男が入り、ディア様を連れてどこかに行ってしまったようだよ。 2人がどこに連れ去られたかは今も模索中だ」
冷静に執事長が今現在の状況を話してくれた。 今一番辛いのは、貴方かもしれないというのに、しっかりメイド長の代わりを務めていた。 俺はもう心身ともにズタボロだってのに。
「ダメです! 分かりません!」
執事のひとりが弱音を吐く。 潔いな……。
「馬鹿野郎、ちゃんと調べたのか! 諦めたらアレだろうが!」
執事長が怒鳴る。 こういう状況下だ。 部屋の空気もピリピリしていた。 ってかアレってなんだよ。
「ですがこのままじゃ埒が明かないですよ。 手掛かりはこの部屋だけ。 王城内には核都市のような監視カメラなんて代物はありません。 どうしたって時間も何もかも少なすぎます」
この執事が言うことも最もだ。 これだけの情報量で特定するのはとてもじゃないが難しいし時間がかかりすぎるだろう。 あと俺達ができることと言ったら、聞きこみ調査や見張り、王城内もしくは王城周辺などを駆け巡り他の手掛かり集め。 王城内は敵があちこちにいるため困難を極めるだろう。
「彼の言う通りですね。 時間が惜しいこの状況下で、これだけの手掛かりでは無駄足になることも考えられる。 探知魔法を駆使しても、女王陛下と王女様を連れ去るくらいだから妨害魔法をいくつか張っているに違いない。 無理に行動して、いつ八方塞がりになってもおかしくないんですよ。 もしエレイバクスと関係があるのなら尚更厄介でしょうね。 時間が、本当に惜しい。 ここまで言ってなんですが、何か他に良い策がある方はいらっしゃいませんか?」
騎士隊副隊長クレイ・オーエントが今の現状を打開しようと意見を求めた。 話を聞く限りでは、クレイももう良い案が浮かばないといった状態らしい。
それぞれ悩む仕草を見せる。 もう既に八方塞がりに近い気がする。 ちなみに俺もなにも思い浮かばない。 エレイバクスが犯人なら強行突破という最終手段的提案なら出せるんだが。
その時、執事長が俺の近くに来て小声で話しかけてきた。
「何かいい案はあるかい?」
「ディア様が危険な状況かもしれないというのに何も思いつきません……側近だと言うのに、すみません……」
「なに、謝ることは無いよ。 こんな状況だしな。 ……ちなみに俺はひとつ手段を思いついてはいる」
「ならそれ発表してくださいよ」
そう言うと、執事長は気まずそうに俯いた。
「どうしたんですか?」
「いや、案はあるがこれはただの手段じゃねぇんだわ。 お前も見たろメイド長の、ユイナの弓矢を」
「見たとは断言できませんが、確かにその場で戦闘は見てましたよ。 我ながら無力さに苛まれましたけど」
「実はああ言うやつ俺もできんだわ。 それで探知系のもある」
空間を曲げる探知とか? いやでも、逸脱した魔法なのは確かだろうし、それが成功すればどこに連れ去られたか分かるのなら今すぐにでもやってもらいたい。
「それなら今すぐ」
「できるさ。 だがな、今の俺じゃどうやら力不足のようでな。 俺の命ひとつじゃ足りないらしい」
「え?」
「つまりだ。 違反者である俺が探知系の力を行使するには、俺以外にも数人他の命が無けりゃなし得ないってことだ。 2人を見つけるためとは言え命を差し出せる奴なんざこの中にはいるわけが」
「どうぞ使ってください!」
「「え?」」
俺達から一番近くにいたガタイのいいマッチョメイドが言った。 周り人も、いきなりの大声にそれぞれ反応している。 そしてそのメイドに続くように残りのメイド達も強く志願した。 それに対し執事長は慌てる。
「あぁお前らアレか? メイド長が死んだから、その後を追いたいと志願したのか? なら止めておけ、永遠に再会できなくなるぞ。 言っとくが、ここに来れないだけでどっかでは生きてんだよ。 これは本当だ、断言してやる。 お前らが死んだところでメイド長に会えるわけじゃない。 それを分かってお前らはそんな馬鹿げたことを言っているのか?」
そう言うと先頭に立つマッチョメイドが腕を組み、自分よりも背が低い執事長を見下ろし言った。
「ならばこそ、この命、ここで散るが定めであるでしょう。 先に戦いへ身を投じた我らがメイド長、ユイナ・レミーシェンリル様は命を賭して戦い抜いたのです。 違反者などその辺りの事情は知ったことではありません。 メイド長がこの世で生を全うし戦い、命を落としたのです。 ここに来られないだけで別の場所で生きている? それは残された我々からしたら死と同義かそれ以上のこと」
凛々しい表情で、幾千の戦いを経た老いた英雄のような不思議な雰囲気を漂わせ放つ言葉は、全てに重みがあった。 それに圧倒されながらも執事長は口を開く。
「だ、だがなぁ? お前らが生きていればいずれは帰って来られる可能性もあるんだ。 だからそう易々と今命を手放さなくてもいいだろ。 それに、そんな選択をメイド長が望んでいるとは限らないだろうし……」
するとマッチョメイドは鼻息を一度大きく吹かし言った。
「不安定な可能性などゼロと似たようなものではありませんか。 待つのは苦しいことです。 最後がどれだけ幸せな瞬間だとしても、か弱き我らでは生き地獄でしかありません。 それにメイド長がもし望んでいなくとも、それを証明などできはしない。 逆もまた然りです。 ですが、それでいいのです。 我々は望んで命を捧げるのです。 我らの全てはメイド長在りし世界。 メイド長の全ては女王陛下様と王女様、それに癪ではありますが、貴方様でございます。 まぁですから、結論を言いますと…………最後のメイドの命達、堂々と持ってけ! でございます!」
そう言い切り、再度鼻息を荒く吹かせた。 その姿に、執事長は格の違いのようなものを感じたらしく、反論が全く出そうになかった。 そんな想像が働くほどに、執事長の顔はひきつっていた。 ちなみに後ろのメイド達も、決心した表情を一切変えず、ずっと頷いていた。
「素晴らしいですね。 私は命を賭けられるかと言われれば、隊長がまだ存命の可能性がある故、そこまで堂々と命を賭けられる勇気は、情けない話ですがあまりありません。 ですが、そんな私でもあなたが賞賛に値する人物だとは思いますよ」
そうクレイはマッチョメイドに賞賛の声をかけた。
「お、お前なぁ……」
軽くクレイを睨む執事長。 そりゃあそうだ。 なんと言おうと人を殺すことになるのだ。 いい気がするわけがない。 そこにまさかの、執事達の挙手も加わる。
「なら執事長の魔法に俺達の命も使ってくださいよ!」
「俺ぁ執事長がいない世界じゃ生きてける自信ないんすよ」
「痛いの嫌なんで優しくしてくださいね執事長!」
「俺なんて執事長のおかげで彼女できたんすよ! 夢の中で……。 もう現実から俺を解放してくれませんか!」
「「「……………」」」
執事四人衆が名乗り出る。 そんな部下の姿を見て執事長は目頭を押さえていた。
「お前ら……この馬鹿野郎共が……」
「ははっ、何を今更言うんですか」
「死ぬ時も俺ら一緒なんすよ」
「マジで痛くしないでね」
「あぁ、見えるぞ! 来世でハーレム王となる俺の姿がぁ……」
「さぁ、共にこの命、女王陛下様と王女様のために散らせてはくれませんか執事長!」
感動を漂わせる執事長に続き執事四人衆、そこにマッチョメイドが加わり、若干雰囲気が変わりつつあるが、もう一度言おう。 人殺しをお願いされてるんだぞ執事長は。
だがそれでも、この一見馬鹿に見えるこの人達は。 自ら強固な意志を持って他人のために命を捧げようとしているんだ。 誰にも笑われるような決意じゃない。 誇らしき勇者だ。
「あぁ分かったよ。 お前らの意志は、無駄にしねぇ! 権能開始、我の求めるは命の居場所。 探知。 なるほど……」
そうして、執事長は俺の額を鷲掴みにする。
「ちょっ、えっ!?」
「転送!」
まただ。 頭の中に情報が流れ込んでくる。 それは、2人の居場所!? ここは、王城内の……いや、でもこんな所、前にあったか?
「よっしゃ、後は頼んだぜクロート。 元気でな……」
そう言って、メイド長と同様透けて消えてしまった。 早い、早すぎるよ。 まるでメイド長を追うように、全速力でメイド長の元へ走り去るように、執事長は消えた。 いつの間にか、執事とメイド達は倒れていた。 残された俺と騎士隊はいきなりのことに戸惑うしかなかった。
その後、4つの部屋は分離して全ての部屋が元に戻った。 俺と騎士達は、執事達の死体は執事長の部屋へ、メイド達の死体はメイド長の部屋へ移動させた。
「さて、いきなりの急展開でディア軍は俺と騎士達だけになったが……場所はもう頭に入っている。 結果から言うとエレイバクスが犯人だ。 そしてどうやら執事長は、部屋に全員呼ぶ前にいろいろ情報を集めていたらしくてな、国王陛下はもう既に死んでいてあれはただの操り人形らしい。 そしてその傍にいる騎士隊隊長も同様だそうだ」
「っ!?」
「クレイ・オーエント、あなたが今から騎士隊隊長だよ」
「で、ですが……」
困惑な表情を見せるクレイ。 いきなりのことに受け入れ難いのだろう。
「それで今から、今後のことを提案させてもらう。 すまないが拒否権は無いんだがな。 騎士隊は本部に帰ってくれ。 そして約束してくれないか。 全てが終わった後、ディア様の護衛についてほしい。 極力ディア様の言うことには従ってほしい。 ああ見えていい子なんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! その言い回しでは、クロートが死ぬのを前提に話しているようなものじゃないか。 そんなのディア様が悲しむのではないですか!」
そう言われ、俺は肩を落とす。
「そりゃあそうだよ。 死ぬ気じゃなきゃ勝てない相手なんだよ。 俺がエレイバクスぶっ倒してディア様と女王陛下救い出すから後は頼んだってことだよ」
「執事長の真似事ですか……」
「真似事なんかじゃない。 あの人達は死なないからこそあんなことができたんだ。 別れと死は同義じゃない。 生きてさえいればまたいつか会える。 だが、その待つ時間を拒んだのがさっきの勇者達だ。 俺は死ぬことを知って突き進むのさ。 全ては我が主様のために」
そうだ。 たとえ泣かす結果になろうとも、やらなければいけないことなのだ。
「それを私達が了承するとでも思っているのですか。 それにどうして、そこまでできるんですか……」
どうして? 愚問だな。 簡単なことだ。 自分の意志さえ無視すれば簡単に答えが出る質問だ。
「俺が、ディア・シュミーヌの側近だからだ。 ……あなたと同じですよ。 隊長を慕うあなたと同じ、その人のためなら死ねる、先程見た馬鹿な勇者達と同類だからです」
「っ……!」
「あなたは死なないでくださいね。 全てが終わった後、ディア様の味方は女王陛下とあなた方しかいないのですから。 では、いってきます!」
俺は涙目の新米隊長を置き去り、扉を開いて囚われているであろう場所へと向かった。
■■■
ディアside……
あぁ。
無知なる幼き王女は今。 まだ名前すら知らない絶望を目にしていた。 だが、無知故にそれを理解できていなかった。 ただ、嫌な気持ちが頭の中暴れていた。 正体を知らないその衝動は、それに対する行動すらできずにいた。 恐怖なら知っている。 苛立ちなら知ってる。 だけど、これは知らない。 知りたくない。
目の前のガラスで隔たれた個室。 その中には母上がいた。 床に固定された椅子に座り身動きが取れないように手足首を固定されている。 目隠しをされて、首には一本のチューブが繋がった首輪がはめられていた。
「さすがは半機械を宣うだけあるなイープス」
「あぁ、これくらい朝飯前さ」
2人、誰かの話が聞こえるけど理解にまでは至らない。 全意識は目の前の異様な光景に張り付いていた。 何故か胸は苦しい。
「あ、どうだい? 王女様、貴女様が会いたがっていた母上ですよぉ?」
「ママ……」
「あはは……そろそろメインディッシュといこうかイープス」
「了解だ」
ガチャコン……
何かのレバーが引き下ろされた音がする。 すると私の目の前に球体が扉のように開いた床の穴から出てきた。 透明の球体。 確か名前は、水晶と言っただろうか。 魔力を測ったりするやつ。
「殿下ぁ、この水晶玉に触れて思いっきり自分の魔力を流し込むんですよ。 そうすれば、殿下の母上は幸せになれるでしょうね」
「どう、なるの……?」
「なぁに、簡単な話ですよ。 首と身体が分かれるんです。 これは何も知らない人からしたら死に見えるかもしれませんが、実は死とは幸せのことなんですよ。 ここにいる皆はそれを理解してますがねぇ、悲しいことに世界の人々は間違った常識を植え付けられてるらしいんです。 まぁでも仕方のないことですよ、今更手遅れ。 これらは全てが幸せの証なんです」
私は震える。 何故震えているのか理由は分からない。 真偽のため近くの兵士に聞いてみた。
「本当……?」
「あぁその通りだよ、本当さ。 ……嘘じゃない」
一瞬曇らせたような顔をすぐに変えて笑みで言った。 そのせいで、幼き私の心には僅かな可能性が生まれてしまった。 母上を私が幸せにできる、と。
「分かった……私、ママを幸せにするよ……」
そうして水晶玉に魔力を流し始める。
すると男は言った。
「あぁそうですねぇ。 では私達は一度部屋から退散するとしましょう。 幸せな親子の時間を邪魔したくはありませんからねぇ」
そう言って次々と部屋から出ていく。
「意外と慈悲深いのだな」
「何を言うイープス。 次期国王として民の願いは察せねばいけないだろう?」
ガチャン……
扉が閉まる音と同時に隔たれていたガラスが上下に消えていく。
その時、母上は口を開いた。
「大丈夫、貴女は何も悪くないのよディア。 自分を責めないで。 心から愛してるわ、私の愛しいディア。 大好きよ」
「ママ……?」
直後。
ズッ、ドッパァン……
私の頬に、血がつく。 それを手で触れて、見る。
え……?
膝から崩れるようにその場に座り込んでしまう。 そんな私の目の前にコロコロと母上の生首が転がってくる。 そしてちょうど私の方へ向いて静止した。 サラッと目隠しが取れる。
露わになる母上の両目は眠っているように目を閉じていた。 そして止まっていた時が動き出すように、一筋の涙を零した。
死んでしまった。 私が殺したのか? いいや、私はただ幸せにしようと、死を与えただけで……?
「??????????????????????????????」
ママ。 声を、もっと聞かせてよ。 ほら、私が幸せにしてあげたんだよ? 感謝の一言、大事だって教えてくれたのはママでしょ? ねぇ。 眠っちゃったのかな? ねぇねぇ。 何か言ってほしいなぁ。 聞こえてる? 少しでいいから動いてよ。 やっぱり寝てるの? ねぇねぇねぇ。 起きてよ。 ねぇ、ママ。 私は……悪い子?
「ママ…………………………?」
それでも動かない。 動いてくれない。 首と身体が別れた母上は何も喋ってはくれない。 どんなに熟睡していても、私が声をかければ、頑張って身体を起こして、眠そうな顔で私を抱きしめてくれたのに。 頭を優しく撫でて、朝日と共に二度寝に入ってしまう私の大好きな大好きなお母さん。
「あれ? おかしい、よ? あれ、あれっ、あれれ?? ねぇ、ママぁ……おかしいよ? ママを幸せにできたはずなのに、はずなのに……涙が、涙が止まらないよぉ……? なんでかな? どうして? ママ……ひぐっ……ど、どうし……てっ、なん……でぇ……こん、な……にもぉ………悲しい、のぉ?」
悲しくて仕方がない。 幸せにできたはずなのに。 きっと私は、ひとりだけ幸せになった母上を心のどこかで恨んでしまっているのだろうか? それは嫌だな。 そんな私なんて大嫌いだ。 でも分からない。 やっぱり分からない。
幼き心が壊れていく。 軋んでいく。 ひとつの大切な存在の死なる偽りの幸せが、自問自答、自己嫌悪を引き起こし、頭の中はめちゃくちゃになっていた。
静かな部屋。 椅子に固定された首無しの母上の身体。 私の目の前に転がる眠ったままの母上の生首。 血が地を染めていく。 誰もいない。 私と母上だけの小さな世界は。 静寂と謎の悲しみと、理解できない大きく巨大な感情に包まれていた。
そして、私は逃げるように、何かに縋りつきたい一心で部屋出た。
もう、私はひとりなのだと悟った。
■■■
クロートside……
こんな道、いつの間にできたんだ。 まぁいい、この先を曲がって真っ直ぐの場所に2人が……!
そして曲がると、こちらに歩くディア様の姿を見つけた。 俺はすぐに駆け寄る。
「ディア様! 良かった、無事だったんですね!」
「ーーーーーーねぇ、クロート」
「なんでしょうか、ディア様」
謎の雰囲気に包まれているディア様。 俺は本能的に身構えた。
その時、幼く可愛くて無知で大きな瞳に嬉しさと悲しみを宿して涙を含んだ目で聞いてきた。
「死って……幸せなこと…………?」
「っ、っっっ!!!!!」
歯をこれでもかと噛み締め、膝を着きディア様と目を合わせた。
様々な感情を混濁させながらも、対極的感情を色濃く宿した瞳でディア様は私に聞いた。 その問う台詞を言い終えると同時に、その瞳から大粒の涙が零れ始める。 涙を止めることさえ、意味も理由も忘れてしまったような、悲しみを纏った絶望の顔をしていた。 なのに、それでも嬉しさに縋りつくような、戸惑い。 葛藤を体現したような表情。
その時、信じたくない状況を察した。
俺は、この子に教えなければいけない。 伝えなければいけない。 正さなくてはいけない。 その葛藤に終止符を打たなくては。 けれど、そしたらディア様は、 いや……!
「死は…………悲しきもので、ございます……」
「えっ……」
涙の勢いが強まる。 瞳を大きく揺らしながら頬を伝い床に落ちる。 私を見つめたまま、泣いていた。
「嘘……だよね?」
「嘘ではございません。 死は幸せではございません。 私は貴女様の側近、嘘などつけるはずがございません………残念ですが……」
あぁ。 俺が今、死を幸せだと認めたらなら我が主様は笑ってくれただろうか。 長い時間を経て、真実を知った方が、悲しみは少しでも和らいだのだろうか。 分からないけれど、自分なりに後悔しないように選択したつもりだ。 けれど、貴女様のそんな顔を見てしまうと後悔しそうになる。
こういう時、なんて声をかけるのが正解なのだろうか。 あの人なら、こんな時どうするのだろう。
そして不意に俺は、目の前にいる我が主様と彼女を重ねてしまう。 思考が想像が、自分勝手な幻想を描いてしまう。
なぁ、こんな時。 あなたならどうする?
「クロート…………私……悪い子?」
胸が、苦しい。 貴女様の言葉が、俺の心を抉るようだ。 痛みとはまた違う痛みが、俺の全てを駆け抜けていく。
…………はは、俺は駄目な奴だよ。 何も言葉が出ない。 だから、あなたの言葉を借りることにするよ。 こんな頼りない俺を、どうか許してくれよ。
「ーーーーーーーーーー泣かないで、なんて言いません。 泣いていいんです。 泣きまくって全部投げ出して、またいつか戻ってくればいいんです」
あの人の言葉を、自分なりに言い換えて。 俺はあの日の言葉の続きを、俺が今でも鮮明に覚えているあの時言われたことを。 あなたに返した。
ゆっくりと、囁くように、はっきりと、伝わるように、言った。
「やらなくてはいけない時は頑張らなくてはいけません。 そして寝て忘れたいことがあるのなら忘れて時が来たら思い出して、また頑張ればいいんです。 それでも耐え切れない時は、泣きわめいて誰かに助けを求めるんです。 痛いよ、怖いよ、苦しいよ、助けてよ、と。 馬鹿みたいに思いますか? それでも、私のこの言葉を信じてくれるのなら、戦えばいいんです。 馬鹿にした奴らを全員倒せばいいんです。 こんなことも知らないのか、常識だろーがって。 そして時々自分に問うんです。 ピンチな時に。 自分は自分だ馬鹿野郎、お前はなんなんだ? って。 話が、脱線してるみたいでしょ? けれど、実は全部違うように見えて、全部同じなんですよ。 単純なんです。 この世界は」
記憶の中のあなたは、笑顔で乱暴に言った。 俺は、最初は馬鹿の戯言としか思っていなかった。 そんな言葉達が、今となっては救いになっているのだ。 どん底の時、幾度となく笑って立ち向かうあなたの背中が、横顔が思い浮かぶから。
「まぁ、つまりはですね。 泣きたい時に泣いてまた頑張ってまた泣いて、危ない時は助けを求めて、どんな時も自分の意志を大切にすれば生きていけるんです。 だから、我が主様。 いや……」
俺は、抱きしめた。 優しく、包み込むように。 壊さないように、安心させるように。
「ーーーーーーーーディア、もう耐えなくていいんだ。 今まで、よくここまで頑張ったね。 疲れただろ? 少し休もうよ。 大丈夫、泣いたって誰も責めない。 女王陛下様も、きっと笑ってる。 夢の中で、また会えるよ。 大丈夫、俺がいる。 大丈夫、もう大丈夫だから。 ………その剣を、鞘に収めていいんだよ」
こんな恥ずかしいことを、ディア様に言っておきながら、俺は泣きそうになっていた。 思わず、頭の中思い浮かんだ言葉を言ってしまった。 あなたに、言いたかった言葉を、今のあなたに言ってしまった。
その時だった。 小さな体が、私を抱きしめたのだ。 まるで怯える子どものように。 強く抱き返してくれたのだ。 震える体、上がる体温、柔らかい肌が触れる。
「どう……して……どうして……。 私は、ママを…………な、なのにっ………どうして、こんなに、嬉しいの……? どうして、こんなに……涙が……どう、しっ……てぇ…………こんなにも……」
俺はディア見ると、目の前の状況になんとも言えない気持ちを覚えた。
ディアの口角が、何故か自然に上がっていた。 それをディアは堪えようとして俺の胸に顔を押し付けるが、それでも笑みをつくってしまう。 涙は止めどなく溢れ流れ出て、自問の声が漏れ出ている。
俺はその現象の理由を、きっと知っている。
貴女様の中には、まだあなたがーーーーーーーーーーーー
その時だった。
どこからともなく現れた淡い光がディアのすぐ背後辺りに集まった。 どうやらそれにディアは気づいていないみたいだ。 俺はディアを胸へ軽く押し付け抱き寄せると、その光をじっと見つめた。 そしてそれは次第に形を作り……。
「あっ…………」
泣き続けるディアと、それを抱く俺。 そんな俺達をしゃがみ込んで、にやけ顔で見つめてくるのは。 くる……のは…………。
「ああぁ……」
これは幻想。 俺が想像しすぎて起こった奇跡? でも、それでも構わない。 構わない。 また、その姿を見れるだけで、それだけで。 俺は……。
彼女は微笑んだ。 俺は言いたいことが頭の中駆け回り、上手く言葉が出ない。 口がまともに動いてくれない。 それでもこの光景を忘れないように、あなたを見つめた。
『自分のやりたいようにやりなよ。 それが一番だろ? クロートーーーーーーーーーー』
そう一言言って、立ち上がった。 そうして、俺に手を振り背を向けて消えてしまった。
ほんの僅かな時間の奇跡。 けれど、俺には充分すぎた。 腕の中では、まだディア様が泣いている。 俺はそんな我が主様を見て、再度優しく抱きしめた。
「ディア様」
そう静かに言うと、まだ笑みと戦う泣き虫ディア様が俺を見上げた。
「泣きたい時には泣いていいんです。 笑いたい時は笑ってもいいんですよ」
「やだ、よぉ………だって、だって私はぁ……!!」
止まらない涙を指で拭い、それでも溢れる涙構わず首を振って猛抗議するディア様。
あぁ。 こんな時だというのに、相手は本気で悲しんでいるというのに。 俺ってやつは、本当に…………
「ディアが、大好きだ」
「っ!!?」
いろんな感情がぐちゃぐちゃになっているであろうディア様の心に、俺はもうひとつ大きなものを混入してしまったらしい。 これは俺の失態だな。
貴女様は知らないでしょう。 貴女様が知らないあなたの頃から、ずっと……ずっと……。
ディア様は、困惑していた。 嬉しさを見せ悲しさを見せ、困って怒って泣いて、笑いそうになって。 そんな忙しい心情を表に出し始めている。
「ディア様、また会えたら。 今度は私と一緒に、絵本を描きましょうね」
そう言って、ちょうどこちらを向いた我が主様の額の前で指を静かに鳴らした。
するとディア様は一瞬で深い眠りに入り寝息を立て始める。 そして倒れ始めるディア様の体を抱き、いつかやったようにお姫様抱っこをした。
その罪は、きっと許されてもいいものだ。 だから大丈夫。 本物の罪人は私が罰する。 だから、貴女様は、眠って。 どうか忘れてください。 逃げることがもし悪いことだとしても、私が今こうして強いることをお許しください。
「転移」
視界に写る景色が変わる。
「後は頼むよ」
「かしこまりました。 必ず使命を果たしましょう」
そこは騎士隊本部、女騎士の寮の前。 俺は目の前にいる騎士隊隊長クレイにディアを渡した。 ディアが当分目覚めないように魔法をかけた。 後は信用できる騎士隊、生活関連は主に女騎士達(王城メイド出身もいる)に任せることになっている。
「本当に、よろしいんですか」
「あぁ、いいんだ。 やりたいようにやれって喝を入れてもらったしな」
そうして、ディアの頭を撫でて言う。
「ディアがやっと剣を収められたんだ。 次は俺の番さ」
「それはどういう……」
俺は疑問に思うクレイに構わず、背を向けた。
「じゃあ、またな。 護衛は任せたぞ」
「…………はい。 願わくば、帰って来てくれると嬉しいです。 ご武運を」
「……転移!」
視界に写る景色が変わる……。
そこは王城の広々とした庭園。 様々な花が咲いている。 そんな美しい場所は至る所に血がついていた。
「時間は……ゴフッ……稼いだぜ……」
いつかのディアを攫って、俺に何故か協力した連中の団長が俺の足元で倒れていた。
「護衛は……サチェゼンを向かわせた……性格的にも……一番無難な奴、だぜ…………」
「あぁ、すまない。 礼を言う。 ディアは無事に送り届けた。 安心して眠ってくれ」
「そうかい。 なら良かった……」
そう言うと、力んでいた体から力を解き、団長は目を瞑った。
「ひとついいことを教えよう。 ディアは、剣を収めたよ」
「っ…………そうかいそうかい。 そりゃあ良かったなぁ……ははっ、時間稼ぎのかいがあるってもんだ。 ……これほど、嬉しい瞬間は……ねぇなぁ……」
それを最後に、団長は息を引き取った。 彼らは、ディアの元仲間達だった。 事件の詳細は知らないが、ディアがどうなったかぐらいは知っていたのだろう。 安らかに眠ってくれ。
「最後のお話は済みましたでしょうかぁ? なぁ、クロート……」
「お前も、最期の覚悟はできたかよ。 エレイバクス!」
そして俺は、ディア様に再会した瞬間から溜め込んでいた怒りを爆発させた。
ディア様、私が必ず亡き両親の仇をとります。 どうかご安心を。
あぁ、なりたかったな。 ディアの本物の側近に。 もっと笑い合って、あなたの夢を叶えたかった。 あなたの隣で、貴女様の永遠の側近にーーーーーーーーーー
何も知らなかった少年は、知ってもなおその想いは揺らぐことなかった。 見ていた背は小さくなってしまったけれど、憧れ忘れず隣にいれることを何より望んでいたから。 彼は、戦えるのだろう。
「俺はお前を絶対に許さない。 覚悟しろよエレイバクス、その罪を断罪する時だ」
ひとつ、心の中で謝って。
俺は叫び、地を蹴った。
読んでくれてありがとうございます。
次回、クロート対エレイバクス。
次も読んでくれると嬉しいです。




