あなたはずるい人だ
楽しんでいただけたら幸いです。
絶望感は不思議と無くて、あるのは穴が空いたかのような喪失感。 やはりあの人の言う通りだったな。 何でも知ってるらしいな。 私ももう一度会ってみたいと思うが、それは叶わないのだろう。
そう言えば、あの時の私は呼ばれても自分は呼んではいなかったな。 やはり名前とは大切なものなのだろうな。 今の私には、呼んでくれる人などいないが。 もしかしたら、上に行けばまた呼んでくれる人に会えるのだろうか。 いや、やめておこう。 もう手遅れなのだから。
今となって言えることだが、これがあの始まりだったのかもしれない。
(クロートの遺した記録より)
■■■
ディアside……
廊下を駆けた。 メイドなど振り切って、お客様など居ても構わず、大好きな両親がいる部屋へ走った。 そして勢いよく扉を開ける。
バンッ!
ビクリと反応する父上と母上。
「お、おぉ!!! ディア! 無事だったのか! 良かった、本当に良かった!」
「無事だったのね! 大丈夫? 痛くはされなかった? 良かったわ、本当に、本当に……」
私の姿を見た瞬間、父上は心底ホッと胸を撫で下ろし安堵しながらもすぐに私を抱きしめようと走りだした。 母上も、すぐに目に涙を浮かべてそれをハンカチで拭い、それでも溢れ出る涙を拭う。 そして、父上より一歩遅れて私の元へ駆け寄りだす。 そんな2人を見て、一瞬臆してしまうが、それでも私は決死の覚悟で叫んだ。
「どうしてよ!!!!」
部屋中に、いや城中に私の声が響き渡る。 私の大声でたじろんでしまう2人。 私はそんな2人に、罪悪感と隣り合わせで怒りを露にした。
「どうして、どうして…………なんで、くうぉーとを解雇にするの!!!」
涙が溢れ出る。 喉が痛くなるほどの大声で私は叫んだ。
「全部私のせい!! 私の不注意! だから、くうぉーとは悪くないもん!!! くうぉーとは、良い側近だもん!! 解雇なんてしちゃやだ!! 離れたくない! パパの、ママの、バカァァ!!!」
「っ!!?」
「っ!」
2人がそれぞれの反応を見せる。
だけど構うもんか。 クロートが離れていくのはもっと嫌なんだ。
「私はくうぉーとと一緒がいい!! さっきだって私を助けてくれた! 頑張って助けに来てくれた!! 傷をたくさんつけて助けに来てくれたもん!! だから、だから……私から、くうぉーとを…………奪わないでよぉぉ……」
「ディア……」
「あらあら……」
父上は呆気にとられた顔をしている。 母上は何故か全て見透かしているような表情をしていた。
「私は、くうぉーとがいい! くうぉーとがいい! くうぉーとが、くうぉーとが……初めての、友達だから!! くうぉーとは、私だけの、私の側近なの!! だから、だから………うわあああああああぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
泣いてしまった。 5歳にもなって泣いちゃった。
頭の中はぐちゃぐちゃだ。 だけど、クロートがいなくなるのは耐えきれない。 あの冷たい牢屋にいるよりも耐えきれない。 先程まで溜め込んでいた、堪えていた思いが全部溢れるように、それが涙となって泣き声となって、私から溢れ出した。 強がっていた報いだろうか。
「ディ、ディア……」
「決まりね、あなた」
「お、おぅ……はい。 すみません……」
「早く言いなさい。 いつまで天使を泣かせるつもりですか」
「はいぃ!」
何もかも制御できず泣いていると、目の前に父上が来る。
「来ないでよ!! くうぉーとに酷いことするパパなんて、大っ嫌い!!」
「ふぐぅっ! ………やっぱり代わりに」
「(自分で言え、クソ陛下)」
「ひぃぃ……!」
パパがいきなり私に頭を下げた。
「すまなかった!! ディア! 今回はパパがやりすぎた! 愛しのディアが攫われたと聞いて、全てクロートに責任を押し付けようとしてしまった! 責任は側近だけじゃない。 全員に責任がある。 だから、クロートは解雇しない!!!」
「ーーーーーーえ、それ……それって……ひぐっ……」
頭が上手く回らない。
「あぁもう大丈夫だ。 これからもずっと、ディアの側近はクロートだ」
その言葉を聞いて溢れ出すのは、嬉しさや安堵の大波。 涙は理由を変えて、さらに溢れ出す。
「良かったああああああああああああ!!! 良かったよおおおおおお!!! うわああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
クロートと一緒にいれる! クロートと一緒にいれる!! クロートはずっと私の側近!
「あらあら、うふふふ……」
「本っ当にすまなかった!」
「うえぇぇん!! くうぉーとぉぉぉ!!!」
そんな光景を、母上は優しい目で見守っていた。
その後、クロートは解雇取り消しに喜びと嬉しさと同時に巨大な羞恥心のあまり赤面して次の日の朝までディアに会う勇気が出なかった。 だから、その日の夜ディアは母上と寝ることにした。
「クロートとまた一緒になれて良かったわねぇ」
「うんっ! すっごく嬉しい!」
「でもねディア、それならちゃんとクロートって呼べるようにしなきゃね」
「呼べるよぉ? くうぉーと!」
「クロート」
「くうぉーと!」
「……うーん、練習が必要ねディア」
「練習?」
「そう、練習。 ちゃんと言えるようになったらクロート喜ぶわよぉ」
「っ! 練習する! くうぉーと呼べるように頑張るもん!」
「でもその前に、言葉が幼児化してますよぉ?」
「はっ! あ、あのこれは……」
「可愛いいわねぇぇ」
「んーっ! だ、抱きつくなー! くるしー!」
「ゆっくりでいいのよぉ。 ディアはお子ちゃまなんでちゅからねぇ」
「う、うるさーい! もう寝るっ! おやすみ!」
「あらあら釣れないわねぇ。 …………おやすみディア」
いつの間にか部屋の明かりは消えていた。 暗闇には月夜の光が薄ら入り込む。 今夜はいい夢が見れる気がした。 そんな夢の中にクロートが出てきてくれたら、なんて思ったりしてひとり赤面したのは誰も知らない。
■■■
クロートside……
「ふぁぁ……」
目を擦る。 徐々に覚醒していく意識と共に体を起こす。 窓から外の景色を眺めながら背伸びをした。 都市に差し込む陽の光はまだ薄らとしてる。 けれども王城の庭には、雲の間からスポットライトのように差し込む陽の光が花々を照らしていた。 ぼやけた視界、そんな庭園がいつもよりも美しく見える。
それは何故か?
「答えは、そう。 ディア様の側近でいられるからだ!」
なんだか恥ずかしい独り言を言いながら、頬を軽く叩く。 顔を洗い身支度を整えて扉を開く。
メイドさん達と朝の準備をしながら、掃除や洗濯物を干したりとやるべき事を済ませていく。 まぁほとんどメイドさん達の手伝いみたいなものなんだが。
そして、俺はディア様が眠る主様の部屋へ行く。 昨日はいろいろあった。 そして今、俺がこうしてこの場で立っていられるのは、全て主様のおかげ。 それを忘れず、今日も頑張っていこう! そう気合い入れてドアノブに手をかけ、扉を開く。
「殿下ぁ、朝ですよっっ!!?」
扉を開け中に入ろうとした瞬間、眼前に足が迫ってきた。 そのまま顔面を蹴られ廊下の壁にぶち当たる。
「ぐへぇ!」
そしてすぐに扉は閉ざされてしまう。 俺は顔面を擦りながら、混乱していた。
「え? 殿下? え?」
なんで俺は今蹴られた? 殿下、やはり昨日の無礼を許していないってことか? いやでも待て、さっきの蹴りは……あの足の大きさは幼い殿下のものではなかったような……。 敵襲か!?
俺はすぐに立ち上がり扉を再度開ける。
「殿下! 大丈ぶふっ!?」
顎下に思いっきりアッパーを喰らう。 その攻撃をした相手を視界の隅で捉えた。
「メイドさん!?」
「殿下はお着替え中でございます。 直ちに、失せろ」
床に体を強打して着地する。 そんな俺を蔑んだ目で一瞥した後、再度扉は閉ざされた。
「すみません……」
床に倒れたままの俺の顔に陽の光が照らされる。 いつの間にか外は明るくなっていた。
それから廊下の端で座り、殿下が出てくるのを待つこと数十分後。
ガチャ……
「ほら行くわよ、くうぉーと!」
髪をふわりと靡かせる、幼き我が主様が出てきた。 目頭が熱くなる。
「……はい! 行きましょう!」
そう言って立ち上がり、2人並んで食堂へと歩き始めた。
「そう言えば、メイドさんどこに行ったんですか?」
「もうとっくの前に部屋から出たじゃない」
「え、私ずっと部屋の前に居たはずなのに……いつの間に出たんだろう」
「もう! 今はメイドは関係ないでしょ! 早く行くわよ、お腹空いたんだから!」
「か、かしこまりました。 殿下」
こうして、俺の側近生活は無事に3日目を迎えることができたのだった。
それから2週間が経過した。
最近時間が過ぎるのが早いと感じる。 毎日が楽しいのだ。 まぁそれなりに辛い時も多少あるが、全ては我が主様のためだと思うと何でもできる気がした。
だけど、最近何故か毎朝少し遅れての起床と少し早めの勤務終了が続いている。 そこで恋人のように、まだ一緒にいたいなんて我ながら気持ちの悪いことは抱いてはいないが、やはり心配である。 ちなみに、時間が過ぎるのが早いと感じる要因がこれではないと俺は思いたい。
そう言えば、殿下が攫われたあの一件の時に出会った殺し屋集団とはまだ一度も再会していない。 殿下を攫った犯人であるのに、何故救出に来た俺に協力してくれたのか疑問もいくつかあるから警戒は一応しているが、全くと言っていいほど情報がない。 一体何者なのだろうか。
「ーーーーーーーーでね。 ん? おい! 聞いてるのか? くうぉーと!」
「え、ははい! 聞いてますよ殿下。 なんでしたっけ」
「聞いてないじゃん!」
「あははは……すいません! もう一度お願いできますか!」
「むーっ! もうっ、もう一回だけだからなぁ!」
頬を膨らませ怒る殿下。 俺はそんな主様を見て自然に口角が上がってしまうのを抑えきれずにいた。
「ありがたき幸せ」
そんなこんなで平和な日々は続いている。
あぁ、このままこんな日々がずっと続けばいいのにな。 なんて我ながら個性的な性癖の持ち主みたいなことを思ってしまう。 だって俺の主が超可愛いんだもん。 たまに国王陛下と雑談で話す時があるほどだ。「わしの。 娘可愛いじゃろ?」「ははは、俺の。 主様ですよ」「「あ?」」みたいな意味不明な展開もたまにあったり。
それからさらに一週間が経過した。
王城内ではいつも通りせっせとメイドさん達が働いている。 が、今日はいつもより忙しなく動いていた。 なにかイベントでもあるのだろうか?
「殿下、今日ってなにかありましたっけ」
「ふぇっ!? あっ、えっと……なな、なぁんにも……ないと、思うぞっ!」
なにこれ可愛い。 ってかめっちゃ怪しいんだが。
「え、でもメイドさん達朝から忙しそうですが……」
「し、知らん! 私は何も知らないし何も隠してないよ! そう、なにも知らない分からない……。 私は、関係ないっ! お前も関係ない! 大丈夫、気にするな!」
絶対何かあるな……分かりやすいなぁ。 いったい今日何があるんだろう。 ってか、殿下めっちゃ汗かいてるし。 これは俺と殿下も関係あることだな。 たぶん。
「うーん、予定を確認しても分かりませんね。 今日なにがあるのでしょうか」
「わ、私は、知らーん! 分からないもーんだ! 知らないったら知らない!」
「あの、すいません。 独り言です」
「っ!!」
やってしまったと言わんばかりの表情を見せる我が主様。 赤面して涙目になった殿下は、そのまま逃げるようにどこかへ走って行ってしまった。
「私はなんにも知らないんだからぁぁぁっ!!」
だが、これらは嘘で。 実は、ある程度見当はついてるのだった。 俺は、そんな思考を巡らせながらゆっくり歩いて殿下を追った。
「やれやれ……」
■■■
ディアside……
時は一週間前に遡る。
「くうぉーとにお礼がしたい!」
「ん? ふんっ、あんな奴にお礼などいら」
ドスッ!
「ふぐっ!」
「なら、もう少しでクロートの誕生日がくるからその時お祝いでもしましょうか」
「うんっ! そうする!」
「わ、わしも賛成〜」
というわけで、ディアの願いを叶えるために城内はこの日から忙しくなり始めたのだった。 ディアがやりたいと言ったものはほとんど叶えるという、「ディアに酷い目に合わせた罪滅ぼし」を理由に国王陛下はいろいろ手を回していた。 都市一番のパティシエや宴会関連の人々を呼びつけ壮大な準備に取り掛かっていた。
その頃ディアはと言うと……。
「ここはどうするの?」
「ここはですね、こう描くと良くなりますわよ」
絵本作家と共に自作の絵本を描いていた。 だが、それは絵本というには程遠い品。 一見ちょっと絵本風に仕上がった絵日記のようなもの。 それでもディアは満足気だった。 短いその絵本は、けれど、ディアにとっては最高の絵本だった。
そうして数日後。
「できたぁ!」
「おめでとうございます殿下。 これは世界にたったひとつしかない、殿下が作った絵本でございます。 大事な人に届ける日まで、汚してはいけませんよ?」
「うん、分かった! ありがとう、ございました! 先生っ!」
ペコリとお辞儀をすると、自分でもう一度自作したその絵本を読んだ。
クロート、喜んでくれるかな……?
一方その頃、国王陛下側は。
「ディアが絵本を完成させた!? 皆の者急げぇぇ!! いつでもできるように準備を完了させるのじゃあああ!!!」
「あなたも手伝いなさい!」
「ひいっ! じゃが、わし王だし」
「口答えする気ですか? ディアに嫌われますよ? 無論、私にも」
「おい! なにかわしにもできることはないか! じゃんじゃん言ってくれていい! わしは今だけ王じゃないのじゃ! 娘のため働くひとりの父親である!!」
「本当にチョロいわね…………ん、それ? あぁそれはこっちよ」
王城内はいつもよりもドタバタしていた。
そして時は一週間後。
「「「クロート、誕生日おめでとう!!!」」」
「ふぇ?」
ついに主役の登場である。 本当は私がここまで連れてくる予定だったんだけど、バレそうになったから、恥ずかしさのあまり置いてきてしまった。 ちなみに私は今巨大なケーキの裏側に身を潜めている。
大ホールのあちこちでクラッカーの音がいくつも鳴る。 大勢にいきなり言われてクロートは混乱していた。
「はっはっはっ! クロート、お誕生日おめでとう! お前のために何人もの人々が力添えしてくれたのじゃよ。 大いに喜べ!」
もう酒が入った国王陛下は、クロートに肩を組むと大声で笑いながら祝福していた。 他の人々も拍手をしたり、周囲の人と会話し始めたりと宴のような雰囲気に包まれていた。
「誕生日おめでとうクロート。 貴方もこんなに大きくなって………初めて会った時は。 ……いえ、今はただ楽しみましょうか」
「はい……! ありがとうございます!」
女王陛下とクロートが話している。 その後ろから普段はあまり喋らない無口なメイド長が近づく。
「あ、メイド長」
「本日は誠におめでとうございます」
「ありがとうございます! それにしても俺のためとはいえ、随分と派手な誕生会ですね」
「ええ。 全てはあなたのためですから」
「え、それって……」
「もう察しがつくでしょう? 全ては主様に感謝することです」
「っ!! 本当に、ありがとうございます!」
「これもメイドの務め。 さぁ、ケーキをこちらに!」
そう呼ばれ、メイド達が巨大なケーキの前まで道をあけクロートに促した。
■■■
クロートside……
普段は無口なメイド長との貴重な話を終え、次はケーキの方へメイド達が道を開けてくれる。
ここ通れってことだよな? なんだか気恥しい。
周りの人に注目されながら、俺はケーキの前まで歩みを進める。
「でけぇ……」
俺の身長を軽く超える巨大なケーキ。 台の上に乗ってるとはいえ、それは迫力のあるものだった。 そして、その裏側からトコトコと、お人形のような可憐な生き物が出てきた。 否、俺が仕える我が主様だ。 イベント用の少し派手な可愛らしいドレスに身を包む主様は、とてもお美しかった。 後ろに何か物を持っている。
そんな少女は、緊張と恥じらいが混じった元気な声で言った。
「クロート! お誕生日、おめでとう!!」
……ははっ。 なんだこりゃ。 なんなんだよ。 ずりーぞ、このやろう。 その姿で、この今という時に、まさかこんな不意打ちをするなんて……。
涙が溢れ出た。 同時にその場で膝を着く。 目線を合わせる。
天真爛漫で純粋無垢、無邪気でいつも強がっては泣いて立ち向かって……そんな姿が頭を一瞬駆け巡る。
我が主様は、笑顔でその言葉を言ったあと、後ろに隠していた物を俺に渡した。
「はいっ、プレゼント!」
それはリボンで閉じられた箱。
「ありがとう、ございます! ……あの、開けても、よろしいですか?」
「だ、ダメ! は、恥ずかしいし、自分の部屋に戻ってから見て!」
「かしこまりました。 あの、本当に。 本当に、ありがとうございます……!!」
俺にとってはこの上ないプレゼント。 だけど、貴女様は知らないだろう。 私はもうひとつ、貴女様から大きなプレゼントを頂いたのだ。
それは。 俺の名前を、初めてちゃんと呼んでくれたこと。 初めてくうぉーとと呼ばれた時も嬉しかったが、ちゃんとその声でクロートと呼ばれたことが嬉しかった。 何故なら、この名を貴女様が呼ぶということは、私にとってとても大事な意味あることだから。
ああ。 馬鹿野郎、また脳裏によぎっちまう。 姿形が想像の中で現れちまう。
「クロート、泣くほど嬉しかったの?」
「はい……泣くほど、嬉しいで、ございます……!」
「ふ……ふふっ、変なやつだな。 誕生日程度でここまで喜ぶなんて。 頑張ったかいがあるってもんだな」
涙の勢いが増す。 小悪魔みたいに笑い、いきなり王の威厳を見せつける我が主様。 なんだかんだ、やはりこの御方はずるい方だなと思う。 それが無意識なのが、さらに俺の心を揺らした。
その後に俺の誕生日パーティーはお祭り騒ぎ。 久しぶりにハメを外したメイドや執事、王城で働く者達。 誕生会のため関わった都市中から来たプロの者達。 その中に混ざって騒ぐ国王陛下。 俺はと言うと主様の横でご馳走に手をつけていた。 俺とは反対側の主様の隣には女王陛下もおられる。
「あの人ハメ外しすぎね。 あとでお仕置きしなきゃ」
「クロート! 私ね、クロートって呼ぶために頑張って練習したんだよ?」
「偉いですね殿下。 さすがです」
よしよしと頭を撫でてやると、「えへへ〜」と可愛く笑う。 それを見て俺と女王陛下は癒されていた。 そんな女王陛下の目には涙が浮かんでいた。
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俺の誕生会の夜。 あれほど騒いでいた声は今は静まり返り、寝息だけが王城内に響いていた。 騒ぎまくった男共の大半は大ホールで酔い潰れて眠り、女性陣は男共に後片付けをする約束を取り付け部屋に戻った。
あんなに酔い潰れるものなんだな。 明日の朝はまた忙しくなりそうだ。 まぁでも、みんなディア様のお願いを叶えるために頑張ったんだもんな。 これが、俺が誕生会開いてなんて言ってもこんなことにはならなかっただろう。 ディア様はいろんな人に愛されてるなぁ。
「どれどれ……」
誕生会の時に開けられなかった、ディア様から貰ったプレゼントの箱を開ける。 シュルシュルと微かな音を立ててリボンが解ける。 箱を静かに開けた。
「っ!」
そこに入れられていたのは絵本だった。 字や絵を見て、すぐにディア様が描いたものだと分かった。
「自作絵本だと……!!」
すげぇな、ディア様。 まさか自分で作ってしまわれるとは。 頑張って作ったんだろうな。 初めてやったんだろうな。
ディア様が頑張って作ってる姿を想像すると微笑ましい。
「どんな物語なんだろう」
ひとり呟いて絵本を読み始める。 その絵本の内容は、つい数週間前に起きた事件が物語となっていた。 所々変わってはいるものの、あの時のことが物語として描かれていた。
「そうか。 あの時の俺は、こう見えていたのか……」
恥ずかしさ半分、嬉しさ半分。
「へぇ、この絵とかよく描けてるなぁ……」
きっと作家さんとかに教えてもらったりしたんだろうな。
「…………そうか、だからあの時」
あの時のことが頭の中思い出される。
「………………………」
どのくらい時間がかかっただろうか。 細かいところなどを見て、頑張っているところを想像して、と頭をフル回転させ楽しんでいたからか、いつの間にか相当時間が過ぎていた。
「完成度も高いし、やっぱりすげぇな俺の主様。 ふあぁぁ……もう寝るか。 今夜はいい夢が見れそうだ」
大事に絵本を箱にしまい、机の上に置いた。 できる限り汚したくないと思った。
明かりを消して、俺はすぐにベッドに入った。
明日の朝、もう一度お礼を言おう。 そして、ディア様の誕生日の時には俺もプレゼントを用意しよう。 何がいいかな。 なにをあげたら、ディア様は喜ぶだろうか。 ディア様の誕生日が、来る前に……考え、ないと……な。
そこで、俺の意識は深い眠りについた。
この時、私が気づいていれば。 きっと結末も変わっていただろう。
もし時を遡れるというなら、遡って伝えたい。 たとえ、それで私の存在が消えようとも。
あぁ、なるほど。 私は今ここで理解した。 あの御方もこんな気持ちだったのか。 自己犠牲とは、否定されても仕方のないことなのかもしれない。 人との関わりがない私ならどうなるか気になるところだが、今となっては過去も今も変えられはしない。
(クロートの遺した記録より)
読んでくれてありがとうございます。
平和な誕生日は終わり……
次回、事件が起こる。
次も読んでくれると嬉しいです。




