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半機械は夢を見る。  作者: warae
第3章
81/197

言われた言葉はもう届かない

クロートはそれでも恩を忘れない。

楽しんでいただけると幸いです。

今思えば私は失敗ばかりする駄目な奴だったのかもしれない。

2日目で主にクビを言い渡され、その日の夜には陛下から解雇宣告されて、そして主は攫われて。

そんな状況でもあの時の私が走りだせたのは、きっとまだ明確な己の正義を持っていたからなのかもしれないな。 しかし私は断言できるとなかなか思えず、どうにももどかしい。

私もこんな状況下になれば、こんな顔をできるだろうか。 だが、もう過ぎてしまったことだ。 この思いは何の意味も成さない。 全ては無駄で終わる。 今はただ自己満足を満たせればいいのかもしれない。 あぁ、やはりこれも断言できるか自信が無い。

何故なら、今の私はただの語り部みたいなものなのだから。

(クロートの遺した記録より)



■■■

ディアside……


「んーっ! んーっ!」

やはり声が上手く出ない。 この見知らぬ悪党はどこに向かっているのだろう。

「よく鳴く嬢ちゃんだな。 まぁそのうちもっと鳴くことになるだろうがな」

部屋にいた男は、私を抱えながら夜の街の家々を飛び走っていた。 王城が遠ざかっていく。 恐怖と焦りで頭がぐちゃぐちゃになり、視界の景色がぼやけ始めた。

こんな時だからこそなのか、朝にクビを言い渡した側近のクロートの顔が思い浮かぶ。 勝手すぎるかもしれないけれど、今は心から彼に助けを求めていた。

助けて、くうぉーと……。

「んん………」

分かってる。 助けなど来るはずがないよね。 だって私はあいつをクビにしたんだ。 今更、身勝手すぎるよね。

大好きな両親よりも先にあの青年のことばかり考えてしまっていることに気づかず、私は現実逃避をするように目を閉じた。

…………どのくらい時間が経ったのだろうか。

目を開けると、自分が牢屋の中にいることが分かった。ひんやりとした床と目の前は鉄格子。 自分の姿を確認すると、いたって傷など何かをされた跡はない。

やっぱりお金かな……。

父に人攫いについて聞いたことがある。 大体は金のためだと言うが、それ以外は何も教えてはくれなかった。 どうやら私が知るにはまだ早いらしいとか。

その時、奥の方から足音がする。

誰かが牢屋に近づいてくる。 だが、どこにも逃げ場はないし、5歳児の体では抜け出すこともままならない。 私は体を強ばらせて、牢屋の隅に蹲る。 何が来ても対応できるよう身構えるが、乱れる感情のせいか上手く体が動かない。

「殿下、ご無礼お許しください。 ですが、全てはこの国のためなのです」

現れたのはフードを深々く被った謎の男らしき人物。 声は魔法によって高い唸り声のような声質に変わっている。 相手が何者か見当がつかなかった。

そんな男は姿を見せると一礼をして謝罪をした。 だが、その声色には謝る気が全く感じられない。

「おっと、失礼。 私は……そうですねぇ。 次期国王とでも名乗っておきましょうか」

その言葉に反射的に私の喉は鳴る。

「次期国王……?」

声が出た。 どうやら、ここに連れ込まれる時にかけられた魔法はもう解けてるらしい。

「ええ、そうです。 貴女様を餌に現国王を討つ反逆者ですよ。 ですから、貴女様のせいで国王陛下はその玉座から消えることになるのです」

様々な感情が引き金に体が震えだす。 異質な雰囲気に飲み込まれそうになる。 それでも勇気を振り絞ってこいつを倒さなければいけないと本能が訴えた。

「ふ、ふざけるな! 父上が、人攫いをするような奴に負けるもんか!」

「ははっ。 威勢を張って、お可愛らしいことですなぁ。 貴女様のせいで、全部貴女様のせいで、貴女様の母親も勿論父親も死ぬかもしれないというのに」

「私の、せい?」

「そうですよう? 無力で非力なか弱い貴女様が、こんな悪党である我らに捕まってしまったから、貴女様の大事な人は皆死んでしまうのです。 悪い子のせいで、みーんなぁ」

「い、嫌……」

そいつの言葉が私を殺そうとしてくる。 少しずつ、私は私を嫌いになっていく。

「嫌だと嘆いても今更どうしようもないのですよ。 これは決まってしまったこと。 いやぁ悲しいですねぇ。 一生懸命頑張って優しく育ててきた我が子に殺される家族はどう思うんですかねぇ? ねぇ? 恨むでしょうねぇ。 怒って呪い殺そうとしてくるかもしれませんねぇ。 死人に口なしとは言いますが、もしかしたら幽霊にでもなって夜な夜な貴女様の首を絞めに来るかもしれませんねぇ」

「いやっ、いやぁぁ……」

「きっとこう言うんでしょうか? お前を産むんじゃなかったって。 優しくするんじゃなかったって。 もっと厳しくすれば、いやいっそのこと殺しておけば……なんて言ったりねぇ」

「やめ、て…………」

「だからもう勘違いはしてはいけませんよぉ? 貴女様は嫌われているのですから。 あぁそうそう、貴女様には危害を加える気はこれっぽっちもありません。 そのうち貴女様には大事な役割を与えてあげる予定なのでね」

奴の言葉ひとつひとつを否定したい。 だが、その否定をする勇気は恐怖など多くの負の感情によって掻き消されてしまう。 全身が冷たい空気に包まれて、温度が下がっていく。 奴の顔こそ見えないが、声だけでここまで自分の体がおかしくなってしまったことに、私にさらなる恐怖を抱かせた。

「使い物にならなくなるのは、こちらとしても困るので温めて差し上げましょう」

そう言って奴は指を鳴らす。 すると牢屋内の中心あたりに火が起こる。

「では、大人しくしていてくださいね。 私は貴女様の死を望んではおりませんので」

そう言ってまた奥へと姿を消した。

冷たくなっていた体は温かさを求めて火の方へ無意識に近づいてしまう。 それが何故だか、とても悔しく感じた。

「誰か……」

幼い口からは、それ以上言葉は出てこなかった。

この時、初めて自分が王の娘なのだと痛感した。 初めてそれに相応しくないなと思ってしまった。 初めて両親の育て方に疑問を感じた。 これが、自己犠牲精神が芽生えた瞬間だった。

■■■

クロートside……


「くそっ! いったいどこに!」

俺はすぐに城を飛び出して、夜の街を走り抜けていた。 酒場などまだ明かりが灯る街並みの横を駆けていく。 人ごみを掻き分けて、客引きを避けて、犯人と思しき微かに残る魔力を元に辿る。 だが……。

「っ!」

その僅かな手がかりは途中で途絶えていた。

転移を使ったのか。 これじゃ探すのは困難だ。

「なら…………よし、行ける!」

手のひらに魔力を込めて自分の手に傷をつける。 そしてその手のひらを地に着けた。 地に自分の魔力と血を滲ませる。

「探知!」

魔力を乗せた血は、目に見えぬ細い線となりディアを探す。 傍から見れば、地に跪く変人に思われるかもしれない。 だが、今はそんなことどうだっていいんだ。

「………………っ、見つけた」

転移!

視界に映る景色が変わる。 だがその視界にはディアの姿はなかった。 そこはもう使われていないどこかの倉庫の中。 目の前には見知らぬ男共が武器を片手に待ち構えていた。 まるで俺がここに来るのを事前に分かっていたかのように。

「なに!? お前達は誰だ! ディア様は、どこに……」

俺が混乱していると目の前男共のうちのひとりの男が前に出て言った。

「へへっ、ここにはお嬢ちゃんはいねぇですぜ。 ここにいんのは、あんたを殺すために集まった、とある御方に従う殺し屋ですぜ。 まぁ臨時の殺し屋集団ってところさぁ。 俺ぁその団をまとめる一時的団長をしてるってわけだ」

そう言って鞘から剣を抜く。 目の前の男の魔力、これはディア様を攫った奴の魔力と一緒だ。 ということは、こいつが攫ったと見て間違いない。

「くっ……」

俺も身構える。

厄介なことになった。 相手は大人数に対しこちらはひとり。 今はあの魔法は使うべきではないし、かと言って手を抜いていい状況下でもない。 なにより今はディア様の救出が最優先。 けれど、こいつらもそう易々と逃がしてくれるわけもなくて。

俺は身体強化をかけ戦闘態勢に入る。

「おうおう、やる気ですなぁ兄ちゃん。 まぁ簡単にくたばってもそれはそれでつまらねぇですし、まぁここにいる俺らのうち半分は削る勢いで来てくだせぇよ」

「何を言う。 俺はディア様の……元側近! 半分なんて倒し残しする気はない。 全員倒して主様救いにいくんだよ!」

そう言って地を蹴る。 まずは団長を名乗るこいつから始末してやる。

「へへっ、野郎共。 殺るぜ、ここ馬鹿兄ちゃんに現実を教えてやるぜぇ」

おおおおおおおお!!!

団長の男は後ろへ飛んで俺から距離をとる。 それと入れ替わるように何人もの殺し屋が俺に襲いかかってくる。

「ふっ!」

目の前に迫って来た男の短剣を避け距離を瞬間的に詰め、更に瞬間的に相手の顎へ掌底打ちを横から喰らわす。 そのまま流れるように次は腕を正反対に動かして、別方向から来た相手のこめかみに肘打ち。 体を半回転させ、その勢いでそいつの腹に左ストレートし後方へ吹き飛ばす。 そして奥の別の殺し屋に当てて怯ませる。 が、それでも様々な方向から殺し屋が次々に襲いかかってくる。

「っ!」

先程半回転したのとは逆に半回転して、勢いをつけ腕を振り他の殺し屋へ手の甲で目潰し。 そのまま流れるように腰を曲げて上半身を後ろに倒し、別方向からの毒針の投擲を避ける。 そのまま後ろに倒れるよう動き両手に手をついて逆立ち状態に移行。 地に着いたまま体を回転させ、足を回し間近まで迫っていた殺し屋に蹴りを幾度となくお見舞いする。

こいつら殺し屋なんて言ってるが、実力があまりないひよっこばかりだな。

「よっ!」

回転の勢いで足を下ろし地に立ち直る。

今ので結構数が減ったみたいだな。 吹き飛ばした奴らに巻き込まれたりで残り数人だ。

「おいおい、実力ねぇのばかりじゃないか。 これじゃあ苦労せず半分ノルマはクリアできそうだぜ」

俺は団長にそう言い、戦闘態勢に入る。 何故なら、この残った数人は今の戦いに一切関わらず外野で観戦していただけだったからだ。 実力に自信があるのだろうか、だが油断はできない相手なのはたしかだろう。

「まぁそいつら新人中の新人だからなぁ。 それよりも、そうだなぁ。 お前が殺れ、サチェゼン」

「うむ」

そう言って前に出てきたのは、目を瞑ったままの男。 手には武器を一切持っていない。

瞬間、奴は勢いよく地を蹴り俺との距離を詰めてきた。 体制を僅かに低くし、しっかり足を開いて地に着け、上半身は少し前に倒している。 固く握られた拳は脇よりも少し奥に構えられていて。

それらを視界に捉え理解した時には、俺の腹にその固く重い拳が瞬間的にめり込まれていた。

「っ!!」

吹き飛ばされ壁に激突する。 そこに追い討ちをかけるように奴は跳躍して、2度程縦回転をし勢いづけ踵落としを俺の頭上目掛けて叩き込んでくる。 それを重ねた両腕で防ぐが。

「ぐっ……重いっ……!」

腕が折れそうだ……! 重力操作をかけている気配もない。 これが奴の、奴自身の実力か。

俺はなんとか腕を後頭部の方へ動かし、前方へ転がり奴の踵落としを受け流し避けた。

俺が反撃に転じようと体制を整え振り返ると、眼前には奴が立っていた。

「っ!?」

「サチェゼン、そいつはどうだ?」

いきなり横で観戦していた団長が話しかけてきた。

「良き者とみる。 ここまでされても尚、戦意は喪失していない。 元と言っていたが、この者はまだ王女を守る気があるとみた」

「そうかい。 なら決まりだな。 お前らもそれでいいだろ?」

残りの殺し屋達が頷く。

「は? お前ら何を言って……」

全く状況がつかめず戸惑っている俺に、団長名乗る男は笑って答えた。

「あんたは今日から俺らの仲間だってことだよ。 あぁ勘違いすんじゃねぇぜ? 別に王城の仕事辞めろとか言うつもりはねぇ。 ただ、お互いいい味方になろうって言ってんだ」

「は……お前ら、何を言って……」

さっきと同じ反応しかできず混乱していると、その男は倉庫の扉を開いた。

「まぁいいから行くぞ。 お嬢ちゃん救いに来たんだろ? 場所は知ってる。 それが終わったら仲良く自己紹介でもしようぜ。 さ、行くぞ」

そう言われ俺は彼らと共に外に出た。 倒れ気を失ってる奴らはそのままに、見知らぬ男とよく見ると女であった人の数人で、俺はディア様の元へ向かった。

何故ディア様を攫ったこいつらがこんなにも協力的なのか分からないし、いろいろ疑問点がいくつかあるが、警戒しながら救出のため彼らと行動を共にすることを決めた。

それから数分後。

「ここだ」

そこは、天界都市では珍しい森林区域。 その木々の中に建つ謎の建物。

俺達はその近くの茂みに身を潜め、建物内にいつ入るか伺っていた。

「ここに、ディア様が……!」

「どう侵入したもんかな……」

俺がその建物を睨んでいる隣で団長は頭を悩ませている。 だが、今も尚苦しんでいるであろうディア様を想像すると、こんなことをしている暇はないと本能が訴え始めた。

「強行突破でいこう」

「おいおい、そりゃあ無茶苦茶だぜ」

「いいや、時間が惜しい。 もう行くぞ!」

「あ、おい!」

茂みから飛び出そうとしたその時だった。

「突撃ぃぃぃ!!!」

「っ!?」

敵襲かと一度茂みへ戻る。 よく見ると王城から来た騎士隊だった。 次々に謎の建物内へ突入していく。

「殿下を救い出すのだぁぁぁ!!!」

うおおおおおおおおおお!!!!

騎士隊の雄叫びが響き渡る。

だがどうしてここに? もう居場所の特定が済んだのだろうか。 だがどう考えても早すぎる。 ここまで来るのに転移も使ったし、様々な近道ルートで来たんだ。 なのに、鎧など身につけている重装備の人数が多い騎士隊がこんなにも早くにここまで辿り着けるだろうか。 いや辿り着けるにしても出発が早すぎる。 特定に割いた時間がいくらなんでも短すぎる。 まるで、どこに連れ攫われたか事前から分かっていたかのようだ。

気づけばもう建物内からはしのぎを削る音が嵐のように起こっていた。

「俺も行く! お前達は外で待機! 敵を誰一人逃がすな!」

「お、おいあんた待て!」

俺は殺し屋達を置いてひとり、建物内に入る。 中はもう争い合って室内はぐちゃぐちゃになっていた。 俺は息を殺し、体制を低くして足を動かす。

「王女様はどこだ!」

「クソ! 何故貴様らがここにいる!?」

「我ら騎士隊、悪は我らの前にひれ伏せ!」

「おい、あの御方はどこだ!? どうしてこんなことにっ!」

「うおおおおお!!」

「ぐあぁ!」

「くたばれ騎士野郎!」

「くたばるのはお前達だ悪党!」

騎士と建物内の敵との戦いを横目に俺は構わず建物内を駆け回る。 その途中で地下室へ続く階段を見つけた。 すかさず俺は地下室への階段を下っていく。

その先には牢屋がひとつだけあった。 まるでこの牢屋を作るためだけに作られたかのような地下室の構造に違和感を抱きながらも俺は牢屋の前に到着する。

そこには、牢屋の隅で体を小さく丸め震えている小さな。 それは小さな女の子がいた。 今だけは、王女様なんて殿下なんて肩書きなど持たない普通の女の子。 攫われて、捕まって、助けを求める弱々しい幼い女の子。 その小さき背中からは、小さな声が聞こえる。

「私のせいで、私のせいで……パパが。 私が生まれたせい? 私がいるから、私がいたから。 私が捕まっちゃったから」

いつの間にか、俺の耳には上の部屋で争う音を聞き取ることをやめていた。

今この耳が聞き取っているは、小さな女の子の声と、なにかが滴る音だけだ。

「私が、友達を欲しがったから。 私が我儘言ったから。 だから、みんな私を嫌うの……?」

っ!!

誰だ、我が幼き主を泣かしたのは…………!!

怒りが膨れ上がる。 だが、今は何とか冷静を取り繕って口を開いた。 囁きかけるように、慎重に静かに、彼女の耳に届くように。

「嫌ってませんよ」

「っ」

ビクリと反応する女の子。

「少なくとも俺は嫌ってません。 断言します。 俺クロートは貴女様を嫌ってはおりませんよ」

彼女が振り向く。 涙を何度も零した濡れた頬がこちらを向く。 揺れる瞳が俺を捉える。

「あっ……で、でもっ……私は、お前を…………」

「たとえクビにされようとも、私は貴女様を嫌いになんてならない。 たとえ、もう側近じゃなくても、お傍に仕えることができなくても。 私は、恩人を嫌いになるなんて最低なこと、する勇気もありませんし、する気もありません」

ちゃんと伝わるように、ゆっくりはっきり言葉にする。 馬鹿な俺だけど、馬鹿なりに言葉を瞬時に頭の中で選んで声に出す。

「私は、好きですよ」

「っっ!!」

ポロポロ、小さく大きな目から涙が零れ出る。 女の子は、否、我が主様は泣いていた。 声をあげずに俯いて、顔を真っ赤にしながら。 こんな時だというのに、そんなお姿がとても可愛らしい。

「クビにされ、解雇を宣告された身ではありますが、そちらに行きますよ。 殿下」

魔力を込めた手刀で鉄格子を斬る。 そして中に入り、主様の傍で跪く。 しっかり目線を合わせ、口角を上げる。 微笑みながら、口を開く。

「よく頑張りましたね。 お迎えにあがりました。 帰りましょう、殿下」

「うんっ……!」

その返事を聞いて、俺は主様に背を向ける。 両手を少し後ろにして、おんぶの合図をする。

すると、我が主様は顔を真っ赤にしながら首を振った。

「やだ……抱っこがいい。 お、お姫様……抱っこ………」

俺の主様はこんなにも可愛かっただろうか。

密かに感動しながら、俺は優しく主様の体を持ち上げる。 幼い主様の体は冷たいところや温かいところなどがあって、俺は微かに怒りを滾らせた。

我が主様のお体は、それはそれは軽くて、柔らかくて、なんかもう最高だった。 一瞬、そんな感動を味わい堪能し、腕の中、緊張と羞恥で体温を上げ始めている小さな主様に語りかけた。 ちなみに俺だって恥ずかしい。

「行きますか、殿下」

「う、うん……」

「転移」

そう唱えた直後、本当に小さな声で腕の中の少女がこぼした。

「ありがと、くうぉーと……」

聞き間違いかもしれない。 しれないのだが。 俺は、素直に泣いた。 なんか、とても嬉しかったから。 …………心の中で。

視界に映る景色が変わる。

一時的に忘れてはいたが、俺は今日限りでこの方の側近を辞めるんだったな。 悲しいことだ。 あ、そういや団長達忘れて来ちゃったな。 まぁいいか。 たぶんそのうち会える気がするし。

まぁ、だから。 ちゃんと、主様にも言わなきゃな……。

「殿下」

「?」

純粋無垢な疑問の色を浮かべる主様を、静かに優しく床に立たせる。

まだきっと心が癒えてないはずだ。 だが、これから起こる決定事項の前に俺の口から伝えなきゃダメな気がする。 だから。 言うんだクロート。 言え……! たとえ、嫌われようとも!

「殿下、2日間という短い時間ではありましたが、私にとってはとても楽しい時間でした。 ですが、私は失敗ばかり怒られてばかり。 そしてついには、貴女様が攫われてしまうという最悪な結末となってしまいました。 貴女様に今朝クビを言い渡され、国王陛下からは解雇を宣告されました。 どうやら私の役目はもうここまでのようです。 ですから、あの、えぇと……お、お世話になりましたっ。 楽しかったです。 あ、貴女様が悪いわけではございません。 私の失敗が招いたことですので、気に病むことはございません。 ですから、この貴女様の救出をもって、私の側近の仕事は最後ということになります」

今、主様は泣いている。 俺はどうやら、嫌われてはいなかったらしいな。 いや、何を根拠に悲し涙と言うか。 ……いや。 今はそう捉えよう。 じゃなきゃ、もう立ち直れなくなりそうだ。

「これからという時に、申し訳ございません。 私が非力なばかりに、私は貴女様を傷つけてしまいました。 当然の報いです。 ですがご安心ください。 もう二度と会えないわけではありません。 会おうと思えば、きっといつだって会えます。 まぁそれを国王陛下がお許しするならの話ですが」

床が濡れる。 目線を合わせようとしてくれない。 自分の涙を拭おうともしない。 両手は裾を力強く握り、口は声を出さないよう固く結んでいる。 目からは止めどなく涙が零れ落ちている。

はは、もう終わりなのか。 ここまで頑張ったんだけどな。 恩人へ恩返しのために、この子に返すために、今までやってきたんだけどな。 これから、どうしようかな。 もう二度と会えなくなったら、どこか遠い所で死のうかな…………。 考えが大袈裟すぎか。

そんなことを思っていたら、自然と手が主様の頭の上に伸びた。 俺は無意識に殿下の頭を撫でていた。 そして、そんな俺の口から零れたのは。

「大きくなったなぁ……」

調子に乗っていると自覚している。 もしこれが本当に最後なら……。

「本当に、ありがとうな」

幼き恩人。 俺の小さすぎる憧れ。 もしかしたら、今思えばそれはただの任務上の行動だったのかもしれない。 けれど、俺はそれに救われたんだ。 救われたんだよ、君に。

君が僕を救ったんだよーーーーーーーーーー

「あっ」

彼女が俺と目線を合わせてくれた。 だからか、自然に微笑んでしまう。

やっと目が合った。 まぁ、ほんの数分前にも合ったんだけどね。

覚えてるかい? いや、君はきっと覚えてないだろう。 この秘密は、君の父親と母親と俺しか知らないことだから。 それをいつか知る日が来ようとも、それは今じゃない。 だから、今ならまだ、大丈夫。

「泣かないで、なんて言わない。 泣いていいよ。 泣け泣け、泣いて全部全部投げ出しちまって、また戻ってくればいい」

頭の中では理解している。 今この状況下では相応しくない言葉。 いつかの言葉。 この言葉の続きの言葉達を言ってしまうと、俺はもうこの子から離れられなくなりそうだから、そこで止めた。

それでも、いつの間にか俺は泣いていた。 あの日、何度も何度も何度も何度も何度も繰り返した言葉達。 忘れないように覚えて、いつも俺はその言葉達に支えられてきたんだ。

もうそろそろ、陛下達も気づいてここにやって来る頃だろうか。 あぁ、殿下の部屋に居られるのもこれで最後か。

涙を拭い、泣く少女を見る。

「ディア・シュミーヌ様」

泣く少女は俺を見る。 あぁ、年相応の表情に俺は抱きしめたい衝動に駆られるが、なんとか抑えて言葉を続ける。

「今まで、ありがとうございました。 また、いつか」

そう言っている途中で、ディア様は一瞬俯き歯を噛み締めて部屋を飛び出していった。

ははっ、こりゃ本当に嫌われちゃったかな。

俺は肩を落とした。

床には俺とディア様の涙の跡ができていた。

読んでくれてありがとうございます。

次回、ディア様頑張る。

次も読んでくれると嬉しいです。

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