予感
今回はいつもより長めになっています。
初仕事が終わったと思っていたら……。
楽しんでいただけたら幸いです。
俺の知っている人が死ぬのは嫌だ。 勝手ながら出会った人には死んで欲しくない。 例外はいるが、あのような無邪気で純粋な心を持っている彼女が死ぬなんて、間違っていると本能が叫ぶ。 俺は今シエルに手を引かれ、砂煙の舞う空き地へと走っていた。 道を何度も曲がり、一本道を走り抜き、「ここだよ!」ついに空き地へよ辿り着く。 だがもう遅かった。
「お前……」
怒りが体に浸透するように、俺の顔に力が入る。 遠くでミオちゃんであろう死体は地に転がされていて、その腹をヒールで踏みつけながら、ぶつぶつ何かを呟き続ける、鬼の形相をしたおばさん。 帽子の影に入っている目が、もう既に死んでいるミオちゃんを見下し爪をかじりながら睨みつけていた。 そんな様子をシエルに教えて貰い俺は少しづつ感情の制御がきかなくなる。 無意識に一歩を踏み出すほどに。
「待って、ここから出ていってどうするつもり? まだ彼女は私達のことに気づいていないし予想通りの光景の中、エルトはどうするつもりなの」
幸い気づいてない奴は踏み続け呟いている。 近隣の住民も怯えながら様子を伺うことしかできていないらしい。 恐怖が体を縛り付ける。 自分もあのようにはなりたくない、だけど助けたい。 もう死んでいるけど。 でも、
「可哀想じゃないか。 あんなに喜んでいたのに」
声に怒りが籠るのを感じる。 どうすりゃいい。 あの子をより戻すには……「ねェ」声がした。 声の主、それはシエルの手元にある飛ばされたドイフーの頭。
「僕ヲもう一度、あノ子の元へ連れてっテ……僕が、助ケタいんだ……」
「……だけど、君はもう体もない頭だけの状態だよ。 いつ壊れてもおかしくない状況なのに、それでもいいの?」
「行かせテヨ……僕はもう時期死ヌ。 君は分かってイルだろウけど、ミオちゃンも、もう死んでルンだ。 首から、上がナイかラ」
その言葉を聞いて戦慄し怒りが増す。 ここからじゃ俺では見えない。 ドイフーは弱々しい声をつなぎとめて、言い続ける。
「僕を投ゲテ。 あソこに、僕ヲ……」
「分かった。 俺がやる」
と、シエルの手元から優しくドイフーの頭を取る。 直後「あっ……」とシエルは反応を見せ俺と目が合った。 一瞬時が止まった? 彼女はとても悲しげな表情を浮かべていた。 俺でも分かるほど、システムでも何でもない本物の感情がそこには写されていた。 一度目を瞑り、俺は構える。
「行くぜ」
こんな事しかできない無力さを感じ、ドイフーの最後を感じ取り、俺は力を込める。
いけ、ドイフー。 助けてこい、お前の主様をーーーー
「また会おうぜ、ドイフゥゥゥ!!」
ビュンッ……!
「ウオオオオオオオオオオオオオン!!」
「あ? まだ生きてたんかぃ。 クソ犬っがぁぁぁ!!」
クォォォォォォォオオオンーーーーーー
2人の最期の雄叫びは、そこら一帯に響き渡るほど大きなもので、ドイフーから光が放たれたと思った瞬間、光でできた大きな犬が、おばさんの首元に巻き付き、
あばよ、命の恩人さん。 悪いね、こんなに早く死んじまって……。
「気にすんな。 主と共に、あっちで元気にやってな」
感謝するよ、エルトーーーーーー
その言葉と同時に、苦しみ始めたおばさんと犬は、光が収束し小さな爆発を起こし、煙が巻き起こる。 だが、その煙はすぐに消え、そこには何も残されていなかった。
「帰ろうぜ」
座り込んでしまっているシエルの横を横切り歩き出す。 一瞬だったから本当か定かではないが、シエルが涙を流しているように見えた。 だがさすがに、顔を覗きに戻るのも格好がつかないので、俺は気にせず歩く。
「待って、くださいっ」
シエルは後から駆け足で俺の隣に来る。 初仕事で、この結末。 帰り道は夕日に照らされ、達成感と疲労が俺を包み込む。 行きは、あまり感じなかったんだが帰り道だと遠く感じるこの道。
「あぁ、本当に疲れたな。 今日という日は」
「初仕事、お疲れ様です!」
シエルが微笑む。 あぁこの癒しで疲れが吹き飛べばいいのに、そんなことを考えながら、ふとシエルの横顔を見る。 こんなことを、今まで一人でこなしてきたのかと思うと、何故か悲しくなる。
「シエルも、お疲れ様っ!」
俺は、きっと今まで頑張ってきたであろう先輩の頭を撫でた。 ……せ、セクハラかなこれ。 一瞬で後悔に落ち、笑みを保ちながらシエルの反応を見てみる。 そこには、真っ赤な顔で惚けたシエルがいた。 可愛いとこあるじゃん。 最終的に、初仕事の帰り道、気まずい雰囲気の中で帰ることになってしまった俺だった。
■■■
「初仕事お疲れぇ! 11546と会えなくて私は寂しかったよぉぉ」
帰宅後、速攻でシエルに抱きつくルーダ博士。 なんだか久しぶりに見た気がする。 するとシエルは頬膨らませて
「11546ではないです! 今日からは私はシエルだよっ!」
「ん゛なっ……」
ビュン、ギロリ……
「どういうことじゃ? おいコラぁ……」
一瞬で間を詰めてきて威嚇してくる博士。 怒ってるのか? でも俺に間を詰める瞬間の中、鼻血出して止血してを2度繰り返してたろ。
「シエルってなんじゃ? いいやん、最高やん! あの話し方はなんじゃあ? めっちゃ可愛いでしょーが!」
「お気に召したようで幸いですな」
ドヤ顔で返事をする。 博士は悔しそうにグッドを俺に向ける。
「あ、そういえば気になってたことがあるんだが」
「ほぉ、言ってごらんよ。 この天っ才っに! 答えられることなら何でも答えよう!」
浮かれてんなぁ。 シエルの変わりぶりに大層満足しているらしい。
「なんで地下内に大森林なんかあるんだ?」
その質問に博士の表情は変わった。 まぁ隠し通せることでもないと思うから、そんな深刻ではないと思うが。 博士がシエルに目線を向ける。
「エルトならいいと思うよ。今日共に居た限りだと、確率は相当低いし」
「え? 確率?」
「あぁ悪いな。 お前さんのことを都市部から送り込んできたスパイだと思ってたんだよ。 まぁ念の為ってことだ。 このことはシエルが提案したことなんだ。 結果、提案者のシエルがこう言ってるし、もう大丈夫だがな」
「はぁ……」
想像つかないな、俺がスパイとか……地球で学生までしか人生を謳歌できなかった俺には到底できないことだな。
「それで、お前さんが言ってるあの森林は、都市部の人間が作った『大実験場』だよ」
「は? 実験場ってあれが? なんのために」
「あの大森林全てが実験場だよ。 博士、話してもいいよね?」
シエルが博士に確認をとる。 大森林を地下に作って、なんの実験するのか。 俺には見当がつかない。
「あぁいいとも。 私はいつも通り開発等の今日の分の仕上げをしてくっからな」
いつも通り博士は奥の部屋と行ってしまった。 いったいなんの開発をしているのか。
「あの大森林は都市部の人間が、いずれ来る魔獣族との戦争のために実験する場として作ったんだよ。 でも魔獣族はあまり詳しくは判明されてなくてね、魔獣族を生け捕りにして大森林でいろんなことして実験し情報を得ているんだ。 でも実験場所が地下だからって理由で都市のルールを守らず、都市部の人間は殺したい人とかいると、その森になんとか行かせようとする裏の習慣があるみたいなんだ。 魔獣族は野放しにはしているけど、ある結界で森からは出れないようにしているし、人間や機械には無効果だからね。 魔獣族は凶暴だから殺すのにはうってつけの場所なんだよ」
「そんな所に初仕事として行ったのか俺は……」
博士に殺されそうだったんじゃと思うと、めちゃ怖い。 まぁあちらからしたら、いきなり現れた人間だもんな。 疑って当然か。
「でも都市部の人間のスパイなら、森の目の前に来たら何らかしら理由をつけて森に入ろうとしないはずだし、森に入る前にはもう、エルトがスパイじゃないって確信はあったんだけどね」
なるほど……じゃあ森に入る前のあのジト目は疑いの目だったんだな。 俺はただただ怖かっただけだけどな……。 あの時の勇気ある俺の森への1歩に助けられた気がした。 ありがとう、あの時の俺。
「でも、おかしいんだよね」
「ん? なにが?」
「今日の森林内は魔獣族がエルトを襲った1体しか出てこなかったんだよ。 いつもなら、もっといたはずなんだけどね。 なんでだろう?」
シエルでも分からないのか。 じゃあ俺が考えても無駄だな。 思考ストップしよう。 そんな馬鹿なことを考えていると、入口が開く音がした。
「ふぃ〜、疲れたわい。 あー腰痛っ……」
小太りのおじさんが入ってきた。 え、誰この人。 体つきは小説でよく見るドワーフみたいな体格で、返り血を浴びている汚い服装。 ちなみにシエルは、とある洗浄機能で返り血を落としているので、戦闘後もいつの間にか普通の状態になっている。
「あの、誰?」
「あー、エルトは会うのが初めてだよね。 この人はガースラーさんと言って、この隠れ家を貸してくれてる人。 昔は冒険者だったんだよ」
へぇ、この人が。 とガースラーをもう一度見てみる。 冒険者と言うよりは、登山家みたいな格好だな。
「昔のことだよ、11546。 てかあんた、見ない間に話し方とか随分変わったなぁ」
「11546ではなく、シエルです!」
自慢気に言うシエル。 さっきも見たなこれ。
「そうかシエルか。 いい名を貰ったんじゃな。そこの少年に」
何故分かる? パートナーの話を聞いてたのか。 ならここは名乗っておいた方が良さそうだ。
「あの、エルトと言います」
「おう、よろしくな。 俺の名はガースラー・オンバルコンだ。 気軽にガースラーと呼んでくれていい」
気軽……んじゃ敬語は禁止かな? またその内言われそうだし
「それじゃよろしく。 ガースラー」
「それにしてもパートナーか……娘が嫁に行っちまう気分で切ねぇなぁ……」
「そうだなぁ。 そして孫ができて私は時の流れを感じてしまうんだなぁ……」
いつの間にかガースラーの隣に博士がいた。 夫婦かあんたら。 こういう時ラブコメ展開なら、シエルは顔を赤らめて恥ずかしがってるはずだが、と目線を動かす。
「あははは、パートナーはそんな意味ではないよ」
普通に対応してる……普通の表情で普通の声色で普通の調子で言う彼女に、何故かがっかりしている自分がいた。 そうだ、ここはラブコメの世界じゃないんだった。
「あははは、そうだよ何言ってんだよふたりとも……」
「おーい、棒読みだぞエルトー」
「ハッハッハ、少年らしい反応じゃないか。 結構結構!」
満足気なガースラーを見て、打ち解けた感を感じた。 悪そうな人じゃないし良かった。
「飯にしようぜ。 今日までいろいろあって疲れてんじゃいわしは。 おぉそうじゃルーダ博士よ、カインの亡霊が現れたとった。 まぁそやつと三日三晩戦い続けてたんだが、そのせいで途中乱入してきた魔獣族も倒してしまったから森は今魔獣族が少のぉなっとるんじゃい」
「ふむ、後で詳しく教えてくれガースラー」
「おう、分かった」
と、ガースラーが俺の横を通った直後
「お前さんも運が悪ぃなぁ。 後で話そうやエルト」
ボソッと俺の耳元で言う。 何を知っている?ガースラーは。 今日の食事は、あまり喉が通らなかった。 予感がした。
読んでいただきありがとうございます!
次回はガースラーとの会話、そして平和な時間……。
次も読んでくれたら嬉しいです。