世界一優しい妹へ 世界一最強兄貴より
今回はとても長いです。
楽しんでいただけると幸いです。
「ーーーーーー…………っ!」
息を呑む。 呼吸は無意識に止まった。 瞼は自然に開かれて、傷の痛みも何もかも忘れてしまうかのような思考に陥る。 口が閉じることを忘れた。 足が立つことを忘れ膝を折り地に着いた。 そして自然に、そう無意識に意識的にも、俺は肩を動かし腕を動かし手を伸ばす。
「……ネーウ…………」
後ろには気絶して眠ったままのディアと、傍にカインがいた。 だが、俺の意識はその2人の存在を遮断してしまう。 全てが、再会を精一杯味わうために働く。 心身全て、俺の何もかもが。
「お兄ちゃんっ…………!」
光の粒子から現れた愛しき俺の家族は、俺の妹は。
笑顔を浮かべ、涙を頬に伝わせて両手を広げて、俺の腕の中に帰ってきた。 帰ってきたのだ。 やっと、帰ってきてくれたのだ。
俺は上手く声が出ないまま、ネーウを抱きしめた。 強く強く、けれど優しく。 ネーウも俺を抱きしめ返す。 不思議な感触に、もうネーウは普通の人ではないと感じてしまった。
「ただいまっ……お兄ちゃん……」
「あぁあぁ、おかえり………ネーウ……」
ネーウが胸を押しつけてくる。 いつの間にか、記憶の中にいる我が妹よりも、見ないうちに随分と立派になったらしい。 さっきまで戦っていたネーウの容姿と比べて、今腕の中にいるネーウは少し成長していた。 体もそうだが、雰囲気も少し大人びている。
本当に、大きくなったなぁ………ネーウ。
「もう、離さねぇぞぉ………」
頭の中、昔の記憶が駆け巡る。 兄妹の思い出が、幾度となく俺の瞳を揺らす。
淡い光は少しづつ弱まっていくように見えた。 少しづつ、お前が薄くなっていく気がした。 気がしただけだ。 本当だ。
俺は、現実逃避をしていた。
「お兄ちゃん……」
本当に困った時に浮かべる表情を、顔に微笑みを添えて見つめるネーウ。 唇を口内に埋めて、軽く目を細める。 眉を八の字にして、口角を寂しげに上げた。
考えるな。 ただ今は、この姿をこの時を、記憶に刻み込め。 忘れないように、後悔しないように。 考えるな、考えるんじゃねぇ、
……ネーウは、もう死んでいる。 もうお別れなんだ。 だから、もう、
考えるんじゃねぇぇぇぇ!!!
俺は歯を噛み締め上を向く。 心の中、俺は葛藤をなんとか静止しようとしていた。 気を抜いたら、涙が零れちまう。 声が漏れちまう。 こんな至近距離で、妹を抱きながら泣き叫ぶなんてこと、兄貴としてそんな恥ずかしい姿を見せられない。
「お兄ちゃん。 大丈夫だよ……私はもう大丈夫。 苦しくもないし、痛くもないよ」
急にネーウは話し始めた。 俺の腕の中で、微かに震える声で。 そんな声だから、余計に涙が溢れ出そうになる。 馬鹿野郎、泣くんじゃねぇ! と、俺は上を向いたままその最期の声に耳を傾けた。 心の底まで、その声を言葉を刻み残すために。
静寂の中、我が愛しき助けたかった妹の声が、静かに響く。
「あーあぁ。 こんなことになるんだったら、もっとご飯おかわりすれば良かったな。 お母さん、いつも無駄に量多いもんね」
「む、無駄は……余計、だっ……ろぉ?」
泣くな泣くな泣くな泣くな泣くなぁ!! 堪えろ俺! 馬鹿野郎、ここで泣いたら男じゃねぇぞ! 俺は兄貴! 俺は兄貴! 俺は、こいつの兄貴なんだからよぉ!!
「お父さんとももっと会話すれば良かった。 いっつも仕事で、あんまり話す時間無かったからなぁ。 あ、でも…………もうすぐ会えるん、だもん……ね……」
途中、とても気まずそうに悲しそうに言葉を続けるネーウ。 そんなネーウに貰い泣きしそうな俺の頭はと言うと。
泣ぁ! くぅ! なぁ! あぁ!! 泣くんじゃねぇぞぉぉ!! あああああああああ!!!
「あの家にももう帰れないんだよね……もう一回帰りたかったなぁ。 私の部屋とか、まだあるといいなぁ。 私が頑張って描いた皆の似顔絵まだ残ってたりするの?」
「あ、あぁ。 あぁあぁ、大丈夫、大丈夫だぞぉ…………全部大事にぃ……家にある、から。 部屋も、絵も……全部……」
もう、もう、もう、もうぅぅぅぅぅぅ!!! うおおおおおおおおああああああああああああ!!! 限界だぁぁぁぁ!!!
「お兄ちゃん……今まで、楽しかったよ」
俺の思考は、ネーウの声を聞き取る度に荒れに荒れていた。 嵐が幾重も巻き起こり、だんだん言葉が壊れ嘆く叫びの旋風が駆け回っていた。 それでも、ネーウの言葉ひとつひとつは、しっかり理解していた。 声を脳に刻んでいた。 だからこそ、さらに、荒れる。 心の中は、涙の海と化していた。 いつ現実に決壊してもおかしくない。
それ以上、何も喋らないでくれ。 お願いだから、もっと声を聞かしてくれ。
葛藤は続く。 現実逃避一歩手前で。
お別れの時は近い。
「お兄ちゃん、いつもありがとね。 覚えてないかもしれないけれど、私が生まれたばかりの頃さ、私は病弱で。 そんな時いつもお兄ちゃんは私を笑わせてくれたよね。 それでやりすぎて怪我しちゃって、私が元気になった時にはお兄ちゃんが寝込んでたよね」
「あぁ、そんなことも、あったなぁ……」
ネーウは昔、とても体が弱かった。 なんの病気かは俺は知らなかったけど、ずっとつまらなそうな顔でベッドに寝込んでいたネーウを、どうにか一緒に楽しめないかと兄貴という立場に責任を感じていろいろやったんだった。 その後やりすぎて、たしか天井かどこかが崩れて俺が下敷きになって…………そしていつの間にか、立場が逆転してたんだよな。 俺が寝込み、ネーウが元気づける、そんな形で。
そんな時間もあったなぁと、俺は記憶を巡る。 今となっては、とても遠く感じる思い出。
「その頃からだよね。 あの台詞を言いだしたのは」
そう言ってネーウは、そっと俺の腕の中から離れると腰に手を当て胸を張り言う。
「私が、最強だ! 世界一のお兄ちゃんを持つ私が、いっちばん強いのだぁ! あっはっはっはっはっ!」
そんな懐かしい台詞を引き金に、俺の記憶も心の中で叫びだす。
『ギャハハハハ! 俺ぁ最強だぁ! 俺が決めた、俺が世界一! 誰も勝てない最強だぁ! 理由などない! 神様よりも強い攻撃ぃぃ!』
『強い攻撃ぃ!』
『ぐああ、やられたー』
『あらあら、怪我しないようにねぇ』
そうだったな。 ガキの頃、バカみてぇな台詞吐いて家中走り回ったっけ。 そして、いつも後ろにはネーウがいて。 そんな俺らを見て微笑むお袋と、仕事の疲れを背負いながらグダグダに俺らに付き合う親父。
ごく普通の少年時代。
ネーウが攫われたのをきっかけにぶち壊れた日々だ。 これはもう二度と戻れない日々だ。 二度と。
「あはは……今やると、さすがに恥ずかしいね」
「そう、だな……」
泣くな。
「あれ? 泣いてるの? お兄ちゃん」
「はぁ? 俺が、な、泣くわけ……ねぇ、だろ」
泣くな。
「……ごめんね。 もう、傍にいれなくて」
「お前が、謝んじゃ、ねぇよ……」
泣くな。
「ありがとう、ごめんなさい。 お兄ちゃんにもお母さんにもお父さんにも痛い思いさせちゃったね」
「謝るなよ……お前の方がっ……辛いに、決まってんだろーが……いつまでも、強がってんじゃ、ねぇよ……!」
泣くな!
「無理だよ、そんなの。 だって、私は、私の中には……」
その時だった。
視界の上からなにかが降ってくる。
「離れろ! ネーウ! ザーク!」
そして、カインの声が耳に届き、俺が視線を上へ向け、理解する頃。
「え……?」
闇の粒子の雪が、淡い光を纏ったネーウに触れる。 直後。
グサリ……
ゴフッと、ネーウの口から血が吐かれた。 腹には得体の知れないなにかでできた槍のような、棒状のものが突き刺さっていた。
「お兄……ちゃん……」
手を伸ばすネーウの手を掴もうと、俺は走り出していた。 たった数メートルの距離を、全力で。 その手を掴もうと、地を蹴った。
すると、ネーウの腹からその槍は乱暴に後方へ引き抜かれ、前のめりに倒れだす。 俺はすぐにネーウの体を受け止める。 そして、槍が出てきた方向へ、怒りを込め睨むと、そこにはカインの背があった。
「逃げろザーク。 ネーウと、すまないがディアを抱えて、今すぐこの場を離れろ」
そう言いながらカインは前を向き、構えていた。
その先にあったのは、空間の穴。 まるでヒビが入り無理やりこじ開けたかのような穴が空間にできていた。 その中から出てきたのは輪郭しか何故か理解ができない影。 人の形をしているが、どんな顔をしているのか、どのような容姿なのか全く分からない。
そして男のような声が響く。
「あぁ、またこっちに来てしまった。 ん、見た顔じゃないか。 まだ生きていたとは……だが、今回の目的は貴様とは関係のないことなのだ。 退いてはくれないか」
「退くわけがないだろ。 仲間の身内がやられてんだ」
「だが、貴様の変身はもう既に解けているであろう? そのような傷ついた体で、我と戦おうなど愚の骨頂ではないか」
そう言った瞬間、いつの間にかカインのすぐ隣に謎の男らしき者は移動していた。
「っ!!」
「貴様の考えなどどうでもいいのだ。 退け、貴様はまだ弱い」
その台詞の終わりと同時に、遠くの木々がいくつも倒れ始める。 同時に、カインが姿を消した。
「っ!? ……お前ぇ、カインになにをし」
瞬きよりも早い一瞬。 俺はいつの間にか空中にいた。 どうやら、さっきまでいた場所の真上にいるらしい。 だが、上へ視線をやると、目の前には天界都市の地が見えていた。
どんだけ高ぇ場所に飛ばされたんだ、俺は……!
「そうだ、ネーウ! いねぇ! まさかぁ!!」
即俺は両腕両脚に魔法陣を通して、地に落ち始める。 魔法陣を足裏に何重も展開し空気を蹴りまくって落下速度を加速させる。 そして、
ズゥンッ……
「ネーウ!! っ!?」
ネーウは体中の傷から血を溢れ出させ倒れていた。
そのすぐ近くで、謎の男は自分の手のひらを見つめていた。 その手のひらの上には、先程までネーウを纏っていた淡い光と今も尚降り続ける闇の粒子があった。
だが、そんなこと、今の俺にはどうでもいいことで。
「ネーーウーー!!!!」
地を蹴る。 奴を、殺す!
そんな俺に気づいたのか、奴は手を握りマジックのように光と闇を消して俺の方へ向き直る。
「弱き者よ。 貴様は我には勝てない。 無駄な足掻きはやめたまえ」
そう言い、走る俺の目の前にいきなり現れる。 そして、一瞬足を止めた直後、胸あたりを指で弾かれる。 直後、転移など使ってはいないのに、視界の景色が切り替わった。 いつの間にか森の中、木に背を付けていた。 そして、思い出したかのように口から血が溢れ出す。 目の前の木々が倒れていく。
「くっ………ネーウ………ネーウ!!」
思考によぎる我が妹の笑顔は、あの頃の馬鹿な俺を呼び覚ます。
足裏に何重も魔法陣を展開させ、地を蹴り飛ばした。 森から上へ抜け出て、遠くの俺がさっきまでいた、まだネーウが倒れているであろう地を見る。 走り出す構えをとり、足に力を込め、空気を蹴る。 強風を巻き起こしながら速度を上げて敵がいる地へ戻る。
そして…………
「ふんっ!!!」
ズッドォォ………
「ほぉ……」
敵の、奴の目の前に膝を折り曲げ着地する。 地は軽く砕かれ抉れた。 脚は魔法陣による強化であまり着地によるダメージは少ない。
俺は瞬時に倒れているネーウと気絶しているディアを掴み、カインが飛ばされた方向へ腕を振った。 俺よりも遠くに飛ばされたカインのいる位置辺りへ、超絶苦手な探知魔法をなんとか使い、距離や力の加減を超絶苦手な計算魔法で計算し、身体強化などで2人を投げ飛ばす。 超絶、苦手な、魔法を無理やり使ってまでしなきゃいけない状況、それらを瞬時にやったことで、俺の気力はごっそり削られた。
だが、しかぁし!
口角を上げる。 目はそれでも、目の前の未だに動きを見せない奴を睨みつける。
「俺ぁ、最強だ。 世界一最強だ。 あいつの、ネーウの兄貴。 ザークだ!!」
「見上げた戯言じゃないか。 面白い、ここに再度来たのも何かの縁だ。 相手をしてやろう」
「ほざけぇぇ!!!」
俺は跳躍し、奴の頭上に移動。 すぐに真下の奴に手を翳し手のひらに魔法陣を展開させる。 そして、その魔法陣はたちまち巨大化していき、ものの数秒で俺と奴がいるこの地を覆い尽くすほど巨大化する。 そして、それと同じ程の大きさの魔法陣を何重にも重ね展開した。
「押し潰してやらぁ!」
その巨大な何重もの魔法陣で奴を潰そうと魔法陣を押す。 だが、奴が魔法陣に触れた途端、巨大魔法陣は全ていとも容易く砕かれる。
「っ!? ちっ……一瞬かよ……ならば!」
両脚にこれでもかと魔法陣をくぐらせた。膝から下は魔法陣で埋まる。 輪郭だけみると膝から下は丸太のような状態だ。 そんな足で空気を蹴る。 すると今までで一番の速度を出すことができた。 だが、コントロールが難しく、ぐちゃぐちゃな線を描くように飛び回る。
だが、これなら捉えられねぇだろ……!
ぐちゃぐちゃな飛行は奴の頭上に来た時、真下へ思いっきり空気を蹴る。 体を縦回転させタイミングを合わせ、奴の脳天へ踵落としを仕掛ける。 が、
「その程度の速さに、貴様は満足しているのか」
簡単に、片手で俺の足を受け止められる。 しかも、奴の立つ地にも何の影響も起きてはいなかった。 そうして、奴はそのまま腕を振り、俺を地面に叩きつける。
「っ!??」
俺の視界はほとんどが暗闇で覆われ、遠くには人の形をした豆粒程の穴が見えた。 そしてそこでようやく気づく。 いつの間にか俺は地中にいた。
骨が軋む。 筋肉は痛みを帯びて休みが欲しいと吠え始めた。 だが、諦めきれないと頭は指示を出す。 弱気な身体に鞭を打つように、無理やり動かす。 魔法陣を展開させ、視界の中にある地を魔法陣で斬っていく。 そうしてできた僅かな隙間に歪んだ魔法陣を展開させ、先と同じように巨大化させる。 次に魔法陣で鎖を編み出し、空気を蹴って穴から地へ脱出。 そして湖の湖を上げた時のような感覚で、鎖を引っ張る。
「まだ俺ぁ死んでねぇぞぉぉぉぉぉ!!!」
「そうだろうと思ったよ、哀れな愚か者よ」
一定の範囲の地が上へと持ち上げられる。
ズズズズ…………
「おりゃあああああああああ!!!」
まるで巨大な爆発が起きたかのように、地は噴出するかのように、空中へ投げ出される。
「面白いパワーではないか。 ん……あぁ。 そうか、貴様はあの血筋なのか」
なにか喋ってるみたいだが、俺の耳には届かない。 ただ、ここで決めなきゃ、もうチャンスは来ないことを、俺は心のどこかで確信していた。
だからなのか。 こんな状況だからこそなのか、俺の体中からは魔力がやる気と共に溢れるように湧き上がっていた。
自分の心臓がある位置をトントンと右拳で軽く叩き、肩を大きく動かし殴る構えをとる。 直後、右腕に魔法陣がいくつも展開される。 同時に右肩から右拳までの部位が膨張する。 異形と言われそうな程、右肩からの筋肉が強化されていく。 それでも尚、魔法陣は展開され続けていく。
「ふうっ……!」
右腕に力が集中していくのを感じた。
「お前ぇは、我が愛しき妹を傷つけたぁ……絶対に、許しはしない。 死ぬ覚悟はできたかぁ! クソッタレ!」
「我を糞扱いか、やはり貴様らはいつも哀れだな。 自らの力量さえまだ理解しきれていないようだ」
余裕そうに落下する奴と、自由落下で落ちていく地、そして最後の奥義とも言うべき技を放とうとする俺。
昔の馬鹿な俺が見たら、なんて言うだろうか。
「うおおおおおおおおおおお!!! くらいやがれぇぇぇぇ!!!」
空気を蹴り、奴との距離を詰めて拳を全力で突き出す。
メリッ……
奴は、俺の攻撃によって真下へさらに速度を上げて落下した。 そこに追い討ちをかけるように空中の地が降り注ぐ。 俺もその地に飲み込まれながら。
「へっ……俺もネーウの所にすぐ行くぜ……あのクソ野郎を道連れになぁ……」
そんな独り言を呟き落下する。
これで戦いは終わった。 と、思っていたのだが。
真下からの抗えぬ謎の力により、俺は吹き飛ばされる。
そして、いつの間にか俺は雲の上にいた。 どこを見ても雲か青空しかない世界。
「え……」
そして、また落下を始める俺の体は。
視界が捉えたのは天界都市。 周りを見ると、少し離れた所には天界都市の塔が見えた。 頂上は雲に隠れてよく見えない。 そして、久しぶりの天界都市の地へ体を強打し着地。 魔法陣により強化されていた体は、粉砕骨折程度で済んだ。 だが、もう体は動かない。
次元が違いすぎる奴の力に、俺は無力感に苛まれていた。 もう何もかもできる気がしない。 勝てる気がしない。
「ネーウ……」
自称最強は、その妹の名を呼んで、意識を手放した。
庭を元気に走り回って、正義の味方に憧れた、ごく普通の男の子は。 新たな命、新しい家族を守ると決めた。 可愛いくて、いつも泣いてばかりのその子を守るヒーローになろうと決めた。 自分は最強だと奮い立たせ、相手に名を名乗る。 そんな馬鹿な野郎の背には守るべきものがあったから。 逃げる理由などなく、いつもそこにあるのは。 いつもその馬鹿野郎の胸にあるのは、戦う理由だけ。 守りたいものを守りたい。 そんな理由。 ただ、それだけ。
それだけなんだ。 それだけのために、強くなった。 いや、強くなれたのだろうか。 俺は、またこうして、守れなかった。 守れなかったのだ。 強くない、最強じゃないじゃないか。 嘲笑するもうひとりの自分。 現実を知るもうひとりの自分。 どうやらもう覚めなきゃいけないらしいな。
夢から醒めて。 強がるだけじゃない。 本当の強さを、手に入れなきゃ。
でも、何故? もう強くなる理由なんて。
愚問だな。 目の前にあるだろう。 理由なんて。
ザークの精神世界、無意識が体を支配している中、ザークは不思議な体験をしていた。 目の前に、ネーウと瓜二つの少女。
『どうも、です……あ、あの……ネーウちゃんからは、えとえと……ザックと、呼ばれて、ました……よろしくお願いします……』
涙をいっぱい溜めた目で、俯いて話すこの子は。 ネーウと共に在った半機械の擬似的自我の産物。
その現象は、ネーウの死の証明でもあった。
僅かな幸せを、無惨に零し落としてしまった完敗したその男は。 蛮勇は、その胸に宿る灯火の色を変えた。 ここにいる忘れ形見を、失わぬために。
それでも、それでも。
精神世界、ザークは歯を噛み締めた。 悲しみの涙を堪えるために。 妹がもういないことを、現実を受け止める。 あぁ、分かってる。 分かってるさ。 俺が今、この目の前にいる奴にどんな顔してるのかも。 どんな目を向けてるのかも。 歪んでることも。
死にたいけど、死ねない。
理由は簡単だ。 そこに、幻覚が見えやがるんだ。 幻聴が聞こえやがるんだ。 だが、それでも俺は本物だって信じてぇんだ。
『生きて。 どうか、もうひとりの私も、守ってあげてください』
それは生前のネーウが残した最後のメッセージ。 自分よりも他人を優先する馬鹿な妹の最後のお願い。 兄への、俺への最後のーーーーーーーー
無意識下の体、目からは一筋の涙が零れ落ちたのを、ザーク自身は知る由もない。 その地についた涙の理由さえも。
その頃、ザークの妹であるネーウは、傷だらけのカインに見守られながら、静かに息を引き取った。 兄妹は、別れを満足に言えずに分かったのだった。 それでも彼女は、安らかな笑顔で最期を迎えた。
■■■
とある民家にて。
「あら……懐かしいわねぇ……」
かつて最強を馬鹿みたいに吠えていたやんちゃで、けれど妹思いの兄の部屋。 そんな兄の部屋のとある収納箱を久々に片付けていた時だった。 底が少しだけ浮いていたのだ。 手を掛けて持ち上げて見ると、どうやら二重底になっていたらしく、平べったい箱がひとつ大事にしまってあった。
箱が潰れないように、四隅など真ん中に様々なおもちゃなどを置いて箱を潰さないようにしていたらしい。
だが、その箱には見覚えがあった。 何年前だったか、一生懸命考えて書いた手紙や2人お揃いの大事な宝物などを箱に敷き詰めて、探すなよーって言っていたっけ。 けれど数日経つと、どこにあるかをこっそり教えてくれて、一応だよ! 一応! って顔を真っ赤にして言っていたのを思い出す。
「ふふふ……見ないわよ。 ザーク」
我が子の名を呟き、そっと元通りにする。
その時だった。
ガタッ……
小さな物音。 出入口の方から。 どうやら外に何かが置かれた音らしい。
「あら、誰かしら……」
旦那は他界し、息子は妹探し。 家の中ひとり、私は扉を開く。 そこにはーーーーーーーー
「………っ!」
声が詰まる。 老いのせいか、呼吸が一瞬止まった。
あらあら、懐かしいわねぇ。 あの娘はそう言えば、水の魔法がひとつだけ得意だったわね。
なかなか常人には難しい魔法のひとつ、維持魔法の上位、半永久の水を生み出すことのできる魔法。 一度魔法で出した水は、飲んだり普通の水と混ぜたりしない限り本人とは関係無しに半永久的に残り続ける不思議な水魔法。 よく水で動物などを形作ったりしてたっけ。 全部兵士に持っていかれたけれど……。
扉の前には、綺麗な籠と中にはその水でできた花束が入っていた。 そして小さな紙一枚。 そこには、
ただいま
涙腺が緩む。 目頭を抑えて堪えた。
忘れもしない、見覚えのある字。
「ネーウ…………」
ネーウは、こういう手紙を小さい頃よく書いていた。 けれど、ネーウの手紙はそこで終わらない。 本当に、さらに伝えたいことをよく裏側に書くのだ。
私はもしかしたら、もうなにが書いてあるのか、分かっていたのかもしれない。 だから、もう涙腺は崩壊しているのだろう。
裏側はーーーーーーーー
ばいばい! 大好きだよ お母さん
愛しき娘は解放されたのだと知った。 同時に、親である自分よりも早くにその人生を幕閉じたことを知った。 これで泣かぬ親がどこにいるのだろうか。
「ネーウ…………」
ザークの気持ちを想像するとさらに胸を締め付けられる。
だって、ザークの手紙には…………。
ネーウへ
おいお前今どこにいるんだ? 母ちゃんも父ちゃんも泣いてるぞ。
また遊ぼうぜ。 兄ちゃん、もっと強くなってみせるからさ。 悪い奴らを俺がやっつけてやるから、帰ってこいよ。 それとも帰れないのか? なら俺が助けに行ってやるぜ。 どこにいるんだ?
世界一最強なんだぜ俺は。 お前はその妹なんだ。 前自分で言ってたろ、私は世界一優しくて強いのだーって。 でもな、兄ちゃんの方が強いんだからな。 何故かって? お前の兄ちゃんだからだ。
お別れなんて嫌だぜ。 お別れ会は一番辛ぇんだぜ。 もう会えないなんて嫌だぜ。 友達はさっき遠い所行っちまったけど、お前は、お前の居場所はここだからよぉ。 ここがお前の家なんだから、帰ってきてもいいんだぜ。
お前がいなくなって結構過ぎた。 俺もお前がどっか行った時の悲しみが忘れちまいそうだ。 さっきアルバム見たよ。 俺は妹を救わなきゃって思った。 俺ぁ兄貴だからな。 だから、ちょいと、ここに記すのは時間が空くぜ。 俺ぁお前を助け出すために、ちょっくら魔法学んでくっからよ。
辛い 苦しい なんで俺がこんな目に いやだいやだ もう魔法なんて
思い出した。 俺ぁ馬鹿野郎だ。 もう一度行ってくる。 もうこりゃ手紙じゃねぇな。 俺の記録帳かな。 いつか、我が妹ネーウに見せて驚かしてやるぜ。
やっと解放された。 俺ぁやっぱり最強だったんだな。 魔法覚えたぜ! もうすぐだから、待っていやがれ愛しき妹よ! この魔法陣で、お前を救う。 全ては、ここにいないお前のためだ。
改造、されてねぇよな? 改造なんだな? 改造なんだよな? お前がいる所は、改造なんだな? くそがあああああああああああああああああああ
絶対助ける。 改造されていてもお前は俺の妹だ。 家族だ。 親父は先に死んじまったが、俺ぁ止まらねぇぞ!
お前を見つけ取り戻すまでは、もうここには戻らねぇ。 この手紙という名だけの紙は封印する。 絶対に助けるから、どうか生きていてくれ。 犯罪に手を染めることになろうとも、たとえ危険な目に合おうとも俺ぁこの四肢ある限り探し続ける。 必ず救い出して、この馬鹿な手紙らしくない手紙を渡して、俺の武勇伝語ってやる。 必ずだ!
なんたって俺ぁ、誰にも負けねぇ世界一の最強だから。
やってやるぜ。
世界一最強兄貴より
ネーウを、妹ひとりすら救えねぇのに
なにが最強だぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ
世界一弱くて最弱で弱者でゴミみてぇな超超超クソッタレ兄貴より
ザークは、その自分が書いてきた手紙を、いつも魔法陣で覆い持ち歩いていた。 いつの日かネーウに再会して、落ち着いたら、その場ですぐに武勇伝を語れるように。
だが、書き終わったその手紙は、無理やり更新された。 完敗という名の敗北を味わい、何より大切だった人をなくしたその日、天界都市で周囲の人々など気にせずに、意識を取り戻したザークは、空気震わせる自分への怒号と悲しみの叫びと共に、文字を書きなぐった。
この気持ちを忘れないがために。
■■■
???side……
けれど、ザークは知らない。 ネーウに手紙が届いたことを。 君の先の涙の理由も。 そして、君が向かい始めた先すらも。
その様子を遠い場所から眺める謎の男。
「大佐、準備完了しました」
「あぁ、分かった。 奴もあの方も動きだした。 気が抜けぬ状況だ。 気を引き締めて行くぞ」
「了解」
彼らも役目を果たすため姿を消した。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
描きたいところまで描いた結果長くなりました。
次回、核都市でエルトは……。
そして、カインは知ることとなる。
次も読んでくれると嬉しいです。
次回の投稿予定は来週末です。




