兄の意地
今回からはエルトとザークの戦いです。
楽しんで頂けると幸いです。
カインとクレイが激突をしている頃、エルトとザークは姿を消したザックことザークの実の妹ネーウを探していた。
隣でいつまでも落ち込んでいる様子のザークに俺は声をかけた。
「ザーク、今は。 その、辛いと思うがしっかり気を張ってこうぜ。 妹さん……ネーウちゃんもきっと無事だと願いながらさ」
「…………あぁ、分かってる。 このままじゃいけねぇことは。 だが、数年ぶりの再会に、ひでぇ目に合ったはずの妹に今更どんな顔すりゃあいいんだ。 改造に連れてかれて、そんで解放された、なんて情報が流れて………実際はまだあいつは、ネーウは苦しんでて……」
俯いて暗い雰囲気で喋るザークから目を離し、空を仰いだ。
「なぁ、ザーク。 俺は兄弟とかいたことないけどさ。 これだけは言えるぞ」
弱々しいザークが俺を見る。
「絶対、救わなきゃな。 だってお前、兄なんだろ?」
その言葉を聞いてか、ザークの目に闘志の火がつく。 同時に微かに涙を浮かべて、ザークは立ち止まった。
「ん?」
ザークは息を吸い込み、思いっきり雄叫びをあげた。 自分に喝を入れるように、気合いを入れたのだろう。 空気が微かに震える。
「あぁ! そうだ、俺ぁあいつの兄貴だ。 ザックのネーウの兄貴だ! こうしちゃいられねぇ! 走るぞ、エルトォォ!!」
「おう!」
地をドシドシ踏みつけて漲る闘志を爆発させて、ザークは道を進む。
「…………で、どこ行きゃいいんだ?」
いきなり振り向いて俺に聞く。 やれやれ……
「この先にどうやら湖があるみたいなんだよ。 そこに向かったってカインが言ってた」
「カインがぁ? なんであいつが知ってんだよ」
「俺に聞かれてもさっぱりだ。 とりあえずそれ以外情報も無いわけだし、今こうして歩いて向かってるんだよ」
「そうか! ならば、走るぞ! エルトォォ!!」
ドカドカと走りだすザークに俺も慌ててついていく。 地にはくっきり足跡が着くくらいの勢いで木々の間をかき分けていくザークの背中を見て、どこかの夏の日をぼんやり思い出していた。
■■■
どれくらい走っただろうか。 何回転移を使っただろうか。 数えるのをやめて一時間くらいが経過しようとしていた時。
「ここかぁぁぁぁ!!」
ドシンッ!
勢いよくジャンプして森を抜け大きな湖の近くに着地をするザーク。 俺もその後に続くように森から抜ける。 やっと、着いたか。
「はぁ、はぁ…………ふぅ………」
息を整えながら目の前に広がる景色に俺は溜息を漏らす。 下界なんて呼ばれるこんな場所に、こんな綺麗な所もあるのか。 つくづく世界は広いなと思う。
丸い円状の湖、周囲はほぼ一定の広さの野原、さらにそれら全てを覆うように木々が立っている。 森の中にある湖は遠くに見える景色を写していた。 空が晴れていたなら、もっと綺麗な景色が見れるだろう。 そんな景色に溶け込むように、湖の中心、水面に立つひとりの少女がいた。
指に小鳥を乗せて、目を瞑っている。 寂しさを連想させるその状況に、俺は勝手な想像をしてしまう。 空が晴れていたなら、太陽の暖かい日差しが入り込んで、静かなそよ風に髪を靡かせながら微笑んでいたら。 どんな絵画よりも美しいと、今の俺ならそう思えてしまうだろう。
どうしてこんな想像をしてしまったのか分からないが、そんなことを考えてしまうほどに孤独感が寂寥感が彼女のいる空気に満ちているように感じた。
ザック………いや。
「ネーウ……」
小声でその名を零したザークは、静かに湖へ歩み寄る。
俺は一歩下がった。 森を抜ける前にザークに手を出さないでほしいと頼まれたからである。 兄妹の再会を、ザークの意志を尊重して俺は了承した。 ザークが死にそうになったら俺は全力でネーウを討ちにいくという条件で、ギリギリまで手を出さないことにしたのだ。 あの大きな頭を下げるほど、あいつは妹を救いたいと思っているから。
「死ぬなよ」
大きなその背中に言うと、ザークは静かに頷いて湖に、ネーウに近づく。
「よ、よぉ、久しぶりだな。 ネーウ」
瞑っていた目が静かに開く。 そしてネーウはザークを捉えた。 小鳥は飛んで行ってしまった。
「お、覚えてるか、俺だよ。 兄ちゃん、お前の兄ちゃん、ザークだ。 覚えてるか?」
微かに震えた声で、身振り手振り問いかけるザークに対し、ネーウは少しも表情を変えずその声を聞いていた。 まだ戦う気はないらしい。
「お兄……ちゃん?」
そう呟くネーウに、ザークは笑顔を浮かべた。 声の震えが嘘だったかのように消えた。
「そうだ。 そうだよ、お前の兄貴、ザークだ。 久しぶりだな。 お前そんな所でなにしてるんだよ。 あぁ、あれか? お前たまにやってたもんな、指の上に鳥乗せるやつ。 さっきも小鳥止まってたろ。 ごめんな、また俺のせいで逃げちまったか」
でも、もう話す気はないと言うようにネーウは口を閉じた。 でもまだ動かない。 ザークは、ゆっくりはっきりネーウに聞こえるように届くように話し始める。
「覚えてるか? お前が連れ去られちまった日を。 俺ぁ不甲斐ないばかりに泣いちまったんだぜ? あんなに強がってたこの俺がだぞ? でさ、お前がいなくなって、お袋も親父もよぉどんどんやつれちまってさ。 お前は知らないだろうけど、去年親父が他界しちまって。 でも親父は最期に笑ってやがったんだ。 ネーウにやっと会える、先に逝くぞーってさ。 ずっとお前のことを想ってたんだぞ?」
ザークは話し続ける。
「俺もなぁ? お前が生きてるってずっと信じて、頑張って魔法勉強したんだぜ? いろんなことに手ぇ染めてよ、お袋にもうやめろって怒鳴られたりしながらさ、ずっとお前を探してたんだ。 で、途中で出会ったザックって奴と意気投合して、そしたらまさかのザックが、ネーウ。 お前だったとはな。 運命だろこれ。 ははっ、ざまぁねぇな親父。 俺が先に再会したぜ! …………だからさ、ネーウ」
ザークは感情をころころ表に出しながら話し続ける。
「一緒に帰ろうぜ? お袋も会いたがってる。 もう苦しまなくていいんだ。 どんなになろうと俺はお前を受け入れるからさ、またあの頃のように家族に戻ろうぜ。 親父だっていねぇし世界も時代もどんどん変わっちまうけどよ、お前の帰れる場所はまだ大切に守ってるから。 帰ろう、俺達の生まれ育ったあの家に」
湖に入るギリギリの場所でザークはネーウに手を伸ばす。
「この手をとれ、ネーウ。 これは、数年ぶりの兄貴命令だぜ?」
笑みを浮かべ言うザークに、ネーウは。
ネーウもザークに手を、翳した。
グサッ……
直後、湖の一部の水が槍のように鋭く変形してザークの腹に突き刺さる。 そしてすぐにただの水に戻った。 地に落ちる水と共に、腹からは血が溢れ出す。 その腹の傷に手を当て、汚れた自分の手を見つめザークは笑みを保ちながら口から血を零す。
「グフッ………おいおい、冗談きついぞぉ? お兄ちゃん死んじゃったらどうすんだよ。 でも、まぁ…………強くなったなぁ、ネーウ」
ザークが台詞を言い終えると同時に、ネーウは翳していた手を空に向けた。 直後湖の一部の水がいくつも空へと上がり、人の形に変形する。 全部水でできていて、数は4人、全員が剣を持っている。 そしてネーウが再度ザークに手を翳すと、4人の水でできた兵士はザークに襲いかかる。
「ザーク!」
俺は咄嗟に声をあげた。
グサグサグサグサッ…………
「ゴフッ、ウッ…………汚ぇぜ、ネーウ。 姿形がお前じゃあ…………反撃、できねぇじゃねぇか、よぉ…………」
そう言いながら血を吐き片膝を地に着かせる。 ザークに4方向から剣を刺した水の兵士は、どれもがネーウと同じ容姿をしていた。 水分身というわけか。
そして先程と同様全ては水に戻り、共に傷から血が溢れ出す。
「ザーク! このままだと本当に死ぬぞ! 俺も、もう我慢の限か」
「手ぇ出すな!」
ザークの横顔が俺を睨む。 痛みに堪えながらザークはゆっくり立ち上がる。
「手を出すな、エルト。 ゴフッ…………はぁ、はぁ……あぁ分かってる。 分かってるから、俺が……俺がやるから。 俺、が!!!」
そう言い力強く踏み出す。
「ネーウ……安心しろよ。 お兄ちゃんが来たからには……俺が助けるから。 嫌だろ? もう、もう辛くて辛くてぇ、たまらねぇよな。 大丈夫だ……大丈夫。 俺が、すぐに」
ザークは涙を浮かべていた。 流さないように、グッと堪え続けながら言葉を続けた。
「すぐに………楽にしてあげるから、な? 大丈夫、大丈夫。 大丈夫だぜ。 親父も、お袋もいるから。 みんないる。 また、あん時みてぇに………」
ザークは斜め上に跳躍してネーウに近づく。 もちろん容赦なくネーウはザークに水の槍をいくつも発射する。
「また、笑い合おうぜ……! なぁ、ネーウ!!!」
その名前を掛け声に、ザークは両腕両足に魔法陣をくぐらせ四肢を強化させる。 迫る水の槍を拳と蹴りで蹴散らし、ネーウがいる水面まで辿り着く。 直後、ザークの足についた魔法陣のひとつが足裏に移動し、ザークを水面に立たせた。
「よっし………行くぜぇぇぇぇ!!!!」
迫るザークに対しネーウは瞬時に後方へと飛ぶ。 そしてザークに手を翳した。 直後、湖内の外側辺りから何人もの水分身が出てきて、全員が中心にいるザークへと襲いかかる。
「なんだこりゃ………なんかのお祭りかぁ!! 畜生ぉ!」
迫るネーウの水分身にザークは腕を掲げ、水面に拳をめり込ませる。
「もう、躊躇わねぇ………!! 俺は、お前を救うんだぁぁぁ!!!」
水中をよく見てみると、ザークはどうやら湖の底全てを覆い尽くすほどの魔法陣を展開し、その魔法陣の中心から魔法陣が連なってできた鎖が伸びていた。 その先はザークが握り締めている。 そしてザークは勢いよく鎖を真上へぶん投げるように引っ張りあげた。
直後、なにかが動く巨大な音と共に湖の水全てがザークが引っ張った方向へ持ち上げられたかのように上がった。
底に展開されていた魔法陣は腕や足にくぐらせている魔法陣と同様の性質をしているため、このような馬鹿げたことができたのか。 ということは、ザークは湖の水をそのまま持ち上げたことになる。 どんな腕力してんだよ。
そして上げられた水は、底の魔法陣の傾きによって勢いよく流れ出ようとしていた。 その先にはついさっき後方に飛んだネーウの姿。
「だぁぁぁぁ!!! ネーウ、これで兄ちゃんの勝ちだぜぇぇぇ!!!」
だがネーウは冷静に、上げられた水よりも上に転移してそれを避ける。
「逃がさねぇよ。 エルトの戦法、借りるぜ!」
「は? お前何言って」
いきなり名前を呼ばれて反応を示した時、ザークはゴソゴソとポケットから石を取り出す。
「ん、おい。 それ俺のじゃねぇか!」
「転移ぃ!」
俺の叫びを無視していつの間にか奪いやがった石を使いネーウのすぐ頭上に移動する。
落下するザークの手には先程の鎖が。 その先には水を溜め込んだ巨大な魔法陣がある。 よく見ると巨大な魔法陣は歪んでいて杯のように水を零さないようになっていた。 天井はないらしく、自由落下のおかげで水は今のところあまり漏れ出ていない。
「ちょいと、一緒に頭冷やそうぜ、ネーウー!!!」
そう叫び、すぐ下にいるネーウに向かって鎖を思いっきり投げつける。 同時に、鎖に繋がれた杯状の魔法陣とその中に入っている湖の水も下へ動き出す。 そしてネーウよりも近くにいたザークを飲み込み、次にネーウを飲み込んで、湖があった空の穴に水が落ちた。 まるで湖に蓋をするかのように杯状の魔法陣はぴったり湖の枠にはまった。 中では水が勢いよく波立っている。
そして、いきなり波立っていた水は渦を巻き始めた。 そして渦の中心から勢いよく槍のように鋭く尖った水が飛び出て杯状の魔法陣の中心を貫く。 その水の槍の先端辺りにザークが串刺しにされていた。
「ザーク!!」
「ガフッ……」
水の槍の先端部分から、ザークの血が滴る。 まるで湖の中心から生えたような一本の水の槍が、その勝負を決しているようだった。
「やっぱ……ネーウは強く、なっ……たなぁ。 お兄ちゃんの………完敗だ、ぜぇ…………」
クソ! 俺はここで何をしてんだ! だが、転移できる石が無けりゃあ、あそこまではどうやってもただの人である俺はたどり着けない。 打つ手はなし、か………!!
否! 俺の斬撃ならば、届く!
双剣を鞘から抜き、片手直剣に変える。 柄を握りしめ、構える。
今の俺なら、魔法に触れてきた今の俺ならば!
「瞬刻式一等、風薙ぎ纏い舞い狂え。 炎嵐!」
唱えながら、一歩前に出て横に一回転し勢いをつける。 その間に剣に風が静かに荒く纏い始め、次に小さな火花が混じる。 そして鋭い水の槍目掛けて剣を振る。 斬撃は風を纏い水の槍へ放たれ、火花は爆発し炎を巻き起こさせる。 そして周りの空気をさらに巻き込み風となり、水に触れた途端、水を巻き込み嵐と化した。
「「っ!?」」
ザークとネーウはその攻撃に驚愕を隠せずにいる。
異世界転生人なめんなよ。 俺だってやる時はやる男だぜ。
「へっ……余計なことしやがって……!」
そう言うザークの口角は上がっていた。 ネーウは俺の目の前に転移してくる。 俺はすぐに相手の攻撃に身構える。 が、
「ごめん、なさいっ………」
「えっ……?」
いきなり話しかけられた? 何故謝って……
そんな思考を遮るように、ネーウの背後にザークが転移してくる。 それにすぐネーウも気づき、また転移を使って湖の中心に戻った。
「はぁ、はぁ………助かったぜエルト。 お前のおかげで、俺はまだ、戦えそう、だ……」
傷口から血を流しながら言うザーク。 もう戦わせてはいけないと俺は判断し、声をかけようとするが、その前にまたすぐ転移を使いネーウの頭上に移動する。
「2回戦の、始まりだぜ! ネーウ!」
ボロボロのはずなのに、痛いはずなのに、ザークは笑みをずっと保ったままネーウと戦い続ける。
だが、そんなザークにネーウはすぐに転移で距離を詰めて、空中では不利な状況下にあるザークに攻撃を仕掛けてきた。 殴るモーションで右肘でザークの顎を横から強打。 そのまま流れるような動作で、右手の甲で目潰し。 反撃に転じようとしていたのか、動き始めていたザークの右腕を封じるように、右肩辺りに左ストレートを入れるネーウ。
「いっ……!」
一瞬、痛みに悲鳴をあげるザークなどお構い無しに、次は右手で左手首を掴み内側に引き寄せて、思いっきり下に引き下ろすと同時に左肘に右膝蹴りを入れて、ザークの左肘の骨にヒビを入れる。 そして、左手首を離しザークの胸の溝に左足で蹴りを入れる。 上手く踵を溝にめり込ませ、瞬時に距離を詰め両手でザークの後頭部に手を回し、こめかみに膝蹴りを強打。
「ぐっ……!」
そして手を離し、最後に左拳で再度顎にアッパーを喰らわせる。
俺はそれらの攻撃をただただ見ていることしかできなかった。 否、俺は迷ってしまった。
ザークは気づいているのだろうか。 ネーウの機械じみた無表情な顔、けれど片目から涙が溢れ出ていることを。 涙は宙を舞って湖へと落ちていく。
そしてネーウはザークの腹に両手を重ねて当て、
「空波、爆砲」
そんな呟きと同時に重ねた両手から、いつもの空波の数十倍の威力の衝撃波が放たれて勢いよくザークは吹き飛ばされる。
「ザーク!」
ザークは森のさらに奥へと飛ばされてしまった。
そしてネーウは俺の方を見て少しずつ近づいてくる。 口元が微かに動いている。 だんだん近づくその声は、何度も何度も謝罪を繰り返していた。
俺は双剣を持ち構える。
どうすればいいのか、俺はもう分からなくなっていた。 倒すことで彼女は解放される、なんて自分の都合のいい考えくらいしか思い浮かばない。 けれど、現にそれしか今自分ができることはない。
「無力で、ごめんよ」
未だ涙を零し続けるネーウに、 俺はいつの間にか足元に転がっていた転移石を拾い走り出した。
読んでくれてありがとうございます。
次回、再戦 エルト対ネーウ。
次も読んでくれると嬉しいです。




