いつかの記憶と笑顔
いつもより遅れての投稿です。
楽しんでいただけると幸いです。
俺はあの戦いを思い出していた。
「お前は、たしかルーダ博士と話していた……」
「ンだァ? お前聞いてたのかヨォ」
ニヤリと口角を上げ睨む鬼人。 角を額から一本生やす奴は、魔獣の大群の戦いで最後に戦った相手だ。 そして、最後にルーダ博士の台詞に怯え姿を消した鬼だった。
「だがシかし、まさカぁあの野郎の仲間に出会えるタァ、今日はついてルねェ」
「なんのことだ」
俺はそう言いながら、静かに左腰の鞘の剣の柄へと手を伸ばす。
シエルの気配は感じない。 という事はまだこの状況に気づいていないってことか。
不幸だ。 だが、そうそうない機会だ。 ルーダ博士の話を聞いてなお、鬼人がルーダ博士をあんなにも恐れる理由が分からない。 ここは奴をなんとか捕らえて、聞き出したいものだ。
様々な思考を巡らせ、左手で左腰の鞘から剣を抜き、低い体制になる。 片方の剣を逆さに持っているので、軽く半回転させ持ち替え、相手の方へ走り出す。
「おォおぉ、威勢がいいナぁおィ」
そう口を動かす鬼人を視界に捉え地を蹴るが、気づいた時には俺の目の前に移動していた。
「なっ!?」
眼前の鬼人は楽しそうに笑い、俺の腕が動くよりも早く、俺の顎に膝蹴りをいれてくる。
「ぐふっ!」
軽く宙を舞う俺に、鬼人の右脚が動くのを視界の端に捉えた。 俺は反射的に左腕を横に構え、防御の構えをとる。
鬼人はそれを一瞥した後、少し上げた足をそのまま戻して地団駄を踏む。 そのまま勢いよく回転して、左足での回し蹴りをしてくる。 左腕に全力を注ぎ防ごうとするも、そのまま飛ばされてしまう。
「ぐぁっ……!」
地を転がる。 自力で止めようとしてもなかなか体は言うことを聞いてはくれない。 そして数秒後止まり、すぐに起き上がろうと地に手をついた瞬間。 目の前に鬼人が来て、足を振り上げていた。
「っっ!!」
怯えるように、俺は目を見開いた。 同時に鬼人はにやけながら、倒れている俺の顔面を蹴り飛ばす。
「いっ……!!!」
痛てぇ……!!!! 骨が、筋肉が、軋む。 壊れてしまう。 痛い、痛い。 痛い! 痛い痛い痛い!!!
同じ言葉が頭の中駆け回り続ける。
また飛ばされ、血を宙に吹きながら青空を一瞬眺める。 そしてすぐに訪れる着地音と痛み。 呼吸は荒くなる一方だ。
「弱ぇナぁおいおいおいィィ!!」
軽く跳躍をするように大ジャンプをして、俺の体を挟むように着地。
俺の身体は痛みのせいか動かない。 精神も不安定になっていくのを感じる。 無駄に唾が口の中、溜まる。 鉄の味もしてくる。 鼻からはだらしなく、血を鼻水のように垂らしていた。 手も足も、ろくに動かせないのに、震えている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………」
「無様ダナぁおい。 それでも男ですかイぃ? アァ?」
思考が、思考が、ぐちゃぐちゃに、なってき、た………
「おいおい、なんとカさァ、言えよォ」
そう言うと、鬼人は俺の胸ぐらを掴み持ち上げる。 そして軽く上に投げ飛ばして、
「んじゃァ、いっぺん死んドくカいぃ」
そう言って、構える。
「お前もあの場にイたんだカらよぉ。 ドんなモんかと期待しちまッたジャねぇかよぉ。 だが」
俺は宙を舞い、頭から落ち始める。
「大剣も、使ウことスらねェとはなァァっ!!!」
そう叫び、落下中の俺の顔面に、めり込むほど拳を叩きつけてきた。 そのまま後方へ殴り飛ばされ、木に激突する。
「がはっ……」
血が嗚咽とともに流れ出る。
涙も唾液も止まらない。 止められない。
なにをしているんだよ。 もう死んじまうぞ。
無意識的な意識下の自問に、俺は答えを思いつかない。
「全然弱いナぁ。 この程度ジャぁ復讐にもナりゃシねぇ」
その時だったーーーーーー
「えると!」
呼ばれた気がした。
誰に……?
それはもちろん、君に。
「大丈夫? ……大丈夫! 私が来たからねっ! もう安心だよ!」
そうだったな。
小さい頃から、いつも。
正義の味方に憧れ。 心配した後に、安心を与えるような気合いを入れるような形で、同じ言葉を繰り返して。
女の子なのに、強かった。 君が俺の背を押した。
空港で別れる、あの時だって……
「えると!」
分かっている。 これは、言わゆる走馬灯ってやつだ。
ってことは。
あ、そうかーーーーーーーーーーーーーー
俺はもうすぐ死ぬん、
「エルト!!!」
「んっ……?」
いつの間にか閉じていた重い瞼を開ける。 するとそこには、シエルが俺と鬼人の間に入って俺を庇っていた。
「エルト! 良かった! エルト、今すぐここから逃げて! あとは私がやるから!」
そう言うシエルも、もう傷だらけだ。
「なかなかやるナァ女ぁ。 ならお前ヲ殺して、あの野郎への復讐にシてヤロウ!!」
そう言うと、今まで何も無かった鬼人の背に大剣が現れる。 そして鬼人はその大剣を抜いた。
やばい。 シエルが、殺される!!
そう本能的に思った。 だがそのような思考をするよりも早く、俺の体は動いていた。
血を垂らして、傷を負って。 それでもシエルの横に並ぼうと俺の体は起き上がろうとしていた。 痛みなんてまるで気にしないように、木に手をつけて立ち上がろうとしていた。
震えが少しづつおさまっていく。
そうだ。
俺は、なんのために。
なんのために、強くなった。
走馬灯を中心に、今まであやふやだった前世の細かい記憶などが思い出されていく。
「いつも守られてばかりだったんだ」
それを俺はいつも見て。
「かっこいいなって、心の底から思えたんだ」
「はァ? 負け犬ぅ、今更なにを言ってルんだ。 頭でもおかしクなったカ?」
嘲笑しながら鬼人は言う。 シエルも俺の声を傷を抑えながら静かに聞いていた。
だが、鬼人はずっと大人しくしている訳はなく。
「まぁいい! 死ネぇぇ!!」
そう言って大剣を構えて、真横に振る。 だが、構えていた時に奴は気づくべきだった。
鬼人の懐に俺は移動していた。 音も気配も無く、空気と化し溶け込む。 鬼人はそんな至近距離の俺の存在には気づかずに剣を振っていた。
その瞬間、息を限界まで吸い込む。 鬼人が気づくよりも早く。
「どこを見ているっっ!!!!!!」
突然現れた大きな叫びと気配、殺気、殺意、気迫、緊張、存在。 全てが奴の唐突の一瞬の出来事となるが。 その唐突な衝撃は、充分と言っていいほど、隙をつくった。 懐から現れたと錯覚すらするほど奴は混乱や驚きなどを隠せずにいた。 もちろん、大剣はシエルに当たる前で止まっている。 優位な立場から一転、瞬間的に逆転された鬼人の体は、震えていた。
俺は腕と拳に力をめいいっぱい込めて、鬼人の溝に思いっきり叩き込む。
後方殴り飛ばされた鬼人は、唾液を宙に舞わせながら数メートル飛んでいく。
「……そんな覚悟じゃ」
片方の剣を抜き、地を蹴る。 軽く抉れた地を背に、一歩一歩奴に近づいて、フラリと立ち上がって構えをとった直後の奴の腹に飛び蹴りをくらわす。
「俺は倒れねぇ」
相手にXの文字を描くように腕を振り双剣で深く深く斬りつける。 血が飛び散り、後方の木に勢いよく激突。
「シエル、こいつを拘束してくれないか」
「わ、分かった」
俺の変貌になにも理解できていない表情で、シエルは鬼人を魔力でできた鎖で拘束した。
鬼人は気を失っているらしく、容易に拘束できた。
「え、エルト。 なんか、変わった?」
拘束し終えると、シエルは真っ先に俺に聞いてくる。
だがここで転生してきました、なんて言える訳もないので俺は焦りながらも口を開く。
「え、えーとな。 俺実は所々記憶喪失でさ。 たった今その、あの、記憶の一部? が結構思い出したんだよ。 だから、えーと……これが本来の俺! 的な…………まぁそういうことだっ!」
「…………」
おぅ……めっちゃ怪しんでるぅ……
そのようなシエルの疑問に満ちた目線から顔を逸らして、鬼人が起きるのを待った。
■■■
「むぅ……何度分析しても嘘にならない……」
「いやもう何十回目だよ。 言ってるじゃん! 俺は記憶が少し戻っただけだって!」
辺りは暗くなってきている。
そろそろ帰りたいところである。
「っ………」
「おっ!」
ついに拘束した鬼人が目を覚ました。
鬼人は自分の今置かれている状況を察して、俺達を睨みつける。
「くっ……まだ死んデいなかっタのか……」
「やっと起きたか鬼人さん。 さっそくだが、教えてもらうぞ。 ルーダ博士との会話の件について」
「ルーダ博士……誰ダそいつは。 知らンな」
無視せず話してくれるような空気で鬼人は口を開く。 が、ついこの間画面越しに会った者の名前すら覚えていないとは。 とんだ馬鹿野郎なのかなんなのか。
そして会話にシエルも入り込み、質問を投げかける。
「画面越しで何やら話していた博士だよ!」
「画面越し……………っッッ!!!」
その途端、鬼人は震えだす。 よく見ると、汗がブワッと溢れ出すように、滴らせている。
そして勇気を振り絞ったかのように、鬼人は口を開いた。
「そウか……大方何故恐れてイるのかなんテ聞きたいンダろうナ貴様ラは……」
ガタガタと震えながら話す鬼人に、俺達にも緊張が走る。
「だガなぁ……そんナ恐れ多い事ォ、話せル訳ガねぇんだヨなぁ!」
そう言うと、鬼人になにか目に見えぬなにかが集中するのが感じる。
「なにをしている……?」
「エルト! これは自爆だよ! しかも多量の魔力を集めている……っ! ここ一帯が吹き飛ぶ威力だ……」
「なんだと!?」
それじゃあ、こいつは。 話す気がねぇんだな……?
「おぉ怖い顔するナヨぉ。 ヒントだ。 ヒントをやろォじゃねぇカ」
「ヒントだと?」
今も尚震えている鬼人は魔力を集中しながら言う。
「る、ルイダって名前ヲ、追えばいイ。 調べレば、貴様の望む情報デも手に入るンじゃねぇカぁ?」
ルイダ……たしかルーダ博士の本名だったはず。 偽名を使ってるってことはなにか隠したいことがあるから本名を名乗らないのか? こいつの言ってる通りに調べればなにか知れるか?
だが、そんなことルーダ博士にバレたらなにされるか分かったもんじゃないな。
「シエル、博士は天界都市からいつ頃帰ってくるんだ?」
「ん、えーと……」
「て、天界都市だとっ!!?」
いきなり驚く鬼人にシエルも驚き、それを見て、あ、可愛い。 なんて思いながら鬼人に「なにか問題でもあるのか?」と聞いた。
直後鬼人は笑う。
「そうカっ! そうかソウかっ! ……ついにやるのカ!」
そんなことを言いながら、ますます魔力の集中を早める鬼人。
「なにをやるんだ」
俺は軽く睨んで聞く。
「なにヲやるカッて? はハッ……幕引きダよ」
途端に鬼人は光り出す。
「っ! ………いきなり魔力増幅!? え、エルト! 私に掴まって!!」
そう叫ぶシエル。 つ、掴まれって言っても、女性にそんなことしたら犯罪……
「はやくっ!!」
「はいっただいま!」
そしてシエルは先に描いてた魔法陣に魔力を注ぎ、来た時みたいに転移した。
一瞬でいつの間にか景色が変わっていた。
そして俺の表情もついさっきの平和ボケしたやりとり後の表情とは思えないほど、険しくなっていることだろう。 もちろん分析されたくはないので、シエルに背を向けている。
「ルーダ博士、いや。 ルイダ・テミファル・ヴァース……何故あんたがあの長い過去話をしたのか。 それに、幕引き……」
聞きたいことは山ほどある。 しかも幕引き……
なにを終わらせるつもりだ? 博士。
「シエル」
「なに?」
「明日は休みにしないか。 準備とかしなきゃいけないし」
「準備? なにかするの?」
「ルーダ博士に会いに行く。 今すぐにでも、聞きに行かなきゃいけないと思うんだ」
なにかが急かす。 手遅れになる前に、と。
「でもルーダ博士はそのうち」
「帰ってこないよ。 きっと帰ってこない。 だから……」
できるだけ、悟られないように。
軽く微笑んで。
「明後日、天界都市へ行こう」
今の俺なら。 戦える。
異世界に来て、やっと俺も戦場に立てそうだ。
もう失敗しないように。 全力でいこう。
そして知らなくてはいけない。
なにかを終わらせようとしているルーダ博士から。
全てをーーーーーー
その時、彼女は微笑んだ。
「エルトなら、そう言うと思った!」
シエルは笑顔で、出迎えるように。
そう言った。
何故か、とても不思議な気持ちになった。
あれ?
そんな謎の疑問符を思い浮かべて。
答えは出なかった。
まぁ今日は疲れたし。
早く帰ろう。
もう辺りは真っ暗だ。
その時、遥か遠くの方で。
大きな大きな爆発音がした。
あの鬼人の自爆音かなと思ったけれど。 転移する直前に爆破したようなもんだから。
きっと違うだろうな。
って、思った。 だから、あまり気にも止めなかった。
読んでくれてありがとうございます。
ついにエルトは思い出す。
しかし、死んだ時の記憶はあやふやで……
次回は少し短めになると思います。
次も読んでくれると嬉しいです。




