夢を夢で終えた夢達
少し長めです。
楽しんで頂けると幸いです。
ネイチャンside……
全ては爆発と爆風と爆煙と爆炎の嵐に巻き込まれた。 その中には、ロッカスがいた。 何度声を上げても届かない。 叩いても、ここから出ることはできない。
そこに、立っている仲間がいる。 助けなきゃ、手遅れになってしまう。
「ロッカス!!」
叩く。
だが彼は、そんな私に笑顔で答えた。
ダメ、あなたも逃げなきゃ……
それからどのくらい時間が経っただろうか………
気づいた時には荒れ果てた廃れた街がそこに広がっていて。
その中で生き残った人々は彷徨う。
分析をすると、全ての生存者には仮死魔法がかけられていた。
「そうだ……私の、やるべき事。 やらなきゃ……」
なんのために魔力をねっていた。 なんのために、ロッカスが私を生かした。
私は立ち上がる。 仲間の死によるショックに怯む体に鞭を打つように気合いをいれ立ち上がる。
自分を纏っていた壁は溶けて蒸発するように剥がれ落ちていく。 私はその中から出て魔力を集中させる。
「ロッカス、そして。 ソフィア。 見てて」
私を囲むように魔力が懐かしい色をつけ纏い始める。
そのまま宙に浮き、廃れた街全てを見渡せる程度まで上昇すると、そこで魔法陣を片手のひらに描く。
涼しい風に髪がなびく。 風を受けた大砲の翼はその場で大砲を降ろし、白い翼を背の魔方陣から広げた。 同時に頭上の歯車状の魔法陣が光り輝く。 まるで天使である。
それでも歯車状の魔法陣の中心に描かれている小さな魔法陣は、さらにヒビを広げ黒く染まっていく。
次に片目の魔眼に手を当てとある魔法発動の準備のため、魔眼に描かれている紋章に魔法陣を描く。 瞬間、激痛が襲う。 嗚咽が止まらない。 それでも堪えなきゃ。
ソフィア。
今でも思い出す。 恩人。
「ソフィアの夢、私が叶えるよ……」
翼の更に後ろに、さらに巨大な魔法陣を描く。 そして私の目の前に、半円を描くように、魔法陣を前方に向けて並べ展開する。 そして魔法陣を描いた片手を街に翳す。
あなたは恩人なのだ。 与えられてばかりの私だったが、やっと返せそうだよ。
ロッカス。 見ていてくれ。 それと、守ってくれてありがとう。 大切に使うよ。 このいのち。
魔力をありったけ流し込む。
「ソフィアが夢見た、特大治癒魔法。 超修復魔法、完全修復」
ずっとこれを完成させるために、あなたは頑張ったんだ。 あなたは充分に頑張ったんだ。 この奇跡のために、あなたは。
紋章を描く魔眼からは紅い涙が、もう片方の目からは透明な涙が溢れ出す。 口からは血の波が出てくる。
懐かしい色を纏った風が街を包み込む。 次第に時が巻き戻るように、全てが元通りになっていく。 それは建物も人も自然も平等に全てが戻る。 戦艦と敵兵士もまとめて全て。
「ぐふっ、がふぁっ………」
この瞬間のために私はここまで来た。
それだけで私は満足だ。 これだけでもう満足だ。
ようやくこれで。 あなたと顔向けできる。
戦いは記憶から消えない。 でもせめて、日常は返そう……
「ふっ、ふぅっ……」
息が乱れ始める。 翳していない腕から力が抜け、ダラりと垂れ下がる。 その腕は、黒ずんでいて、所々から血を流している。 翼からは、血を滴り始めている羽が多くなってきた。
私は耐え続ける。
あなたの夢を残酷な真実に変えないために。
この魔法は人を救うものだと。 この魔法は素晴らしいのだと。
この魔法を否定されてしまったら、あなたとの繋がりが絶たれてしまうみたいで。
それがどこまでも恐ろしく、悲しい感情が溢れ出す。
それは、悲しいことだ。
「それは嫌なことだ」
更に魔力を込めると身体中が裂けて血が飛び散る。 血が流れる。
片目の機能が停止する。 光が消える。
魔法陣が砕けていく。 翼は羽を次々に落としていく。
「はぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!」
紋章は光輝く。 それとは逆に頭上中心の小さな魔法陣は蒸発するように欠け始めた。
そんな中、思い出されるのは、楽しき日々。 辛き日々。 努力の日々。
カイン、ビーダ、ミーマ、クロート、ラッカー、バーオリー、ロッカス、ルーダ、少女。
ソフィア。
その名を心の中で呟く度に、溢れるこのあたたかく悲しき感情。
ソフィア。
あなたがいたから、あなた様がいてくれたから。
ソフィア。
連れ出してくれてありがとう……
ソフィア、ソフィア、ソフィア、ソフィア………!!!
「………ルーダ」
ソフィアのおかげで出会えた彼女。
ルーダ・テミファルは、やはり。 ルイダ・テミファル・ヴァースだった。
ルイダ。
親友。
初めての、友。
その時、機能を失った光を失って瞼を閉じた片目から、不思議な不思議な。 とてもあたたかいものが流れ出す。
そうだ。 そうだよ。 まだ、また、あなたと、共に、生きて、生きたかったよぉ………
「ソフィア、聞いてるか? 一度大嫌いになったのに、今、こんなにも愛おしく思えて、別れたくないと、思ってしまっている……」
ルイダ、ルーダ……お前は私と別れても、記憶を失っても、お前は独りで頑張っちまうんだな……
翼はほぼ崩れ落ち、展開させた魔法陣も全て消滅した。
「はああああああああああああああああああああああああああ!!!」
全てが元通り。 完了、だ。
落下。
誰も受け止めてはくれない。 何故なら……
「ソフィア、今いくよ。 ルーダ、ごめんね、ありがとね……」
地が見えた。 思わず顔を向けてしまった。
そして感じたのは恐怖。 死の恐怖。 痛みや苦しみなどではない、いつか忘れられてしまうのかという恐怖。
それは、とても、とてもとても嫌なことだ。
わがままだな。 私は。
この期に及んで、まだ生きたいなんて……
「やっぱり、ルイダを助けたいよ……」
地に頭が着く瞬間、ふと目線をやった先には、ロッカスが柄頭に両手を置きながら、立ったまま死んでいる英雄のような姿が見えた。
「ははっ……」
乾いた笑い声。 やりきったんだと、改めて実感する。
生きすぎた私たち、お疲れ様。
グシャリ……
私は悔いを残しながら、願いをどこかの誰かに託して。
恩人の元へ旅立った。
長き生に終幕の音を辺りに響かせ、息絶えた。
■■■
???side……
「………」
死守と自己犠牲。
長く生きすぎたからと言って、死んでいい理由になるはずがないだろうが……
ひとりは勇者として戦い、傭兵長として戦い。
ひとりは逃げるため、復讐のため駆け巡り。
彼は、彼女は、幸せだったのだろうか?
「大佐、そろそろ」
「……あぁ、すぐ行く」
どれも叶わず幕を閉じた。
自己犠牲の上で成り立つ奇跡など彼女の望む奇跡などではなく。
このまま勇者として死守した世界は、君が望む平和を描いてはいない。
そして俺はもうひとりも見つめる。
君もだ。 魔王。 君も死していなくとも、君にとっては死と同義なんだろう?
だからこそ俺は誰一人として、見捨てるわけにはいかない。
「ここからは、険しい道だ」
「そろそろ行きますか?」
「あぁ。 俺達のやるべき事を成そう」
そうして彼らは、姿を消した。
■■■
魔神side……
ネイチャンと呼ばれていた女性の近くに降りて、復元魔法で無残な死体を戻す。 もちろん中身は生き返らない。
そして立ったまま死んでいるロッカスの元に歩み寄る。 目の前まで来て、魔法陣を展開し手を突っ込む。 そこから取り出したのは絵本。 それをロッカスの前に落とした。
「……勇者よ。 懐かしいだろ」
先に死んだかつての友に話しかけた。
風は、吹かない。
「俺達の望んだ平和は、結局来なかったな」
いくら生きても、その現実がのしかかる。
かつて魔族の王だった俺は。 魔族全てから寿命の一部を背負い生きてきた。 今となっては、最後の魔族となった俺は。 なにを求め生きればいいのか分からない。
英雄の姿を見て俺は嘲笑う。 神殺しの武具か……
誰がそんな名前つけたんだか。
その場で胡座をかいて英雄の姿を見つめた。
敵同士。 かつては同じ平和を望んだ友。 唯一の他種族の友。
溜息を漏らし、歴戦の武具を見た。
「神殺しの武具じゃねぇ。 勇者の武具だ。 神なんざいねぇよ……いるのは、何かの象徴だけだ。 勇者が正義の象徴ならば、俺は恐怖の象徴かい。 ははっ……」
心無い乾ききった笑いがこぼれた。
遥か昔、
魔神と呼ばれる前。
魔族を統べる魔王となった。 魔王と言う肩書きだけで魔族以外の全種族から忌み嫌われた。 小さな子どもにも、初対面でありながら、こわいこわいこわいよぉって、大人共からの教えか、俺からただひたすら恐れ逃げていく他種族の子供達を覚えている。
どこに行っても軍が動き俺を討伐しようと、どこであろうと武器を手にした。 俺を庇おうとした者は、誰であれその場で殺された。 何をしても、聞く耳持たず武器を取り襲いかかるだけ。
俺が何をしたって言うんだ。 確かに戦いが起こる世界故に、俺も他種族を殺してきた事などいくらでもある。 だが、それはお前達も同様じゃないか。
それでも、魔族の民達は、ずっと俺についてきてくれた。
だが。
戦争が起きた。 俺の知らぬ所で。
魔族の女、子供が次々と人質に取られ、軍を動かすも、対峙直後に無残に処刑された。 もちろん、それで冷静にいられる奴などいなくて。 怒りを引き金に魔族は前進した。 それを、あることないこと全種族に情報が渡り、魔族絶滅の声が大きくなっていった。
戦いの結果。
俺以外の魔族は一人残らず滅ぼされた。
仕方ないだろ。 さすがの俺でも許せるわけがないだろう。 最後の魔族の生き残りが、その王だったこの俺が。
無差別に殺したって………
その戦い後、世界を転々と逃げていたある日出会ったひとりの人の子。 その手には一冊の絵本。 悲しい絵本。
その本に影響されたのだろうけど。 そいつは魔族を思い、涙を流した。
その後、魔王討伐戦で再会し。
魔神と呼ばれるようになった時代の戦いで再会した。
そして今。
「約束、覚えているか? 全てが笑っている最高な時代、それがお前の言う平和なんだろう? けれど、お前は。 勇者としての平和を選んだんだな。 だから………約束通り殺してやったぜ」
『誰もが、全てが笑っている時代、それを俺は平和と呼ぶ。 それ以外の時代は平和じゃない。 決して。 でも、俺は勇者だ。 勇者だからこその平和という時代も築かれてしまうと思う。 勇者は象徴だから。 そんなものを俺は平和と呼びたくないな。 まだみんながみんな幸せになっていない。 魔族を救えていない。 そうだろ?』
そう言って敵であるあいつは笑った。
『でも、もし勇者としての平和が築かれて、そんな平和を守ろうとしていたら、未来の俺を殺してくれないか? 俺は俺を拒否したいんだ。 たとえ、命にかえても守るべきものがあったとしても、俺だけは殺してくれ。 偽りの平和を保つための英雄になんか、なりたくないから』
『へっ……勇者様はずいぶんとお人好しのようだな』
『魔王のお前には言われたかねぇよ』
明るすぎる純粋な平和を願う少年の笑み。
昨日のように思い出す懐かしい記憶。
「具現化」
その記憶を具現化して花の種に変える。
「開花」
その花は見事に綺麗な黄色と金色の優しいあたたかな光をふわりと宿し花弁を開いた。 中心にいくにつれ純白の色を宿している。
記憶の花。 冥界のとある花畑に咲く、大切な記憶を宿す花。
それを柄頭の上に置いている両手の間にさす。
「ふふっ」
我ながら自分らしくないことをしてしまった。
その場で飛んで宙を舞う。 魔力通信を発動して本部に連絡する。
「俺だ。 生存者一名、俺だけだよ。 今回も皆死んじまったぁよぉ。 敵は殺したぁが、仲間も皆殺されちまったぁ。 いやぁ、悲しいなぁ、悲しいねぇ。 敵さんも一部取り逃しちまったぁしさぁ、辛ぇなぁ。 もう帰還でよろしいですかいぃ? 俺ぁ悲しくて悲しくてぇ」
歪む唇。 目からはポロリと落ちていく。
「涙ぁ止まらねぇよぉ……」
クックックックックックックッ……ハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!!
笑えて涙ぁ止まらんのよぉ!
笑って誤魔化す。 それしか、今は。 できない。
その時俺は。 タイトルの無いあの絵本の内容を思い出していた。
ある日。
村の外れの洞窟。
暗闇から泣き声。 涙滴る音がした。
人々は、それを不気味がり、
石を投げ、火を放つ。
痛み苦しみ悲鳴、
悲しみの泣き声。
誰にも届かず。
日が経って、
骨しか残らず。
人々は、口を揃え言った。
「あぁ、良かった」
うるさい悲しみは邪魔でしかないのか。
手を差し伸べる者は、誰もいなかった。
頑張って耐えてきたのに、
それは最悪な終わりだけを、
呼び込んだだけだった。
耐えるだけ無駄だと知る。
自ら動いて無理なのなら、
孤独のまま死ぬしかないのか。
現実だ。 それが、それだけが事実だ。
理想は理想で終わるのだ。
誰にも届かず、悲しいけれど、
仕方ないのかもしれない。
それしかない。
「……さよならだ。 勇者よ」
戦いは幕を閉じた。
結局は夢で終わってしまったな。
どこまでも優しかったロッカスと言う男は。
たとえ約束を。 夢に反しようとも。
責務を果たす方を選んだのだ。
それは何故か?
愚問だな。
背に仲間がいたから。 ただそれだけだ。
昔となにも変わらない優しさ。 懐かしさを感じる。
途中から堪えていた笑みが溢れ出してしまった。
あいつの最期を感じて、最後くらいどこまでも楽しもうとしてしまった。
かつて魔王だった俺が、この俺が。
子どものように、別れを惜しみ楽しもうとしてしまった。
どうだ、最期の戦いは。 楽しかったろ?
だから、死守しきって死んでも尚、お前は笑っているんだろ?
「………ふっ」
笑顔のまま死を迎えた、友に。
俺は背を向け歩き出した。
英雄なんかに、魔王の涙なんざ。 見せられねぇ。
その後、核都市は一部の地域を除いて、この事件を隠蔽した。
読んでくれてありがとうございます。
失うばかりでも止まれない。
次回、2章最終話。
次も読んでくれたら嬉しいです。




