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半機械は夢を見る。  作者: warae
第2章
26/197

昇る少女と零れる涙

少し間があきましたがまだまだ続きます。

今回も少し長めです。

楽しんでいただけると幸いです。

過去に飲まれた私は、敵を倒す手段としてそれを受け入れた。 だが今、それは後悔へと変わる。 決断を誤ったのだと。 その結果、お前さんを悲しませている。

鼓動が早まる。 かつてないほどに、とてつもない衝動に駆られる。

「ルーダ……だよね?」

震える声が、絞り出た声が、確認を求める。 私が私だということを、心配そうな表情を浮かべて、恐怖に怯えている瞳を向けて。

私はなんてことをしてしまったんだ。 この子を助けようと、ここまで来たのに。 私はこの子を怯えさせているんだ。この子のためと思ってしたことが、この子はそこから恐怖しか感じなかったのだ。

「あぁ……そうだよ」

言葉と共に下を向く。 顔を合わせられない。

だがそれは現実逃避でもあった。 少女の身は、もう…………。 もう私でも気づいている。 今だけだということは。 だが、こんな酷い終わりはねぇじゃねぇか。

沈黙が続く。 静寂が漂う。 死体だらけの重苦しい空気。 この子にはまだまだ早すぎる世界だ。 だがそんな沈黙は、ついに断ち切れてくれるーーーー

「ねぇルーダ……こっち、来てよ」

その弱々しい声に、汚れた私は中々返事ができない。

それでも、普通のとは一回り大きい巨大な改造機械の頂上にいる少女は頑張って声を出す。

「ルーダ……ルーダ、来てよ。 こっちに」

聞けない。 罪深き私が君の隣にいちゃいけない。 このような願いなんか持つんじゃなかった。 あぁ、どうしたら。

その時響いたのは、機械の接続部分が強引に切り離される音。

「ルーダ……」

天。 翼のような幻覚。 光を纏った天の使い。 ふわりと降り立ったのは、幼くて小さくて母親を亡くし、それでも母親が生きてると信じ孤独の中、花に水をあげていた少女が。 母親の最期の最後の愛に生かされた女の子が、その場で崩れた私の目の前に、優しく静かに降り立った。 そうか、もう………。

「泣かないで? ルーダ……」

私よりも少し小さめな手のひらが、私の涙をそっと拭う。 血で汚れていると言うのに、その汚れた手に自分の手を重ねる小さき少女は、ニコッと微笑んで、私に熱を持たせる。

「な、泣いてねぇよっ……」

すぐに自分で涙を拭う。

情けない。 お前さんの目の前で泣くなんざ。

「ルーダ、私ね。 寂しかったよ。 お母さんが居なくなって独りぼっちになっちゃってさ。 でもね、お母さんじゃなかったけど、私よりもとても悲しそうな人に出会ったんだ」

「悲しそうな、人?」

元気に弱々しく話し始める小さき少女。 でも今の所、なにかもどかしい感じがしているみたいだ。 顔になにか言いたげな表情が浮かんでいる。

「ルーダだよ! ルーダは悲しそうだった。 でもね、私と会ってなんか少しづつだけど悲しそうじゃなくなってきたのが分かったんだ。 だからね、この人を幸せにしてやるぞって思ったんだよ」

「幸せって……お前さんなぁ、歳も離れてるのに」

「でも、さっきのルーダはとても悲しそうだった。 だからね、きっと悲しむ原因は、酷いことをするからだと思うの。 ……だか、ら」

急に話している途中に少女の体制が崩れる。 それを咄嗟に私は支えた。 それでも、震えた手を差し出して、小指だけを出し、それ以外の指は折り曲げる不思議な手を出す。

「おいっ、こんなことしてる場合じゃ……」

「ルーダ、これはね。 よくお父さんがやっていたことなんだけど、ゆびきりげんまんって言うんだって。 約束をする時の儀式だよ?」

息が少しづつ荒くなる少女。 どうすればいいんだと焦りながら、瞬時に私は結局、最終的に少女の要望に答えることにした。

優しく小指と小指を絡める。 弱々しい力で握ってくる少女に対して私も優しく握り返す。 すると少女はとても良い笑顔で静かに喜んだ。 そして呼吸を頑張って整えて、囁きかけるように。

「………もう、無理しないで」

その瞬間、私の全てが揺らいだ。 まるで今まで頑張って積み上げた大きいなにかに地震が起こったかのような、揺さぶられる気持ち。 目頭が熱くなる。 少し軽く見開いた目からは、透明な、あるはずのないものが、流れ落ちた。 静かな解放感、重い荷物をやっと降ろしたような感覚。

「ゆびきりげんまんっ……ねっ?」

少女が絡まった小指の手を上下に軽く振る。

「あぁ……」

あぁ。 あぁ、あぁ……。 こんなこと生まれて初めてだ。 そんなことを言ってくれる人間はひとりも居なかったのに。 なんでなんだ。 もうとっくの昔に諦めたことなのに。 よりにもよって何故この子なんだよ。 こんなにも、こんなにも! 私は今、心を実感しているみたいだ。 こんなこと言われたら、悲しく……なるだろうが。

涙が止まらない。 いくら拭っても溢れ出てくる。 この後どうなるか想像するだけで、この世界を壊したくなってしまうのだ。

静かに、微笑む少女は静かに……私の表情を読み取ったのか、私の言葉を待っている。

「私は」

絞り出せ、今しかないのだから。

「私は!」

言わなくちゃいけない。 伝えたいんだ。 後悔はもうしたくないから。

「私は……」

もう、最後……最期なのだから!

……………

あぁ、そうだよ。 もう二度と会えないんだーーーーーー

バサッ……

「っ……!」

残酷な世界の、静寂と死体だらけの部屋に響き渡るのは、私が着ている服が靡く一瞬の音。 そして耐えるように息を呑む少女。 私は優しく少女を抱きしめて、耳元で優しく静かに囁く。

まるで、子どもをあやす母親のように。

「ーーーーーー私は。 お前さんの瞳になにを写せたんだろう。 私は。 お前さんの耳にどのくらい私の声を刻めたんだろう。 その記憶に、私はどれだけいるんだろうか。 亡き母親の悲しみを、一瞬でも癒せただろうか」

『亡き母親』と言った瞬間、少女の瞳には涙が静かに浮かぶ。 それは、答え合わせ。

「気づいていたんだろう? 堪えていたんだろう? 大丈夫だぜ、お前さんはもうひとりじゃない。 しかもな、お前さんと出会って、花のある場所から去るときに見たんだぜ? お前さんの母親を。 本当だよ、長い髪の半分くらいを細かく絡めて、左目は薄い青空の色して、もう片方は、濃い青色の義眼」

その直後、少女の目から一筋の涙が流れる。 ギュッと口を結ぶ。

「本当はお前さんの近くにずっといたんだよ。 そして去り際に頭を下げて、私にお前さんのことを任せたんだ。 どこまでも、お前さんを想っていたんだ」

涙はいくつもの筋をつくり流れる。 嗚咽が喉からこぼれ出す。

「私は、あの頃のお前さんを見て、昔の自分を重ねたんだ。 私には母親という存在がいない。 だから、独りぼっちの孤独なお前さんを、何かを信じ続ける孤独を懐かしく思ったんだ。 まるで過去の自分を助けるような感覚でお前さんと関わった。 でもよぉ、お前さんの母親はすごかったんだ。 あんなに愛してくれる人間はそうそういねぇ。 で、お前さんと関わるうちに思ったんだ」

目線と目線を合わせる。 コツンと額と額がぶつかる。 鼻と鼻の間はほんの少しだけ。 涙で濡れた目を見る。 瞳に写る私の表情(かお)は優しく微笑んでいた。 柄じゃない。 でも今ぐらいはいいだろ?

「私はな、お前さんの母親になりたかったんだよ」

初めてかもしれない心の奥底の本心を打ち明けたのは。 熱が籠る。 熱いなぁ、いや、温かいなぁ。 こんな気持ちだったのかな、いつかのお前さんも。

「私だってな。 今めちゃくちゃ堪えてんだぜ? もう、お前と二度と会えねぇんだからな。 だから…………あれ? おかしいな、言いたいことがまだまだあったはずなのにな。 全然思い出せねぇや」

いつの間にか、私も涙を流していた。 なにも思い出せない。 目の前に少女がいるのに、今しか言えないのに。 言葉がなかなか上手く出てこない。

「ありがとね……ルーダ」

その言葉と同時に、小さき少女の体が光始める。 纏っていた光は少しづつこぼれ出す。

「どうやらもう、時間らしいな」

少しづつ、少女の体が宙に浮き始める。 それを止める手段は、もうない。 私にはもう、少女を見送ることしか、できない……。

「ルーダ、ありがとう。 私と出会ってくれて、皆と出会わせてくれて、お母さんの花を育ててくれて、ありがとう」

泣きながら私に言うその声は、私の心にストンと落ちる。 身に染みる、声は、高く昇る。

「ルーダ……大好きだよ」

っ! ふいに私は手を伸ばした。 もう届かない場所にいる少女に向かって、届かぬ願いと共に手を伸ばす。 まるで、優しき天使が、天に帰ってしまうみたいに、静かに昇っていく少女に。

とてももどかしい、温かすぎるこの気持ちにより、衝動は治まらない。 目からは涙が止まらない。

待って……。

初めての熱い感情が、私を動かせる。 そんな私を見て、少女は優しく困った顔で微笑んだ。 光と共に、昇る少女……溢れ出す光の粒。 血だらけの汚れた手は、美しき天使を触れられないようだ。

「行かないで……」

初めてなんだよ。 こんなに愛おしく感じるのは、守りたいと思うのは! でも、守れなかった。 お前さんを怯えさせてしまった。 救えなかった!

苦しいよ……。

「ルーダ」

きっと最後になるだろう、最後の呼ぶ声は。

「私を愛したように、この私も愛してね」

最期を悟った、最後の言葉と共に、私に微笑みかける。

「私を、愛してくれて……ありがとう!」

私の、ふたりめの、おかあさんーーーーーーー

「っ!!!」

光は溶けるように消え、天へと昇るそれは。 半機械となった体と、新たな命を落として、消え去った。 そして、落ちてきた少女の体を受け止めて、抱きしめる。

「うっ………うっ…………うああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

涙が止まらない。 あるはずのないものが、零れ続ける。 天を仰いで、泣く。

もういない。 もういないんだ。

私は欲張りなんだぜ、もっと呼ばれていたくなるじゃないか。 なぁ。 どうしてくれるんだよ。 お前さんがいないんじゃ、この気持ちもいつか忘れちまうかもしれないだろう? 忘れたくない。 忘れるものか。 私の中に深々く刻んでやる、この想い。

あぁーーーーーーー

思い出してしまう、お前さんとの日々が、もう懐かしく感じてしまう。 さっきまでここにいたのに、もう時間が忘却へのスタートを切らせようとする。 改造が無ければ……そんなことを考えてしまうよ。

少女がいた冷たい体は、なにも声を発しない。 なにもしない……。

「痛いよ、なにも知らなかったこの胸が……苦しくて仕方ねぇよぉぉ」

吐き出すように、誰にも届かない声を出す。 静寂な部屋には、ひとつの泣く声。

いつかの別の時代に出会っていれば、お前さんともっと笑い合えたんだろうか。 絶望から遠ざけてくれたお前さんに、なにを与えられたのだろうか。 ここに連れて来なければ、少女は死なずに済んだんだろうか。

ねぇーーーーーーーーーーーーー

「こんな改造……もう終わりにしなきゃね」

ふいに背後から声がする。 振り返るとそこにはカインがいた。

「終わらせよう、僕と一緒に。 ルーダ、幕を降ろす時だよ。 この悲劇に」

カインは手を差し伸べる。 私は涙を拭い、その手をとった。

「あぁ………」

少女の体を抱きしめて、私はもう一度立ち上がる。 終止符を打とう、もう誰も、悲しまないようにするために。

「行こう」

カインが促す。

戦わなくてはいけない。 終わらせなくてはいけない。

その時

ガチャン……

天井裏から出てきたのか、2体の監視機械兵が降りてくる。

「くっ! ルーダはその子を守っていてくれ」

「分かっ」

突如、床が開く。 その音にカインが反応して振り向き、私と目が合うが、視界はすぐに四方の壁に囲まれた。

「えっ……」

呆気にとられたカインの声が一瞬聞こえ、闇に落ちていく。 どんどん深く落下していく。

この子は私が守る……!

自分を下にして、少女の体を抱きしめる。 たとえ、半分機械だとしても。

だけど、機械の部分を見る度、この改造に関する全てに憎悪が湧く。 それでも優しく抱き締める。 さっきのことなのに、もう懐かしく感じてしまう。 涙が上へと飛んでいく。

「もしかしたら、私もお前さんを追うことになりそうだな……いや。 やっぱり死ねねぇな。 お前さんの残したお前さんを守らなきゃな」

強がっても、涙は止まらない。 止まらないんだ……。

読んでいただきありがとうございます!

これからは週に2回投稿できたらいいなと思いますので、よろしくお願いします。

次回は、カインが……戦う!

次も読んでくれるよ嬉しいです。

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