今でも覚えてるよ
今回はいつもよりも長めです。
ついに出会う………!
楽しんでいただけると幸いです。
そうだ、あの日も確か、いつも通りの日々を送っていてーーーーーー
「午前の改造はこれで終わりだ……俺は戻る………」
窶れたれた表情で足取り重く、グリン室長は廊下を歩いていく。 私の横では、カインが震えていた。 窓から空を見ると、青空が広がっている。 天気くらいか、いつも通りじゃないのは。
「散歩でもするかぁ……」
震えるカインはほっといて、私は外に出る。 何気なく、先月行ったゴミ置き場を歩く。 瓦礫と機械の残骸の山々が私を迎える。 とても静かな場所だ。 誰もこんな所に好き好んで寄り付く者など居ない。
歩きながら考える。
いつもいつも改造後に絶望するグリン室長。 いつもいつも改造前に、改造に対して批判的な意見を口にしては改造になると精神が不安定な状態になり、まともに話せなくなる臆病者カイン。 私は別に何も感じない訳じゃないが、あまりに慣れてしまっているので、特に絶望も精神が不安定になることもない。 それを皆口を揃えて『普通じゃない』と言う。 だが誰もが既に納得もしている。
「なにも思っていない訳ないだろーが」
独り言を呟く。 白衣のポケットに手を突っ込み、苛立ちを感じる頭は、歩く足を少し荒くさせた。 感情が無い訳じゃない、心が、無い訳じゃ、ない。 今でも私自身そう思っている。
「可哀想だなぁとか、私だって思えるっつーの」
これでも精一杯生きて……足掻いてんだよ………。
その時、
「っ!」
気配を感じた。 距離はそこまで遠くない。 この先を歩けばすぐにそれは目視できる。 だが、なんだ? 気配が小さい。
恐る恐る歩く。 すると、その先には小さなクレーターができていた。 そのクレーターの中心にそれはいた。
「子供……? なんでこんな所に………」
その小さき少女に近づこうと足を踏み出すと、頭の中で警告がなる。 なにか後悔することになると訴える思考。 根拠の無いエラーが次の一歩を踏み出させてくれない。 時が止まったかのような感覚。 この感覚を、私は知っていた。
「これは……」
断崖絶壁。 生きる、住む世界が違う隔離された世界との感覚。 行ってはいけない、行けるはずもない、そうだ、何故なら。 小さきか弱い少女を不幸にさせる気か。 少女はまだ気づかない。 少女にまだ近づけない。 それでも寄り添わなくては……!
「なんだ、この気持ちは……」
自問自答。 行けば分かるよ。
何処からか響いた声に背中を押され、私は歩き出す。
運命の歯車は動き出すーーーーーー
「き、君ぃ、ここでなにしてる、の?」
慣れない口調にたどたどしく話し掛ける。 自分でも引くくらい変質者っぽかった。
背を向けてしゃがみ込んでいた少女は、ビビることなく見知らぬ私に明るい表情を向ける。 その明るさが眩しすぎて、心にモヤがかかるのを感じた。
「今ね、お花に水かけてるの」
そう言ってまた背を向ける。
「へぇ〜見してごらんよ」
もう口調はいいや、めんどくさい。 私は回り込んで、少女が水やりをしている花を見る。 それは白色と桃色が綺麗に彩り元気に咲いている花だった。 確かこの花は半永久に咲く花のひとつで、花を咲かせるとそのまま何千年も咲き続けるという貴重な花だったはず。 だがどうして、こんな小さな少女がこんな場所で独り水やりを?
「家はどこなんだ? 少女よ」
改造室のチーム員でも、さすがに独りぼっちの少女を見捨てることはできんし、そこまで非人道的行為を好んでいる訳じゃないので、この子を家に戻すことにした。
「お家? 無いよぉ?」
私はその返答を聞き頭を抱える。
………捨て子か。 こんな改造所から近からず遠からずの場所にいては犠牲者になるのは時間の問題だ。 週に3日、収集チームが見廻りや回収をしている。 今日は確か休みだったな。
いや待て。
何故私はこの見知らぬ子に対し、ここまで考えているのだ? 弱い者は人間として扱われなくなるこんな世界で、何故このような無意味で無駄な無価値の子供ひとりを助けようとしている? 全くもって馬鹿馬鹿しい。 今までの私の行いを思い出してみろ。 こんなことが出来るほど、私は善人でもなんでもない。 だが……。
「話すくらいは、いいか……暇潰しにもなるしな」
頭を抱えるのをやめ、私はその場に腰を下ろした。 すると少女は、水やりをする手を止めて、不思議そうにこちらを見てくる。
「話でもしようじゃねぇか、私は今暇なんだよ。 少女よ」
「……私は少女じゃない! 私の名前は、誰誰誰だよ。 あなたの名前は?」
あれ、シエルの名前なんだっけ……? ド忘れしちまったみてぇだ。
「私か? そうだな、誰にも言わないって約束してくれんならいいぜ?」
すると少女は何故だか嬉しそうに、頷いて
「約束する!」
と元気よく答えてくれた。 私はそれに驚く。 少しだけ。
「そうかい、私の名は、ルーダ・テミファル様だ! 世界一の大天才であり、特に改造にはとても………」
私は喋るのを止める。
「改造ってなに?」
その問いで、私は今までしてきた改造に関することを今この場で罪だと感じた。 そしてそんなことを思う心に矢が射抜かれたかのような衝撃を受け、冷や汗を流す。 何とも言えない罪悪感、背徳感を感じる。 今までこの耳で聞いてきた子供たちの声が、一斉に耳の中で鳴り響く感覚に襲われる。 そして震え出す私の体に気づいたのか、少女が日に照らされた、あたたかい手で触ってくる。
「だ、大丈夫だ。 すまない……」
最早その謝りは、今までの犠牲になった子供達へか、取り乱したことへの謝罪か分からない。 後ろめたさだけが後に残る。
「そ、そういや家族とかはどうしたんだ。 貴様がここにいるのだ、せめて母親くらいはいるだろう?」
そう言うと、少女は悲しそうな表情を一瞬浮かべ、それを瞬時に堪えて笑顔を下手に取り繕い口を開く。 その行為からは、慣れを感じた。
「お母さんはね、もういないんだ。 お父さんは、生きてるかもしれないけど、会わない方がいいってお母さんが言ってた」
「そうか……。 ……重い話は無しにしようか! 貴様は何故この花を育てているんだ?」
逃げるように話題を変える。
我ながら無様だ。 この天才である我が……。
「えーとね、この花は目印なんだ。 ここは昔ね、お花畑だったんだって。 お母さんも私と同じ頃には、いっつもここで遊んでたんだって。 でもね、ゴミがいっぱい来ちゃったから、遊べなくなったの。 でもお母さんはこのお花だけは咲き続けられるからって守ったんだよ。 私のお母さんすごいでしょ!」
悲しげに元気よく話す少女。 その声は無理をしていた。
「あぁ、すげぇな……」
慰めるように、優しく喋る。
今までの犠牲になった子供に対しては、ここまで感傷的に感じたりしたことはなかった。 だが、もしかしたら、あの子供達と話しでもしたら私は今みたいに思えるのだろうか。
「そ、それでね? お母さんはこの花がとてもお気に入りだったんだよ。 だから、お母さんは言ったんだ。 お母さんが死んでも、ここを目印にして戻ってきちゃうんだからって。 でもね、まだ来ないんだよ。 もう朝を100回も数えたのに、お母さんがまだ来ないの」
少しづつ弱くなってくる声量。 私の中でなにかが疼く。
「だからね、私思ったんだ! お母さんもきっとまだ生きてるんだって、まだどこかにいるんだって! なのに、迎えにも来ないよ。 おうちももうどこにもないよぉ……」
強弱の波に揺られ、少女は話す。 ポロポロと涙を零して。
「お母さんは……なんで来ないの?」
下を向いていた小さな頭がこっちを向く。
「っ!」
衝撃が走る。
その涙が少女の本心を表していた。 100日以上もこんな場所で、独りぼっちで花と共に、生きてるかどうかも分からない母親の帰りを待っていたのか。 懐かしい感じだ。 現実を教えなければ。 正しい事を教えなくては。 たとえそれが悲しみしか生まないとしても。
「貴様のお母さんは、ずっと帰ってこない。 ずっとだ」
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
少女の叫び声が響く。 耳の中、ゴミ捨て場、心に。 鋭く深く。
私は瞬時に後悔する。 小さき少女に酷いことをしたと、またひとつ罪を犯してしまったと。 だが私にはこれしか思い浮かばない。 すまない。 償いをしなきゃいけない。
「私が言ったことは本当だ、信じてくれ」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だぁぁぁ!!!」
「……」
バサッ
後から思うと、何故そんなことをしたのかと今でも思う。 無意識的に体は動き、小さき体の少女を、冷たかった目をしていた私が優しく抱きしめていた。
「え……」
感情がぐちゃぐちゃになっているであろう少女の口からは、驚きに似た疑問らしき声が零れる。 そして、少女も抱きしめてくる。 私も何て馬鹿馬鹿しいことをしているのかと思っていた矢先に、この仕返しには少々驚くが、
「お母さんと……お母さんと、おんなじだぁぁぁぁぁぁぁ」
息を吐くように、声を出す少女。 私は深く安堵していた。
さて、これからどうしたものか。 午後からの改造もあるしな。
「ん?」
そこで、忘れていたことに私は気づく。
そうだ、今まで改造してきた子供や大人、老人は少なからず罪を犯した者達だった。 格差が激しい今の時代、子供が集団で罪に手を染めるなんて日常茶判事。 大人や老人も然り。 一定の罪を犯した者だけが改造するということが、初めの段階で説明されたはず。 だが、そんな中、捨て子なども紛れていることもまた揺るぎない事実。 ならば、その少なからず多からずの犠牲に少女も入る可能性が高い。 ならば、この天才が守らなくて誰が守る。
「よぉし、私の権限で貴様を守ってやる! 100日以上どう生きたかは知らねぇが、そのお母さんが来るまで私が貴様が普通に生きられるよう手配してやる!」
高らかに宣言する。
絶対に改造なんざさせねぇよ。 この子は守る。 私が守る。 カインの言うことも理解できた気がするぜ。 あいつは、良い奴だな。 捨て子の犠牲者を減らしまくる!
「この花も、3日に一度は必ず私が責任持って水やりに来てやろう! なぁに心配するな。 貴様のお母さんがいたら必ず教えてあげよう。 ……どうだい?」
と、抱きしめながら声高々に空に向かって話す。 そして少女の方に向き直り確認をとる。 だが少女は一向に顔を上げようとはしない。 だが私はもう答えをもらった。 この泣き声は悲しみに包まれちゃいない。 少なからずあるが、嬉しさが勝っている。 そんな気がした。
「うんっ、うんっ……ありがとぉぉ……」
抱き締める力が強くなる少女。 何歳かは分からないが、よくそんな小さい体で、こんなにも長く孤独と共に生き抜いたもんだ。 おっと、花もいたんだったな。
「んじゃあ、さっそく行くぞ?」
「うんっ」
手を繋ぎ、クレーターから出た直後、気配とは言えない気配を感じ、目線をクレーターの中心に移す。 すると、
「っ!!?」
そこには、ひとりの女性が立っていた。 そしてその女性は泣いていた。 涙を静かに流していた。 そして深くお辞儀をする。 涙が、普通の落下よりも遅く見えた。 時がゆっくりと流れているような……。
あぁ、そういうことかい。 なるほど、どおりで生き抜ける訳だよ。
『娘をよろしくお願いします……』
それは光でできた姿。 きっと、いや間違いなくこの子の母親だ。 幽霊と言うよりは、とても温かすぎる存在に見えた。
だがその事実は、もうひとつの事実も同時に語る。 もう、この子は自分の母親と会えないということを。 ずっと見えない母親が守っていたんだな。 でも、もう再会は果たせないんだろうな。 先週の冷たい私がもうそこにはいないことを、無意識に感じていた。
小さき、もう独りぼっちじゃない少女を優しく撫でる。
「んっ?」
不思議そうに顔を上げる。
貴様は独りぼっちじゃなかったぞ。 見えず知らずとも、貴様は母親と会えていたんだな。 いつかこのことを伝えなくてはな。
背後のクレーターには、もうなにもいない。 溶けたかのような、蒸発したかのような、そんな感じがした。
手を繋ぐ。 いつかのあの日を無意識に思い出す。 意識はそれに気づかず。
今のこの姿を改造所の誰かが見た場合、誰もが私を2度見するだろう。 自分でもそう思えるほどの変わりよう。 一体この子に会ってから私の中に何が起きているのか、今のこの時の私には知る由もなく、その歩みは改造所へと向かっていく。 その果てに、この子の幸せがあることを願って。
読んでいただきありがとうございます!
次回は、少しづつ変わる日常……。
次も読んでくれたら嬉しいです!




