やる気
今回はいつもより少し少なめです。
楽しんでいただけると幸いです。
「博士、あのシュミレーションの声、博士でしょ」
帰宅すると何故か博士がいたので問い掛ける。 後半から声の雰囲気が博士だったのを思い出す。
「おう、よく見破ったなエルト! そうさ、お前さんを操って遊んでいたのは私だ」
遊んでたって……。 俺はめっちゃ疲れたんだが。
「まぁ戦いが1日目で終わって何よりだが」
「何を言っているエルト。 魔獣族はまだいるぞ? あの光線で全滅はさせられなかった逃げた残党、上位種の魔獣族共がな」
「確かに数十体程、光線を先に感知して逃げた魔獣族がいたね。 あれ全部上位種かぁ」
気軽そうに博士とシエルが話す。 俺はあんなのとまた戦うのかと疲労感とともに絶望感を感じる。 もう疲れたから明日はのんびりしたいんだが。
「全部じゃないぞ。 あの内の数体は最上位種も紛れていたぜ。 こりゃあ楽しくなりそうだな!」
と口を歪ませて俺を見る博士。 え、また遊ぶ気ですか? 後から来る疲労感が想像つかず、俺のやる気は更に落ち始める。 博士が戦えばいいじゃん……まぁ追放されている身じゃ無理か……。 一瞬思い浮かんだ提案は、直後に気づいた事実により掻き消される。
「明日も操られ戦うのか……俺は」
肩を落として、自分の部屋に向かう。 まぁ居候させてもらってるんだし、指示には従うけどさ。
■■■
いつの間にか眠っていたらしい。 俺は夜中目が覚める。 暗闇漂う部屋に、窓から月光が入り込んでいた。 ロマンチックだなぁ。 すると、
コンコン……
「シエルです。 まだ起きてますか?」
シエルが部屋を尋ねてきた。 ラノベ的展開をどこか期待してしまい、目覚めたばかりの目を擦り意識を覚醒させ立ち上がる。
「どうしたの?」
扉を開けると、そこには白いワンピースのパジャマ姿のシエルが立っていた。 なにかグッドと鳴る俺の心には気づかず失礼するねと、要件を言わず部屋に入って来るシエル。 大胆ですよ、シエルさん。 心の準備が……。
「夜中にごめんね。 明日のことについて、エルトが気を落としてるんじゃないかって思って。 迷惑だった?」
久しぶりの違和感。 俺の中のシエルという存在に対する天秤、機械か人間かで、今俺の中では、人間側に大きく傾いている。
「だ、大丈夫だよ。 どうせ博士が操る訳だし、その方が俺も役に立つから。 博士に操られなきゃ、俺はただの役にも立てないゴミみたいな存在だからね」
その時、シエルは表情を変えた。 普通の人間のように感情を露わにする。
「違う………違う!」
最初は顔を下げ小声で言った言葉を、間を置き嘆く様に、もう一度言い直した。
「エルトはゴミじゃない。 エルトはゴミなんかじゃない」
反論してくるシエルが、まるで聞き分けの悪い小さな子供のように見えた。
「でもさ、俺は博士に操られなかったら今日の内に死んでたかもしれないんだぜ? 街だって、シエルだって守れない俺は、ただパートナーと言う理由だけで居候している。 明日も操られてでも戦わなきゃ、俺は俺を許せないよ」
喋り終わった後、しまったと後悔をする。 たまに自分の本音を口に出してしまう時がある。 そしてたった今、その行為をしてしまった。 抜け切れていない疲労のせいか、口が滑った。 シエルの言った事に対して、全くの的外れなことを言ってしまった。
「エルトは………いい人、だね」
いつの間にか下を向いていた俺の顔は、 その言葉に顔を上げる。目を見開きシエルの顔を見た。 そんな、そのような言葉は……前世では………。 とても静かに、半機械人間であるシエルの言葉が、疲労感に包まれた心に落ちていく。 同時に、あの頃を思い出した。
「エルトは、とてもいい事をしてくれているよ。 私に新しい名前をくれたり、人間らしさを与えてくれたり。 最近はね、知らなかった事ばかりで、楽しいんだ。 この楽しいもエルトといて学んだ。 いろんなことを学んだ。 人へ近づいている感じがするんだよ。 ……変かな? 機械がこんなことを言うなんて」
俺は涙を堪えるのに必死だった。 そうか、いつの間にか俺は、シエルに多くのものを与えてきていたのか。 俺はちゃんとやれることをやっていたんだな。 あぁ、それにしても、異世界最高だ。 オタク脳だからか? でも、こんなに他人に感謝されて、ここまで感慨深いのは……あの日以来だな。 ウトミ……。
「変じゃないよ」
良かった。 君に心を教えられてるみたいだ。 じゃあ、やっぱり死ねないな。 まぁ元から死ぬつもりはないが、死ぬの超怖いしな。 よっし、明日も頑張るか。 俺は立ち上がる。
「ありがとな。 うっしゃ、やる気出たぜ! 明日も頑張る為にも今日はもう寝なくちゃな」
「そうだね。 元気出たみたいで良かったよ。 私ももう行くね」
そう言って部屋を出たので、俺も扉へ駆け寄りシエルを見送った。
「明日も頑張ろうな!」
手を振り合い、部屋に戻ろうとすると
「ん?」
廊下の扉近くの床が、不自然に濡れていた。 あの人は本当にシエルが好きなんだな。 俺は部屋に戻り、明日の戦いに備えすぐにまた深い眠りにつく。
■■■
「おっはよう諸君! 昨夜はよく眠れただろ? さぁ、残りの残党狩りの時間だ、張り切って行くぜぇぇ!」
扉が勢いよく開く。 朝からハイテンションで俺を起こしに来たのは博士だった。
「お前さんの覚醒ボタンはここかぁ?」
グサッ
「痛ぁぁぁ!!」
両目を目覚める直前に潰される。 痛みに意識が完全に覚醒するが視界がよく見えない。 こんな朝なら、まだうるさい機械音の方が何倍もマシだ。 なんで今日に限ってそれするかね!
「ハッハッハー! おはよう、少年エルト! 残党狩り行くから、早く飯食って支度しな!」
「ちょっと待て、俺はまだ起きたばかりで……」
少しづつ視界が回復していく。 目の前にはとても張り切っている博士がいる。が、
グサッ
「痛てぇぇぇぇ!!」
「問答無用! 早く食べろエルト!」
そして俺の口に何かが突っ込まれる。 水の味、パンの味、スープの味、ん、これはなんの味? おいこれ、知らない味あったぞ! 何食わせやがった! そんな抵抗は虚しく、早く飲め! と、口を塞いでくる博士。 朝から無駄に体力を使う羽目になってしまった。そこに、
「近所迷惑だよ博士! エルトも早く準備して行くよ。 招集の指令が昨日と同じくかかったから。 場所は南大門付近の住宅街だよ!」
住宅街と聞いて、俺はミオちゃんを思い出す。 そうだ、もう魔獣族による犠牲が出ないように倒さなくては! ドイフーを思い出し、俺のやる気は燃え始める。 無理矢理、口や喉に詰まっていたものを飲み込み、支度を素早くして行く準備を完了させる。
「いつでも行けるぞ!」
瞬間、あのキューブが昨日のように形を変え俺の防具へと変形する。 いつの間にか博士はもう姿を消していた。 シエルも準備完了みたいだ。
『いつでも行けるぜ!』
『ふあぁ……今日もやるんですか。 倒しきれていなかったみたいですね』
通信からは、元気な博士の声とは真逆な眠そうスートの声が聞こえる。 戦いが終わったらスートと博士の関係も聞くか。
グサッ
『ああああああ!! 眼ぇやられたぁぁ!!』
『お前の覚醒ボタンもここか! アッハッハッハッハッ!』
聞き覚えのある音がした直後、スートの悲鳴が聞こえる。 そして博士の笑い声……。
『こ、このクソババアが』
『まだ寝ぼけてるのか? こいつは』
『起きました。 いつでも行けます』
『よろしい……』
スートと博士のやり取りも終え、全部の準備が完了した。
「じゃあ今日こそ倒しに行くよ、エルト! ドイフーの仇を!」
「おう! 駆逐してやるぜ」
『シエルは私が守る!』
『あれ、涙が止まらないや……』
ちなみにまだ俺の眼もまだ涙目である。 痛みがまだ引かない。
そして、戦いは2日目に突入しようとしていた。
読んでいただきありがとうございます!
次回は、決着へ。
次も読んでくれたら嬉しいです。