誰?
今回はデートです(?)
楽しんでいただけたら幸いです。
「いい買い物したなぁ。 エルトに似合ってるよ! その双剣」
「そうか? ありがとな。 これからは練習とかしてかなきゃな」
スート店で双剣を買い、今は自由に建物内をふたりでブラついていた。
「腹もすいてきたし、少し休憩がてら何か食べないか?」
「そうだね。 なんか食べようか」
そう話しながら、近くの料理屋に入る。 異世界来てから食べた料理はパンや簡単な野菜スープなどだった。 質素と思うかも知れないが、機械街では当たり前らしい。 だがそこまで生活が厳しい訳でもない。
カララン……
そこは酒場のようなレストランのような雰囲気で、客が楽しそうに飲み食いしていた。 にぎやかだなぁ。 とりあえず空いてる席に着く。 メニュー表を渡され、どんなのがあるのか見てみる。
「えーと、じゃあこのランチセットで」
「私は……っ……!」
メニュー表を見ていた、シエルの表情が一瞬変わった気がした。 気のせいだろうか。
「こ、このサンドイッチのを、お願いします……」
口調も明らかにおかしい。 なにかあったのだろうか。 嫌いなものでも見つけたか?
「どうしたの?」
「い、いえ何でもないよ。 ただなにか思い出しそうで……」
思い出す? もしかして人間の頃のことだろうか。 でもなんだか苦しそうだ。 なんとか話題でも出して気を紛らわせた方がいいかな。
「半機械人間でも食事はできるんだね。 まぁ今更だけど」
「は、はい。 分解しエネルギーに変える機能など備わってるから、食べた方がなにかといいんだよ。 食事以外にもエネルギーをとる方法はいくつかあるけどね」
返事をする時、落ち込んだように見えたのは気のせいだろう。 それにしても、この世界の機械技術はすごいな。 つくづく驚かされる。
「他の方法って、例えばどんなの?」
「えぇと、陽の光や月の光、大気中にあるランソを取り入れたり、シンプルに電魔力や魔力を吸収したりだね」
ランソ? この世界の空気の名称だろうか。 酸素みたいな二酸化炭素みたいな。 そして電魔力? 電力と似たものか、名称の単なる違いか。 分からないことだらけだ。 その時、
「お待たせしました」
と、注文していたものがくる。 俺の目の前には、いつも食べるものより少し高級そうなパンと鶏がらスープ、唐揚げもどきと果実が置かれた。 地球で言う唐揚げ定食を少しアレンジした感じか? シエルの前にはサンドイッチが置かれる。 そっちは地球とはあまり変わらない見た目だった。
「じゃ、いただこうか」
「はいっ」
少し張り切った様子でサンドイッチを食べ始めるシエル。 だが1口目をした直後、期待外れのような表情になる。 悲しい目をしていた。 そして
「すいません」
シエルが店員を呼ぶ。 異物でも混入していたのかな? おっ、いつも食べるパンと違いが分かるほど食感のいいパンだなコレ。
「はい、何でしょうか?」
すると、シエルは店員の耳元で何かを頼んでいた。 んー、ここらじゃよく聞えない。
「あの、これの……を………して………と……を…………して、あと……をこうするようにすることはできますか? 」
うーん、大事な部分全部聴き逃した。
「なるほど、できますが、それだと金額に少々影響がございますが、構いませんか?」
「大丈夫です、お願いします」
「かしこまりました」
と、店員が去っていく。 シエルは満足のいかなかったサンドイッチを頬張る。 なにがあったんだ? ん、この唐揚げもどき意外といけるな。 あっちの唐揚げには負けるが、あぁこうなると、ご飯が恋しい。 この世界にはないのか?
「不味かったのか?」
「そういうことじゃないけど、ちょっと試してみたいというか……」
試してみたい? お、来たか。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
運命の1口目、シエルがサンドイッチにかぶりつく。 止まった。 シエルはサンドイッチに口をつけたまま、味わっているんだろう。 そんな考えが浮かんだ瞬間。 シエルは機械じみた、でもどこか人間味のある表情で、泣いていた。 機械ではない片方の瞳だけから、流れていた。
■■■ ■■■
時はほんの少し遡り。
私はメニュー表の、あるメニューを見つけたとき、どこか懐かしい感じがした。 これだ! と強い確信を感じた。 何かに期待を寄せて、そのメニューを選び、気持ちを落ち着かせて、来たサンドイッチを口に運ぶ。
すると、声がしたーーーーーー
だけど、何故か悲しかった。 分からないのが悲しかった。
『これじゃあ、違うわねぇ。 よし、この誰誰誰誰が変身させてあげよう! あら、誰誰誰誰も食べる?』
知っているはずなのに、拒む私がいる。 知りたいのに、拒む私がいる。 だから知らないの? ねぇねぇねぇ。
「あ……」
閃く。 思いつく。 否、思い出す? 分からないけど、どこからともなく出てきたアイデアに縋って、私は店員を呼ぶ。
「すいません」
「はい、何でしょうか?」
そこからは、代わりに私の中の誰誰誰誰が話してくれた。 どこかに残るそのレシピ、聞き覚えのあったはずの、それはーーーーー
「なるほど、できますが、それだと金額に少々影響がございますが、構いませんか?」
「大丈夫です、お願いします」
とても不思議な感覚、自分が機械だと忘れてしまうくらいに。 居心地がいい、優しい。
「かしこまりました」
店員が去っていく。 あの誰誰誰誰のサンドイッチが来る前に、これは食べて置かないと。 私は目の前のサンドイッチを頬張った。 悪くは無いんだけどなぁ。
「不味かったのか?」
私の反応を見てか、心配そうに聞いてくるエルト。
「そういうことじゃないけど、ちょっと試してみたいというか……」
この感覚を解くには、とりあえず食べてみなくては……
分析不可能ーーーーー
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
ついに来た。 どこか見覚えのある組み合わせのサンドイッチ。 どこか懐かしく、あの時のように籠る熱を感じながら、あの声を何度も繰り返し流そうとしながら、私はあの日のように?? かぶりついた。
あぁ。
心の中、溜まっていた息をゆっくり吐くように呟く。 これだよ、と本能が囁く。 私はこの味を知っているの? 何故かは分からないけど、温かい……止める抵抗できず、私の片目から涙が流れ出す。
美味しい……
いつの間にか、忘れていた味覚を取り戻すように歯で噛み締めて、喉に通す。 無邪気な子供のように、サンドイッチを口に運ぶ。 舌が覚えている、 この味を。 だけど、私の頭はなかなか明確には思い出すことができない、
この味を。 悲しいよぉ、嬉しいよぉ。
矛盾している気持ちが、一緒に溢れ出す。 涙も片目だけから溢れ出す。 静かに私は目を瞑る。 そうだったね。 私はこの、あの、温かさを、忘れたくなかったんだよ。
そんな時、ふと頭を撫でられた気がした。 優しく、それは誰誰誰誰を連想するくらい。
否、私は撫でられていた。 エルトに。
「昨日今日で疲れてたんだろう? 分かるぜ、いろいろ切羽詰まって頑張った後の上手いもん食べると最高だよな。 ……今更だけど、ありがとな」
「うんっ、うんっ」
違うよ、でも違わないか。 疲れてたんだ、私は。 彼が来てから、いろんな熱が籠り、泣きたくなってしまう時が多かった。 どうしても、こっちの目からは涙はでないけれど。
私は思った。
もうあの誰誰誰誰も誰誰誰誰も誰誰誰誰さえも誰誰誰すらいなくて、私はどうやら誰誰誰誰らしいんだ。 エラー音が擬似的自我内の鳴り響く。 どうやら、考えていいのは、ここまでらしい。 悲しいなぁ。 悲しいよ。 さっきまで在った『嬉しい』がもう無いみたいなんだ。
「誰誰誰誰………」
ふいに零れた言葉を私の耳では拾えず、私は眠りに着いてしまう。
夢でいいから会いたいな。
■■■ ■■■
「え………」
シエルは、どうやら眠りに着いてしまったようだ。 まだ片方の頬には涙が残っている。 シエルは、今人間だった。 俺には、そうとしか見えなかった。 だがそれよりも最後の一言が俺に半機械人間への関心を高めた。
「やっぱり、シエルにもちゃんといるんじゃねぇか……」
シエルの最後に言った『お母さん』という言葉が、声が、その後シエルが起きてもずっと俺の脳裏から離れなかった。
読んでいただきありがとうございます。
次回は狂う博士……?
次も読んでいただけたら嬉しいです。
未だに前書き後書きがこれでいいのかと心配してしまう……。