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科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第3章
72/72

3-32 騒風

 「本っ当、バカがつくほど真面目よね、あんたたち。」


 両腕を宗次と玲那に預けてゆっくりと森から出てきた僕を、呆れた笑いを浮かべながら迎える魔女。


 「ここでお嬢の手を借りたら、なんか負けた気持ちになりそうだっただけですよ。」


 「まあそこの小娘が侵入してきた時点で、試練はほぼ破綻してるんだけれど。」


 「それは不可抗力だから勘弁して欲しい。」


 「仕方ないから勘弁してあげる。」


 ニヤリと笑う魔女からは、いつもの刺々しい威圧感はなく、昨日の夜2人きりで話していた時のような見た目相応の柔らかさが感じられた。


 「・・・本当に師弟関係ってこと?」


 「言ったろ、俺たち3人は本当にあの女に面倒を見てもらってたんだ。王都でどんな噂が流れていたのかは知らんが、俺たちにとっては恩人ってわけだ。」


 「ただの暇つぶしよ。別に感謝されたくてやったわけじゃないし、下手に懐かれても迷惑。」


 「って言いながら、いつも私たちの修行を手伝ってくれていたんです。」


 後ろからついてきているお嬢はどうやら完全に魔女を敵だとみなしていたようで、僕らと合流するなりすぐにここから脱出することを頻りに提案してきていた。

 まあ、僕らも最初は同じような反応をしていたし、こうなるのも無理はない。


 とりあえずあの木に根こそぎ奪われた魔力をなんとかして回復させたいということで、立ち話を早々に切り上げ塔の中へと入っていく。


 「あー、本当に帰ってきたのですよ!!!」


 「騒ぐな騒ぐな!疲れた全身に響くっつーの。」


 入り口で待ち構えていたエリーゼの甲高い歓声に迎えられると同時に、治癒魔法の提供を依頼する。

 翼を体に当てるだけで僕の魔力がほぼ完全に枯渇していることに気づいたエリーゼは、ブツブツと説教を垂れながらビシビシと背中を叩いて荒療治を始めた。エリーゼ流の白魔術を手に宿した指圧術ってところだ。


 一方、初めて塔の中に入ったお嬢は、この圧巻の本の数やアホみたいに高い天井にそれなりの衝撃を受けているらしく、キョロキョロと周りを見渡している。こんな風に驚いていた時期が自分にもあったなあと思いながら宗次と玲那の方を見ていると、まるで自宅でくつろぐようにテーブルに突っ伏せていた。完全に残業を終えて帰宅した時のサラリーマンのそれだ。


 「話はエフィーから全部聞いているのですよ。もしやとは思っていたけれど、本当にタッツーが白の宝器を手にするまでに成長するとは思っていなかったのです。」


 「白の宝器って、あの剣のことか?」


 背中から全身に染み渡るように広がっていく優しい魔力の流れに脱力しながら、僕は話題に上がった白い柄を懐から取り出す。


 「まさかそれをまたこの目で見る日が来るとはね。」


 「またってことは、前にも同じものを見ているってことですか?」


 「もうずっと前の話よ。今のあの王子やその上の代よりももっと前の、私の実年齢と見た目がまだ一致していた頃の話。」


 「どれくらい前なのか想像が難しいな・・・。」


 「具体的な時間なんて覚えてないから仕方ないでしょう?」


 とりあえず大昔ということだけはわかった。


 「てっきり俺はその武器は世界に一つしかないと勝手に思ってたけどな。」


 「実質間違ってはないわ。今あるそれが壊れたら、その残滓の魔力がまた長い年月をかけて元の宿り魔木に戻っていくようにできているわけだし。その魔力がなかったら、新しい宝器なんて1000年くらいはかからないとできないでしょうね。」


 桁が違うんだよなあ。1000年なんて何度世代が交代すると思ってるんだ。日本史でもまだ戦国時代どころか鎌倉時代にもなってないんだぞ。


 「その失礼な顔をやめなさい。幾ら何でも1000年は生きてないわよ。」

 

 「じゃ、じゃあどうして魔女さんは2本目の宝器を目にしてるんですか・・・?」


 「だから今言ったでしょ。あんたが持ってるそれは前に私が見てたものが修復されたものってこと。修復するだけだったら1000年も待つ必要がないの。それでもまだ魔力が足りなかったから、あとは直接触れた相手の体に流れる魔力を吸収したみたいだけれど。」


 「吸収って、僕の魔力を根こそぎ奪い取っていったあれのことか?あれって本当は必要ない工程だったのかよ!」


 「急いで力を手に入れさせたいとか依頼してきたあの馬鹿王子に文句を言うんだね。私は嫌々その注文に応えるために、最速で修行をつけてやったんだ。」


 充電100%じゃない状態で触ったから、無理やり電力が流れている別の場所から吸収したってことか。

 本来なら100%になるまで待つところを、王様が急かしてきたから無理やり僕の魔力貯蔵量を増やして供給源にした、と。


 「ち、ちなみにもしあの木に触れた時に僕に十分な魔力がなかったら・・・?」


 「あるいは命まで吸われてたかもね。」


 「おっかねえなああの木!?」


 戦闘しまくって魔力をボロボロにしてたらその時点でゲームオーバーだったじゃねえか!あの猿たちとの戦闘と祠探しに使った魔力以上に使っていたらやばいことになってたんじゃ・・・。


 「だったら最初から祠の場所まで案内してくれても良かったんじゃないですかね!?」


 「楽してあんな代物を手にできるなんて思わないことよ。試練の果てに手に入れてこそ、自分たちの成長を実感すると共に、新たな力を素直に喜べるんだ。それに、この世界で生きていくことを決めたんなら、あれくらいの魔獣はバッサバッサ倒して進めないといつか苦労するわよ。」


 「無駄な戦闘と無益な殺生と魔力の無駄遣いを避けただけだ。過ちの対価が命なんだからこれくらい慎重になって何が悪い!」


 実際それで本当に命が救われた説が浮上してるんだから僕の勝ちだろ。

 


 「あ、あの!」


 そんなもはや慣れた言い合いに割り込むように大声を出したのは、この言い合いに慣れていないお嬢だ。

 

 「色々と頭の整理が出来ない状況で困ってるんですけど・・・、とりあえずタツキさんもソージも前に魔王と一緒にいたそこの女の人も、みんな洗脳とかはされていないんですか・・・?」


 「「「洗脳???」」」


 何やら物騒な言葉を口にしたお嬢は、本気でそれを疑っている様子だった。


 「ずっとこの塔から帰ってこなかったですし、最初はてっきり監禁でもされているのかと。」

 

 「どうせ外に出たところで魔獣に襲われてのたれ死ぬのがオチだし、ある意味監禁状態だったな。」


 「それに、2人とも王都を出た時から雰囲気が変わってましたし。」


 「まあ死線は結構潜ったしなあ。魔法の修行も毎日死にそうになるまでやってたし。」


 「そう、そこですよ!明らかに宿している魔力の質が上がってるんです!てっきりそこの魔女に洗脳されているから、自身のものではない魔力が流れているのかと思ってました。」


 「正真正銘私たち自身の力ですよ?信じてもらえないかもしれないですけど、それだけのことをこのひと月あまり行ってきましたから。」


 過ごした時間の濃さを考えると数年分は修行した気分だけど、実際の時間は1ヶ月くらい。

 たったそれだけの期間で、自分でも言うのもなんだけど相当強くなったと思う。

 それが見た目や気でわかってもらえると言うのは、なんだか少しだけ嬉しい。


 「って何度も言ったのに、全く信じないのよ。あんたたち、どれだけ才能を信じられてないの。」


 「信じられてないのはあんただけだっつーの。」


 自分でもまだ自分の力を信じられてない節があるんだ。特に僕のダメっぷりを結構見てきたお嬢なら、まあ信じられなくても無理はない。

 本当ならここで光速魔法でも披露して驚かせてやりたいところなんだけど、生憎と本日の営業は終了してしまっているもので・・・。



 「ーーーでもガルディン様は確実にこの魔女に洗脳されているんです!!!」


 なんてカッコつけることばかり考えていたら、何やらまた物騒なフレーズが飛び出した。

 なに?王様が魔女に洗脳されてる???


 「「いや、それはないだろ。」」


 見事に宗次と声がハモる。宗次も呆気にとられた表情をしているし、考えていることは同じと見ていいだろう。


 「あの王様だぞ?いくら相手がこの化け物だからと言って、あの人もそれに匹敵する化け物だし。」


 「仮に百歩譲ってそれが本当だったとして、そもそも洗脳をかけた相手が俺たちの面倒を見る理由がないだろ。それこそ王さんだけを洗脳する理由が・・・」


 「じゃあ、あのガルディン様の様子はどうやって説明したらいいんですか!?」


 半笑いで宥めようとした僕らの言葉を遮るように、お嬢は今にも泣きそうな顔で縋るような目で僕を見てきた。


 「洗脳されていないんだとしたら、ガルディン様に一体何があったって言うんですか・・・?」


 わなわなとあの強いお嬢の肩が途端に震えだす。咄嗟に玲那が安心させるように両肩を支えるが、それでも全くお嬢の震えは止まらない。

 まるで、何か心に深い傷でも負わされたかのようなうろたえぶり。

 

 ・・・今まで聞こうとしていなかったけど、もしかして王都の方はまずい状況だったりするのか?


 「この1ヶ月間、何も連絡がなくてずっと心配していたんだ。僕らがいない間にそっちでは何があったんだ?」


 心配するようにそう声をかけると、お嬢は俯きながら話し始めた。


 「実は・・・。」


            *     *     *


 お嬢が少し過呼吸気味に話してくれたこの1ヶ月ほどの様子は、想像の斜め上をいく状態だった。

 

 魔獣の定期的な村への襲撃。

 そして王様の突然の村への襲撃と、監禁状態にある現状。


 特に後者の意味がよくわからなかったけど、とりあえず混沌した状況にあるということだけは、嫌でも理解できた。


 「んで、その王様が狂った理由があんたにあるって決めつけられてるわけだが、何か弁解は?」


 「そんなことをする理由が微塵もないってことくらいかしらね。あとは直接本人に会って、洗脳を解除する様子を見せるか。もっとも、洗脳なんてされてないんだから何も意味はないのだけれど。」


 『そんなことをする理由が微塵もない』

 それは一緒に過ごしてきた僕らからすると、すんなり信用するに値する情報なんだけどそれが果たしてお嬢にどれくらい刺さるか。


 「この際、洗脳されたかどうかはもうどうでもいいです。問題は、ここに来てからガルディン様の様子がおかしくなっていること。少なからずここに来たことで何かしらの良くない情報を得たということでしょう?」


 敵意むき出しで魔女を睨みつけるが、それを向けられた本人は気にしていない素振りで続ける。


 「確かにあの王子と話はしたわ。でもそれはあくまであいつがそれを聞きたいと言ったからだし、私だって半ば強制的に言わされたのよ。それで私が悪者扱いされるのは納得がいかないわね。」


 「何を言ったの!?何を言ったら人をあんな風にできてしまうの!?」


 あんな風にできるってまたすごい言葉が飛び出したな。今の王様の様子はそんなに酷いのか・・・?

 いや、どんな理由があろうと姫様たちを傷つけるような真似は絶対にしなかった人が、お嬢にあれだけ恐怖を刻んでるってことは本当にやばいのかもしれない。


 「この場では言いづらいことなら、後で直接僕だけにでも・・・。」


 「別に言いにくいことではないわ。これは正確には私の話じゃなくて、あの村の男の話だし。」


 「あの村の男って、村長の?」


 「そう。私はあの王子にあいつの過去について聞かれたから、私が知っていることを話しただけ。それで血相を変えて飛び出していったのはあいつの意思なんだから、私は関係ないでしょ?」


 あのボロ雑巾の過去を聞いて、そんなイカれた状態になったってことか?

 ということは、まさか一連の魔獣襲撃事件の原因を突き止めたのか?


 でもだったら僕らに一言伝えてから行けばいいのに、どうしてそんなよくわからない真似を・・・?


 「いったい何を吹き込んだの!?あのガルディン様があそこまで狂うような過去って何!?」


 逃げ場を断つように一気に詰め寄るお嬢に、至近距離で溜息を浴びせかける魔女。


 「はあ・・・。私が教えたのは2つよ。1つはかつて私とあのボロ村長は交流があったこと。そしてもう1つは、その交流を持っていた頃からずっと、あいつの兄とその子孫にいつか絶対復讐してやるという強い恨みを持っていたってこと。」


 「あんたがあの村長を知っていた?あの男がこの塔に来たことがあるってことか?」


 魔女はこの塔から出られないという制約がある。

 となると、あのボロ雑巾が塔までわざわざやってきていたことになる。

 護衛があればここにたどり着くのも不可能ではないか。

 

 「魔獣の脅威から逃れるための方法を求めてきたのよ。そんな方法はないって言ってるけど必ず何か手がかりがあるはずだって執拗に塔の中の本を読ませろって聞かなかった。それでどうしてそんなことを聞いたら、自分の今の境遇を愚痴ってきて、最終的に一緒に王都をもう一度壊そうって持ちかけてきたって話をした。」


 「それでガルディン様が怒ってあの村を襲撃した・・・?」


 「足りてなかったのは叛意の裏付けと襲撃方法の究明とか言ってたけど。裏付けはともかく、襲撃方法については何も言ってないんだけど、気がつけばタツキとソウジを残して村に飛んで行ったわよ。」


 もういい?と至近距離で立っているお嬢から距離を取ると、お嬢も何やらブツブツと聞き取れない声で思考を整理し始めていた。



 ーーー今の話が全てではないな。魔女はまだ何か肝心なところは言っていない。

 そもそも、王様はあのボロ雑巾が先代を殺したことについては、ほぼほぼ確証を持っていたようだったからな。

 とすると、濁したのはその襲撃方法についての方か。それも、あの王様が血相を変えて、真っ先に村を襲いに行くくらいに重要な話。


 ああ見えて王様は意外と頭の中では色々考えているタイプの人間だ。そんな王様が村を突然攻撃するくらいの情報。

 これは相当大事な情報なんじゃないか?


 そんなことを思いながらちらりと宗次の顔を覗くと、どうやら同じようなことを考えていたのか無表情な顔で魔女を見つめている様子が見えた。

 玲那はあの村長のことや王様とあの村の因縁を知らないから、素直に信じてるっぽい。


 「それで、あんたがあの村と今はもう繋がっていないっていう保証は?」


 「証明する方法はないわね。ま、こうしてこの3人の修行に付き合ってたことや、あの王子にそんな情報を流した時点で信じてほしいけど・・・、冷静に考えて別にあんたに信じてもらえなかったところで私に不都合はないのよね。」


 「バカにしてるの?」


 「現実を口にしただけよ。」


 「あんたねえ・・・!」


 「はいはいストップ!!!ここで戦闘とかマジで勘弁だから!!!」


 こんなところでこの2人が魔法ぶっ放したら、塔がぶっ壊れるっつーの。なんでこんなに仲が悪いんだよこの2人。

 

 「タツキさんはどっちの味方なんですか!?」


 「敵味方とかじゃねえよ!時と場所を考えてくれる!?」


 「一旦落ち着けよ、サラ嬢。とりあえず俺たちの1ヶ月に誓ってこいつは敵じゃねえから。とりあえず今は王都に戻った後に何をするべきかの話し合いをしようぜ。」


 「・・・一旦矛を収めます。」


 ったく、本気で魔力を練り上げようとするんじゃないよ。とりあえず宗次のナイスフォローで事なきを得たか。


 「でも戻って私たちがやることなんてもう決まってるじゃない?」


 「そうだな。王様に直接会って、事情を説明してもらわないと始まらない。」


 「何も言わずにいきなり俺たちの前から姿を消しやがったんだ。いくらそれが魔女の言葉が衝撃的だったからって、何もできなかった俺らを平気で置いていく理由にはならねえ。」


 まあやることは僕たちの中では一致しているみたいだし、話し合いする必要はないか。



 「試練も無事突破して、武器も手に入れた。おまけに王都からの迎えも来た。いよいよ出発の時かしら?」


 「はい。魔力が回復するはずの明日の朝にはここを発ちたいと思います。」


 「そう。じゃあ今日くらいは少しだけ食事を豪華にしようかしらね。」


 「お、なんすか。あんたでもそんなことしてくれんですね。」


 「これが最後の晩餐になるかもしれないわけだし、少しはね。」


 「縁起でもなかった!?」


 ニヤリと笑う魔女は、そのままふらっと立ち上がるとキッチンの方へと歩いて、例の異次元空間から食べ物を取り出す。

 この一連の会話に一度も参加してこなかったエリーゼはと言うと、ひたすら無言で僕に治癒魔法をかけ続けてくれていた。今も、自分が料理を作る係だからと言って魔女の方へ飛んでいきそうなものなのに、ただ黙々と。


 その様子に違和感はあるけど、ここで水を差してヘソを曲げられても困るし、あえてここは触れないでおくか。


 「そんなこと言って、料理に毒を盛るつもりじゃないでしょうね!?」


 「その警戒心はすげえと思うけど、残念ながら昼飯を抜いてここにいる俺らにとって、ここで晩飯を食べないって言う選択肢はないな。」

 

 「うん、私もお腹空いたー。」


 「えー・・・、逆に警戒心がなさすぎません?」


 「まあまあ、最悪魔法が仕込まれてたら僕が気づくし多分大丈夫だって。」


 そんな可能性は多分限りなくゼロだろうけど。

 ただ唯一の心配としては、魔女の作る料理が果たして美味しいのかどうか。エリーゼシェフの料理に慣れてるから若干心配というか、そもそもこの人料理できるの?っていう心配が・・・。


 まあ、結論から言うと、エリーゼの数倍料理がうまかったわけなんだけど。


            *     *     *


 「わざわざレナにあの女を外に連れ出すように頼んだってことは、何か勘付いてるってことでいいのかしらね?」


 「僕たちは王様が何度もこの世界をやり直していることを知っているんですよ?あの程度の情報で王様が怒り狂うほどになるとは思えなくて。」


 「それこそ、あの村の人間が王都を襲撃するという確かな証拠を手に入れたくらいじゃねえか?」


 贅沢な食事を終えて、僕と宗次は早速さっきの魔女の話の真相を聞くための作戦を練った。

 おそらく本当のことを言わなかった理由の一つとしてお嬢の存在があるのではないかと睨んだ僕たちは、玲那にお嬢を塔の外へと連れ出して、自分たちが呼びに行くまで時間を稼いでほしいとお願いした。

 仮にお嬢に聞かれて面倒な話なんだとしたら、塔の外に出さないと風魔法の力で会話の内容を全て聞かれてしまうと思ったからだ。


 「王様は当初、あんたがあのボロ雑巾に黒魔術を教えて魔獣を操れるようにしたんじゃないかって疑っていた。それが僕たちを預けて姿を消したんだから、その線はハズレだったんだと僕は思っていた。でもやっぱりあんたはあの男と繋がりがあったんだって聞いた以上、知ってることは答えてもらいたいです。」


 「何を疑っているのかは知らないけど、私はあの男に魔術の類は一切教えていないわ。」


 「それでもあの王さんが正気を失っているって聞いた以上、何かしら重要なことを教えたんじゃないのか?」


 まるで尋問のように、見た目だけはか弱そうに見えなくもない魔女を2人の大の男が取り囲む。

 自分たちがやっていることを見ると、恩人に仇を返しているように見えなくもないけど、今後王都に戻った後の自分たちの行動指針に大きな影響を及ぼす内容なだけに、ここはしっかりと答えてもらいたい。

 ただ、いつもはここでエリーゼの助け舟が出てきそうな場面なのに、僕の治療が終わるや否やそれからずっと1人で考え事をしているようだった。これだけが妙に引っかかる。


 「隠した、と言うよりは詳細を教えていないって言った方が正しいかしらね。」


 「詳細?王様に何を伝えたかを詳しく言ってないってことか?」


 そう、と頷くと、魔女は悩む素振りを見せながらも言葉を続けた。


 「あれから私も何があいつの心を刺激したのかを考えてたんだけど、私の持ち合わせている知識ではどうしてもわからなくてね。ということは、私の持ち合わせていない知識の話なんだろうって。」


 「つまりこの世界線では起きなかった出来事に対して怒ったってことか?」


 「そういうことなんでしょうね。少なくともこの世界ではあいつは自分自身の手で妻を殺してるんだから。」



 ・・・しれっと今、とんでもないことを口にしなかったこの女?


 「妻を自分で殺してる・・・?」


 「はあ?もしかして知らないの?本気で言ってる?」


 「本気も本気ですよ!」


 なんでだ?どういうことだ・・・?

 僕はてっきり王様がこの世界をやり直している目的こそが、その奥さんを助けるためなんじゃないかって思っていたのに・・・。


 「あれか?黒魔術か何かで催眠にでもかかったとか、その奥さんの姿が魔獣に変えられていたのに気づかずに、とかそういうあれか?」


 「真っ先にそういう可能性に気づくのは素直に賞賛するけど、現実はもっと単純よ。」


 「単純・・・?」


 「そう。ーーー王族血合もせずに子供を孕ませた。魔法を一つも使えない人間に王族の子供を産ませようとしたの。」


 淡々とそう説明するが、それの何が問題なのかさっぱりわからない。

 確か王族血合っていうのは王族になるための儀式って聞いたことがあったと思うけど。


 「王族にならないと王族の子供は産めないってことですか?」


 「本当に何も知らないのね。・・・いい?王族の血ってのは、他の人の血とは違う力が宿ってるの。その血の力は強力な分、それを宿す器にも相応の力が求められる。もちろん、もともと王族の血を引くものとして生まれれば問題ないけど、ただの一般人がある日突然王族の血を宿すことになったら、体はその負荷に耐えきれずに死ぬ。だから、そうならないように王族血合っていう、王族の血を身に宿せるようにするための儀式があるの。あんたも王族の娘と結婚するんだったら、それくらい覚えておきなさい。」


 王族の血を宿せるようにするための儀式?僕はただ、王族の血を得たらもっと強くなれるとしか聞いていなかったぞ・・・?

 それこそ魔女の言う通り、もし今後僕がその王族血合をすることになるんだとしたら、その真実を今まで一度も語ってこなかったのはなんでなんだ・・・?


 「その顔、本当に知らなかったって感じだな、樹?」


 「姫様の力が僕にも手に入ることで、魔力適性や魔力そのものを強化できるとしか聞いていなかった。こんなに大事なことなら、前もってこれくらいの説明があっても良かったのに。」


 「ま、女の方が王族だったら子供を宿して死ぬことはないし、あんたに危険があるわけでもない。ただその代わり、生まれてくる子供に王族の血を受け止められる器がなくて死ぬだろうけど。」


 女性側が一般人の場合は、王族の血を宿す子供を宿せないから女性自身が死ぬ。

 男性側が一般人の場合は、子供に王族の血を宿せる力が十分に備わらないから子供が死ぬってことか。

 なるほど、王族の血を絶やさないようにするなら、王族血合は絶対に行わないと儀式ってことか。

 ま、いずれにしろ、そういう関係にはあの王様が許さない限りは絶対になれないだろうけど・・・。


 「ん、でも待てよ。王族血合をしないと子供を産めないんだとしたら、姫様はいったいどうやって生まれてきたんだ?」


 「私も詳しくは聞いてないけど聞いた話によると、死ぬ直前までお腹の中で育てて、力尽きる直前にお腹を切り裂いて胎児を取り出したんだとか。信じがたい話だけど。」


 「き、切り裂く・・・。」


 赤ちゃんを取り出すためにお腹を斬られて殺されたってことか?

 子供欲しさに自分の奥さんの命を犠牲にした、そういうことなのか?


 惨い、あまりにも惨すぎないか・・・。


 「話を戻そう。それを十分に理解しているはずの王さんがなんでそんなことをしたんだ?」


 「さあ?私にあの男の考えていることがわかると思う?それこそ、何度も世界をやり直して頭がいかれたとしか思えないわ。」


 確かに多少はまともな判断力が失われていることはあると思うけど、だからってそれでそんな暴挙に出るとは到底思えない。

 とすると、それ相応の理由があるはず。

 なんだけど、はっきり言ってそれでも意味がわからない。


 だって、仮に僕の説が当たったとしていたら、何が何でも奥さんを守るのを最優先にするはず。極端な話、守れなかったんだとしたら、さっさとこの世界線をやり直すはず。

 いや、そもそも自分の手で、事故でもなんでもない理由で希望を断つ理由がどこにある。

 ということは、最初から奥さんを生き返らせるためにやり直しているという仮説自体が間違っているってことか。


 でもそれって、毎回あの人は自分の奥さんを自分の手で殺してるってことだよな。


 ・・・そんなの、正気の沙汰じゃない。


 「わかったでしょ?私の発言の何があいつの逆鱗に触れたのかわからないっていうのはそういうこと。誰にもあいつが考えていることなんてわからないのよ。」


 「んで、正確には何て言って王さんを怒らせたんだ?」


 「別にそんな大した話はしてないわよ。ああいう輩は、常人には考えつかないような方法で復讐してくるだろうって。」


 「本当にそれだけか?何か具体的な方法とか言わなかったか?」


 「え?ああ、確か適当に思いついたことを言ったような・・・。1人で村に誘い込んで事故死させるとか、こっそり王都に忍び込んで王子の奥さんを暗殺するとか。王族の力を悪用したら、王族血合の邪魔もできるし、王器を奪い取れば王都の制圧だってできるかもーとか言ったっけ。」


 軽いノリでそう話しているけど、その指摘内容は冗談だと思って聞き流せるほど穏やかなものではない。


 というより実際・・・、


 「王様の考えだと、先代が亡くなった理由があの村の救出に行った際にあのボロ雑巾に殺されたんじゃないかって話だったはず。」


 「ただ、私があいつに黒魔法を教えたことは一度もない。何か私の目を出し抜いてやっていたんだったらわからなくもないけど。」


 「あんたの目を出し抜くことなんてできるのか?」


 「できると思っているんだったら、すぐに対策するに決まってるでしょ?仮にどこかに穴があったとしても、それをあんな自分じゃ何もできなさそうな雰囲気を出していたやつに突かれるとは思えない。」


 今の僕たちが束になってかかったとしても、きっとこの人には敵わないと思う。

 それを当時のボロ雑巾たちがなんとかできるかって思うと、根拠はないけど多分無理なんじゃないだろうか。


 そうなると、あの村が元凶だと考えていた当初の計画が狂ってくるんだけど、それでも王様はまるで確信を持ったかのように僕たちを置いて村に突撃していった。

 ということは、さっき魔女が適当に言っていたあの内容の中に本当のことが混じっていたってことか・・・?

 過去に王様の奥さんが殺されたことがある・・・?

 いや、奥さん絡みの仮説はもはや信憑性がないか。でもじゃあ一体何にそこまで怒ったっていうんだ?


 「じゃああんたはあの村に害はないって思ってるってことか?」


 「そうは思わないけど、具体的な方法が思いつかないっていうのが本当のところかしらね。王子に関してはこの世界で起きた出来事だけでは説明がつかないときてるんだから、お手上げよ。起きてない出来事の話をされたってどうしようもないでしょう?」


 そりゃそうだ、と僕と宗次は頷く。


 「だから、あいつを正気に戻すんだったら、やっぱりあんたたちが直接話を聞くしかないんじゃない?」


 「話を聞き出すための材料にはなりそうですし、あとは僕らでなんとか頑張ってみますよ。」


 「面倒な作業にはなりそうだけどな。でもあの人を元に戻さないともっと面倒なことになりそうだし。」


 「もしあいつに会ったら、いつか必ずツケを返しに来いって言っておきなさい。面倒ごとを押し付けて終わりだと思ってたら、また町一つ消しとばすって。」


 「あんたがそれを言うとシャレにならないんですよ・・・。」


 

 まだ考えないといけないことは山積みありそうだけど、まずはやっぱり王様に会うのが先決ってことか。

 魔女の言い分じゃないけど、僕らを勝手に置いてきぼりにしたことについても弁明してもらいたいところだしな。


            *     *     *


 明日にはとうとうここを出る。


 もはや何も感じなくなったこの紙の臭いからも。

 ピーチクパーチクと喚き散らすあの虹色の羽を持つ鳥からも。

 素直ではないけど、なんやかんやでいつも面倒を見てくれていた魔女からも。


 そう思うとなんだか寝付けなくて、僕は夜中に塔の外へ出た。

 本当は少しでも眠って魔力の回復を早めないといけないところなんだけど、眠れないものは仕方がない。

 

 「タツキさん、寝ていた方がいいんじゃないですか?」


 するとその音を聞きつけたのか、外で警備をしていたお嬢が軽い身のこなしでピョンピョンとこちらに駆け寄ってきた。

 一緒に塔の中で眠るよう提案してみたんだけど、なんだか落ち着かないからとこうして外の空気に触れながら眠ることを選んだお嬢。

 彼女の真骨頂はこうして外の空気に触れることだということでその判断を尊重したけど、今こうして改めて久々にしっかり目を合わすと、何やら別の重たい何かを背負っているかのようだった。


 「それとも明日ついにマイヤ様に会えるって考えたらワクワクして眠れないとかですか???」


 それでもそれを感じさせまいと明るいトーンで話しかけてくるのが、やけに痛々しく映る。話に聞いた王都の様子を察するとそうなってしまうのも無理はないのかもしれないけど。

 ということは、姫様はお嬢よりももっとひどい顔をしているんだろうな。


 ・・・ここを離れるのが少し寂しいとか思っていたちょっと前の自分があまりにも情けなくなる。


 「姫様はあれからどうしてる?」


 「・・・タツキさんに嘘をついても仕方ないと思うので正直に言いますけど、かなり無理をされているんじゃないかと。」


 元気にやってますよ!と笑顔で言われる展開なんて全く想像していなかったとは言え、ここまで深刻そうに言われるとは思っていなかった。

 少しは強がって、私たちだけでもなんとか頑張ってます!とかやればできるんです!とか言ってくれるんじゃないかと少しは期待したんだけど、これは自分が想像してるよりも相当やばいかもしれない。


 「さっきも説明したと思いますが、私がこうして王都を離れていることもお爺様や父さんにバレたら大目玉です。それでもマイヤ様は、ほんの少しでも今の状況が改善されることを望んで、すべての責任を負う覚悟で私をここに遣わせてくれました。ーーー私も、決死の覚悟と何が事実でも揺るがない鋼の心を持ってここへ来たんです。」


 こちらの状況が全く伝わっていないし、帰ってきた王様は洗脳されていると思っていた。

 そりゃ僕らの生存が怪しまれていたって不思議じゃないし、魔女と戦う覚悟が必要だったはず。


 王様を洗脳するほどの強力な力を持つ相手の住処に1人で突撃する。

 結果的に魔女がいい人だったからよかったけど、これが仮に本当に世界を滅ぼせる力を悪用するヤツだったとしたら、今回のこの作戦は悪手でしかない。

 きっとお嬢はこの場で魔女に殺されていて、それを聞いた姫様の精神が崩壊。王都の安定はどんどん失われていき、最終的には・・・。


 それすら判断できないところ、今の時点でも相当姫様のメンタルは不安定になってることがわかる。一刻も早く僕らの元気な顔を見せて、王様を元に戻さないといけない。


 「だからあなたたちが無事で本当に良かった。今こうして平和に今日の終わりを迎えられて本当に・・・良かった・・・。」


 「お、おい。何も泣くほどの・・・」

 

 いや、泣くほどのものだったんだろう。

 それほどまでに彼女の心は切羽詰まっていたんだ。

 常に最悪の展開を想像していたんだろう。自分が今日力尽きて命を落とすことだって考えていたんだろう。 

 それが今こうして、あまり景色は良くないけれど、穏やかな外の空気を浴びながら、もしかしたら死んでしまっているかもしれないと思っていた僕と2人で並んで話すことができているんだ。


 いくら強いと言ったって、まだ18歳の少女が背負う想いにしてはあまりにも過酷すぎる。


 「ごめん、心配をかけた。」


 「・・・いえ、タツキさんは悪くなんか。」


 「どんな理由があれ、お嬢や姫様の心をここまで追い詰めた原因を作ったのは僕たちだ。だから、ごめん。」


 何度も死にかけたし、何度も王都に帰りたいとも思った。

 それでもそれに見合うくらいの見返りはあったし、辛いことばかりでもなかった。


 彼女たちがこうしてずっと辛い思いをしている間、僕は少しだけでも楽しい・嬉しいことがあった。

 プラスの出来事があった。


 それを今本人に言うことはできないから、僕はただこうして心を尽くして謝ることしかできない。

 泣いて無事を喜んでくれる彼女への罪悪感を和らげるために、僕はただただ深々と頭を下げることしかできなかった。



 それからしばらく僕らは塔の入口の目の前で横になって星を見ていた。

 下を向いてると涙が溢れそうと言っていたから、じゃあ上を見ていたらいいんじゃない?と返したら、そのままお嬢が仰向けに倒れたのでそれに倣った。


 「タツキさんもこの1ヶ月の間に相当無茶したんじゃないですか?」


 「まあ、それなりには苦労したけど・・・。なんだよ急に?」


 「いえ、こうしてふと2人で静かに過ごしていると、纏っている覇気が完全に別人だと思いまして。」


 空の星を見ながらお嬢は、急にそんなことを言ってきた。

 覇気、なんてそんなの誰も今まで言ってきたことなかったのに。


 「風魔術って便利でしょう?こうして少し集中するだけで『気』とかもはっきりわかるんです。そうやって魔力の気とかを探って相手の場所を探知したりするんですけど、先ほど森の中にいるタツキさんの魔力を感知したときは一瞬自分の感覚が壊れたんじゃないかと思いましたよ。」


 「へえ・・・。自分でも魔力の蓄えとかはだいぶ増えたと思うけど、そういうのがわかるのか?」


 「本当に王都にいた頃とは桁違いですよ?魔力が回復しきっていない今ですらそう感じるんだから、全快したときはどうなってるんだろうって今からすごく楽しみです!」


 「自分でも相当変わった自信があるし、もっとびっくりするかもしれないぞ?」


 「お、大きく出ましたね!?期待してますよ?」


 こちらを見てニコッと笑う顔に大きな安心感と少しのドキドキを抱きながら、僕は早く全快した体であの剣を使ってみたいなんて柄にもないことを少し考えてしまった。

 まるで戦いを自分から求めているような感じがしてすごく複雑な気持ちではあるけど、それ以上に自分はも守られるだけの存在ではなくなったんだってことを、今まで僕らを守ってくれたこの子に早く見せたいという気持ちが勝った。


 それでその次は姫様に見せて、もう大丈夫って言ってあげたい。


 「ただまあ、その、なんていうか・・・、もしかしたら少し喧嘩するかもしれないのでそのつもりで・・・。」


 「へ?なんで?なんか悪いこと、は確かにしたかもしれないけど、喧嘩!?」


 ついさっき、自分は少し今の生活を楽しんでたことを反省したばかりだけど、まさかそれで喧嘩になるとは思ってなかった。

 もしかして、自分が思ってる以上にこれって罪が深い?


 「だってほら、レナさんがいるじゃないですか・・・?」


 「あ、あー。あー・・・。そゆことね・・・。」


 あーはっはっはっは・・・。そういえばだいぶ深刻な問題抱えてたわ。

 確かにこれは喧嘩じゃ済まないかもなあ。姫様、玲那のことライバル視してるもんなあ・・・。


 「レナさんに冷たくされた時のあの絶望していたタツキさんを目撃しているマイヤ様からしたら、そりゃいい気はしないですよね。」


 玲那に絶縁を告げられてメンタルブレイクしていたあの時か。あれは本当に誰の目から見てもひどい有様だったと思う。


 「ちょっとー、都合の悪いことを言われたからって黙らないでくださいよー?」


 「返す言葉がないだけなんだよなあ・・・。」


 どうしよう、これで同じひとつ屋根の下で一緒に修行をしてたなんて言いだしたら、修羅場なんてものじゃ済まないものが生まれるんじゃないか。

 おまけに、その間何もなかったかと聞かれたらそういうわけでもないし。

 これ、意気揚々と帰った瞬間に2度と王都に入れないようになったりしないよな・・・?

 いや、大丈夫だ。玲那と口裏を合わせて何もなかったことにしたらワンチャンある・・・、


 「ちなみに、レナさんがタツキさんに告白したこともさっき聞きましたからね?」


 「おおう、詰んでるじゃないですか!!!」


 なんで聞いちゃってるのかな!?

 あとなんでそんなこと赤の他人に喋っちゃってるのかな!?


 「嘘をついても私の魔法ならわかるって言って脅しました♪」


 「悪女めが!!!世の中には知らぬが仏って言葉もあるんですよおおお!?」


 「なんで知らない方がいいんですか?やっぱりタツキさんにとってそれはやましいことっていう自覚があるってことですよね?」


 「ないよ!あったら王都に戻ることも考えないでしょ、普通!知っても知らなくても同じなら知らない方がみんな幸せでしょって話!」


 「レナさんについて色々知ってるマイヤ様からすると、気になるんだと思いますよ?自分が将来を共にすると決めている相手にずっと片思いしている相手がいて、今その相手から告白されたときた。これを知っても知らなくても同じっていうのはちょっと無理があるんじゃないですかー?」


 意地の悪い笑みを浮かべて、いつもの明るい笑い声を響かせる。

 こっちは背筋が冷えて居心地が悪いっていうのに。


 「ま、別に私から何か言うつもりもないですし、そこは実際に交際関係にあるお2人に任せます。個人的な思いとしてはマイヤ様を泣かせて欲しくないですけど、タツキさんにはタツキさんの考えと人生がありますから。」


 「僕は別に姫様を泣かせるつもりなんてないぞ。こうして死にものぐるいで修行していたのだって・・・、」


 「それはわかってます。でもタツキさんだって、突然知らない世界に飛ばされて、立て続けに色々問題が起きて、今までずっと冷静になれなかったんです。だからここでかつての仲間と一緒に過ごして考えを変えたって言われても、素直に受け入れるしかないのかなって私は思いますよ?」


 普段通りの様子だけど、言っていることは普段以上に大人びていて謎のギャップがある。

 なんか、お嬢ってもっと直感で動くタイプで、目の前で起きている出来事の背景とかを考えないタイプだと勝手に思ってたから少し意外というか。


 「ま、半分くらいソージの受け売りですけどね!最初は何言ってんだろって思いましたけど、そう考えるとなんだか世界って思った以上に複雑で深いんだなあって最近考えるようになりました。」


 「あいつの考えで染まると、ひん曲がった人間になるかもよ?」


 「程よく取り入れただけですよー!でもおかげで少しだけ大人になれたような気がします。」


 こうして聞くと、宗次とお嬢も思ったより上手くやっていたんだなって思った。タイプが全然違うから馴れ合うのは難しいかと思ってたけど、お嬢の方が考え方に柔軟性があったって感じか。



 「なんやかんや言ってるけど、結局先のことは王都に帰ってみないことにはわからん。」


 「ですね!まずはマイヤ様に私たちの無事を報告しなくては!」


 そして万全の態勢で挑むには、もうそろそろ眠った方がいいってことだ。


 「夜風に当たれば眠れるようになるかと思ったけど、誰かさんが怖い話をしたせいで眠れそうにないな。」


 「ええ!?それはすいません!!!」


 夜空から目を離して腰をあげる。

 お嬢は外で夜を明かすらしいけど、最初に見かけた時よりずっといい顔になっていたから過度な心配はしないことにした。



 「・・・?」


 なんだか少しだけ気味の悪い震えが襲ってきたけど、夜風が身体に障ったか?

 それか魔力が回復してきているだけかもしれない。


 いずれにしろさっさと眠ることにしよう。明日はきっと今まで以上に騒がしくなる。


 1ヶ月以上離れていた王都の日々が戻り、姫様にまた会える。

 それに、王様と長話をすることになる。


 さて、果たしてどうなることやら・・・。


            *     *     *


 窓から見えるいくつもの星の輝き。

 王宮に勤める召使いや兵士もおそらく全員が眠りについているような時間に、臨時の王の役を担うマイヤは両手を重ねてただ祈りを捧げていた。


 「お願いサラ。全てはあなたにかかっているの・・・。お父様を元に戻して。タツキ様を連れ戻して。」


 今日の仕事を全て終え、もう5時間以上はこうして同じ景色を前に、同じ姿勢でひたすら念仏のように唱え続けている。

 何事もなく事が運べば、もしかしたらこれくらいの時間にサラが戻ってくるかもしれない。

 その時、彼女はもしかしたらボロボロになっているかもしれない。

 一緒に連れ帰ってきたタツキが衰弱しきっているかもしれない。


 それとも今この瞬間も、サラは敵と戦っているのかもしれない。  

 

 そう思うと、マイヤの頭には睡眠をとるという選択肢はどうやっても出てこなかった。

 自分の命令で死地へと旅立たせたのに、どうして自分だけのうのうと疲れを取ることなんてできる。


 本当は自分も一緒に行って戦いたかった。

 でもそんなことが許される状況じゃないことも、頭は理解していた。

 

 だからせめて無事を祈ること、戻ってきたときにすぐに傷を癒してあげられる準備をしていること。

 それが今の自分にできること。


 そう信じながらマイヤは、星を目視するのが難しくなる時間までただひたすら両手を重ねて待ち続けた。



 だがそんな努力も虚しく、両目のまぶたは無情にも重くなっていく。

 意識はだんだん深い暗闇の中へと溶け込んでいき・・・。



 その意識を再び現世へと引っ張りだすように、自分を呼ぶ大声が耳に入る。


 「姫っ、起きてくだされ、姫っ!!!」


 自分の意思に負けて眠ってしまった自分を咎めるように、この1ヶ月で最もよく聞いている人物の焦った声が部屋中に響く。


 「私ったら、眠ってしまってたなんて。なんて不甲斐ない・・・。」


 「姫!!!大変ですぞっ!!!」


 自責の念に駆られるマイヤを無理やり現実に引き戻すように、セイラスは仕える主人の寝室の部屋の扉を無断で開く。


 「セイラス様!?そんなに慌ててどうなされた・・・、」



 「ーーー敵襲じゃ!それも今度はグリュプスロードじゃ!!!!!」


            *     *     *


 「主っ!!!敵襲です!!!」


 徐々に夜の闇の中に朝の光が差し込む時間帯。

 普段ならまだ寝ている時間に、普段はあまり声を荒げることのない青髪の青年が、得物の大太刀を手に叫んでいた。


 「・・・敵の規模は?」


 「今までのものとは桁違いです!それに遠くの方で、見たことのない大きな翼を生やした鳥型の魔獣を確認しています!!!」


 「なに?」


 その奇妙な報告に、まだ目覚めたばかりで覚醒しきっていない頭で急いで家の外へと駆け出すギリアンテ。

 冷や汗を流すスイシュウの隣に並び同じ方向を眺めると、その頭は一瞬で最高速度で回転を始めた。


 「あれはギガントドレーギアに並ぶ伝説の魔獣の一匹だ。なぜあんな奴がここに・・・!」


 「真っ先に敵を捕捉したエンガ兄上とザイロン殿が討伐に向かいました!ただ、あいつが現れてから空にも無数の飛行型の魔獣が湧いて出ています!そいつらは今コウセキとシャミノ殿が対処していますが、明らかに今までの侵攻とは比べ物にならない規模と速度です!ギガントドレーギアの時とは比べ物になりません!!!」


 「いよいよ本格的に始まったか・・・。チッ、忌々しい魔獣どもめ。」



 王都と墓地村の延長線上。

 その先に、明らかに他の魔獣とは一線を画した風貌の、四足歩行の巨大な鳥型の魔獣の姿。

 その背後から、朝の光を遮るように飛び回る無数の大きな鳥の魔獣たち。


 それが村を目指して飛来。高所と低所、左右とバラバラに接近するそいつらを、かろうじて村に辿り着く前に女性陣2人が撃ち落としている。


 「お気をつけください、主!あのでかい魔獣以外からも並並ならぬ魔力を感じます。あの数の魔獣たちが一斉に魔法を放ってきたら・・・。」


 「ーーー間違いなくこの村は一撃で吹き飛ぶだろうな。こちらの魔力と体力が勝つか、それとも奴らの繁殖力が勝つか、そういう勝負だろうよ。」


 「なんとか早々に兄上とザイロン殿にあの化け物を討伐してもらわないと、長期戦は私たちには厳しいやもしれません。」


 口にするだけでこれがどれほど厳しい状況なのかがわかる。

 まさか一晩睡眠をとっただけでここまでの窮地に陥るとは。魔獣の危険性をこの数十年で心に刻んでいたはずのギリアンテも、少なからず動揺しているようだった。


 「ちょうど1人戦力が欠けている状態。それに誰もが眠りについていて奇襲にはうってつけの時間。まるで攻め込む機会を伺っていたかのような襲撃だとは思わないか?」


 「確かに最近の奴らの手口は狡猾さを増しています。しかし、魔獣が生まれる原理は謎とされている以上、私たちには何が起きているのか想像もできません。」


 「ならば別の切り口で考えてみろ。どうやって生まれるかがわからないなら、なぜここ最近になってこのような異常現象が起きていると思う?」


 「なぜ、と言うとそれはそれで想像がつきませんが・・・。」



 「例えば、この前ここに来た見知らぬ3人の人間たち。ただの王都の国民ではなさそうで、少し魔法も使っていた。あいつらが何かこの世界に異変を起こしているということは考えられないか?」


 感情のない瞳が巨大な鳥の魔獣を射抜く。

 それは、と考え込むスイシュウの返事を待たずに、ギリアンテは続けた。



 「根拠なんてあってもなくても良い。仮説があるなら検証するまでよ。魔獣がこうしている限り、実験を行う機会は幾つでもあるだろう?」


 「実験を行う機会?・・・まさか。」


 

 「ーーー見知らぬ人間の命と絶え間ない魔獣の襲撃。どちらを両者に結びつきがあるのなら、迷う理由なんてあるまい。」


 「それでも彼らは、この前のギガントドレーギア襲撃の際には私たちの援護を・・・」


 「だからなんだ?それで信じられるとでも?いや、そもそも信じる必要なんて最初からないだろう?」


 「・・・っ!それが主のお考えでしたら従うまでです。」


 超大型魔獣の翼が深緑色に光る。

 それはまだ相当距離のあるこの墓地村からでも、濃密な魔力が集まっているのを感じられるほどのものだ。


 

 「それよりも先に、我らの命がなくなるかもしれんがな。」


 「護ります!この命に代えても!!!」


 

 ここに、再び墓地村を護るための大規模な魔獣戦争の火蓋が切って落とされた。

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