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科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第3章
70/72

3-30 幕開け

 木、草、魔獣。


 木、木、魔獣。


 木、木、木。


 認識阻害の魔法を駆使して、この魔獣だらけの森を忍びのようにこそこそと進む。

 魔獣の姿を見かけた時は物音を立てずにゆっくりとその側を抜けて、なんとか今のところ一度も戦闘にならずに結構な距離を移動することに成功している。

 いくら認識阻害ができているとしても、物音を消すことはできないし、自分たちが完全に透明人間になったわけでもないから、いつ何の拍子で魔獣に気付かれるかはわからない。


 森に入った直後に落ち着いて会話なんてできないんじゃないかなんて宗次が漏らしていたけど、結局その心配が解消されることはなかった。

 僕らは何とかアイコンタクトと身振りそぶりであたりを確認して進む方角を示し合せていたが、落ち着いた状態で満足のいく調査ができているかと言われると、全然そんなことはない。


 今もトラなのかチーターなのかヒョウなのかよくわからないネコ科の魔獣の群れをやり過ごしたばかりなのに、遠くの方でまた何か別の魔獣の足音が聞こえて、一旦木の陰で3人隠れている状態。


 「ちっ、これじゃあ祠探しどころじゃねえぞ。」


 至近距離で顔を突き合わせて、宗次は小声でそう呟く。


 「どれだけ進んでも同じ景色だしね。今私たちがどこにいるのかも全然わからないわ。」


 玲那の言う通り、進む方角こそ決めたものの、スマホもGPSもないものだから自分たちが今どこにいるかがさっぱりわからない。途中魔獣を避けながらの移動になってるから、最初進み出した方角に本当に向かっているのかもわからない。

 おまけにあたりはひたすら木、木、木。樹海に迷いこんだら戻ってこれないなんて言うけど、まさか自分の人生でそれを身をもって体験することになるとは。


 「このままずっとこうしていたら限界がくるかもしれない。だから一回考え方を変えよう。」


 「変えるつったってどうすんだよ。ヒントもないし、こうして悠長にしてる間にピンチになることだって、」


 「いやまあそうなんだけど、このままじゃ埒が明かないのも事実だろ?てっきり何かわかりやすい目印か何かあるんだと思ってたけど、そんな様子も全くないし。」


 ひたすら同じような風景が続くんだろうとは思ってたけど、まさかここまで変わらないのは予想外だった。

 少しは開けた場所に出る、とか木の種類が変わるとか想像してたんだけど、配置間隔と大きさが若干変わるくらいであとはほとんど一緒。


 ただ、裏を返せばこうも言える。


 「祠にわざわざ名前がついてるんだ。ってことは何かしらの目的でここを訪れる必要があるはず。それがこんなあたり一面全く同じ風景の場所にあったら、次また来ようと思っても絶対わからない。」


 「てことは、何か目印になるようなものがあるかもってこと?」


 「うん、それこそ塔からそこに行くまでの方法がわかるようになっていないと、誰も辿りつけないだろ?」

 

 それを今言い出してももう遅いわけだけど。


 「確かに一理あるな。とすると、その目印になっているのがなんなのかって話だ。伊理夜の話だと、空からはとくに怪しい場所はなかったんだよな?」


 「くまなく眺めていたわけじゃないけど、特段目に留まるような場所はなかったかな。」


 改めて整理すると、一つだけ極端に背が高い木があるとか葉の色が違う木があるという線はない。

 また、その祠がある場所だけ他とは違う空間にあるということもない。

 

 ということはその祠の存在自体、見つけられやすいような場所に作りたかったわけじゃないんだろう。

 なんのためにある場所なのかはさっぱりわからないけど、少なくとも知恵の塔みたいに何かあった時に来るような場所でもないんだろう。

 もし仮に頻繁に来なきゃいけないような場所だったら、あの塔みたいにバカみたいに目立つような作りになっているか、魔術武装が施されていて魔力感知が簡単に引っかかるようになっているはず。


 

 ん、魔力感知と言えばさっきからずっと気になってることが・・・。


 「なあ玲那。玲那はここから塔の魔力って感じるか?」


 「うーん、あたり一面に感じる魔獣の気配の方が強くて塔の魔力まではわからないかなあ。」


 塔の魔力とかあるのか?と不思議そうに僕と玲那の顔を見る宗次。同じ黒魔術だから玲那は気づいていると思ってたけど、魔獣の気配をより濃く感じているらしい。

 実際さっきから魔獣に接近される前から隠れ続けることができているのも、この玲那の黒魔術の力が強くなったことで、魔獣に宿っている黒魔術に気づくことができるようになったおかげだ。

 それでも塔を覆っているあの黒いバリアの魔力までは気づけないらしい。


 「樹君にはわかるの?」


 「うん、なんでか知らないけどあの塔が放っている魔力がずっと気になってるんだよ。なんかずっと直接体の奥によくわからない暖かいオーラを届けてきているというか。」


 普通にしていれば全く気にならないのに、一回意識するとしばらくの間ずっと心にまとわりついてくる変な感覚。

 まるで呼吸をしているかのような気分。そこにあることがさも当然かのようにその存在を主張してきている。


 「なんか知らないうちに変な力に目覚めたんじゃないのか?気を集中させたらあたり一帯の魔力反応がわかったりしないのか?」


 「いや、そういうのじゃない・・・。多分だけど、魔力っていうよりは魔法に反応している・・・?」


 うまく言葉にできないんだけど、魔法っていうのは実際に自分が唱える瞬間だったり、相手が唱える瞬間にふわっとあたりの空気が変わるのを感じ取るような感覚。

 一方で魔力の感知っていうのは、人の気配を感じ取るのと同じような感覚。

 それが元の世界では完全に第六感的なものだとばかり思っていたけど、実際に魔力というものを知ってからは本当にごく自然に相手の気配というものがわかるようになった。最初これに気付いた時は、第六感というのは魔力の感覚のことを指していたんじゃないかと思ったくらい。


 とまあこんな感じで、魔力感知は気配察知とも言い換えれると思ってるんだけど、今僕が感じているのはそれとはちょっと別物。

 言うならば胸騒ぎと表現するのが一番しっくりくるか。


 「んで、それが何か引っかかるのか?」


 「引っかかるというよりは、単純にそういう方法でもその場所の所在地を示すことができると思っただけだ。だからもし何か魔獣のものとは別の何かを感じることがあれば言ってほしい。」


 「でもそれだったら樹君の方が気づく可能性はありそうじゃない?それこそ魔女さんの管轄なんだとしたら、塔にかけているのと同じ魔法をその場所にもかけてるかもしれないでしょ?」


 「僕もそう思って、塔以外からの魔力の発信源がないかと気にはしてたんだけど、背後からの魔力の圧が結構すごくて満足に機能しそうにないんだよ。」


 言ってしまえば音と同じ。近くで小さいアラームが鳴っていたとしても、遠くで馬鹿でかい音のアラームが鳴っていたら近くの音は聞こえなくなる。


 「なかなかいい感じのアプローチ方法だと思ったのに・・・。」


 「いいや、今の話のおかげで1つ面白い仮説が思いついた。」


 落胆する玲那の隣で、さっきからずっと顎に手を当てて熟考モードに入っていた宗次。

 トライ&エラーの達人である宗次は、こうやってたくさん情報を提供してやるといくつかの可能性を提示する能力を持っている。

 

 王様から参謀なんて役割を与えられた僕だが、僕はあくまで企画がメイン。実際にどういう企画を立ててほしいのかを考えるのは宗次の領域だ。

 そしてそうやって立案と企画をした後、今度は宗次がその企画をどうやって実現するかを考え骨組みを立てるところまで行い、実際に僕がそれを形にする。

 僕と宗次は今までそうやって2人で役割分担をして、問題を乗り越えてきた。


 「聞かせてくれ、宗次。」


 だからこうして宗次が何かを企んだ時は、大抵物事が大きく動くときだ。

 僕は迷わず宗次にその先を促した。



 「もし仮にその祠がすごく大事な場所なんだとしたら・・・、」


            *     *     *

 

 サソリ、ムカデ、クモ。


 カマキリ、カミキリ、バッタ。


 玲那が何度も悲鳴をあげそうになるのを2人で抑えながら、宗次の指示通りひたすら魔獣の少ない方角へと走り続ける。

 魔獣に宿る魔力を感知して何とか戦闘を避け続けているけど、玲那の集中力がだんだんと切れてきているのが気になるところ。ただでさえ虫類が嫌いな玲那にとってはこの地帯は地獄だろうな・・・。


 それでもなんとかこの森に入ってから2時間くらいは経ったはず。未だに祠っぽいものも、祠につながるヒントのようなものも手に入れられず、ただただいつ襲われるかわからない、いつ命を脅かされるかわからない恐怖と戦い続ける時間を過ごしている。

 これまでに何度も魔獣の集団を見かけてきたし、その度にこちらの存在がバレないかとヒヤヒヤしながら過ごす。それで先に進んだとしても、前方に新しい魔獣がいたりさっきやり過ごしたはずの魔獣がいつの間にかこちらに接近していたり。


 そんな極限の時間を過ごし続けてきたからだろう。

 作戦の要でもあり、これまでの平穏に最大限の貢献を続けていた玲那が不吉な発言を口にする。

 それは身を潜めながら前方を歩くクマの親子をやり過ごそうとしていた時だった。


 「あ、あれ・・・?あたりの魔獣の気配が消えていく・・・?」


 いまだに後ろに魔獣がウジャウジャといて、ちょうどすぐ前の方にも魔獣が歩いているこんな状態で、魔獣の気配が消えていくなどという冗談を言い始めたのだ。

 

 でも全ては生きるために必死で、仲間の顔色を全く確認しなかった僕が悪い。


 こんなにも顔が青ざめるまで無茶をさせてしまった僕が完全に悪かった。

 

 「お、おい伊理夜!大丈夫か!?」


 そして負というものは連鎖していくもので。


 「ま、蒔田君、そんな大声を出したら・・・!」


 前をゆっくりと歩いていた3頭のクマが、咄嗟の宗次の大声に反応してこちらに向かって歩いてきたのだ。


 「まずいぞ、見つかる。」


 身を隠していた木から離れようと、玲那に肩を貸して立ち上がる。

 でも今まで魔獣のいないところを示してくれていた玲那のナビはもう頼りにできない。つまり、逃げた先に別の魔獣の群れがいたら、あっという間に前と後ろを挟まれて終わり。

 おまけに、早いところ玲那を休ませてあげないと僕たちにかかっている認識阻害の魔法だって切れる。いや、すでにもう効力は相当落ちているのかもしれない。


 現に、あのクマたちは何やら気配を感じ取ったのか、クンクンと匂いを嗅いでこちらの居場所を特定しようとしている。


 ここであのクマと戦闘なんてしたら、確実にさっきやり過ごした奴らまで騒動を嗅ぎつけてこっちに向かってくる。

 でも逃げ切れる未来なんてもはや全く見えない。


 「どうする、宗次!?」


 「チッ、迂闊だった・・・。お前はいつでも伊理夜を連れて走れるようにしといてくれ。」


 「何をする気なの?」


 「手榴弾を投げてあいつらの気を逸らす。」


 説明している間に宗次は何やら両手から茶色の光を出して、その中から戦争とかでよく見かける栓を抜いたら爆発するタイプの爆弾を作った。


 「後ろの離れたところに投げて魔獣の注意をそっちに引く。その間に一気に前を向いて走るぞ!」


 いつかの時とは違い玲那を背中に背負うと、後ろでズドン!っとかなり大きな爆発音が響いた。

 その音に驚いたのか、二足歩行で歩いていたクマの親子は、音の鳴った方角へ四足歩行で駆け抜けていく。


 「今だ、走れ!!!」


 爆発の衝撃で木が2,3本倒れ、あたりは一気に魔獣たちの声や足音で騒然とし始める。

 そんな中僕らは魔獣と鉢合わせしないように慎重かつ大胆に一気に森の中を突っ切る。


 「ごめんね、樹君。私また君に迷惑をかけて・・・。」


 「ばか、何言ってんだ。ここまで順調に進めたのは全部玲那のおかげなんだし、むしろ感謝してる。」


 背中で弱音を吐く玲那の手を握り、そこから治癒魔法を流し込む。

 あの塔の階段をひたすら何時間も光速魔法をかけながら治癒魔法も使って走っていた僕にとっては、これくらいのことは造作もない。

 徐々に荒かった玲那の息が一定のリズムに落ち着き始めた。

 幸い背後から魔獣にバレて襲撃にあうこともなく、後ろからついてきている宗次もなんの異常も訴えていない。


 とりあえず危機は去った。



 ーーーそう少し気を緩めたその時だった。


 「前、前!!!」


 背中から聞こえた必死な叫び声を受けて視線を正面に戻す。


 「な・・・!?一体どこから!?」


 するとさっきまで誰の気配もしていなかったはずの場所に、複数の猿のような魔獣が現れていた。


 大きさは大人くらいだけど、両腕の筋力はどの個体もゴリラ並み。

 それでいて胴体は細く、両脚も見ただけで素早さの高さをうかがわせるような締まった腿をしている。


 それが計7体。真ん中にいる一際大きな個体が木の太い枝から尻尾を使ってぶら下がりながら、こちらの一挙手一投足を警戒するように観察している。

 そしてその左右を固めるように3匹ずつ、明らかな警戒体勢でそのボス猿からの命令を待っているようなオーラを漂わせている。


 

 「やるしかないか・・・。」


 小さく僕がそう呟くと、握っていた手を離して玲那が背中から降りる。

 そして一歩遅れて走っていた宗次も僕の隣で足を止める。


 「今なら爆発の混乱で戦闘音も誤魔化せるかもしれねえ。やるなら早めに片付けるぞ。」


 「玲那、体調は・・・、」


 「大丈夫、君のおかげで戦うくらいはできるようになったよ。」


 玲那は懐から剣の柄を出して握ると、それは見事な黒く細身の太刀となって現れる。


 「樹、あれをやるぞ。」


 「ーーー了解、不意はつかれたけど準備は万端だ!」


 3人の人間 vs 7匹の猿。

 

 僕らの修行の成果が功を奏すか、それともここで無惨に果てるか。


            *     *     *


 一般的な猿という生き物をイメージするのであれば、木の上を移動するなんてお手の物のはず。

 他の場所よりほんの少し開けた空間とはいえ、動ける範囲も視界もかなりの制限があるこの環境では相手の方が圧倒的に有利。


 となると怖いのは、見えないところからの不意の一撃とこちらの攻撃範囲外からの攻撃。

 あとはあの腕の破壊力とあの脚の跳躍力がどれほどのものなのか、そして尻尾を使った特別な攻撃があるのか、そこらへんが大事だ。

 

 そんな冷静な分析ができている自分が少し怖く感じる。

 一歩間違えれば一瞬で死が待っているこの状況でどうしてここまで落ち着いていられるのか、自分でもその理由はさっぱりわからない。

 死ぬのが怖くなくなったのか?いや、そんなわけはない。この世界に来てから大切なものは増えたし、元々大切にしていたものはもっと大切になった。

 じゃあ感覚が麻痺してきてしまったのか。その可能性は少しある。でも今だって足は竦んでいるし、あの腕が振り下ろされたらと思うと心臓が縮みあがりそうな思いだ。


 じゃあなんでまだこの場に立つことができているのか。


 それはきっと、隣にいる2人への絶対な信頼、胸に深々と刻み込まれた生への執着、それと今までの自分にはなかった全力・命がけで物事を為すという強い信念があるからだと思う。


 「ドスンドスンドスンっ!」


 戦いの合図はボス猿の強烈なドラミング。あんなごつい腕であんな華奢な胸を叩きつけたらそれだけで致命傷を負いそうなものなのに、平然とした顔でついにこちらへ明確な敵意を宿した顔を見せた。

 まるでそれ自体が攻撃なんじゃないかと思わせるほどに、強く震えた空気が真正面から襲いかかる。


 それでもそんな些細なことに怯んでいる場合じゃない。

 一斉に左右に展開して、得意の跳躍力とご自慢の尻尾でスイスイと木の上を移動してこちらに迫ってきている。



 相手の速さを考えるに、こちらの初動がいかに早いか全て。

 そんな注意喚起をしようと声をあげようとした時には、すでに濃厚な魔力の気が左右から漂っていた。


 なるほど、一番初動が遅れていたのは僕だったと。・・・恥ずかしい。


 じゃあせめて、頭の回転と身体の速さだけでも一番にならないと示しがつかない。



 「ーーー光速魔法!!!」

 

 全身の末端にまで魔力を行き渡らせて、あらゆるものの力や動きを早める。

 それは決して、全身に力が漲るような強くなった感覚を与える訳ではない。

 だけど、それを意識してから改めて自分の取り巻く環境に目を向けると、世界がまるで別物になったかのように遅くなる。

 

 そしてその感覚が、自分に勝てるという自信を与えてくれる。


 たとえあの猿がどれだけ早かろうと、その速度が1/2になったら落ち着いて目視できるくらいにはなる。

 左も右も特に何も考えることなく、ただ囲むように僕らの周りの木を進んでいるだけのようだ。つまりは速攻を仕掛けてきている。足場も地理も頭数も有利なんだから、一瞬で片をつけようという算段なんだろう。


 

 ーーーでも残念ながら、それはあくまで魔法という概念が存在しない世界での理屈だ。


 右側から迫る猿を迎え撃ちに走り出す前に、左側を任せる玲那の方を見る。

 すると、魔力を練り上げながらもこちらを見ていたので目が合った。


 本当は玲那に多く負担をかけるなんて絶対にしたくない。

 あんな心の優しい彼女を1人危険に晒して動物をその手にかけさせるなんてありえない。

 でも扱える力の大きさを考えるとそれが最善。


 2倍の時間を使えるのをいいことに、そんな思いを抱きながら玲那の顔を見ていると、ゆっくりとこちらを安心させるような優しい笑顔に変わっていく。

 ああ、こんな時でも強がってみせる玲那を、今すぐにでも抱いて元の世界に戻りたくなる。

 なんて、みんなをここまで巻き込んだ張本人が、それを許さないと昨日魔女に宣言してしまった愚か者が、今更何を甘いことを言っている。


 頼むから怪我ひとつなくまたその笑顔を見せて欲しい。

 そんな願いを一瞬の瞬きに込め玲那に背を向けた僕は、宗次がずっと魔力を集めていたその場所に躊躇なく右手を突っ込む。

 すると形もなくフワフワと漂っていただけのその魔力が、ゆっくりと僕の手のひらに集まって光を強めていった。


 「女1人に任せてこっちは野郎2人なんて情けないな。」


 「そう思うなら秒で決めてこい。」


 「ーーー了解。」


 一瞬だけ光速魔法を解除して交わした会話。

 そんな誰得な会話が終わって伸ばしていた右手を強く握ると、いつの間にかそこには片手で振れるくらいの立派な剣があった。


 ああくっそ、腹が立つくらいにぴったりな重さと長さ。握りやすさも振りやすさも完全に天梨樹仕様かよ。

 これだからこいつは一生僕の相棒を辞められないんだよ。


 再度頭に光速魔法をかけると、全速力で右側に潜む猿たちに向かって突撃する。

 速さはこの前戦った狼たちと同じくらいか少し遅いレベル。

 それでも動きはあいつらの何倍もトリッキー。こちらに進んでいたうちの一匹が木の幹を踏み台にして、そのままこちらに身体ごと突撃しようとしている。

 

 あんな動き、等速だったら目視できるかすら怪しいレベル。仮にできていたとしても、何の準備もできずにものすごい速さで飛んでくる猿の拳が頭を直撃していただろう。


 「でも残念だったな。もう僕はただ後ろで守られるだけじゃないんだよ。」


 先に何をしてくるのがわかっていれば躱すことなんて容易い。銃弾くらいの速さでもなければ、見てから対応することなんて朝飯前。

 ましてや、今や足腰はこの世界に来る前とは比べものにならないくらいに鍛えられているから敏捷性も申し分ない。

 そしてこの右手で握っている剣の扱いだって、血も涙もない爺さんの元で少しの間ではあったけど修行を積んできた。


 そんな僕にとっては、弾丸のようにこちらに突っ込んできた猿を避けて、がら空きの胴体に一撃入れることなんてわけない。



 「ーーーははっ、ありゃどっちがバケモンかわかんねえな。」



 宗次の武器生成で作った剣で、光速魔法を使った僕が敵を全員薙ぎ倒す。


 これが宗次がこの塔に来てからずっと温め続けていた、僕らの切り札だ。


            *     *     *


 ーーーもし光速魔法なんて力を樹が本当に習得できたとして、攻撃力という唯一の弱点すらも克服することができたなら。

  

 それは光速魔法というものの存在を魔女から教えられ、樹がその修行を始めた時からずっと宗次が胸に抱いていた構想だった。

 しかしそんな方法が果たして存在するのか。

 あの村の人間たちのように魔力で反応する武器があればあるいは、なんてことを思ったが、エリーゼからは白の宝器はまだどこかに封印されたままだと言っていた。


 なら、普通の武器はどうだろうか。

 そんなことを考えてみたが、やはりこの塔には普通の剣は置いていないとのこと。


 ならば武器を作る方法はないのか。

 そこまで考えて、宗次はかつて玲那と一緒に魔王の家で世話になっていた時に、魔王が何やら色々魔法で物を作っていたのを思い出した。


 『俺に生成魔法を教えてくれ!!!』


 その可能性に思い至ったまではよかったが、今度はそれを教えてくれると思っていた人間が首を縦に振らなかった。


 『どうしてあんたにまで私が魔術を教えないといけないのよ。ねえ、勘違いしてない?私があんたたちの願いをなんでも叶えてあげるためにいるとでも思ってるわけ?だとしたら心底不愉快なんだけど。消えてくれる?』


 かつてなすすべも無く意識を刈り取ってきた張本人から想像以上の拒絶を受けたが、それでも宗次は諦めなかった。


 『生成魔法の魔術書ですか?確かにこの塔にもそれはあるのですが、あなたにそれを見つけられるとは思えないのですよ。魔法もほとんど使えない人間がこの塔を上ること自体無謀だと言うのに、手探りで1冊の魔術書を探すなんて人生を賭けても可能か怪しいのです。』


 できるわけがないと鼻で笑われても、この塔のどこかに希望が眠っていると聞いた宗次はすぐさま行動に移した。

 これしか自分にできることはないと鼓舞して、食事と睡眠時間以外の全てを使いこの塔にある本を1階から順番に網羅し始める。


 『どうしてそこまで必死になれるのです?この塔にある本の数を見たら普通は諦めるはずなのです。』


 ここまで必死にならないと現状は変えられないとわかっていたから。

 でもどれだけ突拍子もないことでも、諦めずに時間をかけて挑み続けたらいつか必ず目標は達成できることを知っているから。


 『う、うう・・・、お前の交渉術に完敗なのですよ・・・。わかったのです!その代わり、魔術書はお前のその足で手に入れるのです。それがお前という人間を信頼するための条件なのですよ。』


 この世界にはない「科学」というものを見せてやる。

 そう言ってエリーゼの協力を取り付けた宗次は、そこから毎日死に物狂いの努力を重ねて、死闘の果てにようやく目的の魔術書を手に入れた。


 『この男はタツキっていうのね。そうよ、タツキの才能に免じてあんたの願いも叶えてあげる。明日修業の時間になったらあんたも来なさい。そこで始めるわ。』


 自分の努力が認められたから、ではなかったが、一番の問題だった魔女の説得はその後なぜかすんなりと成功し、ついに宗次は本格的に魔法の修行に移ることができた。


 『言っておくけど、生成魔法は地魔術一つでは成り立たないわよ。作りたいものによっては他の魔術の力を使わないといけない。あんたが手を出そうとしているのは、ある意味光速魔法よりも使いこなすのが難しい、魔術師としての才能が問われるもの。それに挑む覚悟があんたにはあるの?』


 役立たずの烙印を押されることと秤に掛けたら、迷う材料などどこにも転がっていなかった。


 『ただ外側を整えればいいってわけじゃない!武器を作りたいなら、その目的、耐久性や重さまで意識して作らないと何も意味がない!』


 武器が重くて持ち上がらない。

 剣はなまくらばかりで魔獣に傷一つつけられない。

 銃は一発打った反動で銃身がすぐに壊れるし、弾丸は思ったより早く飛ばない。


 来る日も来る日も身体中の魔力が底を尽きるまで武器を作り続けた。

 どれだけ作っても、魔女が作る手本のようなものができなくて悩み続けた。

 いざ使い物になるものができても、実際にそれを使って戦うと思うようには動かなくて、細部の改良を続けた。


 そうして何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 元の世界でこれらを作っている人の姿を無限にも及ぶ数ほどイメージして。

 それを持って戦っている自分や樹の姿が夢に毎日出てくるほどイメージして。

 自分のこの両手から、魔獣の攻撃を凌ぎ打ち倒す力を生み出すことを夢見て。



 そんな蒔田宗次の修行期間における試行錯誤を幾度も重ねた末に完成させた生成魔法。

 ただの思いつきから追い始めた夢物語は、


 ーーーついに現実になろうとしていた。

 

            *     *     *


 自分の魔力を注いで作った剣を握ると、言葉通り人間離れした速さで魔獣がいるはずの木へと走っていく。

 と思ったら、突っ込んでいった木から3枚の葉っぱが落ちてくる。


 遠くから眺める自分にはそれが攻撃の合図だとすぐに理解できていたが、果たして初めての武器を手にして内心高揚しているはずのあいつはそれに気がついているのだろうか。

 かなりの魔力を注ぎ込んで作った剣だ、ちょっとやそっとの攻撃だったらまともに受けても折れないように作ったはず。

 それでも安全圏でただ見守るしかできない宗次には、必要以上に心拍数を上げるしかない。


 「ーーーくるっ!!!」


 それは瞬きすら許されないほどの出来事だった。


 その自慢の右腕を突き出して、樹の脳天を狙いすました猿の突撃。

 それをすっと左側にステップを踏んで紙一重の距離で躱すと、樹はその自分史上最高傑作の剣を容赦無く振り下ろしてその華奢な胴体に向けて致命傷となる一撃を与えていた。


 「ーーーははっ、ありゃどっちがバケモンかわかんねえな。」


 あれが自分に向けられたものだったら、一歩も動けずに相手の思惑通り脳みそを辺りにぶちまけていたことだろう。

 それを、むしろ逆撃の好機とばかりに一匹討ち取ってしまった。


 そのままピクリとも動かなくなった魔獣を一瞥して、樹は傷一つついていないその剣の血を振り落とす。


 残り2匹。


 今のを見せられた以上、魔獣も迂闊には攻め込んでこないと予測したのか、樹は果敢にも残りの2匹がいそうな木へと突撃していく。


 「あいつ、調子に乗ってねえだろうな・・・。」


 そんな不安が溢れるも、ちらりと見えた樹の横顔からは、一端の武人と言われても遜色ないほどの真剣な眼差しが宿っていた。


 ならあの2匹は任せても問題ないはず。

 そう判断した宗次は、再び両手に魔力を宿し始める。


 ここで魔力の出し惜しみをして、余計に体力を消耗させられるのは避けたい。

 樹の剣の顕現を維持しながら体内の魔力を集め、次は自分が使うためのあの大きな銃身をイメージする。


 重すぎて持ち上げられない。

 スコープ部分が作れなくて、狙撃がそもそもできない。

 弾丸がなかなか思うように遠くまで飛んでくれない。


 納得のいく出来になるまで一番時間がかかったこいつを、ゆっくりと確実に細部まで丁寧に作り上げていく。

 そうしてやがて光の輪郭しかなかったものに、実体が組み込まれていき、


 ーーー次に宗次が目を開けた瞬間には、自分の身長よりも長い銃身を持ったスナイパーライフルが両手の中に納まっていた。

 


 ピカッ!


 銃身を支える宗次の目に強い光が差し込んでくる。

 と同時に樹のいる方向から物音がした。


 何事か。

 そう思い慌ててそちらへ振り向くと、すでに勝負がついた後だった。


 「あいつ、とうとう全身光速化中に魔法を唱えられるようになってやがる・・・。」


 先ほどの発光は樹による目眩し。

 まんまとその動向を気にして樹に視線を釘付けにしていた猿たちの視力を奪って、たまらず木から姿を現した残りの2匹をすかさず討ち取っていたのだ。


 「こっちは片付いたぞ、宗次。」


 敵を全て片付けた樹は、そのまま光の速さでこちらに戻ってくると、そのまま玲那の方へと向かおうとしてすぐに止まった。


 「あっちももう終わったみたいだ。あとは、あそこでずっとこちらが仕掛けるのを待っているボス猿だけだ。」


 「じゃあもう決着はついたな。」


 「はあ?何言ってんだ宗次。そういう気の緩みこそが命の・・・」


 「まあ見てろ。」


 完全に戦闘モードの樹のお小言を途中で切り上げ、両手に持っていたスナイパーライフルの銃口をその猿に向ける。


 魔女ですら見たことがなかった兵器。

 それをたかが一匹の魔獣風情が知っているわけがない。

 それにここからだと、ちょうど木々の隙間からわずかに頭部が見えるだけ。


 チャンスは一度きり。

 この位置から攻撃されたと気づかれたら、慌てて敵も交戦態勢に入るはず。


 でも焦りは宗次には微塵もない。

 ただやらなければいけないことをやるだけ。

 そう思えば、仲間の命がかかっている局面だって乗り越えられた。


 深く呼吸をして、すでに弾丸を一発だけ込めている銃の引き金に指をかける。

 風はない。

 スコープ上でもど真ん中。

 相手はこちらに気づいてもいない。


 

 仮に樹に武器を作ることができたなら、それはきっと戦力としてすごくいい結果をもたらすだろう。


 だが自分はどうなる。

 結局自分1人だけ、安全圏で他の全員が命をかけているのを見守るしかないんじゃないか?

 ただただ友をより危険な場所に送り出すための材料を用意してしまうだけなんじゃないのか?


 せめて自分も武器を持って戦おうにも、2倍の速さで動く樹の援護なんてできるはずがない。


 ならば、樹ですらも届かない位置にいる敵を自分が倒せるようになれば。

 樹が危険を冒さなくても、遠くから自分が敵を倒すことができれば。


 そこに自分の戦闘でのもう一つの存在価値が生まれるんじゃないか?



 宗次が描いていたもう一つの可能性。


 そんなもう一つの夢物語もまた、


 「ズドンっ!!!」


 その引き金を引いた瞬間、現実になった。


            *     *     *


 心配そうにこちらを見つめる樹に今自分ができる精一杯の笑顔を返す。

 両手で握る黒太刀の輝きに自分の顔を映して、その顔が決してぎこちないものではないことを確認してホッと一息つきながら、中断した魔力練成を再開する。


 自分が任されたのは樹・宗次ペアと同じく3匹。この前戦った魔狼と魔猪のコンビよりは数は少ないし、大きさも一般的な成人男性くらいだから、規格外の大きさというわけではない。

 その代わり動きが前と比べて多彩で、仕掛けてくる方法を完全に読みきれないのが不安材料か。


 だからこそ、玲那は受け身ばかりだった今までと違い先手を打った。

 

 相手の3匹が今どの木にいるかまでは何とか追えているけど、遠距離攻撃を仕掛けても当たる可能性は低い。

 でも確実に相手はこちらの様子を伺いながら攻撃のチャンスを待っているはず。


 ならばーーー、


 「ーーーここっ!!!」


 練っていた魔力を全て刀に乗せて、半円を描くように鮮やかな黒閃が舞う。

 しかしその一振りは、魔獣に届くのはおろか、その場に何ひとつ変化をもたらすことはなかった。


 それでも玲那は顔色一つ変えず、すかさず次の一撃に備えて刀に魔力を注ぎながら、3匹の猿がそれぞれ待ち構えているはずの木を注意深く見つめる。


 1秒。動きはない。


 3秒。まだ襲いかかってくる様子はない。


 10秒。後ろから魔獣の断末魔が聞こえるが前方に変化はない。


 そして15秒。



 ーーー木の上にいたはずの3匹の魔獣が一斉に頭から地面に落ちてきた。

 バタバタと両目を抑えてもがき苦しむ3匹の姿をついに視界に捉えた玲那は、魔力を宿して黒い煙のようなものを発している刀の先を魔獣たちに向ける。


 「そのままずっと寝てて。私たちがこの森から抜けるまでずっと。」


 すると煙は刀が向いている方向へとゆっくり伸びていくと、暴れる3匹の全身を覆うように取り囲む。

 そして次第に煙に包まれた魔獣たちは、その意識を煙の中へと散らしていった。


            *     *     *


 『やっぱり私は、できれば命を奪いたくはない。』


 樹と全ての思いをぶつけた次の日、玲那は魔女にそう告げた。


 『それが何を意味しているか、わからないわけじゃないのよね?』


 全ては樹を守るため。

 魔女への発言内容とは裏腹に、玲那の心にはしっかりと魔獣をこの手で斬る覚悟が宿っていた。


 ではなぜまだ玲那の心には不殺を貫く気持ちが残っていたのか。


 『そりゃいくら魔獣とはいえ命を奪いたくないって気持ちが根底にあるのは変わらないわ。ーーーでもそれ以前に、刀を振り回して魔獣を倒しまくってる女の子なんて印象悪いでしょ?』


 それは樹をまだ諦めないという玲那の意思の現れだった。


 『そんなちっぽけな意地を振りかざして、その結果無様に死ぬなんてことになったら腹を抱えて笑ってあげる。』


 『そんなことにならないために、今から私はあなたから幻惑魔法の真髄を全て引きずり出すわ。』


 『・・・ふぅーん、大口叩いたからにはそれなりに覚悟ができてるんでしょうね?』


 そしてそんな気持ちを焚きつけたのは他ならぬ魔女だった。

 だからこそ挑戦的な眼差しを向けて、強気に魔女に食ってかかってみせる。


 『上等よ、もう指をくわえて後悔するだけの女になんてなってやらないんだから。』


 『いいわ。なら今後のあんたの戦いから、そのあんたの覚悟ってやつを見せてもらうから。』


 だが魔女はなぜか少し嬉しそうな顔を返すと、そのまま無言で最上級の幻惑魔法を森に向かって放った。


            *     *     *


 「ーーー見てるんでしょ、先生。これが私の戦い方よ。」


 刀身を戻し柄をしまうと、口元に少量の笑みを浮かべて想い人の元へと歩き始めた。

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