3-29 暁光
「もし人間の心が負の気で満たされた時、どういう変化が起こると思う?」
「2種類あるんじゃないですか?理性がきかなくて暴走する人と、極限まで自分を追い込む人。」
いじめられた時、やり返してやろうという復讐に燃えるか生きる気力を失って自殺するか。
そんな感覚で答えてみたんだけど、魔女は「悪くない答えね。」と褒めてくれた。
「でも後者の人間なんて滅多にいないわ。誰に対しても全く恨みや憎しみを抱いていない人なんていないんだから、基本的にはその感情が自己嫌悪を勝るのよ。自分を責める人はよっぽど自分に自信がなかったり自分自身が嫌いな人でしょうね。」
まあそんな人間はくだらないわ、とつまらなさそうに吐き捨てる魔女。あんたはもう少し物言いを覚えた方がいいと思うのは僕だけだろうか。
それよりも、あんな前置きをしておいてこんなことをわざわざ言うくらいだ。多少鈍感なやつでも何が言いたいかくらいはすぐにわかるだろう。
「王都の住人の心を負の感情で満たしたってことでいいのか?」
「そ、王都全体を覆うほどの巨大な負の感情の塊を練り上げて、それを王都の中で爆発させただけ。その気に触れるだけで、魔法への耐性が弱い人間はあっという間に自分の中の負が暴発して、自分を制御できなくなる。」
これも一種の幻惑魔法。
シンプルに魔法行使者に幻惑を宿すパターン、空間か環境に作用させるパターン、相手の体に異常を引き起こすようなパターンと大きく分けて3種類あり、後者になるにつれ難易度が上がるのだとか。
そして今魔女が言っていたのは相手の体(心)に異常を引き起こす魔法。それを空間に展開して大魔法化させてるという寸法か。
「催眠っていうと、実際に私が相手の意思に介入して操作しないといけないからまた別物。その分この魔法、感情操作とでも言おうかしら、はあくまで相手自身の意思で動く。だから一度に多箇所で混乱を引き起こすことができる。もちろん使い手の練度によって効果の大きさも全然違うけど。」
なぜかそこで少しドヤ顔をするが、自分の話している内容がどれだけいかれているのかを理解していないっぽい。
人を殺した方法の種明かしをして喜んでいる。それがいかに異常なことなのか、それがわからない人ではないとこの数週間の付き合いで思っていただけに、不気味さがより際立つ。
念の為目薬魔法を使って、目の前に見えているものが真実なのかを確かめるようにしているが、残念ながら魔法を使う前と後で見える景色は変わらなかった。
「なんでそんなことをしたんだ?」
だからどうしてもその凶事に手を染めた理由を聞く必要がある気がした。
僕のこの人への印象を少しでも元に戻したいという無意識な自己防衛本能だろう。
だから頼むから裏切らないでほしい。
心の中でそんな些細な祈りを捧げるも、魔女の口角が上がったのを見てそれは儚く散った。
「憎かった、ただそれだけよ。王都に暮らす人間たち全員死ねばいいと心の底から願った。単純でしょ?」
憎しみは犯行動機として最もメジャーで、第三者からの共感も得やすい。
でもそれが特定の個人ではなく世界全体に向けられるとなると話は別だ。一転してサイコパスのレッテルを貼られかねない。
そしてそれは、その憎しみを抱くに至った経緯をまだ聞けていない僕の頭でも同様の思考回路が走っている。
「理解してほしいなんて思わないし、あんたみたいな温室育ちの平和主義者には一生わかるはずのない世界よ。」
「でもだからって!」
「理解できるはずがないのよ。あんたみたいに私とは真反対な人間には。」
ゾワっと辺りの空気を震わすような凄みに触れて、心拍数の音が少しだけでかく耳に伝わる。
ーーーお前ごときがズカズカと踏み込んでくるな。
自分から話し始めておきながら一方的に線を引かれるという謎の理不尽さを突きつけられながらも、まだ続きがあると言わんばかりに話す姿勢を崩そうとしないその態度に、どんな顔して先を促せばいいのかわからなくなってくる。
そもそもこの話をする意図が現時点で全くつかめていないんだ。今のところ魔女の訳の分からない価値観の共有と自分が異常者であるというカミングアウト以外にハイライトがない。
「たった一つの魔法で国なんてものは簡単に滅びるのよ。それだけ国というものは脆く弱い。そしてそれ以上に人間というものは弱く醜い。この先あんたが守ろうとしてるのは、そんなものよ。」
魔女はグイッと顔をこちらに近づけると、その衣服よりも鮮やかな青紺の瞳で僕をじっと見つめてくる。
「争いも何もない平和な世界からやってきたあんたが、こんな理不尽が堂々とまかり通る世界で、救う価値がないかもしれない人間たちを命懸けで守る。そんなことのために自分の一生を捧げる覚悟があるの?」
たった今人間性を疑った相手から、今まで決して見ることがなかった不安や心配という感情を向けられている。
「今のあんたたちなら、このまま王都に戻らなくても例の世界渡りの機械を使って元の世界に戻ることもできるはずよ。レナの本当の気持ちを聞いたのなら、このまま2人で元の世界で幸せに暮らすことだってできる。それでもあんたはその可能性を全部潰してでも、この国を選ぶっていうの?」
その憎しみの理由を一切伝えてくれないけど、この問いかけが本心から僕の身を案じて言ってくれているということだけはわかる。
魔女が示しているもう一つの選択肢も決して夢物語ではないということも今の僕ならわかる。こうして僕ら自身で少しだけ戦う力を身につけたのだから、ここから魔王さんの家に行って3人でタイムマシンを直すこともできる。そしたら、僕らはこんな死と隣り合わせの過酷な世界から逃れられるんだ。
もともとタイムマシンを作った目的である、玲那ともう一度関係をやり直して今度こそ幸せな未来を迎えるという目標も達成できる。
魔女に言われるまでは考えていなかった選択肢。
自分の全ての望みを叶えられる最高の選択肢。
この世界で色々とあった今でも、魔女が示したこの選択肢を選ぶことが一番自分にとっての最高の未来に導いてくれるだろうと思える。
ああ、魔王さんが前にやったように、僕の記憶からこの世界の人々の記憶を消してくれないかな。
そしたら目の前に転がっているそれを迷うことなく掴んでいるだろうに。
「僕にとってこの国は、知り合ってくれた人たちは、もう知らん顔してあとは勝手にやってくださいって言えるほどの浅い仲じゃなくなっちゃったんですよ。これで知らん顔して帰って、僕なんかに優しくしてくれた人たちが魔獣に襲われて死んでしまったら、それはもう僕にとって最高の未来じゃなくなっちゃうんですよ。」
たとえその優しさが、王様が何回もこの世界をやり直したおかげで向けられるようになった仮初の優しさだったとしても。
裏では実はあまり僕のことを良く思っていない人がいるかもしれなくても。
少なくとも本気で僕を信じてくれて、本気で僕を必要としてくれている人がいるんだったら、その人たちを見捨てて逃げるっていうのは裏切りになってしまうじゃないか。
「はあ・・・、あんたって本当損してると思う。」
「今のこの瞬間ほどそう思ったことは僕もないですね。」
「でもきっとあんたは、その謎の白魔法の才能以上に、そのいい人と巡り会える運の良さの方を大事にした方がいいわ。」
呆れながらも、本心からこぼれ出たような自然な笑いを見せる魔女。
一種の羨ましさみたいなものを向けてくる魔女に、どう返したらいいかわからずもじもじしていると、途端に最初の頃のような軽蔑の眼差しを向けられた。
* * *
「それで、なんかいい感じの話に持って行ってくれたけど、僕からの質問については何も答えてもらえてないですよね?」
「あら、そうだった?思えば、なんで昔話を始めたんだったかその理由すら覚えてないわ、私。」
「王様を彷彿とさせる適当っぷり!?」
自分から話を始めて、勝手に満足して話を強引に終了させる荒技。まさか王様以外にも使ってくる相手がいたとは。
「あんたがここから出られない理由と、僕らの面倒を見てくれた理由ですよ!」
「ああ、そうだったそうだった。ここから出ないのは、知恵の塔の存在自体が極秘なのと私の存在がバレると色々と面倒だから。あんたたちの面倒を見たのは、あんたがこの世に存在するあらゆる白魔術を習得する素質があるんじゃないかと思ったからと、別の世界から来た人間との接触は掟に抵触しないって気づいたから。これでいい?」
「さらっと流すには無視できなさそうな情報ばっかりでしたけど!?待て待て、一個ずつ解説を求める!!!」
日常会話でもしているかのような軽いノリで宝の山をばら撒きやがったぞこいつ。
「あーめんどくせ」って声に出してないのに心の中でそう言ってるのがわかるような顔をするな。
「王都であの事件を起こした後に当時のクランジア家の王族と話し合いをすることになって、そこでこの国を変えるためにいくつか掟を定めたの。武力を持ってると危険だから民間人は白魔術以外は日常生活で使う範囲でしか覚えるの禁止とか、魔獣の生態を知ってると色々危険なことに応用できたりして面倒だから覚えようとするの禁止とか、これまでの歴史を封印するために必要な書物以外は全て王都から遠く離れた誰も知ることができないよう場所で保管するとか。」
「それって王様が散々言っていた決まりごとのこと?」
「そ。そういう細かいのは全部私が王都を襲撃した時に、二度と同じ過ちを犯さないようにって当時の国王と私が決めたの。」
「なんで攻撃した張本人と攻撃された国の長がそんなことになるんだよ!?」
「私がそう命令したからに決まってるでしょ?この国が惜しければ私の言うことを聞けって脅して、この国の在り方を変えたのよ。」
「めちゃくちゃだなおい!?」
えー、つまり単純に魔女が戦に勝ったから敗戦国になんでも言うことを聞かせる権利を使って今の国に変えたってこと?
え、それってもう影の権力者じゃん。裏で国を牛耳ってる的なやつじゃん。実質この国で一番偉い人じゃん。
「ようやく少しは私のすごさに気づいたらしいわね。」
なめてたわけじゃないけど、正直想像の斜め上をいくくらいやばい人だった。
それでもなぜかこういう時だけはドヤ顔をしてこないのが謎。謙虚というか、自分の実力におごってないというか。どこぞの鳥とは大違いだな。
「それで、知恵の塔の存在自体が極秘だから番人であるあんたが急に出てきても困ると。」
「それに使うのは黒魔術で、みんながよく知ってる昔話に出てくる魔女とそっくりの見た目と実力。そんな奴がいきなり王都の外から現れたらどうなると思う?」
「それは・・・、無駄な混乱を招くでしょうね。」
「攻撃手段は持ってるし、だからと言って素直に私の存在を公にするのは論外。そもそも、さっきも言ったけど私は別に誰彼構わず助けるようなお人好しじゃないし、国が滅びようと正直知ったことではないわ。」
うーん、なるほど。ただのわがままも多少は混じってるけど確かに姿を現せない理由として筋が完全に通っていないわけではなさそう。抜け道は探せばありそうだけれども。
「それで、その誰彼構わず助けるようなお人好しじゃないあんたが僕らを助けた理由が、僕の素質にあるって?」
「私のこの黒魔術を使った擬似不老不死の力を使ってもどうやっても身につけられなかったのがあんたが今自在に使いこなしている白魔術だった。だからせめて自分じゃなくても自分の魔獣に使わせることができないかと試行錯誤してたけど、結局エリーゼが私の限界。だから単純に、私がまだ見たことのない可能性を秘めてたあんたに興味があったってだけ。」
「だったら僕らをここから解放する理由がわからない。まだあんたの欲求を満たすほどの力を僕は手にしたとは思ってないけど。」
「そうね。あんたはまだ白魔術のほんの一部を身につけたに過ぎない。でも、そうやって言っておけばあんたはまたいつか必ずここにやってくるでしょう?」
「多分来るかもしれませんけど、それってまたここに来てもいいって遠回しに・・・」
「おっと手が滑ったわ。」
「いってっ!?」
最後まで言おうとしたら、いきなり頰に強烈なビンタが飛んできた。何すんだって魔女を睨みつけてやると、無理やり冷静な表情を作ろうとして表情筋をピクピクさせている姿がそこにはあった。
えー・・・。何その顔・・・。
「しんみりされると困るとか言ってなかった?」
「言ったわ。」
「じゃあその顔は・・・」
「おっと手が滑」
「させねえよ!?」
予想通りの挙動でもう一発ビンタが飛んできたので、今度は屈んで回避する。
なんかもう言いたいことはたくさんあるけど、その度にこのやり取りをするのも面倒だからいいか。
ただまあなんだ、相変わらずこの人はよくわからないけど、人間をやめたわけではないんだということだけはよくわかったから少し安心した。
「今度は何も憂いがない状態で修行しに来たいなあ。」
「普通は憂いのない状態では来ないような場所なんだけど。」
「今更な話でしょ。」
「まずこんなところに来たいと思うような人間が普通はいないんだけど。」
「最初に会った時は魔獣と黒魔術のお出迎えだったからなあ。あのまま帰ってたら確かに二度と来るかって思ってただろうなあ。」
お互い顔を見合わせたまま、少しだけ沈黙が流れる。
遠くの方で宗次とエリーゼの楽しそうな話し声が聞こえる。
「なんなんすか、この離れ難くなるような空気感は。」
「何言ってんのよ。まさか明日の試練のこと甘く見てるんじゃないでしょうね?言っておくけど、油断したら一瞬で死ぬから。」
「死ぬような試練は勘弁です。」
「馬鹿ね、その程度で死ぬんだったらこの先あんたはずっとお荷物よ。」
は、はっきり言ってくれるなあおい・・・。
「でもあんたはお荷物にならないための修行をしてきたはず。誰も使うことができない魔法を使えるようになったし、魔力の貯蔵量もここに来た時の何十倍も増えた。それにあんたの武器になってくれる仲間までできた。そこまでやっても死ぬんだったら、それはもう運が悪かったと思って諦めなさい。」
「運が悪かったで済ませるには内容が重すぎるけどな!?」
でもそんなに簡単に死ぬつもりもない。今なら胸張ってそう言える自信がある。
少なからず僕自身も、ここに来てから大きな力を手にしたという自信はある。
それに、大きな力を手にしたのは僕だけじゃない。それは晩飯を食べる前に宗次と玲那が証明してくれた。
「必ず試練を突破して、僕を待ってくれている人たちのところへ帰ります。」
「ま、期待してあげなくもないわ。この試練の果てにあんたが望むものがきっとあるはずよ。せいぜい頑張りなさい。」
こうして、もっとも人間離れしていてもっとも人間らしかった魔女・エフィーとの会話は、もっとも彼女らしさを感じさせる言葉で幕を下ろした。
* * *
「制限時間は日没。それまでにあんたたち3人が揃ってこの森のどこかにある大樹の祠にたどり着けば試練は達成よ。」
「その大樹の祠ってやつがどこにあるかは・・・」
「探すのも含めて試練よ。今までにあんたたちが身につけた力で魔獣からの攻撃を凌ぎつつ目的地を探り当てなさい。せめてもの情けとして、あんたたちがどこにいても魔獣が襲ってくる仕様だけは解除しておいた。これで魔獣も自らの五感を使わないとあんたたちを発見することはできないわ。」
「なるほど、これでとりあえず一番最初にここへ来た時みたいに四方八方から魔獣が襲いかかってくるなんて状況は免れるわけだ。」
「でも私たちを見つけた魔獣が仲間を呼びに行くことは十分に考えられるわ。それに、地上にいる魔獣だけが全てだと思わない方がいいと思う。」
「空からの偵察隊がいる可能性を考慮しろってことか。確かに玲那の言うとおりかもしれない。」
森の入り口でこの試練のルール説明を受ける。
前日はなぜか嘘のようにぐっすりと眠れてしまったので元気は十分。魔力の漲りもいつも以上に活発な気がする。
「死体の処理も面倒なのよ。だからまあ、せいぜい死なないように気張りなさい。」
「さっさと突破して、さっさと戻ってきますよ。」
「ま、こんなとこで死ぬのもごめんだしな。」
「うん、今の私たちならきっと大丈夫!」
本当、最初に見た時と比べると魔女は随分とツンデレ属性が強くなったし、僕らのことを気にかけてくれるようになったと思う。
「んじゃ、行ってきます。」
「・・・ん、行ってきなさい。」
そんな素直じゃない見送りを受けて、僕らは数週間前に心に恐怖を刻まれた因縁の森の中へ堂々と足を踏み入れた。
* * *
「まずはこれ。」
森に入って早々、玲那は何やら魔法を唱え始める。
それでそのまま数秒間待っていたら、何やら不思議な黒い結界のようなものが僕らを包み込んだ。
「玲那、これは?」
「幻惑魔法の一つだよ。この結界の中にいる人は存在が認識されにくくなるの。私の力でも、魔力の低い魔獣にだったら私たちのことは見えないようになっているはず。」
「お、それはすごいな。常に魔獣に襲撃される恐怖に晒されてちゃ落ち着いて会話もできないんじゃねえかと思ってたから助かる。」
幻惑魔法はこういった相手の感覚を狂わせたり自分たちの存在の見え方を変えたりできるのが面白い。
戦わずして勝つなんてことができる変わった魔法で、今まで力技で解決することが多いと感じた魔法という存在に一風変わった印象を与える。
なんというか、頭脳戦向けという感じがして他のものとは違ったテンションの上がり方をする。
「それで、大樹の祠なんて初めて聞く名前の場所、一体どこにあると思う?」
「うーん、木に囲まれているような場所にあるか、でかい木の中にあったりして。」
「木の上にある可能性もあるぞ。祠なんてのは名ばかりで、石ころサイズの何かがそっと枝の上に添えられているとか。」
少なくとも、昔光の玉を飛ばして森の中を探検していた時はそんな怪しい感じのものは見かけなかった。
「私がヴァーグに乗ってここにきた時も、特別変わった木を見たような記憶はないし・・・。」
「俺が修行の一環として魔女とこの森の中をうろついていた時も、そんな怪しい場所はなかったぞ。」
「僕らが王都からこの塔を目指してやってきた時も心当たりがあるような場所はなかったなあ。」
森は王都の北西の位置にある。その王都からやってきたわけだから、自ずと森の南東方面は確認したことになる。
そして魔王さんの住まいからは北東の位置。つまりは南西の方角も玲那が確認したことになる。
そもそもその祠に何があるのか知らないけど、もし仮に何か大事なものがあるんだとしたら、王都から来た人間に簡単に見つかるような場所にあるとは考えられない。
とすると、シンプルに森の北西方面、まだ誰も開拓してこなかった方面が一番可能性が高そう。
この知恵の塔から北の方面に一体何があるのかはまだ僕らは誰も知らない領域だ。知らない場所にこそ重要なヒントがあると見るべきだろう。
「とりあえず北西に向かおう。魔獣にバレないように慎重に向かって、安全地帯を確保できたらそこから僕が光の玉を使ってあたりを探索してみる。」
2人の頷きを了承の証として、僕らはこの国で一番危ないかもしれない場所の冒険を始めた。
ーーーそしてこれが、僕らの今後の運命を大きく変える一連の事件の幕開けだった。
* * *
魔獣の断末魔すらかき消すような巨大な爆発。
断末魔すらあげさせないように一瞬で鼓動を止める絶対零度の凍土。
毎日繰り返される魔獣の襲撃を、クランジア王国を守る3柱のうちの2つが何事もないかのように凌いでいく。
「あまり無理はしないでくれよ?なんなら僕1人にこの場を任せてくれても・・・」
「こういう時だけ優しくしたってなんの意味もなくてよ?旦那様。」
「その旦那様っていうのもいい加減なんとか・・・」
「遊び呆けたりせずにこれからは毎日家族で過ごす時間を作ってくれるのなら考えてあげるわ、旦那様。」
巨大な災害を起こしても知らん顔のザイロンと、少し息が上がっている様子のシャミノは、もはや習慣化してしまっているこの魔獣の戦闘には何も感想を残さず、冷え切った夫婦仲をこの誰もいない戦場に見せつけていた。
「何もうまくいかないものだな。」
「自分で蒔いた種じゃなくて?」
「違うよ。この村のことやガルディンのこと、そして君やメイギスの話さ。」
「昔から何もかもが不器用すぎるのよ。頭も良く回るし実力もあるのに、取る手段とか間や運が絶望的に悪すぎる。」
珍しく真面目そうにため息をつく夫の姿に、少し刺々しい姿勢を崩したシャミノ。
「この村はそもそもあなたがいるからといってどうにかなるような場所でもないし、ガルのことは正直私にももうさっぱりわからない。メイギスのことも、別にあなたが拾ったからと言ってあの子の全てをあなた1人が責任を持つ必要なんてない。ってそんなのいつも言ってるじゃない。」
「じゃあ逆に今の僕はこの国や君たちに一体何の貢献ができている!?僕がしっかりしていればガルディンがあんな風になることもなかったし、この魔獣騒動もここまで被害を出さずに済んだかもしれないだろう。」
「やれやれ・・・。過ぎたことを悔やむのは昔っからのあなたの悪い癖よ。いいから今やれることを考えなさいな。」
肩を優しく2度叩くと、ゆっくりとシャミノは村の方と戻っていく。
「君は本当に昔から変わらないな。僕のことを恨んでいたっておかしくないのに。」
「あなたを恨むのお門違い。もう何百回もそう言ってるでしょ?」
「・・・それも口に出さない約束だったな。今日はなんかダメだ。」
「今日もダメなのよ。ほら、さっさと戻りましょ。今日こそあの村長の裏の顔を暴くんでしょ?」
「あ、ああ。そうだ、まだそれさえ果たせれば今までの雪辱を果たすことができるからな!」
「あ、やっぱり調子に乗るとうまくいかないから、さっきみたいに凹んでて?」
「相変わらず僕の扱いがひどいなあ?」
不平を漏らしながらも、堂々と前を歩く妻に後ろからついていく。
その姿は、幼少期から続く2人の間柄を濃く表しているようだった。
* * *
「・・・砕けろ!!!」
「はあああああ!!!」
「散りなさいっ!!!」
業火を纏った巨大な刃が、
激流を纏った荒波のような一閃が、
斬撃の先をなぞるように地面から現れた鋭い岩石群が、
前方から迫る魔獣の群れの命を容赦無く吹き飛ばし、戦闘は終焉を迎えた。
「エンガ兄上、シュウ兄上。お疲れ様でした。」
「コウセキもお疲れ様。怪我はないか?」
「はい、ご心配なく。多少の疲労はありますが問題ありません。」
エンガ、スイシュウ、コウセキの3人は手に持っていたそれぞれの剣の武装を解除して、その緊張の糸を緩めてそれぞれを見やる。
「これでもう何日目になるだろうか。雑魚の集まりとは言え、不愉快この上ないな。」
「なんとか今は王都からきた援軍に助けられていますが、あの2人がいなかったらと思うとゾッとします。」
「ああ、数の圧に押されて今頃厳しい戦いを強いられていたかもしれない。ザイロン殿とシャミノ殿には感謝せねばならんな。」
「・・・だが油断は禁物。」
「ええ、わかっています。それに、この前のようにまたガルディン様が襲ってこないとも限りませんしね。」
突如稲光を纏った一撃を村に向かって放ってきた衝撃の事件。
真っ直ぐにギリアンテを狙ったその渾身の一撃は、側に控えていたエンガとスイシュウが咄嗟に武器で受けたことでなんとか最悪の事態は免れたが、真正面から受け止めた影響で2人はかなりのダメージを負った。
それから時間も経ち、怪我はすっかり完治はしたものの、その突然命を脅かされた衝撃は直接攻撃を受けた2人だけでなく、その現場を目の前にして一歩も動くことができなかったコウセキの心にも深く傷跡を残していた。
「あの方が本気を出せば、我ら3人でも果たして止められるかどうか・・・。」
「弱気なことを仰らないでください。私たちが力を合わせればあの狂った王くらい止められるはずです。」
「・・・止めねばならん、それだけだ。」
「っ!・・・申し訳ない、あの程度で臆病風に吹かれていては我ながら先が思いやられるな。」
3人は並んで村へと戻る道を歩き始める。
「とは言え、いくら今の所無事だとしても、いつまたラン兄上の命を奪ったような魔獣が出ないともわかりません。現状で満足していてはいつまた足下をすくわれるか。」
「そのためにはこの魔獣襲撃の原因を突き止めないといけない、ザイロン殿はそう言って私たちに協力してくれているが、ここに来てからやっていることと言うと主とひたすら話しているだけ。それもいつも私たちを遠ざけられて2人きりで話し込んでいる。兄上、やはり無粋な真似かもしれませんが一度会話の内容は確認した方がいいのでは?」
弟からの質問を受け、エンガはその場で立ち止まり瞑目する。その様子に弟妹たちも足を止め、敬愛する兄の結論を待つ。
「・・・心配無用。ただ主を信じるのみ。」
そしてただそれだけ伝えると、再びその足を動かし始めた。
「御意。」
「エンガ兄上そう仰るのであれば。」
それがエンガの決断なのであれば。
2人はまだ迷いが残った表情をしながらも、前を歩く大きな背中についていくように駆け出した。
村を守る使命を任された3人の血を共にする戦士たち。
統制のとれた強固な絆を見せる兄弟たちだったが、昔よりもその空気はひどく凝り固まっているようだった。
* * *
王宮に戻ったマイヤとサラは、番兵に心配されるほど疲弊した顔でそのままマイヤの自室へと直行した。
部屋について2人並んでソファーに腰掛けるも、お互いに一言も発することなく、ただ静かに牢屋の中で目撃した猛獣の姿を頭の中から削除しようとしては失敗する時間を過ごす。
その間マイヤはずっと掴まれていた腕を、サラは掴んでいた掌をじっと見つめたまま。
なんの生活音も聞こえないまま、ただ外から差し込む太陽の日差しだけが時間の経過を知らせる。
やがて青かった空に茜が差し込み、今日一日の王都の動きを伝える伝令が王宮にやってきたところで、サラがおもむろに立ち上がった。
「マイヤ様はガルディン様が仰っていたことを信じますか?」
数時間に及ぶ沈黙を破ったのはそんな問いかけ。
「信じ・・・たい。とても信じられないけれど、信じなければもっと非情な現実が待っているでしょう?」
その問いかけに、未だに赤く痕が残る腕を見つめながらマイヤ。
彼女が言う非情な現実にすぐあたりをつけたサラは、迷うことなく次の言葉を口にする。
「やっぱり確かめに行くしかないですよ。どれだけここで悩んでいたって、このまま事態が好転することはないはずです。」
「それは・・・そうかもしれないけれど。」
「何を迷っているんですか?マイヤ様なら真っ先に行くって言うと思っていたのに。」
一体何を躊躇っているのか。
そう問いただすようにサラはマイヤの方へと詰め寄る。
「本当は今すぐにでもあなたを連れて知恵の塔まで行きたいわ。でも、それはきっと今の私に求められている行動ではない。」
「どういうことですか?じゃあ一体今のマイヤ様に求められている行動ってなんですか?」
そしてようやく目が合った時、いつものマイヤとは違うただならぬ覚悟を宿した様子にようやく気がついた。
「お父様があのような状態になっている以上、今この王都の指揮系統は私にあるはず。その私が今ここを離れて塔に向かってしまったら、もし何が予想外の出来事が起きた時にこの国は混乱する。」
「そ、それはそうかもしれませんが、いざとなったらお爺様だっていますし・・・、」
「セイラス様だって、私が不在の状態で指揮をとるのではきっと判断が鈍ることもあるはず。だから・・・、だから私はここを離れることはできない。」
それはいつもの優しい表情を浮かべた、慈愛に満ちた王女様の姿ではない。
肝の据わった表情に、どこか威厳を感じさせる鋭い眼差し。
紛れもなく幼少期の頃からずっと支えてきた主人の見た目をしているが、宿す空気は完全に別人と言えた。
ーーーそれは紛れもなく、事態を冷静に分析しその場での最善を選ぼうとする王の姿だった。
「だからサラ。あなたに私の半身を託すわ。」
「マイヤ・・・様?」
立ち上がりそっと優しく両肩に手を乗せると、その決意に満ちた眼差しでサラの戸惑った顔をじっと見つめる。
「ーーーあなたに知恵の塔への出撃を命じます。そこで必ずお父様の洗脳を解いて、お父様が参謀に任命したタツキ様とその護衛であるソウジ様を救い出してくること。」
半身を託す。
果たしてマイヤはこの台詞をどんな気持ちで自分にかけているのだろうか。
本当なら今すぐにでも自分が乗り込んで、自分の手で父親と恋人を救い出して仕方がないだろうに。
そんなはやる気持ちを必死に押し殺して、その無念さを表情に出さまいと下唇にグッと力を込めているところまでは隠しきれていない。
両肩に込められている力が、尋常じゃなく重くズシリとサラの全体重にのしかかる。
だがそれを振りほどくことなく、むしろその全てを預けてほしいとばかりに、サラはその苦渋の決断で人知れず心の中で血の涙を流しているであろう主人の体を優しく抱き寄せた。
「ーーーお任せください、マイヤ様。必ず無事に全てを終わらせて、またあなたがとびきりの笑顔を見せられるようにしてみせますから!」
守られる王女から守る王への第一歩を踏み出した主に心からの敬意を込めて、第一の騎士はそう笑ってみせた。
修行を終えて試練に臨む3人
村で現状の打開を図る2人と3人と1人
何かに囚われたように声を荒げる1人
国を守るために己を律する1人
その思いを汲んで使命を果たそうとする1人
割と平和そうに見えた3章後半戦は次回から動き出します。




