3-28 非日常
「ぜえ・・・はあ・・・。」
あれからさらに1週間が経過し、もはやどれくらい距離を伸ばせているかなんてわからなくなるくらいに高くまで上がれるようになった。
頭だけ光速魔法のオンオフの切り替えを続けていたら、なんだか自然と体がだんだんその変化に適応してきた。おかげでオンの時とオフの時で急に体の制御がきかなくなって体勢を崩すなんてことがなくなってきた。
「治癒魔法に消費する魔力の量も効果の質も始める前とは桁違いなのです。本当に白魔術に関してはエフィーの最高傑作であるこのエリーゼすらも凌ぐのですよ。」
「じゃあいつか僕もあんな風にどんな傷もたちまち癒せるようになるってことか?」
「魔力貯蔵量まで増加する分、もっと上の治癒魔法まで使えるようになるのですよ。認めたくないけど、寿命という一面を除けばタッツーはいずれエリーゼの完全上位互換になれるのです。」
調子に乗った発言だと喝を入れられるかと思いきや、エリーゼの返しは僕の魔法へのモチベーションを引き上げるかのような発言だった。
「な、なんだよ急に・・・。お前のツンデレとか僕には需要ないからな?」
「そのツンデレっていうのが確実に不名誉なものってのはなんとなくわかるのですよ!」
いつも通りやかましいツッコミが返ってくる分、いきなりどっちかの体に不治の病が見つかったとかいう衝撃展開でもないらしい。本当なんなんだよ、急に。
「とうとう鬼教官を演じるのが辛くなってきたとかか?」
「違うのです!・・・純粋に疑問に思っただけなのです。普通はかなりの時間をかけて段階を踏んで地道に身につけていくはずの魔術を、タッツーもレナリンもマッキーもなんでもないことのように身につけていく。もちろんエフィーの教える力が優れていることもあるでしょうけど、それでもこの短期間でここまでいろんなことができるようになるなんて、普通はあり得ないのですよ。」
エリーゼが抱いている疑問については、僕と宗次が昔王都で魔法の勉強をしていた時に指導官だった姫様やお嬢にもよく言われていた。
飲み込みが早いとか、体に魔力が馴染みやすいとかそういう類の話だ。その当時は、単純に褒めて伸ばすタイプなんだなあと気分をよくしていただけだったけど、こうしてエリーゼに真剣な表情でそう言われると、それが僕にとっても純粋な疑問に思えてきた。
「何度も言ってるけど、僕らの世界にはそもそも魔術なんてものは存在しないからな。」
「だからこそ謎なのですよ。まあ、理由はともかく成長が早いのは喜ばしいことではあるのですけどね。」
「喜ばしいのか?別にエリーゼにとっていいことはないように思えるけど。」
「うーん、なんていうか自分の弟子が強くなっていくのを見てる気分っていうのですかね。自分が教えたことを頑張って練習してそれができるようになるのを見るのって・・・、な、何がそんなにおかしいのですか!?」
顔を赤くしてバシバシと虹色の翼で肩を叩いてくる。うん、やっぱりこれくらいの方がエリーゼとはやりやすい。
「はは、いやなんていうかそんな風に思ってるって知らなかったから普通にびっくりしただけだ。」
「むー、絶対にそんな暖かい感じの笑いじゃなかったのです!」
「そういうことにしとけって。な、先生!」
「・・・ん?ちょっとその癖になりそう響きなのです。もう一回言うのです。」
「あ、もう二度と言わないわ。」
「おい、なのです!!!」
実際頭が上がらないほど多大な恩があるのは確かだし、ある意味魔術の師の1人として尊敬しているのも事実。
でもそれを直接伝えるのはなんか違う気がする。
そんな根拠もクソもこうもない理由で一生こんな接し方をされると思うと同情の一つもしようかと思うが、これもまあ人柄ならぬ鳥柄ということで一つ大目に見て欲しい。
「ーーーお、ちょうど終わったか!?休憩が終わったらちょっと外まで来てくれ!!!」
そんな疲労感マックスの中で繰り広げていた平和なやり取りに終わりを告げる宗次の声。
その理由を確かめるために、僕はエリーゼの足に掴まって地上へと戻った。
* * *
「ん、来たわね。」
塔の外に出てみると、珍しく3人が並んで僕のことを待っていた。
「どうしたんですか急に?全員集合なんてなんやかんやで今までなかったじゃないですか。」
宗次と玲那は基本離れた場所でそれぞれ実技演習を行う形で修行をしていて、そこに魔女が色々と茶々を入れに行くスタイルだったはず。
まあ顔色が暗いわけでもないから特に身構える必要はなさそうだけど。
「とりあえず2人とも最低目標は達成したわ。だから明日はいよいよ試練を受けてもらうわよ。」
「試練?」
そう、と一言呟くと、魔女はおもむろに森の方へと指をさす。
つられて宗次と玲那も同じ方向を向くが、2人ともすでにその内容を知っているのか、先を促すことはしない。
「明日、あんたたち3人でこの森の中に入ってもらうわ。」
「森の中に?でもそんなことしたらこの前みたいに魔獣が一斉に襲いかかってくるんじゃ・・・。」
「そうね。」
「そうね、じゃないだろ!この前それをして実際に死にかけたのをもうあんたは忘れたのか?」
「忘れてないわよ。実際まだ私はレナのことは嫌いだもの。」
「さらっとひどいな!?」
とツッコミを入れたのに、その肝心の玲那は「もう聞き飽きたから気にしてない」と苦笑いをするだけだった。昔は人の悪意に晒されたら結構な精神的ショックを受けるタイプの子だったのに・・・。
「言ったでしょう?これは試練。この塔から出たいのなら、あんたたちは絶対にこの試練を受けないといけない。」
「ま、いずれは俺たちの力だけでこの森を抜けないといけないんだから、遅かれ早かれこうなる運命だったってこった。」
なんか悟りを開いたかのような宗次。
「そんな簡単に言うけど、この森の恐ろしさはお前もこの前目の当たりにしたばっかりだろ?」
その謎の余裕な表情になぜか味方であるはずの僕が水を差すような真似をしてしまった。
これはまた説教が始まる、そう思ってそいつの顔を見るとなぜだかそれでも薄っすらと笑みを浮かべていた。
「ーーーこの前の俺らと同じだと本気でそう思ってんのか?」
なんだこいつ、なんかキャラ変でもしたのか?なんでそんなちょっと熱血漢キャラっぽい感じの雰囲気出してんだよ。ちょっと頼もしいじゃねえかちくしょう。
「玲那はきつそうだったら無理しなくても・・・」
「私も行く。ーーーまだ少し不安は残るけど、君を守るためなら戦える!」
逃げ場を求めるように話を振ったら、ある意味宗次よりも頼もしく感じる一言が返ってきた。あれ、1週間前はあんなに弱気だったはずだけどな・・・。
というかあの日以来、気まずくなるだろうなあと若干ナーバスだった自分に対して、玲那はなぜだかこの塔で再会した時よりも親しげになった。今まではこの世界で顔を合わせるときは、お互いどこか遠慮がちというかうまく話せていなかったような感じだったんだけど、この1週間はまるで中学時代に戻ったかのような心地よさすら覚えるくらい玲那の表情は優しく和やかになった。
それに、僕は僕で今までずっと言えなかったことを勢い任せで全てぶちまけて、それをこれまた勢い任せだったのかもしれないけど許してもらえたという事実を少しずつ飲み込めるようになってきて、昔の調子が戻ってきているというのもある。
いや、そうか。そういえばそうだったか。
宗次も別にキャラ変なんかしたわけじゃないんだ。
ただ、中学時代の全てがうまくいっていたあの頃の僕らに戻りつつあるだけだったんだな。
なんでもかんでもやってみろと自信満々に語る宗次。
それに不満をぶつけながらも結局は行動に移してしまう自分。
そんな僕らを優しく見守りながらも君が決めたことならといつもわがままを聞いてくれていた玲那。
なんかこの2人の顔からは、そんな全てがうまくいっていた頃のいつかの僕たちを彷彿とさせた。
「で、この試練の目的はなんですか?」
だからなんかやれる気がした。
そんなバカみたいな理由だったけど、僕がこの試練を受ける理由はそれで充分だった。
* * *
エリーゼが厨房から4人と1羽分の食事を順番に机に運ぶ。
この光景こそ最初は違和感しかないだとか、鳥が作った飯なんて人間の口に合うのかとか、失礼なことを考えまくっていたけど、今となっては今日は何を作ってるんだろうなあなんてことを考えるようになった。慣れというのはつくづく恐ろしい。
そして同じようにしてご飯が用意されるのを待っている同郷の2人も、不安な気持ちなんてかけらも抱いていないんだろう。
はあ・・・、本当にびっくりしてしまう。
これだけ王都のことを心配しているのに。
あれだけこんな場所からさっさと帰りたいなんて思っていたのに。
「ほら、ご飯ができたのですよ!」
ーーーいつの間にか少しだけ名残惜しいなんていう訳のわからない感情が生まれてしまっているなんて。
「はあ、相変わらずなんでこんな美味そうな匂いがするんだろうな。」
「あはは、エリーゼの作るご飯はいつも美味しいからね。」
「えっへん!ご飯を作り続けてもうどれくらい経つかわからないエリーゼちゃんの特技なのですよ!」
実際に今日もメインの謎肉のロースト、何からとったかわからない出汁で作られたスープ、どこから採取してきたのかわからない野菜の付け合わせという、しっかりしたメニューが出されたわけで。
それをワイワイとみんなで話しながら口に運んでいく賑やかな食事場。これは魔女が僕らを名前で呼び始めてから訪れた団欒の時間だったけど、気がつけば心を落ち着かせられる数少ないひと時になっていた。
まあ、日によっては誰々と顔を合わせづらいなんてこともあったけど。
「でもあんたたちがここでエリーゼのご飯を食べるのも、もしかしたら今日で最後になるのかもしれないわよ?」
「ま、まあ、作る量が減ってエリーゼはだいぶ楽になるから歓迎なのですよ。」
「たまには王都まで配達に来てくれてもいいぞ?」
「行くわけないのですよ!!!」
人間とは不思議なもので、今まではさも当然のように意識もせずに過ごしていた時間も、なくなるかもしれないと伝えられた瞬間に、1秒でも2秒でも長くその時間を過ごせるようにと思い始める。
つい昨日までただの日常の一幕程度で、特段取り上げる必要もないと思っていた時間にさえ希少価値が生まれたように感じる。
特別だという意識を持てば持つほど、自分が日常だと感じていたその時間を純粋に楽しむことなんてできなくなるというのに。
「樹君、緊張してる?」
「ん?ああ、多分そうなんだろうな。」
「まあ無理もないよね。明日はまたあの森の中に入らなくちゃいけなくて、失敗したらどうなるかわからなくて、成功したらやっと王都に帰れる。どっちに転んでも私たちの運命は大きく変わるんだよね。」
そうだな、と短く答えて目の前の肉を頬張る。
今この時間に、果たして自分はどんなことを考えているのが正解なのか。
「王都に戻ったら、この時間ももうやってこないんだな。」
「・・・うん、そうだね。君はお姫様の勇者になって、蒔田君は君の護衛にでもなるのかな。」
「護衛なんて言ったら自分の方が格下みたいだって怒るぞ、あいつ。」
「あはは、確かに言いそうだね!」
魔女とエリーゼとワイワイやってるから多分聞こえてないな。人付き合いがあまり得意じゃなさそうなくせに、なんやかんやでいつもあいつはこうやって自然と輪の中に溶け込んでいく。
「私は魔王さんのところに戻ってタイムマシンの修理かな。あとは頑張って修理した後のタイムマシンを起動させるための力もちゃんと身につけるから。」
「・・・そっか。」
まあそうなるよな。
玲那が王都に留まって一緒に宗次と護衛をしてくれるなんてそんな未来、あるわけないよな。
じゃあもう玲那とこうして一緒に寝食を共にするなんてこと、2度とやってこないかもしれないんだな。
「・・・ふふ、あはははは!なんでそんな顔するの!!!」
「え、な、そんな変な顔をしてしてたか!?」
「餌がもらえなかった子犬って感じだったぞ。」
「今にも浮気に走りそうな屑野郎って感じの顔をしてたわ。」
「なんかわからないけど顔に飛び蹴りしたくなるような気持ちになったのです。」
「罵声を浴びせるときだけこっちの会話に参加するんじゃねえよ!?」
おまけにどんどん罵りレベルが上がってるような。いや、浮気に走りそうな屑野郎って評価が一番ひどいか。
「正直あんたたちにそんなしんみりされたところでこちらとしたら反応に困るんだけど。」
「僕もしんみりするつもりなんてなかったんですけどね。最初に寝たままの宗次とこの塔に置いてかれた時はもう終わったと思いましたよ。」
決死の思いでエリーゼを騙して魔術書を奪い取ったと思ったら、目の前に王様と戦っていたはずの魔女がいて・・・。あの時はもう終わったって思った。
「おいおい、お前からしたらようやく王都に戻れるって喜ぶところだろうが。そんな残念そうにしやがって、姫さんとサラ嬢にここであったこと全部言い付けるぞ。」
「はあ?言われて困るようなことなんか何もしてないし。」
「じゃあレナと話すたびに鼻の下が伸びてたとか、たまに私の体を見て発情してたとか言っていいわよ。」
「し、してねえわ!そんな事実無根な噂を姫様が信じるとでも・・・。」
「最初、光速魔法を色々教えてあげていた時なんか、人の顔も見ずに脚やらお腹やらジロジロと舐め回すように見てたくせに。」
「な、ま、は、はあ!?」
こ、こいつ、最後の最後に何を言い出すんだよ!
た、確かに最初の頃は色々と目のやり場に困って、結果的に視線を下に向けがちだったのは認めるけども・・・。
「そういえばいつだったか、伊理夜と2人で夜の修行をしてたって言ってた時なんて、すごい顔して帰ってきたよなお前。」
「ああ!?あ、あ、あの時はだな・・・。」
玲那に告白されたあの日の夜のことか!
なんだよ、誰も何も言ってこなかったから何も気づかれてないって思ってたけど、知ってたんかい!
「うわー・・・、幻滅なのですよ・・・。」
「やめろ、そのゴミを見るような目を向けるんじゃない!あと肘をついてご飯を食べない!お行儀悪いぞ!」
めっちゃ態度悪そうに翼で頬杖つきながら、ニチャニチャと肉を頬張りながら僕の方を睨むエリーゼ。
「樹君。」
「れ、玲那ならわかってくれるよな?僕はそんなことしないって!」
「今でもたまーに太ももの方に視線を感じる時があるよ?」
仕方ないだろ!だって玲那さんはスタイル抜群ですし、清楚感抜群なのに動きやすさ重視で短パンニーソとか決めてくるんですから!その黄金領域もつまりはそういうことなんでしょ!?
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「だああああもう、全て事実ですうううう!!!!!」
誰もこんな最後の晩餐なんて望んでなかったでしょうに・・・。
なんで最後の最後に僕のスケベ暴露大会になっちゃってるんですか・・・?
* * *
そして今日のイベントも全て終わり、各々の自由時間がやってくる。
と言ってもみんなの行動パターンは変わらないようで、玲那は塔の外で今日もおそらく素振り、宗次は当初の約束どおりエリーゼに俺たちの世界のことを色々と今日も教えているし、魔女は相変わらず魔女専用の仕切りのないスペースで1人机に座っている。
毎日行動パターンが違っていたのは僕だけで、最初の頃は宗次の会話に参加していたけど、後半は時々自分も外で素振りをしていたり、適当な本を選んで静かに読みふけったり、光の玉に視覚だけ宿して森の中に飛ばして擬似探検をしてみたりと色々やってきた。
そして最終日となる可能性が高い今日、僕が選んだ行動は、
「ーーー僕と少し真面目な話をする気はないですか?」
「最後の最後にレナがいないうちに夜這いでもかけようって?」
「変態扱いはいい加減やめんかい!」
今まで誰も近づこうとしてこなかった、魔女の領域への侵入だった。
「『暗黙の了解』って言葉、あんたは知らないのかしら?」
「知らずに生きてきたんで、苦労することも多かったです。」
「この瞬間に教えてあげてもいいのよ?」
「遠慮しておきます。この国はそれが多すぎるせいで、何かと生きづらいと感じているところなんで。」
ルールやマニュアルにはダメって書かれていないのに、それに触れるのはNG。そんな内容があまりにもこの国では跋扈しすぎている。
「・・・はあ、そうやって空気を読まないところはあの破天荒王子にそっくりね。」
「あの人ならこの塔に来た初日にここに来てますよ。僕は今日になるまでここに来る勇気は出なかった。」
あの人なら空気を読んでそっとしておく、なんて気の利いたことはしないだろうからな。プライベートスペースなんてお構いなしにグイグイ距離を詰めていくタイプだ。とてもそんな真似はできないし、無理やり相手をこちらに振り向かせるだけの度胸も魅力もない。
それでも魔女が机から僕に向き合う姿勢をとってくれたところから察するに、僕のアプローチは決して失敗だったわけではなさそうだな。
「それで、何がお望み?言っとくけどあんたみたいな奴には興奮しないから。」
「まだやるのかそのノリ・・・。違いますよ、僕はただ僕が知ることができる範囲でこの国の歴史が知りたくなっただけです。」
ふうん、と片眉だけあげてなぜか今更ながら人を品定めするような目つきで僕の顔をまじまじと見つめてくる。
「その心は?」
「この国を救うための鍵を探しに来た、ってところでしょうか。」
「この国の歴史を知ることが?」
「この国とあんたの歴史を知ることが、の方が意味合いとしては近いかもしれないですね。」
「なに、やっぱり私のこと狙ってるの?」
「しつこいなあ!?」
というのは、ただの魔女の時間稼ぎの一言だったんだろう。
今回の軽口は目の奥が笑っているようには見えなかった。
「言っておくけど、私を王都まで一緒に連れて行こうっていうのは無駄な足掻きだから。」
「それが無駄かどうかを判断する材料を今の僕は持ち合わせていないので。」
「その材料を提供するのがこの国の掟に抵触すると言ったら?」
「とりあえず、僕はこの国の人間じゃないから例外だって屁理屈を言ってみます。ついでに言うなら、なんであんたまでもがこの国の掟なんてものに縛られるように生きないといけないのかって問いただします。」
この人は自称この国を一度滅ぼしたことがある魔女。そんな人間がどうして今更国の掟なんてものを重視するのか。
結局この人は何者で、どういった経緯でここの番人なんて役目をやらされているのか。
そもそも知恵の塔ってなんなのか。失われていた白魔術の極意を記した魔術書や魔獣が生まれる理論なんていう、王宮のみんなが喉から手が出るほど欲しがっているであろう情報がここにゴロゴロと眠っているその理由は?
そもそもどうして王宮の誰も知らない情報がここに眠っているなんてことがあり得る?
じゃあ誰がその本を作って、誰がここに保管するように命令したのか。
紐解けばいくつもの打開策を打ち出せそうな貴重な情報源の塊を、暗黙の了解やら掟やらごときでみすみす逃してたまるか。
「でもそれを無理強いできる力は僕にはない。だから頼れるのは、僕たちをここまで強くしてくれたあんたの良心だけだ。」
取引材料もなにも持ち合わせずに交渉の場に上がるなんて、本来なら避けるべき愚行だ。
それでも王様から僕らの身柄を引き受け、自分にとってなんの得にもならないのにここまで面倒を見てくれるという、はたから見ると最大の悪手を打っている魔女ならもしかしたらこの場にも立ってくれるのではないか、なんて甘い理想を掲げているだけ。
だから本来なら一蹴されて終わりのはず。
なのになおも品定めするような眼差しを向ける魔女からは、期待するに値する可能性を秘めているように感じる。
「あの王子、もし仮にあいつが言ってたことが本当なら、何年生きてると思う?」
「え?・・・本人も正確な年月は覚えてないって言ってたけど、間違いなく100年以上は生きてるかと。」
予想外の人物の名前が出てきて若干混乱はしたが、魔女はいたって真剣っぽい。
少なくとも目はマジだ。
「人間がなんの目的もなく、100年以上の時を生きるなんてできると思う?」
「それは・・・できないでしょうね。」
正確にはできるのだろうけど、はたしてその心は生きる気力に満ちているのかどうか。
まだ23年しか生きていない僕にとってはそんなのわからないけど、そんな僕にも言えることがあるとするならば、何か目的を持って生きているときは時の移ろいなんて全く意識しないくらい早く過ぎるけど、何も目的がないときは1分が1時間にも感じるってことか。
「ってことはあんたにもまだ何か目的があると?」
「じゃなきゃさっさと死んでるわよ。なにが楽しくて数百年もこんな鬱蒼とした森の中で過ごそうなんて思うのよ。」
まあ僕なら間違いなく退屈で死んでいるだろうな。
意外と魔獣を作ったり森の管理をするのとかは、ゲーム感覚で色々楽しそうだとは思うけど。
でもなるほど、少しだけ見えてきたな。
「それで、その目的とやらに僕をどうやって貢献させる予定だったんですか?」
「別にあんたをどうこうするなんて一言も言ってないけど?」
「僕に白魔術の適性があると気づいた瞬間、急にあんたは僕たちに優しくなった。単純に力を認めてもらえたってだけなら、嬉しいの一言で片付けるつもりだけど。」
実際、あれ以来僕らは対等の人間として扱ってもらえるようになったという感覚だ。理由はなんであれ、この変化は歓迎すべきものだった。
「でもそれこそ数百年の時間を何かの目的のために生きていると豪語するくらいだ、急に僕らに修行をつけさせるのも何かしらの理由があったと考えるのが自然じゃないですか?」
「人の善意を素直に受け入れることができないのは、欠点だと思った方がいいわよ?」
「明確に恩返しする方法が決まっているのなら、早めに知っておいたほうが都合がいいと思っただけです。」
「と言いつつ、どうやったら私に王都の一連の魔獣襲撃の解決に協力させるかを考えているだけでしょ?」
「だからこそですよ。見返りを今後も提供できると知ったら、僕とあんたはこの先も協力関係を築いていけるかと思ったんで。」
魔女が僕に何を求めているのかは知らないけど、それは僕にとっては立派な交渉材料の一つになる。
そしてその材料を使って魔女をここから連れ出して、魔獣襲撃事件の真相を暴かせることができたら万々歳。
「可愛げのない答えね。」
「これでもクランジア王国の参謀を任せているもので。」
頭が回ると見せた方がいいのか、それとも何も考えていないバカだと見せた方がいいのか。
少し悩んだけど、思っていることをあえて全て口にすることを選んだ。
仮に純粋無垢なバカのふりをして信頼を得ようとしても、長期的関係を築きたいと思っている相手に隠し事をしながら付き合っているのはいつか必ずボロが出る。
それに今から相手の秘密を探ろうとしているのに、こっちは嘘を塗り固めた状態で臨むのはなんだか不誠実な気がした。
「どうして私なんかがこの国の掟に縛られているか、ってあんたは聞いたわね?」
「はい、あんたならそんなの無視して自由にできるんじゃないかって。」
何かを企んだような悪い笑いを含んで、こちらを撫で回すような見つめる魔女。
「それはむしろ逆ね。ーーーあの掟は全て私たちが作ったものだから、私が守らないわけにはいかないでしょう?」
妖しく笑うその顔からは、世界を滅ぼした魔女の名にふさわしいほどの不気味さが溢れ出ていた。
* * *
「どうして人に広めたらいけない情報なんてものが存在するのか。どうして黒魔術の魔術書が王都のどこにもないのか。どうして王族とそれに仕える者しか魔術を勉強してはいけないのか。どうして誰も魔獣の仕組みを理解していないのか。どうして誰も知恵の塔に近づくことが許されず、また私が知恵の塔から出られないのか。そしてどうして知恵の塔なんて建物ができたのか。ーーーそれらは全て私が原因って言ったら、あんたは私をどう思う?」
それは一番最初に僕らと敵対していた時の、今にでもこちらを攻撃してきそうな不気味な笑みだった。
普通にしていたら、そこらへんにいそうな少し気の強そうな中学生くらいの愛嬌がある。
でも今は、まるで少し体に触れられただけでケタケタと笑いながら懐に隠し持っていたナイフで滅多刺しにされるんじゃないか、そう思わせるくらいのサイコ感に溢れていた。
「なんでそんなに怯えたような目でこっちを見る?せっかく私もあんたも互いのことを少しは信頼してきたと思ってたのに、そんな風に見られるのは正直心外だなあ?」
いつもよりだいぶ見開いているのに全く感情が見えない桃色の瞳。あまり普段は大げさに作らないのに、口角を上げてこれでもかというくらいに作られた感が丸出しの笑顔。それといつもより少しだけ上がった声のトーン。
二重人格。
そんな言葉が真っ先に頭に浮かんだが、それにしてはあまりにも前触れがなさすぎた。切り替わる瞬間みたいなものも全く感じなかった。
「そんなに今の私は怖く見える?ねえ、今のあんたには私はどう映ってる?」
「ど、どうって・・・。正直今からでも笑って人を殺しそうな顔をしてる・・・ぞ?」
恐る恐るも自分が抱いたイメージをそのまま伝えてみたが、それを聞いて不満そうに「ふうん」という魔女の姿を見て、僕の今の答えは間違ってしまったのではないかと背中から数滴の冷や汗がにじみ出てきた。
「私が怖い?」
「・・・ああ、怖いよ。今自分の心臓をあんたの手が撫で回しているんじゃないと思うほどな。」
いつ握りつぶされるかもわからない、本当に死ぬ可能性があるのかすらも疑わしいけど命の取引が発生していることだけは間違いないと認識せざるを得ないような、まさに心臓に悪い状況だ。
「ーーーなるほど、やっぱあんたにはその程度にしか効果は出ないんだね。」
そんな居心地の悪さ抜群だった空間に突然パチンと甲高い音が耳を打った。
すると、さっきまでと同じ格好同じ体勢でいるのに、雰囲気がついさっきまで一緒に食事をしていた時のものに戻った魔女がそこにいた。
「普通は恐怖のあまり、一瞬で相手の意識を刈り取るのよ?それをあの程度の反応で耐えきるなんてやっぱり白魔術の適性だけは只者じゃないわね、あんた。」
少しどこか安心させるかのような優しい表情でニヤリとこちらを見る魔女。それを見るだけでさっきまでざわついていた全身がゆっくりと落ち着いていく。
「こ、この一瞬で幻惑魔法をかけたのか!?」
「これくらい幻惑魔法を極めた私からすると造作もないわ。こうして普通に会話をしながらもいつの間にか魔法にかける、それがこの幻惑魔法の真髄よ。ってここ最近ずっとレナに同じことを言ってたからいい加減飽きてきたんだけど。」
でも本当になんの前動作もなくいきなり魔女がサイコパスに見えた。
これが普通の人だったらもっとパニックを引き起こすような感じに見えて、本当に我を忘れるようなことになるんだろうな。
って普通に魔法をかけられたわけだけど、何してくれとんじゃこいつ!
「なんでいきなり魔法をかけるんだよ!?普通に敵対行動かと思って焦るだろうが。」
「いやあ、一つ知りたがりのあんたに昔話をしてやろうかと思ったんだけど、その前にまずはその話の肝となるこの幻惑魔法を実際に体験してもらおうと思って。」
「十分に味わったわ!それでついでにあんたへの恐怖心も久々に復活してきたところだ!」
珍しく笑い声をあげ、魔女は「それなら良かった」と全く良くない感想を呟きやがった。
「じゃあ私の魔法を耐えたご褒美に、王都にも伝わっている有名な童話の元となった『王都催眠術事件』について話してあげるわ。」
そう言うと魔女は、1人でいきなり長話を始めた。
ーーー今のクランジア王国を作るきっかけになったであろう、魔女による悲惨な大虐殺のお話を。
* * *
「教えてくださいお父様!!!どうして魔女に洗脳されているなんて嘘をついているのですか!?」
牢屋の檻に手をかけ、床に座り込んだままの父親に感情を爆発させるマイヤ。
一瞬それを制止しようとサラが手を出すが、檻の中から聞こえてきた声を聞いてその動きを止めた。
「その方が色々と都合が良かったからだ。お前らにいらん心配をさせたことは素直に申し訳ないとは思ってる。」
「本当ですよ!!!一体どれだけ頭を悩ませたと思ってるんですか!?」
「あとタツキとソウジも無事だ。あいつらは今知恵の塔で修行している。」
「知恵の塔で修行!?例の塔の番人様にタツキ様たちを預けてきたのですか!?」
たった数度のやりとりでマイヤの頭は早くも声を荒げてパニック状態に陥っている。
そんな主人を本来なら宥める役目を担わないといけないはずのサラもまた、主人ほどではないにしろ少なくない衝撃が襲っていた。
「安心しろ。あいつは魔獣襲撃の犯人でもなければ、問答無用で人間を手に掛けるような危ない奴でもない。」
「でもあの塔は近づいたものを不幸にするなんて言われてるじゃないですか!そんな場所にいつまでもあのお二人を滞在させるなんて・・・、」
「ああ、それは魔女があの塔に人を近づけないために考えた嘘だ。本当は不幸だとか呪いだとかは一切存在しない。」
「な・・・!?」
「な・・・!?」
かつてその呪いをその身に浴びて誰よりも絶望していたはずの人間からの予想外の一言。
それは少女たちの次の言葉を詰まらせるには十分すぎる効果を発揮した。
「あれは呪いなんかじゃない。全ては仕組まれた策略だったんだよ。呪いと見せかけて俺たち3人を狙ったあのオンボロジジイの陰謀だったんだ。」
「ま、待ってください。そのオンボロっていうのはまさか・・・。」
「カルシウ村のギリアンテ村長・・・?」
ガルディンがそんな風に呼ぶ相手はこの世に1人しかいない。
直感的にその相手が誰なのかを即座に理解した2人だったが、それでも疑問は残る。
「どういうことですか?あの方にお父様たちを害するような力は持っていないはずですよね?」
「そうです!今では魔王となってしまったレージベル将軍も父さんもガルディン様も、あんな人にいっぱい食わされるわけないじゃないですか!」
「ああ、今でも俺はそう思ってる。でも今改めて振り返ってみると、それができる力をあいつが持っていたとしても不思議じゃねえ。もし俺の推理が本当だった場合、この魔獣襲撃にも一定の説明もつく。ーーーあいつが全ての元凶なんだ、間違いねえ!」
牢屋は暗く、奥の方で座り込んでいるガルディンの表情は檻の外からは見えずらかったが、ガルディンは静かに憎しみや怒りを燃えたぎらせていることが、その静かな声の荒みから伝わる。
「もっと早く気付くべきだったんだ。そもそもこの国の厄災は全てあいつが引き起こしてたんだ。最初から分かりきっていたことじゃねえか!なんでもっと早くあいつを殺すことを思いついてなかったんだ!・・・そんなことばかり考えていた。」
「落ち着いてくださいお父様。一体知恵の塔でお父様は何を聞いたのですか?」
「俺たちが初めて3人であの塔に向かった後、あいつも塔に行っていたんだ。そこであいつは俺たちに危害を加えても全て呪いのせいにできるということに気づいた。」
「でもあの人にそんな力は・・・、」
「あいつは昔塔に頻繁に通っていた時期があったらしい。そこで黒魔術を身につけるなんらかの方法を手に入れた可能性がある。」
「で、でも黒魔術は素質がないとそもそも習得すらできないって父さんが、」
「あいつは腐っても王族だ。仮に黒魔術に適性を持って生まれてきたんだとしたら、相当な使い手になれる素質を秘めていても不思議じゃない。」
「ではその黒魔術を使って今までの事件を引き起こしてきたと・・・?」
「黒魔術には魔獣を使役する力を宿している。ってことはそれだけで今の魔獣の一連の事件にも説明がつくし、親父が殺されたあの魔獣襲撃が意図的だったと説明できる。」
「でもお父様たちに起きた不幸についてはどうご説明なさるおつもりですか?」
「ヘボの場合は、黒魔術による住民の扇動だな。昔魔女がこの王都を大混乱させたあの事件と同じ手口だろう。ザイロンの場合は前例がないから説明はできないが、村から提供された食べ物に毒でも混ぜたか何かだろう。それで俺の場合は・・・。」
「ガルディン様の場合は・・・?」
スラスラと自分の推理を並べ立てていたところにサラが相槌を打ったが、急にガルディンは口を噤む。
だがその理由をマイヤとサラは聞かずとも予想はできた。
自分の最愛の人がどのようにして狙われたのか、それを自分の口から説明するのは何よりも苦痛が伴うもの。
そう理解した2人はこれ以上の追求はしないでおくことにした。
「・・・話は大体理解できました。単身、村に襲撃をかけたその理由も。」
「あの場にいた人間は誰も理解しようとはしてくれなかったがな。だから俺はこうして直接対話の形が作れるようにずっとここで誰かが来るのを待っていた。そしてそれができればお前らだったらいいと思ってた。」
牢屋の中から足音が聞こえる。
だが顔を上げた2人を待っていたのは、今までの威風堂々としたこの国の支配者の姿ではなかった。
衣服は全身汚れており、所々に穴が空いている。自慢のマントは半分以上が破れていて、自慢の両刃剣を振るっていた右腕は包帯でぐるぐる巻きにされていた。
いつもは爽やかな印象を与える茶短髪は汚れで黒ずんでいて、いつものように整えられてもいない。
そして何より、いつもは自信に満ち溢れていた表情が、笑みこそ浮かべているものの目の下に隈を作った鬼のような形相をしていた。
「お、お父様!?」
「ザイロンと爺を呼んでこい。この国が滅びる前にあいつらには知らせないといけねえ。とくにザイロンには早く伝えねえと手遅れになるかもしれねえ。」
檻の間からするりと腕が伸びてくると、その手が実の娘の腕を力強く掴む。
「い、痛いです!」
「お前だけが頼りだ。頼む。お前だけはなんとしてでも守らないといけないんだ。そのためにまずは俺が洗脳されているなんて訳のわからない誤解を解くところから始めないといけねえ。それでその第一歩としてあの村の護衛をしているザイロンと王都の治安を握っている爺をこちら側に引き込む必要がある。そしたらあとはシャミノを助けると同時にあの憎たらしいクソ野郎を消し炭にして、国の周りに蔓延ってる魔獣どもをぶっ飛ばす。そしたらもうお前が戦場に出ることも命の危険に晒させる心配も何もなくなる。あとはタツキと一緒になって平和な王国を築いて・・・」
「ーーーその守らないといけない相手を傷つけていることに気づいてください。」
マイヤの華奢な腕を握りつぶしそうなほど強く握っていた手を、自分の出せる最大の力で握るサラ。
「お前、なんのつもりだ?お前まで俺に危害を加えるつもりか?」
「目を覚ましてください、ガルディン様!やっぱりガルディン様はあの塔の魔女に洗脳されているんですよ!じゃなきゃマイヤ様のことをこんな風に・・・」
「ーーーてめえ、次洗脳されているとかほざいたらどうなるかわかってんだろうな?」
鬼、を通り越してもはや修羅の眼光で自分の掴まれた腕とその腕を掴んでいる犯人の顔を交互に見やる。
視線が合った瞬間、肩からものすごい勢いで震えが全身へと伝播していくのを感じるサラ。あっという間にそれは両足の先端まで行き渡り、今にも手を離して地面へと倒れこみそうになる。
「た、たとえガルディン様だろうと、マイヤ様に危害を加えるのは許せません。」
それでもマイヤの苦しそうな顔をバネに、なんとか両足で体を支えることには成功している。
「今のお前のその行動がゆくゆくはこの国をも滅ぼすかもしれないっていう自覚はあるんだろうな?」
「そんなものありません!・・・私はただ、そんな顔で私たちのことを見るガルディン様が怖いだけです。」
なおも震えは止まらず、それはついに発される声にまで伝わり始める。それにつられるように、本人も気づかないうちに目の端からは涙が溢れていた。
「そんなこと、たとえガルディン様がどれだけ不機嫌だったとしても今までするはずがなかったじゃないですか!いつも私たちのことを、過保護すぎるくらいに気にかけてくださった方がこんな顔をしていたら、不安になるに決まっているじゃないですか・・・!」
「なら尚更俺の言うことを聞け!俺が必ずこの国を覆う不安を打ち払ってやる!!!」
「信じられないです・・・。信じられないんですよ。ーーー今の何かに取り憑かれたような状態の王様の言葉なんかじゃ、私もマイヤ様も信用できないんです!」
心に怯えの気持ちは色濃く残ったまま。
それでもサラは修羅に真っ向から立ち向かうことを選んだ。
マイヤは完全に頭も身体も鉛のように固まったまま、ただ目の前で繰り広げられている最も敬愛する人間と最も信頼している人間の口論を黙って見守るしかない。
先に体が動いたのはガルディンだった。マイヤを引き止めるための手から力を抜いて、サラに掴まれたままの腕をそのまま檻の中へと引きずり戻す。
「なるほど、それがお前らの答えなんだな?」
「私たちは今から知恵の塔に向かいます。その曇ったガルディン様の瞳とタツキさん達を連れ戻して、そこからもう一度作戦を立て直しましょう。」
「あの村を滅ぼす。それが全てだって言ってんだろ。」
「本当にそれが全てなのか、じっくり考える必要があると私は考えます。」
「これで仮に誰かが死んだら、その責任は全てお前にあるからな。」
「そんなことには私が絶対にさせません。」
「人の命をお前のわがままのせいで危険に晒すその罪深さをなめんじゃねえぞ。」
「・・・失礼します。」
逃げるようにサラは牢屋に背を向けて歩き出す。
その後ろ姿を、なおもガルディンはまるで仇敵を見るかのような殺伐とした眼差しで睨みつけていた。
「・・・どうしてですか、お父様。」
「この国とお前のために決まってんだろ。」
「だったら、もっといい方法がいくらでもあったじゃないですか。それなのにどうして・・・。」
「知ってるか?俺を完全に捕らえたつもりになっているかもしれねえが、こんな檻、俺が少し力を出せばすぐに壊せるんだぞ?」
ピクピクと頬を引きつらせて、呻き声のような笑みを湛えながらそう口にする。
「・・・あなたは一体誰ですか?」
「あ?」
「何が一体お父様をそこまで・・・?」
「はっはっは、言ってる意味がよくわかんねえなあ?」
もはや檻の存在なんてマイヤは認識していなかった。
今にもここを飛び出して虐殺を引き起こしかねない殺人鬼。ナイフを持った男が自分の首元にそれを突きつけてきているような息苦しさが、マイヤから呼吸の仕方を忘れさせるほどに強く襲いかかっていた。
「親父を殺し、レージの家族を殺し、シャミノの力を奪い、ミアラを・・・。ミアラを殺し、ミアラを殺し、ミアラを殺し、ミアラを殺しミアラを殺しミアラを殺しミアラを殺しミアラを殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し!!!!!!!!!!
・・・・・・・やっと現れたんだ。俺の人生を散々狂わせた元凶を。それでどうして落ち着いてなんかいられる?」
クククと喉の奥で1人笑いを堪えるその父親の姿が、マイヤには本物の化け物を見えて仕方がなかった。




