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科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第3章
67/72

3-27 獣の欲求

 月日が流れる度にここまで心が落ち着かなくことなんて今まであっただろうか。

 この前の下半身ズタボロ事件の時点で、すでにこの塔に来てから10日以上経過していたはず。


 ーーーそして今はそれからさらに3週間、つまりここに来てから約1ヶ月という節目のタイミングとなった。


 

 「また、面倒な魔獣を、用意しやがって!!!」


 今日も元気に森の中で銃声音を響かせているのは、最近ようやく自分の力だけでセミオート式のアサルトライフルが作れるようになったと喜びを露わにしていた宗次。聞いた話によると、自分の思い通りに物質を形成すること自体が難しいのに、さらにそこから作り出すものの強度も維持しないといけないから大変だったらしい。

 でもまだこの前の戦いで使っていたスナイパーライフルっぽいのを作るレベルには達していないらしく、まだ精密さが足りないとかどうせ作るなら倍率スコープもつけたいとか、ガンマニアみたいなことを言い出している。


 それで今は実戦練習をしているようで、丸腰の状態から銃を作り出して実際に魔獣を狩るという一連の流れをやらされているらしい。

 なんか着々と戦う術を身につけているのが羨ましい。


 

 一方の玲那も、動いている的でも魔法が簡単に当たるようになってきたと嬉しそうな顔でこの前報告してきていた。 

 今は一つレベルを上げて、指定した範囲に魔法を展開させる空間系統の幻惑魔法を勉強中らしい。何回か練習しているところを見たけど、黒いドームみたいなものを作り出していた。日に日にそれが大きくなっていたから、着々と上達しているんだろう。


 あとは魔女と一緒に夕飯の魔獣狩りにも同行しているらしい。例の魔石器を扱う練習がメインだけど心を鍛えるのも兼ねているらしい。

 正直なところ、あまり玲那にはそういった危ない真似はしてほしくないし動物を殺すのに慣れてほしくもないんだけどなあ。でもこの世界で生きていくためには絶対に身につけておかないといけない力だと言われたら、外野の自分勝手な感情でそれを止めるのもおかしな話なわけで。

 ましてや、今の自分にそんなことを口出しする権利なんてそもそもないわけで。



 そんな親友と幼馴染の成長を見守りながら今の自分は何をしているかというと。


 「もう・・・無理・・・。」


 「限界を決めたらそこで人間の成長は止まるのです!さあ、もっと上まで走るのですよ!!!」


 「だって・・・本当に・・・終わりが・・・ないじゃん・・・。」


 ひたすら走り続ける日々を送っていた。

 単純に筋力と持久力アップもこの特訓の大きなポイントではあるけど、それ以上にきついのがこれがただのランニングではないということ。


 「もう喋らないでくれ・・・。頼むから・・・。」


 「それじゃあ修行にならないのですよ!もう何日もやってるんだからいい加減慣れるのです!」


 「じゃああんたも・・・やってみろ・・・!」


 まず、この頂上が果てしなく上にある知恵の塔の螺旋階段を永遠に登らされ続けていること。特に目印もないせいでどこまで走ったかもわからないし、明確なゴールも定めづらく、走る側のモチベーションを保ちづらい。

 これを数分というレベルではなく、数時間というレベルでひたすらやらされている。そんなもん、陸上アスリートでも無理だろって思うかもしれないけど、この世界には魔術という便利なものが存在してしまっている。そう、魔術の中でもとびきり優秀な治癒魔法というやつが。これを永遠に自分の両脚にかけながら走っているのだ。とても数週間前に下半身が死んでいた人間がやるような内容ではない。流石に最初の頃はここまで長い間走らされることもなかったけど。


 ただこれだけならまだ可愛いものだ。魔力が許す限りは永遠に疲れはやってこないわけだから、ひたすら変わりばえのしない景色が続くということ以外は問題ないはずだった。

 でもあの性悪魔女はあの意地悪そうな笑みを浮かべながら、


 『そういえばあの時、光速魔法を使いながら別の魔法を使ってたわよね?じゃあもちろん治癒魔法をかけながら全身光速化もできるわよね?』


 などとほざきやがった。つまり、今僕は数時間もの間全身光速化をかけながら両脚に常に治癒魔法をかけつつ階段を登っているのだ。そのせいで、ただの肉体的疲労だけでなく魔力をうまく制限しないといけないという、元の世界では感じることのなかった内面的疲労が溜まっている。


 でも魔女の要求はまだそれだけでは終わっていない。


 『あんた、その状態だと他の人が話してても意思疎通ができないでしょ?それじゃあいざという時に困るから、脳の光速化だけは自在に切り替えできるようにしなさいよ。』


 そんな無茶振りをしてきたので、走りながらエリーゼと会話をしないといけないという縛りまで発生している。

 なので、エリーゼが話している内容を聞き取るために一度光速化を解いて、会話が終わったらまたかけての繰り返しを行なっている。

 ちなみに脳の光速化を解いた状態で走ろうとすると、自分の足の動きをうまく制御できなくて転ぶ。慣れたらもしかしたらできるのかもしれないけど、こればっかりは一朝一夕でできそうにない。


 そんなハードで地味なマルチタスクを毎日こなしている僕も、実は密かに大きな成長を遂げている感じる瞬間がある。


 「よ・・・45界経った!!!」


 「ご苦労様なのです。ほら、下を見てみるのですよ。」


 それを強く感じるのは、今この瞬間だ。


 「・・・はは、なんかもう山頂からの眺めみたいになってきたな。」


 階段に腰掛けて自分が登ってきた軌跡を振り返ると、日に日にその高さが増している。それが、自分が最初の頃と比べてどれだけ光速魔法の扱いが上手くなったのか、治癒魔法の効果が上がったのか、純粋に体力がついたのかを表す指標となってくれている。


 「あと90界くらい伸ばすことができれば、この塔の頂上からの眺めもきっと拝めるようになるのです。」


 「あと90界もいると捉えるべきなのか、90界でいけてしまうと捉えるべきなのかがわからないんだよなあ。」


 1人の人間が通常の2倍の速さで3時間ひたすら階段を登り続けて、やっとまだ1/3にしか到達していないと考えると、本当にこの塔は異常なまでに高いし作った人は本当に頭がおかしいと思う。

 でも1階から見上げると天井が見えないし、人間の足では一生をかけてもたどり着くことができないと勝手に考えていた自分にとっては、明確にあとどれくらいで一番上につくのかという目安を教えてもらえただけでも、謎の喜びがあるのだ。

 本当に地味な形ではあるけど、着実に自分も人間離れした力を身につけているのだという実感が湧くんだ。


 「じゃあ最低層に戻って治癒魔法の練習なのです。早く脚に掴まるのです!」


 「相変わらずなハードスケジュールですこと。」


 「それを望んだ本人が何を言ってるのですか。ほら、早くするのです!」


 それでもこうして走り続けている間だけは他ごとを考えなくても済む。

 それが救いなのか裁きなのかはわからないけど、少なくとも今の僕にはこれしか選択肢が残されていないのだから仕方がない。


            *     *     *


 夜の闇に包まれすっかり暗くなった塔の外。

 

 ここ最近外に出てないことに気づいた僕は、久々に新鮮な外の空気を吸おうと塔を出た。

 こうして外に出てみるとやっぱり空って高いなあなんていう、子供でもわかりきっている感想がそっと浮かぶ。


 森の中に入っていくと何が起きるかはこの前身をもって体験したので、安全な塔の外周を散歩する。まあここを歩くだけでもかなりの時間がかかるから、散歩というよりはウォーキングに近い。


 程よく冷たい風に吹かれながら森の中から見る本物の空を堪能する。この道を通ること自体はこの滞在期間中に修行の一環として何度もしてきたけど、こんな穏やかな気持ちでゆとりを持って歩いたことは一度もなかったなあなんて呑気なことを考える。

 こうしてぼーっと過ごしている間にも王都では何か大変なことが起こっているかもしれないのに。


 ようやく心に生まれてきた豊かさを自分で罰するというよくわからない行動をしていると、何やら自然の音ではない謎の風切り音が聞こえてきた。


 「ブンッ、ブンッ」


 何事かと一瞬身構えたけど、この一定の間隔で聞こえる音には耳馴染みがあった。



 「玲那か?」


 「うわ、びっくりした!樹君か!」


 耳馴染みといっても、実際は自分が王都で師匠に剣術を教わっていた時に自分が出していた素振りの音であって、玲那の素振りの音を聞いたのはこれが初めてだ。


 「晩飯の後も1人で修行か?」


 「・・・うん。って言ってもどちらかと言うと気を紛らわしているだけだけどね。」


 木刀と言えば木刀なんだけど、僕が修行の時に使っていたものよりもずっと細く長い。おそらく玲那が実戦で使っている刀を模して作られたんだろうけど、これはまた扱いが普通の剣とは違いそうだ。


 「また今日も1匹も仕留められなかったって怒られたことを気に病んでるのか?」


 「馬鹿だよね、私。あれだけ魔獣の恐怖を刻まれてもまだこの手にかけることを本能的に躊躇しちゃうなんて、どれだけ甘ちゃんなんだろうね。」


 無理やり笑顔を作りながら、玲那は両手で握っているその木刀を眺める。


 「でも今はあの刀と魔獣を同時に見ると、あの無残な魔獣の亡骸とか斬った時の感触とかがゾワゾワって腕から全身にかけて呪いみたいに這ってくるの。」


 「そりゃあ・・・そうなんじゃないの?今まで僕らはずっと平和な世界で、殺生とは無縁な生き方をしていたんだ。それが急に武器を持って生き物を殺せって言われたって、すぐに慣れるわけがないさ。」


 「でも蒔田君は迷うことなく引き金を引いてる。本当はこんなことやりたくないってぼやいてたけど、それでもいざそれが求められる場に立たされたら、彼は冷静に急所を射抜くの。」


 「あいつはそういうやつってだけだ。あいつは物事を割り切る力っていうか、客観的に見る力みたいなもんが特別優れてるんだよ。自分の意見はちゃんと持ってるし、感情だってあるけど、何が最善か・何を求められてるかっていうのを嗅ぎ分ける感覚が昔からすげえ奴なんだ。」


 正確には、何が「自分にとって」最善かを理解する力って言った方が語弊がないか。だから時々僕の物差しでは測れないような突拍子のないことだって平気でやったりするから、長い付き合いになるのに未だに何を考えているのかが一番読めない相手でもある。


 「だから玲那はある意味普通なんだよ。その反応が当たり前なんだ。」


 「でもこの世界で生きていくためには普通なんて何の役にも立たない。それをこの前私は思い知ったはずだった。・・・なのにこの手は、あの刀を魔獣に対して向けた途端にガタガタと震えだすの。」


 普通じゃ生きていけない。

 その言葉はこの世界においては100%正しい。単純に元の世界の普通とこの世界の普通が違うのだから。

 じゃあその玲那の普通を壊すためには一体何が必要なのか。


 一度は壊すことができたその普通を、どうやったら定着させることができるのか。


 「逆にこの前はどんな気持ちだったのかを思い出せばいいんじゃないか?死が目の前に迫っている感覚とかさ。何かあの時の出来事で覚えてることってないのか?」


 「覚えてること・・・。あの時はもう君を守ることで頭がいっぱいだったから何も覚えてないの。」


 真面目な顔をしてそんなことを言っている玲那に僕は不覚にもキュンとして・・・って逆だよ逆!


 「って何言ってるんだろうね、私。そんなこと言われたって困るだけだよね、あはは・・・。」


 「いや、別に困りはしないけど・・・。ただ、結局玲那にまで守ってもらうなんて情けないなあって思うくらいだ。」



 「そんなわけない!!!」


 流れるように自分の非力さを嘆いていたら、玲那はこの静かな森の中ではなかなか憚られるような大声を出してそれを否定してきた。


 「君があの時血眼になって私を助けてくれたから、今私はこうしていられるんだよ?・・・ううん、違う。私があの時あんな馬鹿なことをしていなかったら、そもそも君はあんな傷を負うこともなかった。今そうやって自分のことを責める必要もなかった。」


 「だからそれを言ったら、あの時僕が玲那にあんなことを言わなければそもそも玲那はあの森に入ることもなかったんだよ!僕は自分の犯した罪を償おうとしただけだ!」


 「違うよ!それも元はと言えば、村が襲撃された時に私が一方的に君を拒絶したからでしょう!?」


 「違わない!そんなことを言ったら中3の3学期に僕が玲那にあんなことを言わなければ、この世界に来ることもなかったし、玲那ともずっと仲良くしていられたんだ!・・・それだけじゃない。玲那も言ってたけど、あの時のことを僕はずっと謝らずにきた!!!ずっと我が身の可愛さに、君から向けられる蔑みの目が、罵りの言葉が怖くて逃げ続けた僕が悪いんだ!!!」


 自分の罪の暴露大会において、玲那が僕に勝てると思うなよ?

 一体今までどれくらい君にしてきたことに対して反省してきたと思ってるんだ。ちょっとやそっと自分に対して冷たい態度をとったくらいで、採算がとれるなんて思うなよ?


 「・・・ううん、違うよ。やっぱりあの日のことだって私にも非はある。すぐに逃げ出さずに君と話し合うことだってできたはずだし、逃げた後にいくらでも君と会う機会はあったのにそれをしなかった私にも反省するべき点はある。」


 「んなわけあるかっ!全部僕が悪いに決まってるだろ!?玲那に悪いところなんて一つもない。あの日から今この瞬間に至るまで、全ては僕が招いた種なんだよ!」


 一番最初に自分があんなことをしなければ、玲那に今こうして暗い空の下で刀を振らせる必要もなかった。命の危機に晒す必要もなかった。


 「全部、全部僕が悪いんだ・・・!!!僕があの時ふざけて君の期待を裏切るような真似をしたから、勇者になるなんて言っておいて自分の欲を優先した如何しようも無い獣の欲求に身を委ねたからこの過酷な今があるんだ!!!」


 最初の玲那の大声なんて霞むくらいに、いつの間にか僕の方が大声でまくし立てていた。ただ、口を開いて飛び出すのは悲しいくらいに自分への恨み言と玲那への謝罪ばかりだった。


 でもこれくらい言ったってまだ足りるはずがない。たった数分間自分の罪を告白して謝罪したところで、自分はその罪を償おうともせずに何年もの間逃げ続けていたのだから。

 これが本当の犯罪ならどれほど罪が大きくなっているのか。そんなことを考えると、この程度の謝罪ごときで許してもらえる道理なんてどこにもないのだ。


 

 ーーーどこにもないはずだった。


 「・・・え?」



 「ーーーずっと前から君のことが好きだったよ、樹君。」


 自己嫌悪に駆られて目の前すらも見えていなかった自分の視界を現実に引き戻したのは、背中から伝わってくる柔らかく暖かな感触だった。


 「幼稚園の時からずっと。小学校で離れ離れになった時もずっと。中学校でまた一緒になれた時もずっと。あの時君から逃げてしまった後の高校生活でも大学生活でもずっと。」


 ただでさえぐちゃぐちゃになっていた頭が、どんどんぐっちゃぐちゃになっていく。

 耳元に届けられるこの熱い吐息と背後から感じる凄まじい熱量が、それを加速させるように僕の頭に火をくべていく。



 「ーーー私はずっと君に恋をしていた。ずっと君のことが好きだった。」


 だから今の僕には正常に玲那の言葉を理解するための力が不足している。

 いや、字面だけをなぞることはできているのかもしれないけど、そんなことがあるはずないと否定しているのかもしれない。


 なんて言葉を返せばいいのかが全くわからない。

 否、そもそも声そのものを発する力を今の僕が持ち合わせているとは思えないくらいに、全身の筋肉が強張っている。


 「だから全部許せるんだよ。根っこの君が変わってない限りは、結局私は何をされても笑って許せちゃうんだよ。」


 「ば、バカ、言うなよ・・・。バカ・・・言うなよ・・・。」


 「別に嘘なんてついてないよ?・・・なんて言っても、あの時逃げ出しちゃった私がそんなことを言ったって納得してもらえるわけないよね。」


 耳がバーナーに炙られているかのように熱い。

 心臓が機関銃のような速度で脈を打つ。


 「そういうことだから。だから私はどんな形であれ、今こうして君と同じ空間で同じ時を過ごせるだけでいいの。君が謝ることは何もない。」


 「そ、そんなこと急に言われても・・・。」


 「急に言われても?」


 「急に言われても・・・。」


 全く想像していなかった場所で、1ピコも想像していなかった言葉を、この世で1番ありえないと思っていた相手から・・・。


 どういうことだ?何が起きている?


 玲那が僕のことを好き・・・?ずっと・・・?


 なんで・・・?


 

 はっ!そうか!!!


 「宗次がついにカメラでも作り出したんだな!?それで実はこっそりどこかで撮影を、」


 「あはは、あるわけないじゃん!仮に本当にそうだったとしても、私が冗談でも君にそんなことを言えるわけがないでしょ?」


 「じゃ、じゃあ魔女に黒魔術で催眠にかけられてるんだな!待ってろ、今すぐに解除してやるから!」


 「これは紛れもなく自分の意思だよ。幼い時からずっと胸に秘め続けていた私の心の底からの気持ち。」



 「・・・本気の本気で正気なのか?」


 「ーーーこの世界にいるかわからない神に誓って本当だよ?」


 背中からの優しい束縛が解かれたのを受けて、僕は自然と後ろを振り返っていた。

 するとそこには、食べ頃の苺のような真っ赤な顔で、振り返った僕から意図的に視線を逸らそうと斜め下の方を向いている玲那の顔があった。



 「・・・あ、あんまり見ないで?」


 「・・・それはできない。」


 初めて見る大人になった玲那の恥ずかしそうな顔が、僕の視線を釘付けにして全く動かせそうにないくらいに固定されてしまっている。


 こんなの反則すぎる。

 目の前にこんな表情した美女が立っていて、何も感じない人間なんているものか。

 ましてやその相手は自分がずっと前から片思いをしていた相手ときた。こんなの幾ら何でも無理だ。

 いくら姫様が最強に可愛いからと言って、何も感じるなっていうのは無理だ。


 「だ、黙ってないで何か言ってよ・・・。」


 「な、何かって何を言えばいいんだよ。」


 「ほら、なんかあるじゃん。そ、その、か、感想とか?」


 「感想!?」


 感想なんて、可愛いの一言以外に何もない。

 でも今の自分はもうそれを言ったらいけない立場になってしまったんだ。

 だからせめて、この言葉だけはセーフだと祈ることにする。


 「・・・素直に嬉しい、かな。」


 「・・・ふふ、そんな風には見えないけどなあ?」


 「バカ言うな、今この瞬間ほど自分の体が2つに分裂できればよかったのに、とかこの世には一夫多妻制度があればよかったのに、とか自分に倫理観とか人間としての道徳観とか全部なくなればいいのに、とか思ったことはない。」


 「あっはは、なにそれ!」


 まだだいぶ赤みがかった顔で、それでもいつものような優しい笑顔。

 この数年間ひたすら脳内で再生し続けていた最高の輝きがまさか更新される日が来るとは。


 「そこまで君の心を揺さぶることができたなら、私も少しは報われるよ。」


 「揺さぶられた回数だけで言うなら、玲那に勝てる人は多分この先1人も現れないだろうな。」


 「そんなこと言っていいのー?お姫さんにバレても知らないよー?」


 「玲那が言わなきゃ一生バレん。」


 「えー、ついカッとなったら言っちゃうかも。」


 「マジでやめてね!?」


 なんて言いながらも玲那が人と言い争っている姿なんて、この前の僕に対するあの時以来見たことがないし大丈夫だろう。


 

 「だから必ず戻ろう?王都で今も君の帰りを待ってるんでしょ、お姫さん。」


 「うん、一度も便りが来ないのがずっと気になってるけど、きっと姫様は僕のことを待っててくれてる。」


 「じゃあ早く、昔とは比べ物にならないくらい頼もしくなった姿を見せてあげないとね。」


 「・・・そんなに頼りなかったか、昔の僕。」


 「私に振られて精神崩壊してるくらいには、ね?」


 「やめてやめてやめてええええええええええ!!!!!」


 今思うととんでもない姿を姫様に晒していたことになる。マジでどうしようもなく情けないところしか見せてないな、当時の僕。



 「でも大丈夫だよ。君はちゃんと私の勇者にはなってくれた。」


 「この前のアレのことを言ってるんなら、ただの罪滅ぼしだって言ってるだろ?」


 「たとえアレが君にとっては罪滅ぼしだったとしても、私にとっては一番苦しくて一番嬉しい出来事だった。」


 僕にとってはただただ肝を冷やしただけの緊急クエストだったんだけどな。いくら玲那をまたお姫様抱っこできるかもしれないからと言って、あんな突発イベントはもう一生ごめんだ。



 「だからきっとお姫さんにとっての勇者にもなれるよ。君なら絶対に。」


 「ま、もうそろそろその呼び名に恥じない活躍をしないと、自分の立場も心持ちも苦しくなってきそうだしな。」


 「だから頑張ってこの世界を救うんだよ?」


 何を大げさな。

 そんな一言で一蹴してやろうと軽い気持ちで玲那と目が合った瞬間に、急になんとも言えない焦りが溢れ出てきた。


 

 ーーー玲那の瞳から涙がこぼれ落ちていたからだ。



 「あ、えっと、これは全然そういうのじゃなくてね?全然、本当違うから!」


 「れ、玲那!?どうした!?どこか、」


 「本当、本っ当になんでもないから!・・・なんでも・・・ないからっ!!!!」


 「あ、おい!玲那!?」


 そんな悲しみとも喜びともとれそうな泣き顔を見せた玲那は、そのまま僕がきた方向へと走り去ってしまった。

 

 その涙が意味していたものが一体なんだったのか、それを考えることすら今の自分には罪深い行動のように思えて、足が一歩も前へと進まない。



 さっきまでとても明るかった夜は、玲那が走り去っていくのとともにまた元の暗闇に染まっていった。


            *     *     *


 「あんたって本当救いようのない馬鹿よね。」


 ため息をつきながら頰を濡らす玲那が塔の扉を開けると、目の前には退屈そうな顔の魔女の姿があった。


 「あまりいい趣味とは言えないですよ、それ。」


 「自分の耳元で大声で会話されていたのを聞いて悪趣味だなんて心外だわ。未だにここがどこかという自覚が足りないみたいね。」


 心底不愉快とばかりに睨みつけられ、玲那の心中は聞かれていたのかという恥ずかしさと少しばかりの申し訳なさが入り混じる。

 少し前にこの力のおかげで命を救われていたというのに、心が舞い踊ってつい忘れてしまっていたのは自分だからこれ以上この人を責める訳にもいかない。


 それでもこの言葉の意味だけは聞いておきたいと、玲那は口を開く。


 「馬鹿っていうのはどういう意味ですか?」


 「言葉の通りだけど?ずっと前から仲良しでずっと両思いだったのに色々拗らせてたところとか、その相手に恋人ができたなんて理由で簡単に諦めるところとか。」


 「な、何も知らないくせに勝手なこと言わないでください!あなたに私の何がわかるっていうんですか?」


 あっけらかんと当然のように自分の決断を踏みにじるような発言を受けて、さっきまでのごちゃ混ぜの感情に怒りがさらに追加される。


 「あくまで全てを聞かされた第三者からの率直な意見でしかないわ。でもそれだけ奥手奥手に過ごして、いざ相手から行動に出た時は逃げ出して、けどやっぱり好きで、それで結局相手に恋人ができたから一歩身を引く。こんな訳の分からない話を聞かされて、何がしたいんだって思わない人間なんていないわ。」


 「それだけじゃないわ!それだけだったら私だって・・・。」



 「ーーーこの世界が救われるためにはタツキとお姫様が結婚しないといけない、とでも言われた?」


 自分の正当性をうまく主張できない苦しみの根源を、魔女はあっさりとはっきりと言い切る。

 何かずっと喉につっかえてうまく話せなさそうにしていた玲那は、その問いかけを受けてごちゃ混ぜの感情が戸惑い一色に染められる。


 「な、なんでそれを・・・!?」


 「そりゃあ、あんたにそれを言った張本人が私にも同じことを言ってきたからに決まってるでしょ。『この国を救うにはタツキとマイヤを結婚させて、タツキに俺を超える戦士になってもらわないといけない。』とか、そんなことを真面目な顔して言ってたわよ、あいつ。」


 「・・・そう、みたいなんです。この国を滅びの運命から救うためには樹君の力と王族の血の力が必要なんだって。」


 だから樹のことは諦めてほしい。

 呪いのように永遠に心に刻まれたその言葉は、先ほど樹に想いを爆発させていた時ですら、ジリジリと心を締め付けていた。

 心からの言葉を口にする度に、樹の動揺した表情を見る度に、体に触れる度に、締め付ける呪いの縄は有刺鉄線となって容赦無く心に傷をつけていた。


 「私のわがまま一つで世界を滅ぼしていいはずなんてない。そもそもこの世界に来てしまったのも樹君がマイヤさんに出会ったのも全て私のせいなんだとしたら、それを今更私が邪魔するなんて許されるはずがない!」


 「それでおとなしく引き下がって、もう自分に明るい未来なんてないからって自殺しようとして周りを困らせようとするって?」

 

 「・・・あの時のことは本当に反省しています。たとえどんな理由があろうとそれだけは絶対にしてはいけなかったと今ならちゃんとわかります。」


 「でも結局明るい未来なんてないんでしょ?」


 「そんなことないです。今はこの力を使って樹君の側にいられるようになりましたし、樹君の思いを形にするお手伝いができますから。」


 「それでその思いが実現したらどうするの?今度こそ完全にあんたは用無しよ。あいつがあんたに振り向く未来をあんた自身の手で刈り取っているのよ?」


 「それでも、樹君が幸せになってくれるんだったら・・・。」



 「ーーーそんな顔するんだったら、世界の一つや二つぶっ壊せばいいじゃないの!」


 だんだんと玲那の返答に苛立ちを募らせていた魔女はついに、玲那の胸倉に思いっきり摑みかかる。


 「明らかに納得していません、こんなの私が望んでる未来じゃありませんって顔してるんだったら、抗えよ!!!自分が心の底から納得する結末に向けて足掻いてみろよ!!!なに優等生ぶってんだよ気持ち悪い!!!そんなこと考えてたから今日この時までズルズルとやってきたんじゃねえのかよ!!!いい加減気づけよ大馬鹿野郎!!!!!」


 「だ、だからそれだと・・・」


 「じゃあタツキに王族の血がなくても世界を救う方法を考えればいいだろ!!!自分が強くなって代わりに世界を救うからタツキをくれって言えばいいだろ!!!見ず知らずの相手の言葉を勝手に鵜呑みにして簡単に諦めやがって、ふざけんな!!!本当に好きなら、奪い取ってから先のことを考えればいいんだよ!!!」


 圧に押されて、玲那は扉に背中を打ち付ける。

 この数週間で初めて見る魔女の感情の爆発を真っ向から受け止めきれず、視線を合わせるだけであとはされるがままになっている。


 その怒声が聞こえたのか、中から宗次とエリーゼも何事だと言わんばかりにこちらに駆け寄ってきている。


 「あんた、本当はあいつのことそんなに好きじゃねえんだろ!?」


 「そ、そんなわけないでしょ!私が今までどれだけあの人のことを思ってきたかまではあなただって知らないでしょう!?」


 「じゃあ世界の運命よりも自分の運命を優先しろよ!そもそも最近この世界に来たばっかりのあんたに心配なんかされたって説得力ねえんだよ!!!」


 「だからって、本当にこの世界が滅んだらどう責任とればいいんですか!!!」


 「だからそれが馬鹿だって言ってんだよ!!!じゃああんたはこの世界が滅んだところを見たことがあるのか!?」


 「あるわけないでしょう!?」


 「私はある!実際に私のこの手で一度この国を滅ぼしたことがあるからな!!!」


 その思わぬ答えに、熱くなりかけていた玲那は急に弱々しく「ええ・・・」と返すのが精一杯だった。


 「国が滅ぶ理由なんて、その国や世界に原因があるんだよ。あんたがたった一人の男を愛したくらいで世界が終わるんだったら、それはその世界が悪いのであってあんたが悪いわけじゃないわよ。」


 ようやく宗次とエリーゼが入り口まで辿り着いたが、だからと言って何かをするでもなく状況を見守るしかなさそうにしていた。


 「だから自分のことだけ考えて生きればいいじゃない。なんでもかんでも責任を取ろうなんて考えてたら、私はとっくの昔にのたれ死んでるわ。」


 最後に少しだけ笑みを浮かべながら、魔女はようやく玲那を解放し後ろに下がっていった。

 その隣でエリーゼが「どうしたのですか?」と不思議そうに聞いているが、頭を2度軽く撫でて魔女は中へと入っていく。

 何があったのか教えてほしいのです!と魔女の隣で翼をばたつかせているが、魔女はそれからは何も言わなかった。

 


 そうして場に残された宗次は普段と変わらない様子で、ペタリと床に座り込む玲那に声をかける。


 「途中からしか聞いてねえけど、俺はあの魔女の意見に賛成だな。」


 樹の次に聞き慣れたその声を聞いて、玲那はまだ手探りの状態の気持ちの答えを求めるように口を開く。


 「ねえ、蒔田君?」


 「おう。」


 「・・・私が少し悪い女になっても、君は変わらずに応援してくれる?」


 少し後ろめたそうに小さくそう声を震わせる玲那に、宗次はなおも普段通りに答える。


 「ま、ちょっとくらいのわがままだったらむしろチャーミングポイントなんじゃねえの?」


 「・・・ふふ、君の口からそんな言葉が出るのちょっと面白いね。」


 「覚えたての火魔術でその涙ごと炙ってやろうか?」


 睨みながらも腰が抜けている玲那に手を差し出す。

 ケタケタと空元気で笑いながらその手に自分の体重を預けて、両足に力を入れ直す。


 「勝手に失恋して、思わぬ人に励まされて、すぐにまた立ち上がって。私ってこんなに単純だったんだね。」


 「中学の頃からあんたはずっと単純だっただろ。優等生のふりしてそうやって愛想笑いを振りまいてるくせに、樹と目が合った時だけいつも無邪気な笑顔を見せるんだ。」


 「な、や、やめてよ!なんか恥ずかしいじゃん・・・。」



 「ーーーだからさっさとくっついてくれねえと、俺も気持ち悪いんだよ。本来なら社会人だってのにいつまでも青春こじらせてやがって。」


 しっかり自分の足で立っていることを確認した宗次もまた、最後にふっと笑みを浮かべて中へと戻っていく。



 ーーー君も大概優等生だよね。


 照れ臭そうなその後ろ姿に、玲那はごちゃ混ぜの感情の中に感謝を混ぜてそう心の中で呟いた。


 涙の跡が色濃く残るその表情には、もう扉を開けたばかりに見せていた悲しみはどこかへ消え去っていた。

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