表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第3章
66/72

3-26 祈り

 「え、どうして!?」


 迫り来る計4匹の魔獣たちを全て一太刀で斬り伏せなんとか一命を取り留めた彼女は、その予想外の展開に混乱していた。


 「れ・・・な・・・?」


 そんな様子を、今にも意識が途絶えそうな顔で眺める樹。焦点は玲那には合っていないが、その声が届く距離から一度は離れていった彼女が再び自分の元へと戻ってきていることを認識はしている模様。


 「せっかく3人いれば樹君を運んでいけると思ったのに!これじゃいつまで経ってもここから動けない!」


 玲那が声をあげた理由。

 それはさっきまで隣に備えていた2人の自分の影分身が、樹の体を持ち上げようと武器を手放した瞬間に消えてしまったことにある。

 そこで、あのレージベルがくれた柄に魔力を注いでいたことで分身が保たれていたことに気がついたのだが、片手に刀を持った状態ではたとえ自分が3人いても抱えることはできないことにも気づいてしまったのだ。

 それに、一度消えてしまったあの分身をもう一度召喚できるかと言われるとそれも怪しい。

 一つはそもそも原理が不明なので再現性に乏しいこと。

 そしてもう一つは、あの刀を手放してようやく気づいた身体への違和感だった。


 「魔力がなくなってる・・・!?」


 力を込めると刀身が現れたり、自分が発動するよりも明らかにレベルが桁違いに高い幻惑魔法が豚にかかっていたことから薄々予感はしていたが、それが自分の身体の不調という最悪な形で気づくことになってしまった。



 こうして玲那の最強の切り札も機能停止してしまったが、そんなことでは魔獣の進行は止まってくれない。

 無情にも先ほど樹が力を振り絞って足止めをしていた5匹の魔狼たちが、その恨みを晴らさんとばかりに樹の走った道のりをなぞってきている。


 「もう打つ手がない・・・。」


 ダメ元でその黒い柄を握ってみるが、その先が微かに黒く光るだけでさっきまでのような美しい刀身が現れる気配はない。

 頼みの綱が切られた以上、この場に残っているのは五体に強い疲労感が溜まっていて、格闘術はからっきしの玲那。

 そして五体のうち二体が完全に死んでしまっていて、もはやまともに意識すら保っている様子がない樹。


 ここで樹だけを残して自分1人だけ塔に向かって走れば、あるいは自分だけは助かる見込みはある。

 ただ、丸腰なのにも関わらず魔獣と樹の間に割って立つような真似をしている彼女には、そんな考えはかけらも脳裏に存在していない。


 樹が動けない時点で、運命はすでに決まっているもの。

 時間をかけたところで樹の傷は自然治癒どころか悪化するし、魔獣の数だって間違いなく増える。


 実質この状況を打破する方法としては、なんらかの方法で樹の傷を治して一緒に脱出する、宗次と一緒に出ていった塔の番人を名乗る女性の帰還まで粘るの2択しかないわけだが、玲那の力ではそのどちらの手段を選ぶこともできない。


 せめて何か武器があればと思い周りを見渡すが、使えそうなものは少し太めの木の枝と石ころくらい。こんなものでは、5匹どころかたとえ1匹だったとしてもあっけなく殺される。

 せめてこの距離から一方的に攻撃できる殺傷能力抜群の武器でもあれば。

 そんな願いが叶うわけもなく、その間にも樹が稼いだ距離という名の命のタイムリミットは刻一刻と縮められている。

 

 「お願い・・・。」


 玲那は縋るような声で呟く。


 「お願いだから樹君だけでも助けて・・・!」


 あと1分もすればあの狼たちはここまでやってくる。

 そんな状況を前にして玲那は、誰に向けたものなのかわからない静かな祈りの言葉を捧げる。


 「彼には帰りを待ってくれている人たちがいるの!彼を求めている人たちがいるの!そんな彼をここに巻き込んでしまったのは全て私のせいだから・・・!だから、せめて彼だけは!!!」


 そんな相手不明の縋るような祈りはいつしか、声を枯らすような必死な叫びに。

 自分の愚かさが招いた悲劇に自分の愛する人を巻き込んでしまった罪深さが、その叫びの悲痛さをより一層際立たせる。

 もう何をしても無駄。手遅れ。

 万策は尽き、待ち受けているのは2人仲良く魔獣たちの餌になる未来。


 それでも。

 もしこの世が奇跡に溢れている素晴らしい世界なのだとしたら。

 縋ることができる神様のような存在がいるのなら。

 


 「誰か助けてえええええええ!!!!!」



 これが玲那にできる最後のあがき。

 森中を駆け巡るようにこだまが響く。

 だがそれでも一切の怯みを見せることなく5匹の狼たちは目の前の獲物に獰猛な牙を見せつけながら、徐々に攻撃の姿勢を見せる。


 


 「ーーーほら、あんたの言う胸熱展開のお膳立ては済んだわよ。」


 「どこかだ!こちとらお前のせいで罪悪感でいっぱいだっつー・・・っの!!!!!」


 どこかの木から突如聞こえてくる男女の言い争うような声。



 ーーーそしてそんな口論に終止符を打つように、一発の銃声音が森中に鳴り響いた。


           *     *     *


 隊列をなして駆けていた狼たちの中の1匹が突然眉間から血を吹き出して地面に倒れ伏せる。

 その予測不能な不可視の一撃に、殺戮本能に脳みそを冒されている他の4匹も思わず足を止めた。


 「へえ、確かに殺傷能力は申し分ないわね。こんなもの、今まで作ろうとも思わなかったわ。」


 「リロードが・・・、面倒だけど・・・、な!!!」


 ドンっという音に乗って、銃弾が音速の速さで銃口から放たれ、また1匹の命を一瞬で奪い取っていく。

 その引き金を引いている宗次は、止まることなく手元に新しい銃弾を生成し、それを1メートル以上ある狙撃銃に装填していく。

 

 「ま、蒔田君!?」


 「よう・・・、遅くなって悪かった・・・、な!!!」


 20秒ほどのインターバルがあるにも関わらず、狼たちは混乱のあまりその場から動こうとしない。

 そうこうしているうちに、またもや音速の攻撃が1匹の脳天をぶち抜いていく。

 今のところ、3匹とも見事に急所を一撃で貫かれており、どの個体も一瞬で死体へと変えられている。


 「別に助ける義理なんてこれっぽっちもなかったわ。むしろ自ら命を投げ出すような人間なんて勝手に死ねばいいとすら思う。」


 いつの間にか自分の背後から声がして、玲那は反射的に振り返る。

 するとそこには数時間前に見た、小柄で痩せ型の黒短髪の美少女が、虫けらでも見るような眼差しでこちらを見上げていた。


 「私はあくまでそこで死にそうになっている男とあんたのその才能に可能性を見出しただけ。あんたみたいな・・・」


 「樹君を・・・!!!お願いだから樹君を助けて!!!」


 そんな攻撃的な視線にも一切ひるむことなく、玲那は自分よりも一回り小さいその少女の前に膝をついた。


 「全部、全部私のせいなの!!!私があんなことをしなかったら樹君はこんなことには・・・!!!」


 「全部知ってるわよ。あんたがウルガと遭遇した時からずっと見てたもの。あの程度の黒魔法で立ち向かおうとして、無様に地面を這って、あっさりと殺されそうになっているところからずーっと。」


 見た目とはそぐわない、見るものを惑わすような蠱惑的な色気を放ちながらも、やはりその表情は蔑みや見下しといった負の気を存分に含んでいた。


 「非難ならいくらでも聞くから!私のことが気に入らないならここに置いていっていいから!でもお願いだから樹君だけは・・・。」


 またひとつ大きな銃声が轟く。

 その音がまた1匹の魔狼の命を奪うのを確認した魔女は、口角だけを上げる。 


 「あんたが助かるかどうかはソウジ次第よ。あいつがあのライフルとかいう武器を使ってあそこのウルガ5匹を殺すか、その前にあんたが殺されるか。そういう賭けをしてるの。」


 「賭け・・・?」


 ブツブツと文句を言いながら、器用に魔法を使って次の弾丸の生成を行う宗次。

 ある意味普段通りとも言えるその様子からは、人一人の命を背負っている緊張感は一切感じられない。


 「仮に弾丸を作る魔力が尽きても私は助けない。そう圧力をかけてこの場に呼んだのに、あの男の手元からは迷いも重圧も一切感じられない。あの武器を作るのに魔力はほぼ使い果たしているはずなのに、どうしてああも冷静に急所を射抜くことができるの・・・?」


 ただ淡々とスコープもないライフルに弾を込めて狙いを定める。

 決して実戦慣れをしているわけでも、元の世界で狙撃の名人だったわけでもない。


 「たとえ人の命がかかっていなかったとしても、今まで動物を1匹も殺したことがないと言っていた人間があそこまで心を律することなんてできるはずがない。」


 不気味な笑みを浮かべる魔女を見て、玲那もまた宗次の冷静さに静かな驚きを浮かべる。

 さっきまで樹を背後に刀を握っていた自分は、今から自分が行うことへの躊躇いや失敗した時の恐怖で、その握る手には力が過剰に入っていたという自覚がある。

 それは言うなれば、自分があの場でいかに自分の心を落ち着かせていられなかったかを示していたと言える。

 

 ちょうど数分前に同じ経験をした身としては、あそこまで顔色ひとつ変えずに標的を射抜いている人間がまさか自分と同じ世界からやってきていて、同じ学校にも通っていたことがある顔見知りだなんて言われてもなかなか信じられない。


 「こっちの展開になるのは予想外だったけど、まあいいわ。ほら、さっさと帰るわよ。」


 「え、帰るって・・・?」


 「ちんたらしていないで、いいからそこで倒れてる男の肩を持って。」


 「え、あ、はい!」


 言われるがままに、すでに意識がプツリと切れてしまっている樹の元に駆け寄ると、反対側で魔女がやっていることの見よう見まねで、ゆっくりと右腕を自分の首に回してそっと腰を支える。

 そのまま何の合図もなしに魔女が立ち上がるので、慌てて玲那も合わせて立ち上がると、上半身だけが起こされて悲惨な有様の下半身が力なく地面に垂れ下がった状態の樹が出来上がる。


 この状態の彼を一体どうするのか。このままだと損傷の大きい箇所への負担が大きい。

 心配そうな眼差しを向けるが、魔女はこちらに一度も視線を合わせようとはせず、樹を引きずって歩き出す。


 「ちょ、ちょっと!そんな動かし方をしたら傷が・・・。」


 「うるさい、いいから来な。」


 静止の声も届かず、魔女はやはり前を向いて歩き出す。

 言葉が喉元まで出かかっていたが、今ここで争ったところで一番負担がかかるのは樹だ。そのことに気づいた玲那は心の中で謝罪を繰り返しながら進む。

 

 そうしてゆっくり引きずってたどり着いたのは、


 「ズドン!!!」


 ちょうど銃声が真上から聞こえる場所、宗次が銃を構えて潜んでいた大木の真下だった。


 「おい、あの狼どもは仕留め・・・、」


 「いいから早く降りてきなさい、じゃないとこの森の中に置いていくよ。」


 「労いの言葉もないのかよ!?」


 不服申立を並べ立てる宗次が上から颯爽と地面へと降り立つと、魔女は自分の肩に樹の腕を回し、空いた手を宗次に差し出す。


 「伊理夜、怪我はねえか?」


 「蒔田君・・・!ありがとう、君がいてくれなかったら私たちは今頃・・・。」


 「・・・まあ今はそういうことにしといてくれ。」


 喜びを素直に伝える玲那と目が合い、不自然とも言えるほど露骨に視線を逸らす宗次。

 その様子に疑問を覚えたのもつかの間、魔女からの鋭い視線を受けて玲那は一瞬体を強張らせた。


 「いいから早く私の体に手を触れなさい!」


 「え、な、なんでですか!?」


 「しんどいのよ!いいから早く!」


 樹の左半身を片腕と首で支えている体勢で絞り出すようにそう叫ぶ魔女だったが、玲那には玲那で樹の右半身を両腕で支えているという特別な事情がある。

 

 「伊理夜、足だ!足先が触れるだけでもいい!」


 冷静な判断力が健在の宗次からの一声を受けて、重心を低くするように左足を魔女につける。

 その足から伝わるわずかな衝撃を受け取った魔女はそのまま目を閉じると、数秒の沈黙の後に言葉を唱えた。

 

 

 「ーーー移し身。」


 


 「わわっ!!!なんで空間転移なんて使っちゃってるのですか!?ってマッキーにレナリンに、ってタッツーが瀕死なのです!!!」



 たったそれだけで4人は、あの鬱蒼とした森の中から本棚に囲まれた紙くさい塔の中に帰ってきたのだった。


            *     *     *


 「ごめんなさい・・・。私、私・・・。」


 涙ながらに謝る玲那。


 「レナリンも悪いのですが、一番悪いのはやっぱりタッツーなのですよ!」


 バサバサと翼を羽ばたかせながらこちらに向けてピーチクパーチクと叫ぶエリーゼ。


 「確かにどっちも悪いが、それでもやっぱり自分から死にに行くような真似をするのは悪い。」


 珍しく玲那に対して少し強めの口調で意見を申し立てる宗次。


 「きっかけなんてどうでもいいわ。ただ、もう一度同じことをしたら今度は真っ先にあんたを殺すから。」


 一見興味なさそうな口調で、最大級の脅しをかます魔女。


 

 目を開けると、そこは視界いっぱいの木々の葉でもなく、天国を思わせるような白い世界でもなく、地獄を思わせるような黒い世界でもなく、天まで続いているんじゃないかと思わせる螺旋階段と無数の本棚が飛び込んでくる最近ではもうすっかり見慣れた景色。


 最初はさっきまでの森の中の出来事は全て夢だったんじゃないかと疑った。

 でもそれはすぐに下半身の謎の違和感と、真横からかけられた玲那の涙声が払拭していった。


 それから今のメンバーが僕の寝床の周りに集まって、事の顛末の共有が始まった。

 そこでまず魔女と宗次には、玲那が塔を飛び出したきっかけと2人が合流するまでの出来事を話した。もっとも、森の中に入ってからの出来事は魔女は全て把握していたみたいだけど。


 「逆にウルガ8匹とボーロア1匹しか出てこなかったことに何の疑問も抱いてない事の方が怖いわ。特にタツキなんて1回この森の中を正面から進入してるんだから、この森の中にどれだけの魔獣がいるかわかってるはずでしょ?」


 「こちとら攻撃を仕掛けられている時点で、あんたの力が働いてないって完全に思い込んでたんだよ!」


 「レナの方は助ける気がなかったし。それに間違って森の中に入る度に助けてもらえるなんて甘い考えでいられたら腹立たしいから。」


 その代償が、玲那の場合は死の恐怖と弱肉強食・生殺与奪の意識の刷り込み。僕の場合は光速魔法の実戦経験と両脚の損傷。

 この世界だから両脚の損傷なんて言葉で済んでいるけど、元の世界だったら死に至る大怪我だし、仮に運良く生き残ったとしても間違いなく二度と自分の力で歩くことなんてできないレベルの負傷だった。

 それがこうして下半身に力が入らない程度の状態、痛みはまだ結構残っているけど元の形に戻っている状態にまで回復しているのは、ひとえにエリーゼの神がかった治癒魔法の力のおかげだと言うほかない。


 でも神がかっていたのはそれだけじゃなかった。


 「その玲那が刀であのでかい猪を真っ二つ、おまけに分身して魔狼まで一撃・・・。」


 「ま、分身に関しては本人も再現性に乏しいって言ってるけどな。」


 玲那は涙を拭いながら、僕と宗次の声に頷く。


 「実体のある分身を作り出すのは、一朝一夕で成せる技じゃない。いくら魔石器を触媒に使ったからと言って、魔術の素人がそんなことできるわけがないわ。」


 「でも玲那は魔王さんの元で修行してたんだろ?ならそこで・・・、」


 「いきなり光速魔法を唱えろって言われてるのと同じくらいの難易度なのよ?まああんたにはそのすごさがいまいち伝わらないかもしれないけど。」


 いやそんなことはない。あの頭の張り裂けそうな痛みは今思い返しても相当なダメージだった。ついさっき猪に両脚を壊された時に感じたあの痛みと比べると多少は霞むけど、あれを除いたら確実に今までで一番しんどかった。

 初日なんてとてもじゃないけどマスターできる気はしなかったしな。それを玲那は一発で何の副作用もなしでやり遂げたって言うんだから、そりゃすごい。


 「あの時は私もただ無我夢中で、どうやったとか何もわからないの。ただ刀に力を込めたらいつの間にか私が左右に一人ずつ現れてね。」


 「でもそれってやっぱり玲那にも闇魔術の才能があるってことだろ?すごいじゃないか!」


 「う、うん・・・。」


 素直にすごいって褒めたつもりだったんだけど、玲那はなぜかあまり嬉しそうじゃない。

 それと同時にこれまたなぜかエリーゼから闇を感じるような鋭い視線を感じる。なんで?

 とにかくこの話題はあんまり良くないみたいだ。変えよう。


 「でもほら、結局僕と玲那を救ってくれたのは宗次だったんだろ?」


 「救った・・・な。」


 続けて宗次の活躍ぶりに触れようと思ったら、またまたなぜかあまり嬉しそうな顔を返される。なんなの、なんでみんなそんな訳ありっぽい雰囲気を出してくるんだよ・・・。

 

 「よくわからない男ね。あんたはさっきから何がそんなに不満なのよ。」


 「・・・そりゃそうだろ。知り合いが見るも無残な姿で倒れていて、もう一人の知り合いが自分の限界まで心を擦り減らして戦う姿をただ黙って見てたんだ。本当ならもっと早く助けられたのに俺は黙って木の上で合図があるまでひたすら指をくわえて見てたんだ!」


 「あら、じゃあやっぱり私を恨んでるんだ?」


 「そうじゃない・・・。いや、やっぱりほんのすこしだけ恨んでるかもしれねえ。助ける機会と力までもらっておいて不義理も甚だしいだろうが。」


 宗次と魔女の間に一体何があったのかはわからないけど、とりあえず魔女と宗次の間になんらかの約束があったっぽいな。


 「それに道のりはまだまだ遠いが、俺の立てた仮説が正しかったことは今回のことで証明されたしな。」


 「仮説?」


 「ほら、こういう異世界アニメには定番の現代の知識を駆使して無双する系のあれだ。今まではそれを披露する方法がなかったから諦めてたけど、ようやくその問題が解決しそうなんだよ。」


 いきなり珍しく少し嬉しそうな顔をする宗次。

 聞いた話によると、ライフルを作って魔狼を5匹倒したらしいけど、つい昨日までただひたすら塔の階段を必死こいて走ってただけのやつがそんなことをやってのけたなんて言われても、とてもじゃないけど信じられないというか。


 でももし、僕が今頭に思い浮かべているそれが本当に可能なんだとしたら・・・。



 「ーーー地魔術の道具生成能力。」


 「なんだよ知ってんのか、つまんねえ。」


 それを見たのは魔王さんが僕を拉致した時。

 魔王さんも僕も色々と混乱している中でとりあえず食事をとった際に、あの人は土のようなものを出してそこから2人分の皿とフォークを用意してくれたのを覚えていた。


 「何かモノを作る能力があるのは知っていたけど、やっぱり武器も作れるんだな。」


 「この科学のない世界において、自分の思い描くものを自由に作ることができるってのはどれだけ強いかわかってねえだろ?」


 「作り方がわかっても、その原理を再現する力まではまだ圧倒的に足りてないけどね。」


 「うるせえ、わかってる!」


 魔女の横やりになんの恐れもなく言い返す宗次。

 出会い頭に催眠術をかけられて眠らされていたトラウマもいつの間にか薄れてきているみたいだ。

 それとも、2人が修行している間に何か関係性を深めるような何かがあったか・・・。


 というよりはむしろ、魔女とエリーゼの方が変わったという方が正しいか。言葉の節々に目立っていた攻撃的な雰囲気や「仕方ない」感が知らない間に薄れているというか。

 ・・・いつの間にか名前やニックネームで呼ばれるようになってるしな。一体どういう風の吹き回しなんだか。


 「ここでもう少し地魔術に詳しくなって他の魔術も使えるようになれば、本当になんでも作れるようになる。まずはその第一歩として火魔術を勉強して、自力で火薬を作れるようにする!そしたらいつでもライフルや爆弾が作れるようになる!それだけじゃねえ。風魔術と応用して、風力で走る機械なんかも作れるかもしれんぞ!」


 「お、おう、そうだな。」


 言ってることはすごく魅力的なのに、それをあんなに楽しそうに話す宗次の違和感がすごすぎてリアクションがなんか取りずらい。

 あんな顔見たのいつぶりだろう。タイムマシンが完成した時ですらあんな顔をはしていなかったと思うけど。  


 「やっと自分も役立たずを卒業できそうだからってそんな詭弁にならなくてもいいわよ。」


 「誰が役立たずだ!今に見てろ、俺にしかできないやり方で強くなってやるからな!」


 「その方法を教わる相手に向かってよくもそんな口がきけるものね。」


 「はっ、今に度肝を抜いてあっと言わせてやるから覚悟しとけ。」


 役立たずねえ・・・。それで言うと僕も玲那も何の力も持たない役立たずだと思うんだけどな。

 それがこの塔にきて光速魔法を手に入れて、やっと少し世界が広がったような感覚を覚えたっけか。


 ってそうか、宗次が今感じているのはまさにこの感覚なのか。


 「たかだか私が作り上げた小型の魔獣を倒したごときで何をそんなに調子に乗ってるのよ。あんたたち3人ともまだ中型の魔獣の群れに出くわしたらあっけなく死ぬんだから、あんまり調子に乗るんじゃないわよ。」


 「下半身がこのざまだって言うのにどうやったら調子に乗れるんですか。」


 「タツキだって全身光速化ができるようになったからと言っても攻撃手段がなければ戦えないってことを・・・。ってなんでそんなに謙虚なのよ。あんたはもう少し自分の才能を褒めたっていいわ。」


 「いやどっちだよ!?」


 やっぱり昔の魔女だったらこんな素直に褒めるなんてことはなかった。

 それにこんな表情が豊かでもなかった。もっとこう、常に何か大きなストレスを抱えながら生きているような不機嫌さを感じていたんだけど。


 「な、何よ。」


 「なんでもないですよ。とりあえず攻撃手段を覚えるまでは引き続きお願いします!」


 でもまあ、プラスの方向の変化なんだからそれでいいか。

 こっちの方がやりやすいのは確かだしな。


 「とりあえず今日はもう活動終了よ。ソウジは明日からまた続きをやるわ。」


 「おう、よろしく頼む。」


 すっかり教師のスイッチが入ったように、魔女は宗次と明日からの魔術練習の約束を取り付けている。

 

 「お願いします!私にも戦う方法を教えてください!!!」


 そんな様子を見て感化されたのか、さっきまで涙を溜めてしおらしくしていた玲那までも魔女に魔術の教えを乞おうとしている。


 「生まれもった才能に感謝するのね。あんたは幻惑魔法を極めるまで死ねないようにしてやるわ。」


 「・・・よ、よろしくお願いします!!!!」


 宗次に向けたものとは正反対の冷たい眼差しを向けながらも、玲那の願いを聞き入れる魔女。

 完全に嫌っていると目で訴えかけられながらもその言葉を聞いて素直に喜んでいる玲那に、どこか今までにはなかった逞しさを感じる。もっと昔は他人からの悪意に対して臆病だったように思えるんだけど、この世界に来てあの子も少しは変わったってことなんだろう。


 「僕も頑張って戦う力を身につけないといけないな。」


 「あんたに私から教えられることは何もないから。あとは適当に自己練習でもしながらその本でも読んでなさい。」


 「急に扱いが雑すぎませんかね!?」


 ふん、と鼻を鳴らしながら小馬鹿にする魔女。なんか笑われた気分だけど、要は自分の力はもう魔女を超えているっていう解釈でいいんだよな?ってことはこれは誇っていいことだよな?

 これで何か一つでも攻撃手段を身に付けることができたら、超高速状態から攻撃する最強のアタッカーに・・・。

 

 「あ、ちなみにあんたが攻撃手段を習得するのは諦めた方がいいわよ。」


 「じゃあどう頑張ったって小型魔獣にすら勝てないじゃないですか!」


 他の人より早く動けるだけの人間ってだけみたいです。

 あれ、なんかもうそれって魔獣にとってのゴキブリ程度にしかなれないんじゃないか・・・?


            *     *     *


 「・・・報告を聞こう。」


 「はっ!本日も村に多数の魔獣の襲撃ありとのこと!ザイロン将軍を筆頭に殲滅に成功したようですが、襲撃の頻度も多さも収まる気配がありません。」


 執務室で衛兵の報告を受けるセイラスの表情は暗い。

 それは連日報告が止まない魔獣襲撃の件が原因であることは間違いない。


 「セイラス様・・・。」


 「仰りたいことはわかる。じゃがやはり原因がわからぬ以上はこちらも迂闊には動けん。」


 「でもこれはどう考えたって異常じゃないですか。毎日朝晩とあれだけの規模の襲撃が続いてるなんて、必ず近いうちにもっとひどいことが起きます!」


 「だからと言って、姫1人をあの塔に向かわせるのはもっと危険なんじゃ!もう少しご自身の立場というものを自覚なされよ!」


 そして報告があるたびにこうしてマイヤと同じことの言い争いを繰り返していることも大きく寄与しているだろう。


 「でも今動けるのは私しかいません!私がタツキ様を連れ戻して、塔の番人様にお父様を元に戻していただくようにお願いするしかないじゃないですか!」


 「じゃから姫が行ったところで解決するどころか、事態が悪化する可能性の方が大きいと言っておる!これで姫まで正気を失ってしまっては、この国は終わりなのです!」


 すでに何度目になるかわからない願い事を拒絶され、マイヤの表情には眉間の皺が標準装備されている状態となりつつあった。

 

 

 ガルディンと樹と宗次を知恵の塔に送り出して以来、マイヤの精神は不安定な状態が続いていた。

 足を運んだだけで不幸になると言われているその場所に送り出すだけでも、相当なストレスが両肩にのしかかっていた。

 それでもここで取り乱してはいけない、気丈であれと自分の心にそう暗示をかけていたのに、自身の想像を遥かに超えるスピードで事件は起きた。


 

 ーーー塔に向かったはずのガルディンが、突如1人でカルシウ村を襲撃したとの報告があったのだ。



 「・・・ではせめて、お父様とお話だけでもさせてください。」


 「ですからそれも危険だと、」


 「お願いします!!!お父様は誰かに洗脳されてしまうような人ではないとセイラス様だってご存知でしょう!?」


 「・・・問答無用でギリアンテ村長に攻撃を仕掛け、止めようとしたザイロンやシャミノにまで危害を加えようとしたと聞いたら、わしだって疑いたくなる。」


 「でも現在は牢でおとなしくしているという報告も上がっています!本当に催眠にかけられているのだとしたら、おとなしくなるなんてことはあり得ないはずでは!?」


 「仮に魔女が王を操っているのだとしたら、そのように見せかけるように意識を支配することもできるかもしれん。」


 「そんなことをしなくても、王都の混乱が目的ならとっくに行動を起こしているとは思いませんか!?」


 「ーーー狙いがわからん以上、こちらからもどうすることもできん!!!」


 苛立ちを隠さずテーブルに叩きつけると、執務室は凍りついたように冷たい空気が流れ込む。

 それは頭から蒸気を出して議論を続けていた2人の頭を冷やすには十分すぎるものだった。


 「・・・申し訳ありません。」


 「・・・申し訳ござりませぬ。この如何しようも無い苛立ちを姫にぶつけるなど、臣下の身としてあってはならぬことをしてしまいました。」


 お互いの誠心誠意の謝罪を持ってこの場は解散となる空気が流れる。

 それがマイヤにも伝わったのか、一言「失礼いたしました」と述べると、そのまま踵を返し入口の方へと歩き出していく。


 「ーーーせめてタツキ様がいらっしゃれば、何か考えてくださったかもしれないですね。」


 「・・・元はと言えば、あの者が立てた作戦が失敗したから今の状況になっているのでは?」


 マイヤは扉に手をかけると、そのまま振り返ることなく部屋を後にした。


            *     *     *


 ガルディンの村襲撃事件から数週間が経過しても状況は何一つ変わることはなく、村も王都も緊迫した状況が続いていた。


 そんな緊迫した中でも、久しく顔を合わせていなかった側近のサラが一時的に王宮に戻ってきたことは、マイヤにとっては嬉しい出来事ではあった。

 

 「大丈夫です、タツキさんはきっと生きています!」


 「・・・うん。私もそう信じてる。でも今の私たちでは助けに行くことすらできない。」


 唇を噛み締めながら悔しさを爆発させるマイヤの姿に、サラは続けようとしていた言葉を見失う。


 「必ず、魔獣の侵攻が収まった一瞬の隙を見て必ず私が助け出しに行きます!ガルディン様のことも気がかりですが、まずはタツキさんとソージを助け出してこうなった原因を聞き出してからでも遅くはないはずです!」

 

 「行くときは私も行きます。あの人がもし助けを求めているのなら、私がその場に行かなくてはいけないはずだから。」


 「え、でもそれは・・・。」


 「たとえあなたが反対したとしても行きます。危険だからという理由で止めるのは、あなたが1人で行こうとしている理由と矛盾しているでしょう?」


 こうなってしまっては、どれだけ言葉を尽くそうが一切の聞く耳を持たない。

 そのことを幼少期からの長い付き合いを経てよく理解しているサラは、早々に口を噤んだ。


 「はあ・・・、お願いですからお爺様には見つからないでくださいよ?あの人は絶対にいいって言うわけないですから。」


 「もうすでにそのことで何度も言い争ってるからよくわかってるわ。」


 「うわー、お互い一歩も譲らずに言い合っている姿が容易に浮かびますね・・・。」


 まるでその場が見えているかのように、苦笑いで答える。


 「でもその前に、一つ協力してほしいことがあるの。」


 「・・・そんな覚悟を決めたような顔をされると断るに断れないじゃないですか、もう。」


 そして一度やると決めたらなかなか引き下がる人ではない。

 王族に求められる能力ではあるのだろうが、仕える身としてはあまり心が穏やかではないサラなのであった。


            *     *     *


 見渡す限りの灰色に囲まれた空間。

 そんな無機質に囲まれた石の建物の中をマイヤとサラは、カツカツと足音を立てながら歩いていく。


 目の前の石の扉を開くと、中から想像を超えるような肌を刺す冷たい空気が吹き抜ける。

 そしてその先に広がるのはさらなる石の段と、薄っすらと見える石の檻。


 しかしそこに2人が求める人の姿は映っていない。


 「あんまり頻繁に足を運びたい場所ではないですね。」


 「通常は罪人を収容するための場所だからね。変に居心地が良かったり生活感があってもかえって気味が悪いでしょう?」


 今まで足を踏み入れたことのなかったこの味気のない場所を見ても、特に大きな反応を見せずにマイヤはただ目的地へと急ぐ。


 十数段の階段を降りた先にあるのは、4つの牢屋。一番手前にあった牢屋の中は階段を降りていく途中ですでに全貌が明らかになっていたが、やはり中には誰もいなかった。


 人の気配がどこからもしないように感じさせる静けさと冷たさ。

 それでもマイヤは迷うことなく一番奥の牢屋へと足を向ける。


 そして少し離れた場所に隔離されたように配置された4つ目の牢屋を前にして、2人はようやく足を止めた。




 「ーーーよう、そろそろ来る頃合いだと思ってたぜ。俺の自慢の娘。」


 「ーーー答えてくださいお父様。一体あの塔で何があったのですか?タツキ様とソウジ様は無事なのですか!?」


 数日を牢の中で過ごしていたとは思えない眼光の鋭さに、マイヤは何の恐れもなく本題へと切り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ