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科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第3章
64/72

3-24 失踪

 まだ少し気怠さが残る全身からの訴えの声が脱力感となって襲ってくるけど、それ以上に僕の頭の中はパニック状態だった。


 「玲那・・・、玲那なのか?」


 目の前に映っている人の顔を確認しようと、横になっていた状態から上半身を起こす。動きに鈍さを感じるのは果たして疲労によって体が思うように動いていないからか、それとも昨日の光速魔法の感覚がまだ残っているのか。

 感覚としては別に周りの動きが遅くなるというだけで、特別自分の動きが速く感じるといったことはないんだけど、自分の頭の感覚と実際の肉体の感覚では違うという可能性も十分に存在するしな。


 ってそんなことはこの際どうだっていいんだよ!


 「お、起きたんだ!よかった・・・。」


 なんで隣に玲那が座っているんだ!?

 確かここは知恵の塔で、僕はここで修行をしていて、僕と宗次とこの塔の住人以外誰もいないはずで・・・。


 「なんで玲那がここに?」


 「え?あ、それは、えっと、まあ色々あって・・・。」


 歯切れの悪い返事が返ってきて、ますます状況が整理できなくなってくる。

  

 よし、ここで一体自分の記憶を辿るところから始めよう。


 確か僕は昨日・・・、って当然のように昨日判定してるけど、そもそも時間軸がわからない以上今がいつなのかがわからんか。

 まあいい、それで今度は光速魔法を全身にかける修行をして、色々あったけどなんとかあの魔女の前で一瞬だけそれを披露することができた。ってのが、ハイライトだったはず。

 ただ、そっから先の記憶が全くない。今自分はエリーゼお手製の布団の上にいることや、だいぶ慣れてはきたけどまだほのかに感じる紙の匂いから、ここが知恵の塔の中だということは理解できる。


 だからこそ、隣でなぜか顔を赤くしながらしどろもどろな返答をしている玲那の存在が謎なのだ。


 「僕の知らない間に何があったんだ!?」


 「あ、うん!そうだよね、そこを説明しないとね!」


 あははと苦笑いを浮かべる玲那の態度がどうにも気になるけど、とりあえず笑っているってことは何か重大な問題が発生したわけではなさそうだな。


 さて、ようやくこれで説明してもらえる。

 そう思っていたら、なぜか玲那は立ち上がって僕の背後の方角に向かって声をあげた。


 「エリーゼちゃん!樹君が目を覚ましたよ!」


 まるで気心の知れた仲であるかのように親しげにその名前を呼ぶと、遠くの方からバサバサと聞き慣れたはばたきの音が聞こえてくる。


 「やっと起きたのですか!居候のくせにいいご身分なのですよ。」


 そして自然の流れで玲那の隣に着地して、僕の心臓にその虹色の翼を当ててきた。


 「えーっと、どういうこと・・・?」


 「うん、魔力はすっかり元に戻ってるのです。むしろ増えてるのですよ。」


 「へー、それはすごいわ!ちゃんと修行の成果が出てるんだね!」


 当然のように会話に参加して、それに答えるエリーゼ。


 「おいエリーゼ、僕は一体どれくらい眠ってたんだ?」


 「どれくらいって、タッツーがエフィーが運ばれてきたのが昨日の夕飯の時で、今が昼過ぎだから大体270界くらいなのです。」


 270界ってことは半日以上は寝てたってことか。ということはやっぱり昨日という表現は合っていたってことになる。

 それはつまり、この18時間以内に玲那は何らかの手段でこの塔にやってきたことになるわけだけど・・・。


 ・・・。


 ・・・タッツーって何だ?


 「な、なんなのですか?」


 「いや、なんなのですかはこっちのセリフだよ。なんだよタッツーって。」


 「タッツーはタッツーなのです。名前がタツキだと聞いたので、タッツーなのです。」


 当然のようにドヤ顔をしてそう答えているけど、そんな風に呼ばれたのは今回が初めてな件について。


 「ま、まあエフィーがあなたを認めたようなので、私も少しは距離を縮めてみようと思っただけなのです。い、嫌なら嫌だとはっきり言えばいいのですよ!」


 「別に嫌とは一言も言ってないだろ。急に親しみを込められたから少し困惑しただけだ。」


 そもそも親しみを込められるような間柄でもなかったんだし、いきなりそんな風に呼ばれたらこんな反応になるだろうよ。


 「ってそんなしょうもないことに気を取られてる場合じゃないんだよ!」


 「勝手につっかかってきておいてしょうもないとは何事なのですか!」


 「痛い痛い!仮にも鳥なんだからくちばしで突くのはやめろ!普通に痛い!!!」


 いまだに布団から上半身を起こした状態の僕の背中に、現役で鳥の魔獣を務めているヒーラーからの容赦のない乱れ突きが炸裂する。流石に本気ではやっていないにしろ、結構な衝撃が背中を襲っている。


 「いってえな、この理不尽鳥!少しはあの過酷な修行をこなしたこの身体を労ってくれたって・・・。」


 ってあれ、なんだかあの気怠い感覚が心なしかマシになっているような。


 「本当なら優しく治癒魔法をかけてやろうと思ったのですが、そんなことを言う奴には必殺の嘴指圧術で十分なのです!」


 「こんなところでまでツンデレを発揮しなくてもいいんだよ、おかげで怒っていいのか感謝したらいいのかわかんねえじゃん。」


 「ふん、勝手にするがいいのです!」


 なぜだかどれだけ怒っていても根の優しさがどうしても捨てきれないのがこの喋る鳥。だからいつもこちらは感情のやり場に困ってしまう。


 ってだから、いつものこいつとのやり取りは今はいらないんだって!


 「ごめん、それで私がここにいる理由だったよね。」


 「そうだよ、何が起きたのか説明を・・・」


 「女の子を板の間に座らせて、自分は布団の上とは随分といいご身分なのですよ。」


 「だーもう!その通りだよちくしょう!テーブルに行くぞテーブルに!」


 話の腰を折りまくってくるが、こればっかりは正論なだけに何も言い返せない。

 確かに絵面としてはなかなかに良くないからな。


            *     *     *


 「は!?王様に会った!?」


 テーブルに座り、焦らしに焦らされた話の先を聞こうという心構えを作ったその数秒後に飛び出たのがこのセリフだった。


 「うん、何かだいぶ焦ってる様子で魔王さんの家に来たの。何が起きたのかは教えてくれなかったけど、何か大変なことが起きたんだなって思って。」


 当時のことを複雑な表情で振り返る玲那からは、当たり前だけど嘘をついている様子は感じられなかった。


 「それっていつくらいの話だ?」


 「うーん、はっきりとは覚えてないけど、1週間以上は前だったはず。」


 「1週間以上前っていうのは、2週間は経ってないってことか?」


 「そんなには経ってないと思う。というより2週間前って言うと、あの大きな龍と戦っていた頃の話になるからそれよりは絶対に後だよ。」


 ああそう言われてみたらそうか。なんかもうあの事件から1年以上は経ってるような気分だったけどまだそんなものなのか。


 「時期的にはタッツーが来た時と重なるのですよ。ということは、普通に考えたらタッツーを置いて1人で消えた時に、まずレナリンのところに行ったと考えるのが自然なのですよ。」


 「お、おう・・・。それはそうかもしれんな。」


 真面目に僕と一緒に状況整理に付き合ってくれていることに一言言えばいいのか。それともその謎のニックネームセンスに物申せばいいのか。

 まあとりあえず本鳥(本人)は真剣に考えてくれてるから話の腰を自分から折りにいくのはやめておくか。


 「話はここに来た時に少し蒔田君から聞いてるよ。王様と一緒にここまで来たのに、急に樹君たちを置いて1人でどっか行っちゃったんだよね?」


 「おまけに連絡を一度もよこさないっていうな。だから玲那と接触したのがもし最近だったら近況でも聞きたいところだったんだけど。」


 僕と今後の展開について念入りに打ち合わせしておいて、その計画を1人でぶち破って消えたんだ。いい加減、その理由を知りたいところだ。


 「どうやら時期的にはそんなに変わらなそうだね。あの人のことだから、1人で色々抱えて無茶してるんじゃないかな。」


 そんな王様の意味不明な行動に対する不満が玲那からも聞けるのではないかと思って投げた問いだったんだけど、そんな予想を裏切るような発言が返ってきた。

 それはまるで王様のことをかなり知り尽くしているかのような発言だった。


 ーーーそれこそ、王様がタイムトラベラーだということをだいぶ前から知っていたかのような。


 「玲那も王様の正体を知ってるんだな?」


 僕は別にその正体というのがなんのことを指しているかは一切説明していない。

 なのに玲那はたったそれだけの言葉に、明らかな動揺の色を見せた。


 「え、正体ってなんのことかな?」


 「この塔の関係者はみんな、王様が未来から来ていることは知ってる。王様自身がバラしてるから心配する必要はないよ。」


 そう言うと玲那は心からホッとしたしたような顔をする。今から尋問でも始まるんじゃないかと身構えていたんだろう。

 ただ、今の反応で一つはっきりしたことがある。


 「玲那がここに来たのも王様の指示なんだろ?」


 「ーーーうん。ちょうどそのちょっと前に来た時に、この塔に来て催眠魔法の勉強をしてこいって。」


 そのまま緊張感が解けた勢いで、あっさりとこの塔に来た目的を告げられる。あれだけ言い渋っていたから、何か言いたくない事情があるのかと思ってたけど、もしかしたら王様との関係を勘繰られた時にどうやって言い訳をしようか悩んでいたのかもしれない。


 だって、わざわざこの塔にまで来て玲那に催眠魔法を勉強させる理由なんて、一つしか思い当たらない。


 「いざとなったら玲那がタイムマシンを起動させられるように、だろ?」


 「・・・どこまで聞いてるの?」


 だから僕は自分の知っている知識から、王様が玲那に与えた使命を言い当ててみせる。それは、玲那のこの場での居心地をよくしてあげたいという一種の優しさみたいなものだったんだけど、なぜか玲那はかえって警戒心を強めた様子でこちらを見つめ返してきた。


 「どこまでっていうのはどうやって答えるのが正解なんだ?王様がすでに何度もタイムスリップをしている実年齢数百歳の化け物っていうのと、どうやってタイムスリップをしているのか。あとは僕のモチベーションをコントロールするためにあえて僕にはそれを伝えていなかったことと、歴史を不用意に改変しないように他の人にはこのことを言っていないってことくらいかな。」


 「本当にそれだけ?」


 なおも情報を引き出そうと、疑うような視線を玲那から向けられる。

 それだけと言われても、結構な情報量だと僕は思っていたけど玲那はこれ以上のことを知っているってことか。

 ・・・僕のことを参謀だとか頼りにしているだとか言ってたくせに、まだ僕にだけ隠し事をしていることがあるってことかよ。


 そしてそれを、今まで魔王さんのところにずっといたはずの玲那が知っている、と。


 「随分と信頼されているんだな。そうして今までも密かに王様の命令を受けて、人目につかず行動できるようにわざわざ魔王さんの家に居候して色々やってきてたのか?」


 「密かにって、私はただ魔王さんの元で闇魔法の勉強をしていただけよ。それ以上のことは何もしてない。」


 「でも君は度々村に来たりもしていたじゃないか。それも僕に内緒で色々やっていたんじゃないのか?」


 なぜだか少しだけ強い口調で玲那を問い詰めるような物言いになってしまう。でも僕の心はなぜか少しだけ翳りを見せてしまっている。

 それが何に対してなのかが自分でもよくわかっていないのがなんとも言えずイライラしてしまう。


 そうやってそのイライラを態度に出してしまうと、そういったものは相手にも伝染していくもので。


 「何もしてないよ。魔王さんと一緒にいないと何かあった時に危険だから、行く場所について行ってただけ。そんな君に隠しておかないといけないことなんて何もしてない!」


 「でも僕がどこまで知っているかを探るような態度をとったじゃないか。ということはまだ僕にバレたらまずいことがあるってことじゃないのか?」


 「私だってあの人のことはわからないことの方が多いわ!この世界に来てすぐに魔王さんに保護してもらっていたら、いきなりあの人に誘拐されて色々言われたんだよ?だから私の知らない情報が聞けるかもしれないと思って君にそれを尋ねるのはそんなにおかしな話かな!?」


 珍しく玲那が少し感情的に僕の言葉に反論してきた。

 と本来なら言うところだけど、別に今となっては珍しくもなんともないか。



 ーーーなにせ僕と玲那は少し前に関係をほぼ断絶していたのだから。

 

 優しく隣で僕が寝ているのを見守ってくれていた姿を見ていたからすっかり忘れていたけど、あの日僕は玲那に完全に決別を告げられていたんだ。


 「もういいよ。」


 「え?」


 だから僕は一方的にこの少しずつ険悪な方向へと傾きかけていた会話を打ち切ることを選ぶ。


 「君はもう僕のことが嫌いになったんだろ?ならもうこれ以上話してお互いにまた気分を害しても意味がない。」


 心臓のズキズキとした疼きに耐えながら、目の前に座る長年の想い人の顔を失意に染め上げる。僕のその言葉が彼女の精神に大きなダメージを負わせたことを、その表情の変化と目尻に宿る薄暗い光から認識する。

 

 どうしてそんな裏切られたような悲しい顔をする。

 確かに大元で一番最初に裏切ったのは僕だった。

 でもそれをはっきりと目の前で宣言し、僕の心をズタズタに引き裂いたのは数日前の君だっただろう。

 だから僕はもう、君が僕の言葉なんかで一喜一憂することなんてないと思ったんだ。



 ーーーなのになんで、そんな今にも泣き出しそうな顔で僕の方を見る。


 「・・・そうだね。今の君と話しても、もう意味がないんだよね。」


 「うん。どうやら僕は君の勇者にはなれなかったみたいだからね。」


 

 それがどうやら今僕が最も言ってはいけなかった言葉だったと気づいたのは、本格的に玲那の頰に大きな涙の粒が滴り落ちるのを目撃した後だった。


 そしてそれを目でなぞっている頃には、すでに彼女は立ち上がり僕の目の前から立ち去ろうとしていた。


 「あ、レナリン!!!」


 空気が急変したあたりから僕らの様子を恐る恐る眺めていたエリーゼも、玲那が塔の外へと走り去ろうとしていくのを見て慌てて後を追いかけて行った。



 「・・・はあ、一体何がしたいんだろう、僕は。」


 そんな1人と1匹の後ろ姿すらも見たくないと、僕はテーブルに頭を突っ伏せるのだった。


            *     *     *


 そうして視界から自分以外の生命体を確認できなくなり、静寂に包まれた空間が訪れる。


 はあ、とりあえず何か食いたい。聞いた話によれば、僕は昨日の昼から飲まず食わずらしいからな。

 こうしていつも食事をとっている場所に座っていると、胃袋が獲物を求めて吠え始めてしまう。が、シェフはさっき脱走してしまったから食べられるものはどこにもない。



 なんであんなことを言ってしまったのか。

 少なくとも向こうは友好的な態度をとってくれていたはずだった。別に僕を誹謗中傷していたわけでもないし、勝手に僕がイライラしてしまっただけ。

 おまけに隠し事をされてイラついたのならそれは玲那に向けるものではなく、相手によって開示する情報を選び、それを隠すことを要求しているあの王様に向けるべきだろう。


 こうして冷静になるとすぐに後悔するのに、どうしていつも自分はその場任せの発言しかできないのか。

 いくらあんな拒絶の言葉を浴びせられたからと言って、それは過去と現在の自分の行いに対する正当な評価であり、僕がそれに対して反発するのはただの逆恨みであり逆ギレでしかない。


 「はあ、考えれば考えるほど非が自分にしかない・・・。」


 今度こそ僕から行動を起こさないと完全に関係は修復できなくなってしまう。

 もう一生会話をすることはできないと思っていた頃から、この異世界に飛ばされたという不思議な因果のおかげでこうしてまた関係修復のチャンスをもらったんだ。

 それを、姫様に出会ったからもうどうだっていいなんて考え方をしていたら、いよいよ天梨樹の人間的価値は底辺という境界線すらも超越してしまう。



 でも、もしこれで玲那との関係が元に戻ることができたとしても、それは果たして本当にいいことなのか・・・?

 それはかえって姫様との関係にひびを入れる・・・


 「・・・クズが、マジでいい加減にしろよ、天梨樹!!!」


 あろうことか他人を、自分の愛する人を言い訳に使って、やらないといけないことから逃げる理由にしようなんて、そこまで自分で自分を嫌いにさせる理由を作りたいのか。


 そんなこと考えている暇があったら、いいからさっさと後を追いかけて土下座の一つでもするべきだ。

 

 「また数年間ずっと罪悪感に苛まれるのはもうたくさんなんだよ!」


 悪いことをしたら謝る。

 そんな当たり前のことができなかったせいで、どれだけ苦しんだのか忘れたとは言わせない。


 だから今度は玲那が走り去っていた後を追いかける。追いかけるタイミングを逃す前に動き出す。


 「うわっ!」


 「ひぎゃ!?」


 そうして塔の長い廊下の入り口まで差し掛かったあたりで、逆方向からバサバサと音を立ててきたエリーゼとあわや衝突事故というところで急ブレーキをかける。


 「玲那はどこに行った!?」


 「・・・行ってどうするのですか?」


 「謝るに決まってんだろ!教えてくれエリーゼ!」


 こちらを見る目つきから、エリーゼがひどく僕にご立腹なのだろうということがよくわかる。まあ走り去ろうとする玲那の後をすぐに追った時点で、エリーゼは玲那側の肩を持っているということがわかっていたわけだけど。


 「外の空気を吸いたいと行って出て行ったのですよ。後を追うなら腹でも切る覚悟で行くのですね。」


 「切腹の概念がこっちの世界にもあったのが驚きだな!でもあいにく命は捨てられないから、それ以外の方法を取らせてもらう!」


 立ち止まっている時間すら惜しく感じたのでさっさとエリーゼの隣を走り抜ける。

 後ろからまだ何やらピーチクパーチク言ってたけど、聞き取れなかったから無視して玄関口まで突っ走っていく。



 「だからレナリンはこの塔に戻る方法を知らないのですよー!!!。」


            *     *     *

 

 「あれ、玲那は・・・?」


 長い廊下を駆け抜けてようやく外に出て待ち受けていたのは、背の高い木々とその間からわずかに差し込む日の光だけ。

 入り口付近で怒りを吐き出していると思っていたその相手の姿は、なぜかどこにも見当たらなかった。


 まだ塔を出てからそこまで時間は経っていないはずなのに、一体どこに消えたのだろうか。


 「ここら辺の説明は一通り受けているといいんだけど・・・。」


 というのも、この塔から離れすぎると森を徘徊している魔獣と遭遇してしまう危険性があるからだ。ここら一帯に生息している大量の魔獣は魔女が生み出したもので、全部が眷属なのだという。そいつに近づけば自由に命令することができるし、この森の範囲内にいる魔獣全員に一斉命令することもできるらしい。

 森の中で何か異常が起きた場合に把握する手段としても使われているし、その魔獣が見た景色は魔女の頭で再生することができることから、録画機能付き監視カメラとしての役割を果たしている。もちろん外敵を発見したら攻撃もするから、防衛機構としての働きも期待できる。実際僕らも最初にここに来た時に酷い目にあったしな。

 おまけに食料としての役割も果たしているというんだから、この塔の管理者にとっては非の打ち所がない存在だ。


 ただ、その存在を全く知らない人間が、魔獣に敵認定されているとも知らずに迂闊に森の中に入ると、取り返しのつかないことになる。


 とはいえ、どうやってここまで来たのかは知らないけど、玲那だってこの塔に来るまでに必ず遭遇はしているはずだ。少なくともその存在を知らないということはないはず。

 とすると、この塔の周辺のどこかにはいると思っていいだろう。バカでかい塔だから、数メートル先を歩いているとその姿が見えなくても不思議ではない。

 もうこの塔の外周を走ることになんの抵抗も感じなくなっているし、走って追いかけることにしよう。塔の周り方が玲那と逆だったとしても、半周もしたら会えるだろう。

 とりあえず姿が見えたらまず謝罪だ。謝るという行為の大切さを深く心に刻んで行こう。


 「これ以上関係が悪化したら、本当に終わりだからな・・・。」


 だからなんとしてもまずは玲那を探し出さないと。


 そんな気持ちで走り続けること10分。

 流石にこれだけ走って玲那の姿が見えないのはおかしい。

 自分の前を歩いていたら間違いなく追いついているし、逆側から歩いていたとしても会っている頃だ。

 とすると、逆側から歩き始めてすぐに立ち止まった or 引き返したということか。


 「まあ今更一周しろって言われても、むしろ今までよりもマシっていうレベルだしな。」


 そんな余裕をぶっこいて軽々と一周を走りきったものの、心の焦りははどんどん重くなっていくばかり。


 「おいおい、入り口に戻ってきたぞ・・・。」


 玲那がどこにもいない。

 ってことはもう塔の中に戻った?玲那が外に出てってすでに20分くらいは経過しているし、その可能性もゼロではないけど・・・。


 というより、玲那はこの塔の中に入る方法を知っているのか?


 僕の場合は目薬魔法があるから余裕で見つかるけど、普通の人がこの扉の位置を把握するのは相当難しいはず。宗次だって1人で外に出たら帰ってこれなくなるって言ってたし。

 

 となると・・・。


 「・・・おいおい、まさか森の中に入ってないだろうな。」

 

 塔の周りにはいないし、塔の中に戻る方法も知らないのだとすると残りの選択肢はそれ以外にはない。

 いや、実は戻る方法を知っていてすでに塔に戻っているという可能性もある。

 でももし本当に森の中に入ってしまっているんだとしたら、ここであれこれと考えている時間すら命取りになりかねない。


 ただ、森の中に入ってしまっているんだとしたら、僕が探しに行ったとしてもどうにかなる問題ではない。

 今の僕は人間離れした力は手にしたけど、残念ながら魔獣1匹すら倒す力は持ち合わせていないのだから。

 

 とりあえず直接この生身の体で突撃するのは愚策。

 そんな時に使える便利な魔法を僕は持っている。


 「出番だぞ、第2の目!」


 誰にも聞かせるでもなく、僕は右手からいつもの小さな光の玉を召喚して、それを目の前の鬱蒼としすぎている森を照らすように飛ばす。


 あとはいつもみたいに意識をその玉に集中させるために、塔を背もたれにして腰を下ろせば準備完了。これでこっから声も飛ばせたりしたら、擬似電話みたいなこともできるんだけど。

 とりあえず玲那を見つけたら、なんとかこの玉の動きで塔まで誘導しないと。



 そんなことを思いながら、視覚と聴覚を切り離そうとしたその時だった。



 「ぐるるるるるるるらあああああああ!!!!!!」



 ーーー普段は聞こえない魔獣の遠吠えが聞こえた。


 普段は音一つしないこの森からそんな声が聞こえる理由は明白だ。


 何か魔獣の異常感知センサーに引っかかったのだ。


 じゃあその異常っていうのは何か。それはもう考える必要すらない。


 否、考えるという選択肢すら今の僕の頭には用意されていなかった。

 その声が聞こえた瞬間に僕の足は森の中に向かって走り出していたのだから。


 「くそ、安全度外視で最初から森の中に入っておけばよかった!!!」


 自分の身の安全を重視したせいで手遅れなんてそんなふざけた展開だけは勘弁だ。


 あの子に傷一つつけてたまるものか。


 あんなちょっとした口喧嘩で、かけがえのない人を失ってたまるか。

 


 絶対に間に合わせる、何がなんでも!!!


            *     *     *

 

 どこだ、どこにいる!?

 あの魔獣の鳴き声は確かにこっち方面から聞こえてきたはずなんだけど、これだけ木が多いと周りを見渡すのもままならない。


 せめていち早く情報を得られるように、とさっき前もって森の中に飛ばしておいた光の玉に聴覚だけ宿して先導させている。


 すると早速その効果を発揮してくれた。


 「なんでここの魔獣には全く闇魔法が効かないの!?」


 前方から、予想外の展開に戸惑う女の子の声、と同時に届く魔獣の咆哮。

 間違いない、すぐ近くで玲那と魔獣が交戦中なんだ。


 前方に少しだけ余裕があるタイミングで、一瞬だけ視覚もその光に預ける。


 「これはやばい・・・!」


 急に切り替わった視界に映し出されていたのは、

 木を背後に取られて尻餅をついている玲那の姿と、彼女を異物・侵入者として排除しようと牙をむき出しにしている1匹の大きな魔狼。

 おまけに最悪なことに、さっきの咆哮を聞きつけたからか後ろの茂みからさらにもう4匹追加で現れてやがる。


 やばい、これはやばい。

 このままじゃ僕がその場に現れたところで、揃って魔獣の夕飯にされてしまう。

 というよりそもそもこのままだと、玲那の元にたどり着く前にその命が無惨に刈り取られしまう。


 視界を自分の体に戻して、その反動でふらつく自分の体を制御しながら、なおもさっきまで広がっていた絶望の光景を頭に呼び起こす。


 どうする・・・どうする・・・どうする・・・!?

 焦る気持ちを落ち着かせるように、目を瞑って精神統一をする。

 そして次また目を開けば、周りの世界は一回り遅く時が進むようになる。これはもう無意識で行えるようになった。


 でもどうする、考える時間はこれで2倍に増えたけど状況は何も変わっていない。

 いや、この状況を打破する方法の1つはすでにある。

 あるんだけど。


 ーーーいや、躊躇っている暇はない。


 これが成功しなかったら、そもそもゲームオーバーなんだ。ターン制RPGのように僕が行動を決めるまで魔獣は待ってはくれないんだ。


 ならもう昨日の自分の成長に賭けるしかない!!!


 「ーーーもってくれよ、僕の身体!!!」


 昨日の感覚を思い出すように、全身に通う魔力の動きに意識の全てを注ぎ込む。

 

 動け、両腕。

 動け、両足。

 動け、全身。


 さっき起きた時に感じた、鉛のような重さがもう一度襲いかかる。

 間違いなく全身が悲鳴をあげている。完治していない身体を酷使していることで、各部位からクレームが来ているのだろう。


 わかる。気持ちはわかるんだけど、どうか今この瞬間だけは何も言わずに言うことを聞いてくれ。

 

 ーーーここで今玲那が死んでしまったら、この先の人生でもう2度と笑うことなんかできなくなってしまうから。



 「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 僕の叫び声と共に、再び世界が動き出す。

 さっきまでは思うように動いてくれなかった両腕が、両足が、全身が、何事もなかったかのように普通に動いている。

 その事実が果たして何を表しているのか。

 不安が入り混じる中、周りの景色を眺めることで僕は自分が欲しがっていた答えを手にすることができたことにほんの一瞬だけ安堵の息が漏れた。


 木の葉、茂み、風、音。その全ての通常とは異なる速さでの感知。

 それが全身光速化の成功を示していたのだ。 



 「見えた!!!」


 その甲斐もあってか、ここでようやく5匹並んで今にも飛びかかろうとしている魔狼の群れの姿を目視できる距離まで詰めることができた。

 アングルのせいで玲那の姿は確認できていないけど、さっきまで前を飛んでいた光の玉がそこにあることから、さっき視認していたあの場に近づいてきたのだということを裏付けている。


 だが課題は光速化に成功しただけでは解決しない。


 このまま全力疾走をして玲那の側に行くことはできても、そこから先が問題だ。

 この力を持ってしても魔狼5匹を相手にする力はない。その時点で取れる手段は退却しかないわけなんだけど、足の速さで勝負をして勝てるかと言われると怪しい。

 おまけに逃げる時は玲那を連れて逃げる必要がある。当たり前だけど玲那は僕みたいに早く動けない時点で、僕が玲那を担いで逃げる以外に方法はない。となると、あいつらから逃げ切るなんて不可能だ。


 どうする。

 この2倍で動く体の勢いを使えばなんとか魔獣に突進することはできるか。いや、そもそも魔獣に触れる前にその凶爪が振り下ろされてしまう。

 どうする、どうする、どうするんだ、天梨樹。

 考えている間にも着々と時は進んでいる。

 ああ、クッソ!こんなに必死に走りながらまともな解決策なんか出るわけがない。


 まずい。まずいまずいまずい。このままでは2人仲良くガブガブの未来だぞ。

 どうしたらいい。この状態でも最善の未来へと至る道があるのなら教えてくれ。誰でもいいから教えてくれ。

 全身光速化の奇跡を可能にしてもなお届かない。運命は平然とした顔でその奇跡を嘲笑っていく。

 もうあと数秒で着いてしまう。無策のまま着いてしまう。

 頼む魔女、もしこの事態を把握しているんだったら、全魔獣の行動を止めてくれ!


 何か。

 何かないか。

 周りを見渡せ。


 木、魔狼、草、地面、玲那、光の玉、石。




 ーーー光の玉。

 


 数秒の隙を作るだけだったらなんとかいけるか。

 でも光速魔法に魔力を集中させている状態でそんなこと・・・。


 とか言ってる場合じゃない、もう残された方法はそれしかない!

 頼む、お願いだから解けないでくれよ、光速魔法!


 「照らせ、閃光玉ああああ!!!!!」

 

 一筋の光に縋るように、全身に向けていた魔力の一部を大気中に浮かんでいた光球に流す。

 

 これで世界の速さが元に戻ってしまったら終わり。

 光球が想定よりも弱い威力でしか爆発しなくても終わり。

 その5匹の魔狼が突然の閃光にも目を眩ませることがなかったら終わり。

 

 体の中からいつもの数倍の魔力が抜き取られたような脱力感に襲われるが、それでもぐっと踏ん張って前へ前へと足を出す。



 半分の速さで進む世界が、一瞬の間だけ何もかもが真っ白に染まる。

 そしてその世界に再び色が宿ったその瞬間、



 ーーー魔獣の思わず後ろへ飛び退いて、その両目を前足で抑えていた。



 「はあ、はあ・・・、玲那・・・!!!」


 賭けは成功だ。


 魔獣がこちらを向いていないのを確認して、僕はようやく玲那の側へと腰を下ろす。

 どうやら僕の声に気づいて動き出そうとしているようだったけど、それより先に玲那の左腋と両足に両腕を通して持ち上げる。


 「・・・え、・・・っtttた・・・っtttつ・・・kkkき・・・」


 目尻に涙を溜めながらこちらを見て何かを言っているようだったけど、自分以外の全てが1/2の速さで進む世界の中では声が全部0.5倍速に聞こえてしまうので、何を言っているのかは聞き取りづらい。

 そもそもその玲那のセリフを悠長に聞いていられるほど時間に余裕もない。


 「悪いけど説明は後だ!とりあえず塔まで戻るぞ!」


 多分玲那には僕の声が2倍速に聞こえてるだろうから、僕が今なんて言ったのかを聞き取れている可能性は低い。

 それでも暴れることなく僕の腕の中に納まってくれているから、どうやらここから僕がどうするかは察しがついているようだ。


 でもスタミナがそろそろやばい。

 自分が倍速で動けているなんて言ったって、走る距離まで半分になってくれているわけではない。自分の足でしっかりとこの長距離を全力疾走しているんだから、両足の疲労の蓄積はかなりのものだ。

 なんなら魔力をずっと消費し続けているんだからいつもよりしんどさが倍増していると言ってもいい。現にさっき玲那の側で屈んだ時に、体重を支える軸にしていた右足がグラグラっと震えた。

 そんな中、いくら玲那が軽いとはいえ、人間1人をお姫様抱っこした状態でもう一回今通った道を戻るというのは、確実に途中で限界がくる。


 こんな長時間全身に光速魔法をかけられている時点で奇跡。

 そんな状態でさらに別の魔法を行使できたのは、もはや超常現象。


 それでも運命の女神はまだ僕には微笑んではくれない。

 今まで玲那に対して行ってきた数々のひどい仕打ちの清算を求めるように、次から次へと無理難題を要求してくる。



 でもここまできたんだ。絶対に諦めてやるもんか。

 

 「ちゃんと掴まってろよ!」


 そう釘を刺す前からすでに玲那の両腕は僕の首の後ろに回っている。

 それだけで全信頼を自分に預けてもらえているような気がして、なぜかこんな状況だというのに少しだけ心が弾む。

 一度は完全に失った信頼を、今この瞬間だけは手元に戻ってきている。



 両腕から伝わる重みと熱量をエネルギーに変換して、僕は踵を返して再び走り出す。


 


 ーーー進行方向正面に見えた数匹の魔狼に心をぐちゃぐちゃにかき乱されながら。  

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